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第66話:動き出す天使達

そこは一面の白。そこは神聖なる領域。そこは穢れのない楽園。美しき天空の世界を窓から眺めながら、男性は穏やかな笑みを浮かべた。今日も今日とて私の世界は美しい。これこそが世界のあるべき姿なのだ……と。


「失礼します」

「おや、来ましたね」


部屋の扉がコンコンと数回音を立て、開いた扉の向こう側から数人の男女が中へと入ってきた。彼らは部屋の中央に置かれている円卓を囲い、椅子に腰掛けていく。


「さて、早速話を始めさせていただきます。本日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。我らが天界史上最悪の裏切り者、〝傲慢の魔神ルシフェル〟の討伐作戦について説明する為です」


この場に居る者達は皆、その背中に白き翼を持っている。そのうちの一人、腕を組んで話を聞いていた青年が睨みつけるようにこちらを見ていた。


「どうしましたか、クルト」

「どうもこうもない。ルシフェルはもう死んだ筈だ。アルテリアス様が選んだ人間の手によってな」


クルトと呼ばれた青年が、何故か苛立ったようにそう言う。彼は優秀だが、この態度は改めさせなければならない。しかしまあ、こればかりは仕方ないのかもしれない。彼は、かつての同僚をそれ以上の存在として見ていたのだから。


「いいえ、生きています。それも、アルテリアス様や選ばれた人間、更には複数の魔神達と共に」

「何だと……?」

「驚くのも無理はありません。私も最初は耳を疑いました。魔神達と群れるのは分かりますが、まさか天界の女神であるアルテリアス様までもが魔神達と過ごしているとは」

「では、ルシフェルだけではなくアルテリアス様や例の人間、その他の魔神も討伐対象に含むという事でしょうか」


目の細い男がそう言うと、男性はルシフェルを庇うようなら敵として相手をすると答えた。


「魔神ルシフェルは天界侵攻を計画しています。それは一度敗北した事で中断していただけで、今も尚彼女は我々を滅ぼす為に動いているのですよ」

「そ、そうですか……」


男が複雑そうに頷く。女神アルテリアス……彼女の敵に回るのは本意ではないのだろう。


「ルシフェル討伐は、クルト、クラウン、エアの三人に任せます。君達の連携は我らの中でもトップクラスですからね」

「御意」

「ふふ、腕が鳴るなぁ」


目の細い男、クラウンが静かに頷き、エアと呼ばれた優しげな雰囲気の男は楽しそうに口元を緩める。そんな中、クルトだけは僅かだが動揺しているように見えた。


「クルト、何か不満でも?」

「……いや、別に」

「では、我らが聖域が愚かな魔神の悪意に塗り潰される前に、神の裁きを与えてあげなさい。期待していますよ」


立ち上がったクルトが部屋から出ていく。それに続き、集まっていた者達が次々とあとに続いた。彼らを見送った男性は窓に歩み寄り、再び純白の世界へと目を向ける。


「そう、世界は常に綺麗でなければならない。地上に群がる人間や、穢らわしい魔族達。そんな存在は世界に不要。全てこの手で浄化しなければね」


そう言った男性の口元は、〝天使〟には見えない程醜く歪んでいた。











「いいのかい?クルト」


背後から声をかけられ振り返れば、エアが複雑そうな表情でクルトを見つめていた。


「何がだ?」

「ルシフェル討伐の件だよ。君は、その、彼女のことを……」

「どうでもいい。奴は天界の平和を脅かす逆賊だ。俺は大天使長・・・・の命令通り、奴を始末する」

「……そうかい」


再び歩き出したクルトの背中は、普段よりも小さく見える。誰もが、無理をしているのだろうという事は分かっていた。彼にとってルシフェルは、ただの友以上の存在だったのだから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「何してるのよ、こんなところで」


不意に背後から聞こえた声に振り返れば、そこにはアスモデウスが腕を組んで立っていた。座って夜空を見上げていたルシフェルはにこりと笑い、身体を休めていたと言う。


「アスモデウスさんこそ、どうしたの?」

「いや、あんたとジーク・セレナーデが居なかったから捜してて……」

「何してるか気になったんだ?」

「ち、ちが、変な事考えてたわけじゃないから!」


ルシフェルが笑う。普段は少しクールな印象さえあるアスモデウスだが、ジーク絡みの事ではすぐに狼狽えたり否定したがる。素直じゃないなぁと思いつつも、彼女のこういうところが可愛らしかった。


「……何よ」

「ふふ、何でもないよ。それよりアスモデウスさん、ジークさんはまだ帰ってきてないの?」

「ええ、どこに行ってるのかは知らないけど」

「マモンさんの所だよ。日が暮れるまでに戻るって聞いてたんだけどな」

「…………」


アスモデウスの複雑そうな表情を見て、ルシフェルは苦笑する。多分、自分は知らなかったのにと拗ねているのだろう。意地でも否定するとは思うが、少し顔に出てしまっている。


「というか、マモンってあの喧嘩好きか。しぶとく生き延びてたのねぇ」

「何回か会ったけど、彼女さんとも仲良さげで微笑ましかったよ」

「フン、どうでもいいわ。それよりあんた、空なんか見上げて何かあったの?あたしでよければ話し相手になるけど」


どうやら気付かれていたらしい。隣に腰掛けたアスモデウスが、言いたくなければ別にいいと星空を見つめながら言う。


「……うん、それじゃあ聞いてもらおうかな。最近ね、天界の事ばかり考えてしまうの」

「まあ、天使だものね」

「怠惰の魔神が言っていた時の天使。そして時の魔法を使えるって理由で彼に狙われたシオンさん。更には第二魔神がシオンさんを標的にして私達の前に現れた。もしシオンさんが時の天使と何か関係があるのだとしたら、天界の皆はその事を知ってるのかなって」


旅館で第二魔神の襲撃を受けた彼女達は、ジークからシオンが目を覚まさない事を聞いて動揺した。敵は彼女に何かしらの干渉を行った後、すぐに姿を消したというのだ。


そしてあれから一週間、シオンはまだ目を覚ましていない。


「それに、私が堕天してからもう何年も経ってる。皆があのまま魔族達を滅ぼそうと考えているのだとしたら、もう天界から攻めてきてもおかしくない」

「ふーん」

「ふ、ふーんって……強いよ、大天使達は」

「それくらいあんたを見てれば分かるわよ。でも、こっちだってそれ以上の面子が集まってるじゃない。ジーク・セレナーデもいるし」


それに、とアスモデウスは付け加える。


「天界の最高権力者である女神が地上組に味方してるのよ?その状況で女神の言う事が聞けない程天界の連中は馬鹿なのかしら」

「それは……」

「まあ、あんたが堕天してから天界も色々変わってるのかもしれないけれど」


今の天界をルシフェルは知らない。誰が次の大天使長に選ばれたのかも、どういった行動をしているのかも。堕天使認定された自分では天界に戻る事はできず、その場所も把握できない。このままでは、戦いが始まる前に説得する事すら……。


「別に、一人で全部解決しようと思わなくていいじゃない」

「え?」

「あたしや他の子達、それにジーク・セレナーデだっているんだから。困った時は相談くらいしなさいよね。あたし達、その、友達……なんだから」


その一言で、ルシフェルの目から涙が溢れた。それを見たアスモデウスは面白いくらい動揺していたが、ルシフェルの涙は止まらない。


「ご、ごめんなさい、ちょっと今のは嬉しさが過ぎるというか……」

「そ、そんな大袈裟な」

「あはは……」


星空の下、アスモデウスはルシフェルが泣き止むまで黙って待ってくれていた。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








「ふッ!!」

「はあッ!!」


時を同じくして、森の中を高速で駆ける影が二つ。互いに魔力を纏い、木々を利用しながら多彩な攻防が繰り広げられている。


「ははっ、やるなぁジーク!」


強烈な拳を受け止め吹っ飛んだジークの耳に、心底楽しげな声が届く。かつて本気で殴り合い、今では親友と呼べる程親しくなった強欲の魔神マモンの声が。


「けど、これならどうだ?」

「っ、強欲の紋章……!」


視線の先で、マモンが紋章を解放した。その直後、ジークが纏っていた魔力がマモンに吸い寄せられ、そして吸収されていく。


「そらッ!!」


ジークの魔力を奪ったマモンが地を蹴り、目にも留まらぬ速さで蹴りを放つ。それを後ろに倒れるようにして避けると、風圧で背後の木が粉々に砕け散った。手を地面に置き、そのまま縦に回転して距離をとったジークは、不敵に笑うマモンを見て神力を纏った。


「おっ、それが例の」

「魔力が駄目ならこっちも使って─────」


本気の勝負を……と思ったのだが。


「はいストーーーップ!ズンズンうるさいって苦情が来てますよーーー!」


振り向けば、珍しく大きな声でそう言ってきたアルテリアスと、困ったような表情でこちらを見ている少女が立っていた。その少女───ロゼを見た途端、やる気満々だったマモンが魔力を体内に戻し、笑顔で駆け寄っていく。


「悪い悪い、盛り上がっちまって」

「私はもうそういうのに慣れたけど、村のみんなは怒ってたよ」

「ジークも、少しは時間を考えなさい」

「……ああ」


アルテリアスはやれやれと息を吐いた。第二魔神による旅館襲撃以降、ジークはずっとこの調子だ。今のままでは大切な人を守れない、そう言ってマモンやレヴィ達とこうして特訓を続けている。


「何度も言いましたけど、身体を休めることも大切ですよ。デミウルゴスとの戦いでの怪我がまだ治っていない、つまりそれだけ貴方が無茶をしているということです」

「充分休んでるよ」

「あのですねぇ……」


怒気を含んだその声に、ジークはピクリと体を揺らす。


「貴方の魔力と神力は誰のものですか?それらによる治癒能力が殆ど機能していないことは、本来の持ち主である私が一番よく分かっているのですけど」

「そ、それは……」

「貴方の気持ちは分かりますが、今第二魔神が現れたら勝てるんですか?無茶な特訓で身体をボロボロにして、取り返しのつかないことになったらどうするつもりなんですか?」


アルテリアスに本気で説教されるのは初めてかもしれない。微塵もふざけていない彼女は、まるで別人のようにも思える。


「無茶をして怪我を悪化させて、それで誰よりも強くなれるなどと思わないことです」

「……ごめん」


珍しく怒ってみたものの、想像以上に落ち込まれたのでアルテリアスは言葉を止めた。そう、ジークの気持ちは痛い程分かっているのだ。ただ、やり方が間違っている。このまま無理をし続けて体が壊れた時、ジークは今以上に絶望する事になるだろう。


そんな姿を、アルテリアスは見たくはなかった。


「まあまあ、その辺にしといてやってくれよ」

「言われなくてもそのつもりでしたよ」

「はは、愛されてんなぁジーク」


わははと笑い、マモンがジークの肩に手を置く。それに対していつもとは違い、ジークはそうかもなと苦笑しただけだった。


「で、この後はどうすんだ?結構遅いけど、王都に戻んのか?」

「ああ、転移結晶があるから」

「あれだったら泊まってけって言うつもりだったけど、まあしゃーないわな。俺はこの後ロゼと飯食って寝る!またいつでも遊びに来いよ!」


マモン達と別れ、自宅にある部屋に転移したジークとアルテリアス。随分遅くなってしまった。みんなにさっきの話を伝えておこうかと思い歩き出したジークは、後ろに立っていたアルテリアスに顔を向ける。


「さっきは怒ってくれてありがとう。俺、強くならなきゃって焦ってて……心配してくれてたんだな」

「そうですよー。ジークったら、私達の話を全然聞こうとしませんでしたしー。ふふ、でも分かってくれたのならもういいです。まずは怪我の完治を目指しましょう」

「ああ、そうする」


頷き、ドアノブに手を置いた瞬間、ドアが勢いよく開いてレヴィが中に駆け込んできた。どうやら魔力を感じ取って帰宅に気付いたらしい。一番のりだーと元気よく抱きつかれ、ジークは激痛に耐えられず叫んだ。

人物紹介(10)


アンリカルナ

年齢:17歳

身長:160cm

趣味:昼寝

総合戦闘力:SSS


憤怒の紋章を持つ第二魔神の少女。好戦的な性格で、巨大な槌を振り回せるほどの腕力を誇る。一度目の襲撃でレヴィと戦い彼女を気に入ったようで、レヴィのことを考えると早く一戦交えたくなり我慢できなくなるらしい。




ミゼリコルド

年齢:16歳

身長:156cm

趣味:生物観察

総合戦闘力:SSS


嫉妬の紋章を持つ第二魔神の少女。大人しい性格で、レヴィとは違い氷の魔法を操ることができている。一度目の襲撃でエステリーナと戦い、炎ごと凍らせ自分のものにしてやろうと彼女に執着するようになったらしい。



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