第70話:黒幕
「ほんっっっっとうに有り得ません!!」
合流し、残りの調査をノエル達に任せて一度自宅に戻ったジーク達。すると魔力体となったアルテリアスがそう言いながらテーブルを叩き、上にあったグラスがぐらりと揺れた。
「この私を誰だと思っているのですか、彼らは!よくもまあ女神を相手にあんな口が聞けたものです!」
「ま、まあまあ、落ち着いて……」
レヴィやシルフィが落ち着かせようとしているが、アルテリアスは顔を真っ赤にして怒りに震えている。ルシフェルを部屋で寝かせて戻ってきたジークは、アルテリアスの頭を軽く叩いた。
「た、叩かれました……!」
「近所迷惑だ。ただ、気持ちは分かるよ。勝手に裏切り者扱いされてムカついたよな」
そのまま頭を軽く撫でられ、アルテリアスが俯く。不思議と苛立ちは薄れ、なんとも言えない気持ち良さが心を満たしていく。
「で、これからどうするのよ。いよいよ天使が動き出したみたいだけど、こっちから接触したりはできないわ」
「それに、ジークから聞いた話だと、ゼウスは大天使の方々を徹底的に追い詰めていたようだ。向こうがそれを理由に総攻撃を行う可能性がある」
「自業自得じゃないですか。勝手にルシフェルさんを敵にして、三人も投入してどうにかしようだなんて」
シルフィの言葉に皆が苦笑する。ただ、あまりのんびりしていられる状況ではない。もしかしたらと考えていた天使の出現が現実となり、表に出てきたゼウスと交戦してしまった。先程エステリーナが言っていたように、ここから地上への攻撃が始まる可能性はそれなりに高いだろう。
「一つ気になるのが、ルシフェルに加えて女神さんを敵扱いしか事かな。ボク達と一緒に居るからって理由は分かるけどさ、それでも話くらいは聞くものじゃない?」
「そうね。まるで天界にとっての邪魔者を排除しようとしているみたいだわ」
「邪魔者か……なあ、アルテリアス。ルシフェルから聞いた話だと、天使達は人間や魔族達を滅ぼそうって考えてたみたいだけど、アルテリアスはそれに賛成か?」
ジークに言われ、アルテリアスは首を振る。
「神魔大戦の時は、世界の危機だった為魔神達と戦闘を行いましたが、私は別に魔族全員を滅ぼそうだなんて考えた事もありませんよー」
「なら、当然反対するだろう。そうなった時、アルテリアスやルシフェルは天界にとって邪魔者になる。だから理由を付けて、天界の敵だと言い排除しようと考えてるんじゃないか?」
「へえ、それはそれは……」
ジークの肩が跳ねる。顔は笑っているが、雰囲気がガラリと変わったアルテリアス。レヴィやアスモデウス達ですら頬を引き攣らせる程の圧を撒き散らしながら、アルテリアスは指の骨を鳴らしてみせた。
「少しお話する必要があるみたいですねー」
「と、とりあえず落ち着こうな」
やはり怒ると一番怖いのはこの女神のようだ。なんとかして落ち着かせてから、ジーク達は天界について少し考える。
人間と魔族を滅ぼそうという考えに反対した大天使長ルシフェルを、裏切り者だと追放して堕天させる。ゼウスの持ち主だった少女に嫉妬し、適当な噂を広めて追い込み自殺させる。天界とはこの世の理想郷のようなものだとジークやエステリーナは考えていたが、どうやら少し認識を改める必要があるらしい。
「あの時、大天使達はルシフェルの話を聞こうとすらしていなかった。話し合いは多分無理だろうな」
「困りましたね。別に構わないのであれば、攻撃してきた場合は始末するのですが……」
「あたしも賛成。気に食わないわ、あの連中」
どうしたものかとジークは唸る。できればルシフェルの意思を尊重したいと思っていたが、何故あそこまで大天使達は聞く耳を持たないのだろうか。
「ムムっ……!?」
皆が頭を悩ませる中、突然アルテリアスが顔を上げる。
「これはまさか……ああ、なるほど!ここ最近調子が悪かったのはそういう理由ですか」
「何かあったのか?」
「ええ、これは朗報ですよー。天界に居る大天使の一人が今からこちらにやって来ます」
「へ……?」
にっこりと笑うアルテリアスの背後に巨大な穴が出現した。そして、その中から一人の少女が顔を出す。小柄で小動物のように可愛らしい少女だが、その背からは純白の翼が生えている。
「よ、良かった、やっと繋がりましたぁ……!」
「久しぶりですねー、ロッテ。全然変わってなくて安心しましたよー」
「お久しぶりです、アルテリアス様!こうして再び会える日を心よりお待ちしておりました!」
元気にそう言った少女が、今度はジークに目を向ける。
「貴方は……」
「あ、初めまして、ジーク・セレナーデといいます。一応アルテリアス……様の魔力と神力を借りていて……」
「アルテリアス様の!?では、貴方が選ばれし者なのですね。初めまして、大天使のロッテと申します」
そして、魔神達の方を向いたロッテは何度か首を縦に振った。
「なるほど、貴女達が魔神ですか」
「何よ、やるつもり?」
「いえ、アルテリアス様やルシフェル様が仲間だと認めた方々です。決して悪い人や敵だとは思いませんよ」
「あはは、話が分かる子が来たみたいだね。ねえ、君は何の目的で姿を現したの?」
レヴィにそう言われたロッテは、この場に居る者達に向かって勢いよく頭を下げた。突然の事に皆が驚き、固まってしまう。
「今回はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした!しかし、今の天界は地上全てを敵として扱っています。現大天使長が面倒な方で、皆がその言いなりになっていて……」
「その大天使長は、一体誰なんですか……?」
「っ、ルシフェル様!」
フラフラと階段を降りてきたルシフェルに、ロッテがお久しぶりですと頭を下げる。立ち上がったジークは彼女に歩み寄り、体を支えながらロッテの前に案内した。
「ルシフェル様には、本当にどれだけ謝罪しても足りない程の……」
「そんな、ロッテさんは最後まで庇ってくれていたではありませんか」
「それでも、貴女の堕天を止める事はできませんでした。全て現大天使長アズリエラの仕業です」
「っ、アズリエラさんが大天使長に……」
ルシフェルが目を見開く。その目を見つめながら、ロッテはこくりと頷いた。
「最初に地上殲滅作戦を発案したのは彼でしょう?それに反対したルシフェル様を堕天させ、今度はアルテリアス様まで敵だと言っている。今回の大天使三人によるルシフェル様襲撃も、アズリエラが命令したのです」
「どうして、アズリエラさんは……」
「私が持つ【看破】の奇蹟は相手の嘘を見破ります。アズリエラの発言は嘘ばかり。しかし、その嘘を天使達は何故か信じて行動しています。なので私は、アズリエラが何かしらの能力を使っているのではと考えました」
それはおかしいのではとルシフェルが言う。
「彼の奇蹟にそのような能力は……」
「それがおかしくないかもしれないんです。ルシフェル様、実は私、奇蹟を二つ授かっているんですよ」
「え……えっ!?」
驚いたルシフェルが振り返れば、アルテリアスは知らなかったんですかーと笑った。
「世にも珍しい奇蹟の二つ持ちですー」
「はい。先程私がこちらに来れたのは、私の神力とアルテリアス様の神力を繋げて移動空間を創ったから。神力がある場所への移動を可能とする、【神通】の奇蹟といいます」
「最近私の調子が悪かったのは、ロッテがなんとかして私の神力と繋がろうとしていたからのようでー」
それは申し訳ありませんでしたとロッテが頬を掻く。天界から地上へ降りる為には大天使長の許可が必要らしく、裏切り者扱いされているアルテリアスに会いに行くとは言えず、距離的に厳しいが奇蹟で移動しようと考えていたのだとか。
「それで、あんたがここに来たのは、そのアズリエラとかいう奴について伝えるためって事でいいの?」
「えっと、貴女はどの魔神の方でしょう」
「色欲の魔神よ。名はアスモデウス、別に覚える必要はないわ」
「いえ、名前を覚えるのは大切ですよ。よろしくお願いします、アスモデウスさん」
握手を求められたアスモデウスは、少し焦りながらもその手を握った。
「こ、こんなのはどうでもいいのよ!あんたが来たのは、さっきあたしが言った理由だけ?」
「いえ、ここからが本題です」
不意に、ロッテの表情が真剣なものへと切り替わる。それを見て、特務騎士団は無意識に姿勢を正した。
「貴方達に、天界を崩壊へと向かわせている大天使長アズリエラを討伐してもらいたい……そうお願いに来ました」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「傲慢の魔神はルシフェルではなく、その身体を乗っ取っていた魔剣……ですか」
大天使長アズリエラは、帰還した大天使三人の話を聞いて大きく息を吐いた。まるで馬鹿にするかのようなその態度に、負傷しているクルトは苛立ったように頬を引き攣らせる。
「あのですねぇ、嘘なんていくらでも言えるじゃないですか。彼女は自分の身を守るため、そのような嘘で誤魔化そうとしていたのでしょう」
「……ルシフェルは俺達三人を相手に神装を出さなかった。どれだけ攻撃されても、反撃はしてこなかった」
「だから何だというんですか?それにその後、傲慢の魔神を相手に敗走したのは貴方達では?」
「傲慢の魔神はルシフェルではなかったと言っている!奴は天界侵攻なんて微塵も考えてはいなかった!」
それを聞き、アズリエラの顔から笑みが消える。
「貴方、私の発言を疑っているのでは?」
「ああ、その通りだ」
「具体的にどの部分を、でしょうか」
「全部だよ」
アズリエラがその身から神力を放出する。昔からそうだ。冷静に見えて、この男は気に食わない事があるとすぐに怒る。
「お前が地上への攻撃を提案した時、真っ先に反対したのがルシフェルだった。だから自分にとって邪魔な存在であるルシフェルを、魔族と繋がっているなどという嘘で追放したんじゃないのか?」
「クルト、発言には気をつけた方がいいですよ」
「大天使長の言葉は絶対、か?ルシフェルは一度もそんな事を言ったりはしなかったがな」
次の瞬間、放たれた神力がクルトを吹き飛ばした。そのまま壁に激突したクルトは勢いよく倒れ、床を転がる。
「っ……上等だ、ぶっ殺してやるよ……!」
「ち、ちょっと、クルト!」
「止める必要はありません。エア、クラウン。賢い貴方達なら分かるでしょう?私と彼、どちらが正しいのか」
ゼウスとの戦闘で全身ボロボロの状態で、クルトは神装を呼び出し神力を纏う。そんな彼と椅子に腰かけたまま動かないアズリエラを見比べ、エアはかつてない程の焦りを感じていた。
「……私は、ルシフェルを信じる事にした」
「なっ、クラウン……!?」
そんな中、神装である盾を呼び出したクラウンが、クルトの前に立ちそう言った。笑みを貼り付けたアズリエラの額に青筋が浮かぶ。これで二対一。しかし今の状態で、大天使長であるアズリエラに勝てる筈がない。
「エア、貴方は?」
「っ、僕は……」
「そういえば先程、大天使ロッテが独断で地上へと向かったそうです。その理由は、裏切り者であるルシフェルとアルテリアスに接触するため。貴方もまた、天界の敵になるというのでしょうか」
と、そこでクルトが笑った。
「それはいい事を聞いた。ロッテが持っていた【看破】の奇蹟は相手の嘘を見破る能力。あいつは臆病だからお前の発言に対して何も言えなかったが、全部嘘だと分かっていたんだろうな。だからもう一つの奇蹟を使い、地上へと向かったんだ!」
「もう一つの奇蹟?馬鹿な、奇蹟を二つ授かっているのは私だけの筈……」
「奇蹟を二つ持っていると認めたな!そうだ、言われてみればおかしかったんだ。お前が言う事全てに俺達は逆らえず、それを信じて動いてしまう。もう一つの奇蹟、その能力が原因だろう?」
驚いたように目を見開いた後、アズリエラはゆっくりと立ち上がった。そして額を押えて俯き、徐々に肩が揺れ始める。
「くっ、くくっ、くはははははははっ!なるほどなるほど、私の奇蹟も万能ではなかったという事ですか。貴方の言う通りですよ、クルト。私が持つ奇蹟は【神集】ともう一つ、【真実】というものがありましてね。その奇蹟は、自らの発言全てが真実として相手に伝わるようになるというもの。つまり、どれだけ私が嘘を言っていたとしても、それを聞いた者は真実、正しいものと思い込んでしまう便利な奇蹟です」
「な、なんだそのクソみたいな奇蹟は」
「どうやら私の発言に疑問を感じてしまった場合、奇蹟の力がその者には通じなくなるようです。勉強になりましたよ」
クルトは楽しげにそう言うアズリエラに、輝く神の槍を向けた。
「じゃあ何だ、やはりルシフェルは無実だったという事か……!」
「ええ、そうです。彼女は本当に邪魔だったのでね。奇蹟を使えば貴方達を含めて全員が私の味方、簡単に追放する事ができました。くくっ、あの時のルシフェルの表情……最高でしたねぇ」
「っ……アズリエラああああッ!!」
駆け出そうとしたクルトだったが、エアに止められ転倒する。何をすると怒鳴ろうとした直後、そのまま腕を引っ張られて三人は部屋から飛び出した。
「お、おい……!」
「よーく分かったよ、本当の敵は大天使長……いや、アズリエラだ。僕達は今からお尋ね者になるだろう。どうにかして天界から逃げ出すよ」
「だが、逃げられないように結界が操作される筈だ。そこで一つ、いい場所を私は知っている」
「ならクラウン、そこに案内してくれ!」
天界中にアズリエラの声が響き渡る中、三人は翼を広げて勢いよく飛び立った。




