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第67話:時の天使

「エステリーナ様、おはようございます!」

「おはようございます」


早朝、少し体を動かそうと王都内をジョギングしていたエステリーナに、店の準備をしていた人々が挨拶をしてくる。それに毎回きちんと挨拶を返しながら、エステリーナは白い息を吐いた。


最近は王都もすっかり寒くなり、いよいよ冬も本番である。この冷えた空気を浴びながら外を走り、身体を温めるのは昔から好きだった。


「あ……」


ふと足を止め、空を見上げる。今日は朝から雲に覆われていた空から、ゆっくりと落ちてくる白い粒。


「雪だ……」


今年初めての雪が降ってきた。額を濡らす汗を拭い、徒歩に切り替える。風に乗って雪が舞い、エステリーナの燃えるように赤い髪を揺らした。


「うわーっ、凄い凄い!見てよシルフィ、雪!」

「はいはい、見てますよ」


向こうから見知った声が聞こえてきた。見れば、興奮気味に空を見上げているレヴィと、そんな姿を見て苦笑しているシルフィがこちらに向かって歩いてきている。


「あ、エステリーナだ。おはよう!」

「おはようございます、エステリーナさん」

「ああ、おはよう。ふふ……随分楽しそうだな」

「だって雪だよ!自然の雪は魔界じゃ見れないの」


はしゃぐレヴィは非常に可愛らしく、エステリーナはつい彼女の頭を撫でてしまった。周りにいる人達も、まるで我が子を見るような目をしている。


「エステリーナは何してたの?」

「軽く走っていたんだ。目を覚ますのに丁度いい」

「おお、流石だねぇ」

「そういう二人は?」

「窓の外を見てレヴィさんが飛び出していったので、私も一緒に。はしゃいで人とぶつかっては迷惑なので、一応見ておこうかと」


完全に保護者と子供だ。話を聞いて苦笑し、エステリーナはそろそろ自宅に戻ろうかと息を整える。


「帰るの?このままウチに来ればいいのに」

「汗をかいたからな。体を洗ってから行くよ」

「そうですか。ではお待ちしていますね」

「ああ、また後で」


レヴィ達と別れ、再び走り出したエステリーナ。少し足を止めていただけで随分と体が冷えていた。早く汗を流してしまおうと思いながら、雪の降る王都を駆けていく。


きっと、今日はまだまだ寒くなるだろう。








「ねえねえ、アスモデウスも外行こうよ」

「嫌だってば。誰がこんな寒い日にわざわざ外になんか……」

「でも、どのみちこの後外出るじゃん」

「う……そ、その時まで体を温めておくのよ」


風呂に入り、装備を整え特務騎士団の家を訪れたエステリーナは、リビングの上で繰り広げられている攻防を見て苦笑した。クッションを抱いてその場から動こうとしないアスモデウスと、彼女を外に連れ出そうとしているレヴィの攻防だ。


「レヴィ、無理強いは良くないぞ」

「えー、だって積もりそうだもの。みんなで雪合戦とかしようよ」

「あたしはあんたみたいに子供じゃないのよ。寒い中雪のぶつけ合いなんて、大人はしないものよ」

「ふふ、大人でもする人はすると思うけどな」


どうやらアスモデウスは寒いのが苦手らしい。ここ最近はかなり冷え込んでいるので、確かに苦手な人が外を出歩くのは気が進まないだろう。


「ふあ……おはようエステリーナ」


二人の会話が聞こえたのか、ジークが眠そうにリビングに顔を出した。その後ろには、同じく眠そうに欠伸をしているアルテリアスがふわふわとついてきている。


「おはようジーク。体の調子はどうだ?」

「しっかり休んだからな。もう大丈夫だよ」

「そうか、それなら良かった」

「本当に心配でした。ジーク様ったら、明らかに無理をされているのに誤魔化してばかりでしたもの」

「はは、反省してます……」


そう言ってジークが洗面所へと向かう。もう怪我はすっかり癒えており、傷跡も残っていなさそうだ。内心ほっとしていたエステリーナだったが、ジークの後ろにいたアルテリアスが疲れているように思え、彼女に声をかけた。


「アルテリアス様、顔色が優れないようですが……」

「え?あ、ああ、ちょっと色々ありましてー」

「色々、ですか?」

「なんだかこの数日、頭がぐわんぐわんする事が多くてですねー。そのせいで寝不足気味というか……」


魔力と神力の大半を過去の神魔大戦で消費し、更に僅かに戻ったその力を今はジークに貸しているアルテリアス。この状態では、女神でも体調不良に陥ったりするのだろうか。


「女神さん、この前ジーク相手に凄い怒ったらしいけど、自分も無理しちゃ駄目だよ」

「ええ、それは勿論」


アルテリアスが頷いたタイミングで、顔を洗ったジークが戻ってきた。それからはシルフィとルシフェルが作った朝食を皆で食べ、それぞれが準備を整えてから玄関に集合する。


「じゃあ行くか」

「うう、なんであたしまで……」


今日はとある場所を訪れる予定で、未だ意識の戻らないシオンは自室で眠ったまま。イツキが彼女を守る為に騎士を自宅周辺に配置してくれており、彼らに任せてジーク達は王都を出発する。


そこは馬車で十数分程度の距離にある場所。以前激しい戦闘の末特務騎士団が壊滅させた、ベルフェゴール率いる魔神教団の地下本部跡地だった。


「おはようございます、特務騎士団の皆さん」


待っていたノエルに挨拶し、彼女に案内されて瓦礫に埋もれた地下への入口に向かう。調査隊の活躍で、どの瓦礫を撤去すれば入口があるのかが判明したので、その撤去作業と調査の手伝いに特務騎士団は呼ばれたのである。


「まずはこの岩を移動させます。魔法を使うと衝撃で崩れてしまう可能性があるので困っていたんです」


ノエルがジーク達に見せたのは、見上げる程に巨大な岩だった。これを砕くには威力の高い魔法を使わなければならないので、騎士達ではどうしようもない。


「ジーク様、ここは私にお任せ下さい」

「魔法は駄目らしいけど……」

「大丈夫です。今から使う魔法は破壊するものではありませんから」


シルフィが岩に手を置き、紋章を解放する。そして手のひらから放たれた漆黒の魔力が岩を飲み込み、そのまま消滅した。暴食の魔法が巨岩を跡形も残さず喰らったのである。


「おお、凄いね。これはもうシルフィが瓦礫とかを全部食べてくれればいいんじゃない?」

「暴食の魔法で何かを喰らうと、その味が分かるから嫌なんです。今のなんて、岩を食べてるんだなって味がして……うぇ」

「残りは私達でも撤去できそうだが」


岩の下にはまだ瓦礫がある。それもかなり大きいものばかりだが、エステリーナは瓦礫を鷲掴みにして持ち上げた。憤怒の紋章で力が増している今の彼女なら、この程度なら軽く持ち上げる事が可能だ。


「じゃあボクも」


エステリーナに続き、レヴィも瓦礫を持ち上げて運んでいく。ジークも手伝おうとしたが、撤去作業は二人だけですぐに終わってしまった。


「ありました、入口です」

「内部調査中に崩れる可能性があるので、まだ危険だとは思いますが……」

「まずは俺達が安全かどうかを確かめてきます。崩れてもある程度は対応できる筈なので」

「それは……いえ、確かにお任せしたほうが良さそうです。私達は他の場所で作業を続けますので、特務騎士団の皆さんは内部の調査をお願いします」


念の為魔力を纏いながら、ジーク達は跡地へと足を踏み入れた。所々崩れてしまっているが、動かない岩などを利用しながら降りていく。やがて辿り着いたのは紙が散らばった大部屋の中。どうやら資料が保管されている場所らしい。


「うげ、悪趣味な研究記録ばかりだわ」

「人や魔族のものだけではなく、エルフを使った実験についてのものまで……」


どれも怒りを覚えてしまう、非人道的なものばかり。レヴィやアスモデウスは冷静に記録を見ているが、エステリーナやシルフィは時折口元を押さえていた。


「ジークさん、これ……」


顔色を悪くしたルシフェルが、ジークに紙の束を手渡してきた。それを見て、ジークと胸元のアルテリアスは驚く。


『時の魔法と天使について、ですかー』

「まさかこんなすぐに見つかるとはな」


今回の調査で、ジークは時の魔法とそれを使う天使についての資料を探そうと考えていた。ベルフェゴールや第二魔神達が、普通の少女であるシオンを狙った理由。時の魔法を調べれば、それが分かると思ったのだ。


他の資料は皆に任せ、ジークは魔力体となったアルテリアス、ルシフェルと共に時の天使についての資料を読み始める。






ーーーー時の天使についてーーーー


神魔大戦後、大天使────は『バベルの塔』と共に人造天使を造り出す研究を始めた。『バベルの塔』に所属する人間達は皆優秀な者ばかりで、数百年の歴史を持つ『バベルの塔』はその研究を受け継ぎ続け、そして遂に『時間干渉』の魔法を生み出したのだ。


その魔法は膨大な魔力と神力を必要とし、人造天使には無限の魔力及び神力を生み出し続けるコアが使用される。


また更に数百年の時を消費し誕生した人造天使。大天使──リ──と『バベルの塔』は、彼女を『時の天使』と呼んだ。




途中解読不可




檻の崩壊

絶対に逆らう事のなかった時の天使は、唐突に檻を破壊し脱走した。天界の隠された研究施設は崩壊。その後の時の天使の行方は不明。







「多分大昔の研究資料か何かを、ベルフェゴールは入手したんだと思う。それで彼は、時の天使の存在を知った……」

「バベルの塔っていうのは、研究者の集まりだったんだろうな。大天使の名前は分からないけど、そいつと手を組んで色々やっていたってわけだ」

「人造天使に時間干渉、無限の力を生み出すコア……そんな話は今まで聞いた事がないから、気付かれないように研究は行われていたんだね」


ふとアルテリアスに目を向ければ、彼女は明らかに苛立っていた。女神である彼女ですら知らない、人工的に天使を造り出す研究。知っていたのならば、アルテリアスがそんな事を許可する筈がない。


「どこの誰だか知りませんが、随分舐めたマネをしてくれたものですねぇ……」

「昔の人達は凄い技術を持っていたんだな。まあ、その使い方を間違ってるけど」

「まだ続きがあるみたいだよ。読んでみよう?」


ルシフェルに言われ、ジークは再び資料に目を通していく。








私との戦闘時に計測された魔力量は、時の天使と認定するには充分なものであった。まるで時でも止まってしまったかのような感覚。私はシオン・セレナーデを失われた時の天使として観察する事とする。





やはり間違いではなかった。彼女は傲慢の魔神ルシフェルに対して、計測できない程の魔力を使用して魔法を放った。あれは時の魔法で動きを止めたのだろう。





彼女は深夜に行動する回数が多い。そして不思議な事に、時折魔力を計測できなくなる。私に気付いているのか、それとも。








「計測できない程の魔力って……」

「私もシオンの魔力は何度もこの身で浴びてきましたが、一般的な人間のものと殆ど変わりませんでした。最近は爆発的に魔力量が増えていましたけど……」


ジークと出会う以前の記憶が無く、ジークが命の危機に瀕した場面に二度も居合わせ、その度に相手は必ず攻撃の手を止めていた。更に第二魔神からも標的にされる存在であるシオンは、一体何者だというのだろうか。


「シオンが、時の天使……」


基本的に無表情だが、いつもジークの事を支えてくれていたシオン。何年も家族として過ごし、共にカルナ村に帰ろうと約束したシオンが、人の手によって造られた天使だというのか。


「これ、深夜に行動する回数が多いって書いてあるけど、全然気付かなかったよ」

「俺もだよ。だけど、本当に深夜に動いているとしたら、シオンは一体何をしているんだ……?」


ふと周囲を見渡せば、他の少女達もいつの間にか集まってきていた。どうやらある程度の資料に目を通し終えたらしい。ジークは持っていた資料をエステリーナに手渡し、書いてあった事を少女達に説明する。


「シオンが時の天使、か」


それは全員がもしかしたらと思っていたもので、驚きながらもやはりかという気持ちが顔に出ている。


「まだ確定ではありませんけどねー。でも、彼女は以前こう言っていました」





『私には、ジークと出会う以前の記憶がありません。覚えていたのは〝シオン〟という名前だけでした。だけど時々こうして自分が分からなくなって、どこかで見たような光景が頭に浮かんだりして……』


『その中に、目を逸らしたくなるようなものも沢山あるんです。エステリーナさん、シルフィ、レヴィさん、アスモデウスさん、ルシフェルさん、アルテリアス様……そしてジーク。皆さんが命を失いこの世から消える光景が、何度も、何個も、何パターンも』


『最初は未来予知のようなものかと思っていました。でも、違うんです。これはこれから起こる悲(・・・・・・・・)劇であって(・・・・・)もう既に起こった(・・・・・・・・)悲劇でもある(・・・・・・)。だとすれば、私は一体誰なんですか?こんなに数え切れない程の死を見てきた私は……』





「確かエステリーナ、シルフィ、レヴィはジークとは初めて会った気がしないと言っていましたね」

「え、それなら私も……」

「気の所為だと思ってたけど、あたしもよ」

「二人もですか……」

「で、何が言いたいわけ?」


アスモデウスにそう言われたアルテリアスが、「もしも」と人差し指を立てて言う。


「ジークや皆さんが死んでしまった際、シオンが例の魔法を使って時間を戻していたとしたら?」

「これから起こる悲劇、もう既に起こった悲劇……シオンは何らかの理由で記憶喪失になってしまったけど、その悲劇を少しだけ覚えているって事か……?」

「でも、ジークやみんなが命を落とす程の敵なんて、それこそこの前戦ったデミウルゴスくらいだよ。それを倒した今、それに匹敵する脅威なんて……」


そこでレヴィは言葉を切り、ルシフェルに目を向けた。彼女も同じ事を思ったのか、目が合うと頷いてくる。


「天使との問題は、まだ解決していない」


ルシフェルがそう言った直後、部屋全体がカタカタと揺れた。崩れる前兆だろうかと全員が警戒したが、どうやらそうではないらしい。


「これは、神力……?」


呟き、何かに気付いたようにルシフェルが目を見開く。


「まさか……!」

「お、おい、ルシフェル!?」


弾かれるように駆け出したルシフェルを追い、ジーク達は地上に出る。そして─────


「なっ……!」


呆然と空を見上げる調査員達の視線を追えば、そこには純白の翼を広げた三人の男が浮遊していた。

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