第四十三話 怠惰と嫉妬
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・ん」
魔神レヴィアタンは、ふと目を覚ました。ぼんやりする意識のまま、時計を確認する。
時刻は夜中の3時、まだ外は真っ暗だ。
「・・・」
嫌な予感がする。レヴィは潜り込んでいたジークのベッドから這い出し、窓を開けた。
「あーあ、もうそこまで来てるか」
感じるのは、圧倒的強者の気配。
「しょうがない」
頼れる男はすぐそこで爆睡しているので、レヴィは一人窓から外に飛び出した。
そして、着地と同時に地面を蹴り、暗闇の中全力で疾走する。
王都の外に着くまで、僅か10秒。そこには、一人の男がいた。
「・・・あれ、君かぁ。てっきりサタンの方かと思ったよ」
「あのデカブツと間違われるのはちょっと嫌だね」
苦笑いするのは、黒髪の男。その身体に秘める魔力は、レヴィと同じかそれ以上だ。
「久しぶりだね、レヴィアタン。君が人間に敗北したと聞いた時は笑いが止まらなかったよ」
「こっちこそ久しぶりー、ベルフェゴール。あんまりジークのこと侮らないほうがいいよ?」
「ははは、忠告ありがとう」
現れたのは、魔神ベルフェゴール。怠惰を司る最強クラスの魔神である。
「で、何しに来たの?ボク眠いんだけど」
「なら家に帰って寝るといい」
「そういうわけにもいかないっしょー」
そう言うとレヴィは自身の周りに水を創り出した。
「へぇ、俺とやるつもり?」
「みんな寝てるし、このまま帰ったら王都が大変なことになっちゃうからね」
「よく分かってるじゃないか」
対するベルフェゴールも、ケタ違いな魔力をその身から放つ。
「一応聞いておくけど、実力差、分かってるよね?」
「うん、もちろん」
「それでもやるかい?」
「当たり前だよ」
「そうか、なら本気で潰そう」
そう言ってベルフェゴールが手を上げた次の瞬間、レヴィは勢いよく真上に吹っ飛んだ。
「っ!!!」
まるで何かに殴られたかのような衝撃。咄嗟に魔力で障壁を造らなければ危なかった。
「へえ、防ぐか」
ニヤリと笑い、今度は手を下げるベルフェゴール。それと同時にレヴィは空中で停止し、そのまま猛スピードで地面に叩きつけられた。
衝撃で地面が割れ、粉塵が舞う。
「ぐっ─────」
「ほらほら、そんなもん?」
ベルフェゴールは一歩も動いていない。レヴィは彼が一体どんな攻撃を仕掛けてきているのかまだ分かっていなかった。
「《切り裂く水》!!」
そんな彼にレヴィは水魔法を放つ。
「無駄だよ」
しかし、ベルフェゴールの展開した魔法障壁に阻まれ、水は消し飛ぶ。
「君は、《七つの大罪》としての力を発揮出来ていない」
「は・・・?」
突然そんなことを言われ、レヴィは動きを止めた。
「《嫉妬》、君が司る力だ。しかし、君は何に嫉妬している?」
「っ・・・!」
「この際だから教えといてあげるよ。我々《七つの大罪》は、司る罪を犯せば犯すほど魔力が増幅するんだ」
「罪を・・・犯す」
「君なら、何かに嫉妬すれば嫉妬するほど魔力が増すってことさ」
レヴィは目を見開いた。彼女は、何かに嫉妬したことなど一度も無い。それでも《嫉妬》の魔力を手に入れていた。
「そして、俺が司る罪は《怠惰》。俺は動くことが何よりも嫌いだ。そんな俺が力を増幅させるには何をすればいいと思う?」
そう言いながらベルフェゴールが座り込む。そして眠そうにあくびをしてから口角を吊り上げた。
「ただいつも通り怠ければいいだけだ」
それはつまり、動かなければいいということ。するべきことをしないだけで、魔力が増幅するというのだ。
「分かる?だから力をろくに扱えていない君じゃあ俺には勝てないってわけだッ!!」
ベルフェゴールを中心として魔力が放たれた。それはレヴィのいる場所にまで届く。
「っ、それでも、王都には行かせな─────」
それを気にせずにレヴィがベルフェゴールに向かって駆け出した時、彼女はあることに気づいた。
『自分は、こんなにも遅かったか?』・・・と。
「もう逃げられないぞ、レヴィアタン」
「あっ────」
顔を上げればすでに目の前で拳を構えているベルフェゴールが。咄嗟に後ろに下がろうとするが、思考に身体がついてこない。
「ッ~~~~~~~!!!」
そして放たれた鉄拳はレヴィの腹にめり込み、その小さな身体を吹っ飛ばした。何度も地面を跳ね、彼女は王都を囲う壁に衝突する。
「あぐっ!?な、なんで・・・」
「ははは、分からないかい?」
遠くにいるベルフェゴールが手を引いた。それと同時にレヴィの身体は何かに引っ張られ、勢いよくベルフェゴールの目の前まで引き寄せられる。
「あ!?」
そして、ベルフェゴールの上げた膝に腹からぶつかる。さらに見えない何かが彼女を切り刻んだ。
「これが俺の最大の魔法だ」
そのままレヴィは地面に倒れ込む。これまで味わったことがない激痛に、彼女は腹を押さえたままうずくまった。
「げほっ、げほっ!」
血を吐きながら咳き込む彼女をベルフェゴールは勢いよく踏みつける。
「弱いね、弱すぎる」
「う、うぅ・・・」
彼女にとって初めての敗北は、ジークとの戦いだった。かなり手加減されていたが、勝つことは出来なかった。
そして彼女は誓う。もう二度と負けないと。次はジークにも勝ってみせる・・・と。
しかし、この男にまで負けてしまうというのか。
突然自慢のスピードが大幅に減速したのは、恐らくベルフェゴールの魔法によるものだろう。それも、彼がさっき『最大の魔法』といっていたもの。
それさえなければ・・・。
「・・・いや、まだまだ」
レヴィが自身のステータスを見れば、生命は4/1。彼女の固有スキルが発動する。
魔峰倍加。生命が4/1になった時に発動するこのスキルは、レヴィの魔力と魔攻が二倍になるというもの。
そして、このスキルが発動した時、レヴィは最大の魔法を唱えることが出来るようになる。
「ん・・・?」
レヴィの魔力が上昇していることに気がついたベルフェゴールは、一旦彼女から距離をとる。
「嫉妬の力?・・・いや、固有スキルか」
そう分析してベルフェゴールは腕を上げた。しかし、既にレヴィは消えている。
「上か!」
顔を上げれば、遥か上空に浮かぶレヴィがいた。
そして、彼女の上にはとてつもない魔力で形成された水の竜が出現している。
「へえ、力をモノに出来てないのに禁忌魔法を使うことが出来るのか!これは流石にやばいなぁ!!」
「ジーク達がいる王都に、手は出させないッ!!」
攻撃を中止し、逃走しようとするベルフェゴールに向かって、
「《滅竜災渦》!!!!」
レヴィは魔法を放った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズドォォォォォォォン!!!
そんな爆発音と共に、王都が揺れた。俺はそれを感じ取って目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。
「なんだぁ・・・?」
まさか、敵が来たのか・・・?
そう思った時、俺はあることに気がついた。いつもならレヴィが勝手に布団に潜り込んで、俺の横にいるはずだ。
なのに今日は珍しく居なかった。それに、何故か窓も開いている。
「・・・まさか」
さっきの爆発音、レヴィが関わってるんじゃ・・・。
「ジークさんっ!!」
「ん、シオンか」
暗いのでよく見えないが、入ってきたのは多分シオンだ。
「さ、さっきの爆発音は・・・」
「分からん。けど、気になるな」
「ご主人様、無事ですか!?」
「おう、無事だ」
シオンと話していたら、シルフィまで起きてきた。
「あれ、レヴィさんはどこに?」
そして、シルフィは部屋を見渡しながら、居るはずの魔神が居ないことに気づく。
「わり、ちょっと出てくる」
「あ、ジークさん!」
シオンが心配そうにこちらを見ていたが、俺は開いていた窓から外に出た。
「・・・」
あちこちで家の電気がつき、人々が外に出ていた。さっきの音と揺れで目を覚ましたんだろう。
そんな王都を俺は全力で走り、壁を飛び越え、外に出た。
「っ──────」
そして、巨大な爆発跡に倒れる一人の少女を発見する。
「レヴィ!!」
「・・・ん、あれ、ジーク?」
それは、レヴィだった。いつものような元気は無く、全身怪我だらけだ。
「どうした、何があった!?」
「・・・魔神、ベルフェゴールが来たの。だから、ボクが戦ったんだけど・・・このざまだよ」
馬鹿な・・・。
レヴィは相当な実力を持つ魔神だ。そんな彼女をここまでボロボロにするレベルの魔神が来てるのか。
「魔神ベルフェゴール・・・」
恐らく、そいつが帝国と手を組んだ魔神だろう。
「うっ、げほっ・・・!!」
「お、おい、大丈夫か!?」
「あ、はは、ちょっと無理っぽいかも・・・。でも、何とか追い返すことは出来たんだよ・・・褒めて」
「馬鹿!そんな事言ってる場合じゃねーだろ!!」
残り生命18。
レヴィの生命は本当にギリギリしか残っていない。死ななかったことが奇跡だ。
「褒めてよぅ・・・」
「っ、あとでいくらでも褒めてやるから、もう寝てろ!」
「・・・えへへ、楽しみに、しとくね・・・」
力なく笑い、レヴィは意識を失った。そんな彼女の目からは涙が溢れ、頬を流れ落ちる。俺はレヴィを抱きかかえ、俺は王都に身体を向けた。
早く回復魔法で癒してやらなければどうなるか分からない。それほどの重症だ。
「・・・くそ」
常にうるさく笑顔が絶えないアホな魔神レヴィアタン。そんなやつがこんなにボロボロになるまで戦っていたというのに、俺は何をやってたんだ。
「魔神ベルフェゴール・・・」
そう呟き、俺はゆっくりと王都に戻った。




