第三十五話 事件の終幕
エステリーナが、泣いている。
状況はよく分からないけど、それを見た俺の中で何かが切れた。
「・・・おい」
「あ?」
「どうやって、ここに来た」
ギリギリと歯軋りしながら俺を睨みつける男、ヴィラインがそう言った。
「アホ魔神の力でエステリーナのいる場所がある程度分かってな。それであとは片っ端から部屋の壁吹っ飛ばしてエステリーナを探してたんだが・・・」
グツグツと沸き上がるのは、怒りか。
「お前ら、死にたいらしいな?」
「ッ!!」
「ひぃぃっ!?」
ギロりと睨みつけると、ヴィラインは肩を揺らし、周囲にいた男達は後ずさった。
「く、ククク、クハハハハハハハ!!!」
突然ヴィラインが額を押さえながら笑う。
「まさか、あの男より先にお前が来るとは思わなかったぞ、ジークフリードォォッ!!」
あの男・・・恐らくイツキさんのことだろうが・・・。
「そんなにこの女のことが大切かぁ!?」
「当たり前だろ」
「・・・あ?」
「大切な仲間だから、こうして助けに来てるんだろ?そのぐらい分かれよ、低脳クズ野郎」
「・・・・・・」
俺がそう言うと、ヴィラインは固まった。
やがてカタカタとその身を揺らし始め、唇を噛み、そして。
「やれぇ、お前らぁ!!邪魔するのなら、お前から消してやるッ!!!」
男達にそう命令した。
「・・・お前らの目的が何なのかは知らんけど」
飛び掛ってくる男達を見つめながら、俺は拳を握る。
「俺の仲間に手ぇ出したんだ。それなりの覚悟は出来てるよな?」
「は──────ぶぇ?」
まず、最初に俺の目の前に来た男の顔面をぶん殴った。
一応手加減はしてやったが。
「え、がッ!?」
次に左右に来た男2人の頭を掴み、勢いよく互いの顔面を前でぶつける。今の感触、多分こいつら骨折れたな。
「ひ、ひいいい─────あぎゃぁ!!」
そして、そんな様子を見て慄く男の服を掴み、隣の壁に顔面から放り投げた。
次に背後から襲い掛かってきた男の腹を蹴り、吹っ飛ばす。
そして次の男を殴り、蹴り、投げ、叩きつけ・・・。
「ば、馬鹿な・・・」
数分後、ヴィライン以外の敵は全滅した。
「あとはお前だけだが・・・」
「ぐっ、貴様ぁ!!」
ヴィラインが俺に向けて魔力を放つ。
しかし、この程度、あのアルターよりも遥かに下だ。
「ち、近寄るな!!この女がどうなっても───」
「どうなるんだ?」
「ッ─────」
俺が全身から魔力を放ちながら無表情でそう言うと、ヴィラインの動きが止まった。
「なあ、どうなるんだ?教えてくれよ」
「ぬ、ググッ・・・!!」
そして、魔力を纏って俺に飛び掛ってくる。
「舐めやがって!!クハハハハッ、余裕ヅラしたその顔面、砕いてやるッ!!」
そう言って俺の顔面に拳を突き出すヴィライン。その顔はもう勝利を確信していた。
バキィッ!!
「ざまあみろぉ!!今のでお前の骨は─────」
鳴り響いたのは、誰の骨が砕けた音か。俺は思い出した。かつて魔神アルターが俺を殴り、逆に奴の手の骨が砕けたことを。
「何を砕くって?」
「ぁ、あぁぁあああぁあぁ!?!?」
ヴィラインが自分の手を押さえながら絶叫した。
「お前程度じゃ俺の耐久力は上回れねぇよ」
「き、貴様ァ!!」
何故かこの男は、今度は蹴りを繰り出してきた。しかし、俺はそれを片手で受け止める。
「なっ・・・!?」
「その程度かよ」
「舐めるなぁぁぁぁ!!!」
俺が足を離すと、今度は魔法を唱えるヴィライン。どうやら水魔法のようだ。
「《デススパイラル》!!」
そして放たれた魔法が俺に直撃する。しかし魔法は俺の魔防に阻まれ、呆気なく消し飛んだ。
「な、ぁ・・・」
「レヴィの足下にも及ばねえな」
「ぐっ、今のは上位魔法だぞ!?何故効かない!!」
喚きながら再び魔法を唱えるヴィライン。しかし、放たれる魔法は俺に全くダメージを与えることは出来ない。
「はぁっ、はぁ!!」
その後、何発も魔法を唱え続けたヴィラインは、魔力が切れたのか肩で息をし始めた。
「ありえない、ありえない!!」
「あ?」
「この力は、人を凌駕する力のはずだ!!」
力・・・ねぇ。
「確かに、あんたは普通の人達よりも強いだろう。けど、その力の使い方を間違ってんだよ」
「なにぃ・・・!?」
「誰かのために動く時、人は何倍も強くなれる。あんたは、その辺に転がってる奴らのために、力なんて発揮出来ないだろ?」
「何を言って・・・」
「あんたは一人ぼっちだ。大切な人も、守るべき仲間もいない孤独な男。そんなやつに俺は負けねえよ」
俺がそう言うと、ヴィラインの雰囲気が変わった。おぞましい魔力が奴の身体から溢れ出る。
「ふざけ、やがってぇぇ・・・!!」
震えながら、ヴィラインが俺を睨みつける。
「俺が弱者だとぉ!?なら、ただのゴミクズ以下のお前らは一体何なんだァァァァァ!!!」
そしてヴィラインは勢いよく俺に向かって跳躍した。
「決まってんだろ、ただの人間だ」
そんなヴィラインに俺の拳がぶつかり、吹っ飛ばした。殺してやりたかったが、このあと少しやらなければならないことがあるので手加減はした。
しかし、それでも何本か骨が折れただろう。ヴィラインは壁に激突すると、口から血を吐き出す。
「が、がふぁっ!?」
「・・・」
だが、まだ奴は立ち上がった。しつこい男だ。
「お、俺は、力を手に・・・」
「・・・」
ガタガタと震えながら、ヴィラインの身体がぐらりと傾く。
「あ、悪魔・・・め」
そして、ヴィラインは倒れた。
「・・・」
俺はそんなヴィラインを無視してエステリーナの拘束を解いてやる。
「じ、ジーク・・・」
「もう大丈夫だ、安心しろ」
「ぁ・・・」
頭を撫でてやり、彼女をおんぶする。
恐らく今の彼女は身体が自由に動かないはずだ。そして横で倒れているヴィラインを片手で掴みあげる。
こいつにはそれ相応か、それ以上の罰を受けてもらわないといけないので。
「うし、帰るか」
「うん・・・」
エステリーナを落とさないようにバランスを調整しながら、俺は地上目指して歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「てか、王都の地下にこんな場所があったなんてなぁ」
「・・・」
ジークの背中に身体を預けながら、エステリーナはこれまで一度も味わったことがない胸の高鳴りを感じていた。
『助けに来たぞ、エステリーナ』
さっきから彼が助けに来てくれた時の姿が頭から離れない。
思い出すだけで胸がドキドキする。
これまでも彼を見た時、たまに似たような感覚に陥ったことは数回あった。
だが、今回はこれまでとはレベルが違う。
心臓の音が彼にも聞こえてしまうのではないかと思うほど、エステリーナの心臓はドクドクと波打っていた。
しかし、何故かとても安心している自分がいる。
そのことに気が付き、エステリーナはジークの服をぎゅっと掴んだ。
「エステリーナ?」
「あ、すまない、その・・・」
「いや、いいよ」
彼女は咄嗟に手を離す。
しかし、しばらく経つと再び彼の服を握っていた。
「・・・本当に、すまない」
「ん?」
「私のせいで、迷惑をかけてしまって・・・」
弱々しくそう言うエステリーナ。
ジークは、これまで関わってきた彼女とはまた別の彼女を相手にしているような気分になる。
自信に溢れ、リーダーシップを持ち、凛としていたエステリーナ。しかし、彼女にもこういう一面はあるのだ。
「迷惑なんかじゃない」
「でも・・・」
「さっきも言ったけど、エステリーナは大切な仲間だ。仲間を助けるのに理由なんて要らないだろ?」
「ジーク・・・」
その言葉を聞き、エステリーナの顔が真っ赤になる。
今の彼女の表情はジークから絶対に見えないので、エステリーナは安堵した。
(なんだろう、不思議な感覚だ・・・)
ドキドキする。
しかし、強敵と戦う時や危機に陥った時とは違うドキドキ。
顔も熱く、落ち着かない。
(大切な・・・仲間)
何故か、それだけで終わりたくない自分がいることにエステリーナは驚いた。
もっと、もっと深い関係になりたいと─────
(ああ、そういうことか)
そこで彼女は二人の少女を思い出す。
(シオンも、シルフィも、いつもこんな気持ちだったんだな)
いつもは二人を応援していた。
しかし今は、とてもそんなことが出来そうにない。
「ふふ・・・」
「ん?どうかしたか?」
「なんでもない」
────今日、エステリーナは初めて恋をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジークさん、エステリーナさん!」
「無事だったんだねー」
俺がエステリーナを連れて闘技場に戻ると、シオン達がこちらに駆け寄ってきた。
そして、俺が掴んでいる男を見て顔をしかめる。
「その男は・・・」
シルフィはヴィラインを睨みつけながらダガーに手をかけた。
「まて、こいつにはあとで罰を受けてもらうから。それよりちゃんと説明しておいてくれたか?」
「・・・はい、運営にエステリーナさんが拉致されたこと、ご主人様がそれを救いに行ったことは連絡済みです」
「そうか、さんきゅーな」
「いえ、当然のことをしたまでです」
そう言ってシルフィは俺がおんぶしていたエステリーナを見て固まった。
「ん、どうした?」
「・・・エステリーナさん、顔が真っ赤ですが」
「え、はっ!なんでもないぞ!?」
「・・・怪しいですね」
じーっとエステリーナを見つめるシルフィ。俺の角度からエステリーナは見えないので彼女がどういう表情をしているのかはまったく分からない。
「エステリーナ、熱でもあるんじゃないのか?」
「い、いや、そんなことは・・・」
(シオンさん、これはまさか)
(うん、可能性は高いね。あとで聞いてみよう)
エステリーナの様子がおかしいことに気が付いた女子二人は、あとで色々聞いてみることにした。
「あ・・・」
「無事だったか、エステリーナ」
「兄上・・・」
そして、歩いてきた男を見て、俺はゆっくりとエステリーナを下ろした。
「・・・」
「あ、兄上、その・・・」
「くっ・・・!!」
「っ!?兄上・・・?」
突然イツキがエステリーナに抱きついた。
「無事で、無事でよかったっ・・・!!」
「兄上・・・」
どうやらかなり心配していたらしい。イツキは周りからの視線を気にすることなく、妹をぎゅっと抱きしめ続けた。
「ごめん、ごめんなさい」
「謝る必要などない」
そんな二人を眺めていると、なんだか心が温かくなった。
うん、こういうのもいいもんだな。
「・・・ぐ、ぅ」
「・・・あ?」
「っ!貴様、ここは!?」
そんな中、うるさいキチガイが目を覚ました。
「ジークフリードォ!!な、それにイツキ・ロンドも・・・」
とりあえずうるさいのでイツキの前にヴィラインを投げる。
「イツキさん、ある程度状況は把握してると思いますけど、こいつが今回の事件の黒幕です」
「・・・ふむ、そうか」
イツキはエステリーナから離れると、ヴィラインを睨みつけた。
ヴィラインも負けじと立ち上がり、イツキを睨む。
「ぐ、ククク」
「なるほど、貴様がエステリーナを・・・」
「イツキ・ロンドォォォォォ!!!」
そして、ヴィラインはイツキに飛び掛ったが、イツキが放った魔力を受け、後方に吹っ飛んだ。
「がっ!?」
「・・・ジークフリード、今回は貴様に感謝しよう。妹を救ってくれてありがとう」
「どうも」
「さて、ヴィライン・カリオーラ。我が妹に手を出したのだ。覚悟は出来ているのだろうな?」
「ぐ、あ・・・」
イツキが全魔力を炎へと変え、大剣に纏わせる。
そこで俺は、彼のステータスを思い出した。
「ぐ、ああああああ!!!」
ヴィラインが勢いよくイツキに襲い掛かる。
ーーーーーーーーーーーーー
~イツキ・ロンド~
★ステータス★
レベル:180
生命:3800
体力:4300
筋力:3100
耐久:1300
魔力:5800
魔攻:3200
魔防:1500
器用:105
敏捷:2800
精神:586
幸運:500
★固有スキル★
・炎の波動改
火属性魔力上昇効果
・炎剣士
火属性魔法を剣に付与することが可能
★装備★
魔剣スルト
サラマンダーベスト
サラマンダーボトムス
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レベルはアルターよりも下だ。
しかし、総合的なステータスはアルターよりも上。恐らく俺とリリスさんの次ぐらいに魔神に近い。
イツキ・ロンドは、これ程の実力を持っているのだ。
「焼き尽くせ、《焔凰裂翔斬》」
「ぎ─────」
そして、放たれた爆炎の斬撃は、悲鳴を上げさせる間もなくヴィラインの身体を呑み込み、天高く昇っていった。




