第三十四話 狂気の男
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・ぅ」
「お、目を覚ましたか」
「・・・ここは?」
ゆっくりと目を開けたエステリーナは、まだぼんやりとする視界で周囲を見渡した。
そこには、ニヤニヤと笑う男達が数名。
よく見れば先程ぶつかってきた男もいた。
「・・・っ!?」
そして彼女はあることに気が付く。
身体は椅子に縛り付けられ、全く身動きがとれない。
さらに全身が痺れている。魔法も発動することが出来ない。
「な、なんだ・・・?」
「はは、ビビってやがるぞ」
「そりゃそうだろ」
言い知れぬ恐怖がエステリーナのカラダの底から湧き上がる。
彼女はこれまでこんな目に遭ったことなど当然無い。
「な、何が目的だ」
「そりゃあ、直接兄貴に聞きな」
「え・・・」
「クックッ・・・」
現れた男を見て、エステリーナは目を見開く。
「ヴィラインっ・・・!!」
「ククク、そう睨むな」
そう言って笑う男、ヴィラインは動きの封じられているエステリーナの目の前まで歩き、そして彼女の顔を覗き込んだ。
「その赤髪、その顔、見ているだけで奴を想い出して今すぐにグチャグチャにしてやりたいが・・・」
「奴・・・?」
「クク、まあ今は我慢しよう。お前は立派な人質だからなぁ」
そう言うとヴィラインはエステリーナから離れ、一人の男に命令した。
「闘技場の魔導システムを乗っ取ってイツキ・ロンドを呼び出せ」
「なっ・・・!?」
ヴィラインが口にした名前にエステリーナは衝撃を受けた。
「な、何故そこで兄上の名前が出てくるのだ!!」
「ククク、まだ分からねえのかぁ・・・?」
ヴィラインはに口角を吊り上げ、エステリーナに顔だけを向ける。その表情は、エステリーナを恐怖させるのには充分だった。
そして、
「あの男を、殺すために決まってるだろうがァ!!」
「っ・・・!!」
ヴィラインは身動きのとれないエステリーナに早足で近寄り、そして顔面を殴った。
「ぅぐッ!?」
「クハハハハ!!あの《炎髪の魔剣士》も縛られてちゃあ何も出来ねえよなぁ!?」
ゲラゲラと笑うヴィライン。
そんな彼をエステリーナは走る激痛に耐えながら睨みつける。
「何故、兄上を・・・!!」
「・・・昨年、俺は決勝で奴に負けた」
「ああ、負けていたなっ!」
「俺は、あの時生まれて初めて負けたんだ。自分に対する絶望、失望、憤怒が膨らみ、奴に対する憎しみ、恨みも同時に俺の中を駆け巡った」
自分の身体を抱きながら、ヴィラインは語る。
「殺したくて殺したくて、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてしかたがなかった!!しかし俺にはまだ力が足りなかったんだ!!」
その顔は高揚し、身体はバランスを保てていない。
「そんな時、俺はある男に出会ったんだ・・・。その男は俺に力を与えてくれた・・・」
「男・・・?」
「そして俺は今回の大会に、奴を殺すために参加した。しかし!!どうせ殺すのなら!!もっと屈辱を味わってもらいたくてなぁ!!!」
そう叫んでヴィラインは全身から魔力を放った。
近くにいるだけで目眩がする程の気味の悪い魔力。
「奴の妹であるお前を拉致、人質として!!奴をフィールドのど真ん中で土下座でもさせながら痛ぶって!!最終的に奴の目の前で大切な妹を殺してやろうと思ってなぁぁぁアヒャヒャヒャヒャヒャヒャァァァ!!!!」
「く、狂ってる・・・」
目の前で発狂する男を見てエステリーナは震えた。
そんなことを、自分のせいで、兄にさせるというのか。
「ふ、ふざけるな、ヴィラインッ!!」
「ククク、お前、自分が置かれている状況分かってんのかぁ?」
「っ!?」
突然エステリーナを待機していた男達が取り囲む。
「イツキ・ロンドがここに来るまで好きに遊べ。泣き叫びながら助けを求める妹を見たらあの男も俺に逆らえないだろうからな」
「ぐっ、貴様ぁ!!」
ヴィラインを睨みながらエステリーナは必死に拘束を解こうとするが、魔法の影響で身体が動かない。
「ククク、あれだけの麻痺粉を吸ったんだ。そりゃあ動けないだろうよぉ」
「くっ、くそ!!」
男達は次々とエステリーナに迫る。
「私の、せいでっ・・・!!」
彼女の目から涙が溢れた。
自分のせいで、武人として尊敬する兄がみんなの前で、こんな男に。
「私が、弱いから・・・!!」
イツキは、昔から強かった。
そんな兄に追いつこうと、必死に努力してきたというのに。
「すまない、兄上・・・」
そして彼女は目を閉じる。
もう、どうしようもないのだ。
「ジーク・・・」
何故、その名が出たのかは分からない。
気が付けば彼女は、ぽつりと彼の名を呟いていた。
────ズドオオオオオオン!!!
「っ!?」
突然衝撃が部屋を揺らす。
ズドオオオオオオン!!!
数秒後、再びそんな音とともに衝撃が部屋を揺らした。
「な、なんだ!?」
ヴィラインも謎の音に驚いている。
そして、
ドゴオオオオオオオン!!!!!
「・・・ここか」
「・・・ぁ」
突然部屋の壁が吹き飛び、その衝撃波で何人かの男達も吹っ飛んだ。
「な、誰だ!!」
「うるせえよ」
「ぎゃぷっ!?」
立ちのぼる煙の中に浮かび上がる人影に一人の男が駆け寄ったが、次の瞬間には顔面がぐにゃりと歪み、男は勢いよく宙を舞った。
「・・・ど、どうして、ここに」
エステリーナは、その男が誰なのか、声で分かった。
「決まってんだろ」
煙の中にいる人物は、ゆっくりとその姿を現す。
そして、エステリーナに笑いかけた。
「助けに来たぞ、エステリーナ」
その言葉を聞き、エステリーナの頬を再び涙が流れていく。今度は悔し涙ではない、純粋に嬉しかったのだ。
「ジークぅ・・・」
そんな彼女の弱々しい声を聞き、現れた少年の雰囲気が変わった。




