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異世界ディヴェルティメント〜不幸少年のチート転生譚〜  作者: ろーたす
第八章:第二の脅威
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第58話:満月に舞う

漆黒の空に浮かぶ満月が地上を照らしている。日付が変わり、もう外を歩いている者は見当たらない。そんな中、冷たい風が吹く深夜の王都を進む影。それは音を立てずに屋根の上を静かに進み、そして動きを止めた。


「こんな夜更けに何か用事でも?」


視線の先、目的の場所に人影を確認したからだ。月光を反射して怪しく光る刃を手に、影に声をかけたその人物。特務騎士団が使う家の上に立っていたシルフィである。


「ガ……ギィガ……」

「人ではなさそうですね……魔物でしょうか。ジーク様はお休みになられています。用があるのなら私がお相手しますが」


遠目から見れば人のように見える姿であるが、近くで見ると考えは変わる。全身が黒く、爪は鋭く伸び、口は大きく裂け、大量の牙がその中に。背中からは無数の棘が生えており、その姿はとても人とは思えない。


「ギギガアアア!!」


屋根を蹴り、影が駆け出す。そして目にも留まらぬ速さでそのままシルフィに迫り、その体を貫こうと腕を伸ばした。


しかし、その腕はシルフィに届く寸前で停止する。張り巡らされた鋼糸が影の腕に絡まり、動きを止めたのである。


「ふん……!」


シルフィの体から放たれた魔力が暴風となり、影を吹き飛ばす。何度も屋根の上を跳ね、転がった先で煙突に衝突して影が呻く。そんな影が顔を上げて見たのは、月を背に真上から迫る妖精の姿。別の屋根に向けて跳んだ直後、寸前まで首があった場所をシルフィのダガーが斬り裂いていた。


「逃がしません」


風を纏い、屋根の上を疾走する。獣のように駆ける影目掛けて鋼糸を飛ばすが、それを上手く躱して影は跳躍した。


そして全身から黒い棘を大量に放つ。避けるだけでは家や中にいる人に被害が出る……そう瞬時に判断したシルフィは広範囲に風を発生させ、迫っていた棘を影に跳ね返した。


「ガギッ……!」

「遅いッ!!」


全身に棘が刺さりながらも、再度棘を放とうとした影。しかし真後ろに姿を現したシルフィに蹴り飛ばされ、そのまま地面に衝突する。


「紛れ込んだ魔物にしては、妙に手強いですね。それにこの魔力、どこか魔神に近いものを感じます」

「ガガァ……」

「貴方、何者ですか?」


前方に降り立ったシルフィを、呻き声を発しながら見つめ続ける影。暫くシルフィも影がどう動くか観察していたが、やがて息を吐いてダガーを構えた。


「まあいいです。貴方からは敵意しか感じない。これ以上ジーク様や皆さんが暮らすこの王都で暴れられても迷惑です。ここからは本気で……貴方を駆逐します」


音もなく消えたシルフィ。次の瞬間、影は派手に吹っ飛んだ。目の前に現れたシルフィの掌、そこから放たれた風が弾丸となって影を襲ったのだ。


更にそれだけでは終わらない。先程までとは比べ物にならない速度で移動するシルフィの猛攻。刃が身を裂き、鋼糸が全身の自由を奪い、吹き荒れる風が壁となって反撃を許さない。勝ち目がないと判断したのか、いつの間にか影はシルフィに背を向け逃走するだけになっていた。


屋根から屋根へ、転がるように暴食の牙を躱しながら飛び移る。対してシルフィは様々な場所に糸を絡ませ、風を利用して空を駆け影に迫る。


(捉えた……!)


風を真後ろに放ち、急加速したシルフィは影を追い越した。その際首に鋼糸を巻き付け、進行方向上にある屋根上に着地。シルフィに気付いて停止しようとした影だったが、巻き付いた糸を引っ張られて体が宙に浮く。


「落ちなさい!」

「ガッ─────」


胸部に叩きつけられた掌から暴風の弾丸が放たれ、影は勢いよく地面に衝突。今の一撃はかなりのダメージとなったらしく、目の前に降り立ったシルフィを見ても立てないようだった。


「さて、貴方に付き合うのもこれでおしまいです。気になることは多いですが、何も答えない貴方の相手をするのは時間の無駄ですので」


魔力を帯びた糸が影の全身を縛り、持ち上げる。そしてシルフィがトドメを刺そうとダガーを構えた、その直後。突如真上から凄まじい殺気を感じ、シルフィは咄嗟に後方へと跳んだ。僅かに遅れて猛スピードで地上へと激突した〝それ〟は、まるで影を庇うかのようにシルフィの前へと立ちはだかる。


「二体目……!」

『ッーーーーーーーーーー!!!』


二体目の影が吠える。音が衝撃波となり風が吹き荒れ、あまりにも不快なその声を聴き耳を塞ぐ。しかし、シルフィはすぐに動いた。風を纏い、一瞬で二体目の目の前に。


「ガギアアッ!!」

「ぐっ!?」


そんなシルフィを、二体目の背後から飛び出した一体目が殴り飛ばす。それに続き、地を蹴った二体目がシルフィの足を掴み、隣にある民家の壁に叩きつけた。


砕け散った壁を突き破り、大通りへと吹き飛んだシルフィを今度は一体目が襲う。影の纏う魔力は先程よりも増幅しており、一撃の破壊力も桁違い。二体目の出現が一体目に何か影響を与えたのだろう。


(まず片方を潰さなければ……!)


猛攻を捌きながら、シルフィは一体目に狙いを定めた。体がボロボロになっているので分かりやすい。二体目を風で吹き飛ばし、魔力をダガーに集中させる。


「はあッ!!」

「ギィ─────」


その刃が首を断つ直前、一体目の体が弾け飛んだ。驚くシルフィの前でその体は数え切れない程の黒い粒となり、二体目の体に吸収されていく。


「融合している……!?」

「……………」


じっとシルフィを見つめる影。先程よりも巨大化し、放つ魔力も尋常ではない。しかし、それでもシルフィには敵わないと判断したのだろう。まるで夜の闇と一体化するかのように、影は地面に吸い込まれるように消えた。


「シルフィ、無事か!?」


丁度そんなタイミングでジーク達が駆け寄ってくる。そこでシルフィは気付いた。特務騎士団の中でもレヴィやアルテリアスは、自分や影が魔力を使った瞬間に飛び起きている筈だ。


それなのに何故、こんなにも来るのが遅かったのだろうか。これだけ派手に暴れ回っていたのに、まさか戦闘に気付いていなかったとでもいうのか。


「……すみません、相手を逃してしまいました」

「いや、私達も戦闘が発生していることに気付くのが遅れた。突然凄まじい魔力を感じて飛び起きたんだが、すぐにその魔力は消えてしまってな」

「ボクらもだよ。一体何があったのさ」


エステリーナとレヴィが言う。ということは、影が融合した瞬間に皆は敵の存在に気付いたということだ。つまり、それ以前にシルフィが戦闘を行っていた時点では誰も起きていなかったということ。


(アレが魔力を巧妙に消していたとしても、私があれだけ魔力を使えばレヴィさん達は気付く筈。まさか、一定範囲内の魔力を感知させない能力が……?)


もう影の姿はない。能力について確かめる方法は無い。逃してしまったことを後悔しながら、シルフィは何があったのかを皆に説明。被害を受けた家の持ち主や集まってきた人々にも事情を伝えていった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







『王国連続襲撃事件被害報告


 襲撃された町村、計7

 犠牲者数、計186


 生存者の証言

 ・黒く巨大な魔物だった

 ・人を捕食していた

 ・現れた時より姿を消す直前の方が

  大きかった気がする

 ・鋭い棘が背中から幾つも生えていた

 ・町の魔道士が一切魔力を感じず魔物

  の接近に気付かなかったと発言  』









報告書を呼んだイツキは眉間を押さた。隣に立つノエルは平静を装っているが、長い付き合いのイツキには動揺しているのが分かる。


「シルフィがこの王都で遭遇したという〝影〟……それについての報告と似た点が他数。特に証言の最後、魔力を感じず接近に気付かなかったというのは、特務騎士団の面々がシルフィの戦闘に気付かなかった状況と同じだ」

「彼女は二体と戦闘を行い、追い詰められた相手は融合して姿を消したと言っていました。今回の件に関わっているのは同一個体なのか、それとも別の個体なのか……」


壊滅的な被害を受けた町村も多いという。犠牲者の中には、町村を訪れていた騎士も数名含まれている。単体による連続襲撃か、複数体による襲撃か……まだまだ分からないことが多い。


「特務騎士団には今日から動いてもらう予定だったが、更に負担を増やしてしまうことになるな」

「ええ、申し訳ないですが……」


ノックの音が数回響く。どうぞと大きめの声で言うと、特務騎士団のメンバーが部屋の中に入ってきた。


「エステリーナから聞きました。シルフィが戦った魔物が、各地に姿を現していると」

「ああ、正直これ程までに被害が出るとは予想していなかった。お前達には、その魔物を討伐してもらいたい。騎士団全体で捜索は続けているが、まだ発見できていない状況だ」

「ボクや女神さんの魔力探知にも引っかからない能力を持っているらしいからね。姿を現した現場に急行するくらいしか発見の方法はないんじゃないかな」


非常に厄介な相手である。どうしたものかと全員が頭を悩ませる中、腕を組んで話を聞いていたアスモデウスが、仕方ないわねと息を吐いた。


「何か策があるのか?」

「魔力体を生み出す魔法、【幻影舞踏】を使ってそいつを捜すわ。百人分くらい作れば足りるでしょ」

「そ、そんな数、大丈夫なのか?」

「あたしを誰だと思ってるのよ。その気になれば、数万分生み出せるんだけど」


やはりとんでもない魔力量の持ち主である。部屋を出たアスモデウスは、空に飛び上がって魔力体を無数に生み出した。そしてそれぞれと意識を共有し、王国各地へと向かわせた。


(魔力探知はあたしも得意だけど、そこまで上手く魔力を隠せる奴がいるとはね。それも、下手したら一匹二匹じゃ済まない数。だけど残念ね、あたしに見つかれば終わりだってことを思い知らせてあげるわ)


無数の自分が空を駆ける。目を閉じ、それぞれの意識に集中しながら対象を捜す。そして、発見はあまりにも早かった。王都からそれ程離れていない街……そのすぐそばにある山の中へと入っていく影の背中をアスモデウスは見たのだ。


「っ、もう一体……!」


更に、森に向かって駆ける別の魔物を発見。捕捉した魔物はこれで二体。アスモデウスは急いでジーク達にそれを報告し、街と森の特徴を説明した。


「鉱山街アルツェンと……」

「エルフの隠れ里がある大森林です!」


シオンとシルフィが声を上げる。と、同時にレヴィが近くちいたルシフェルとエステリーナの手をぐいっと引っ張った。


「アルツェンって、結構前に魔人化の件で行ったところだよね。丁度キュラーが付近の魔物調査で向かってるよ」


そう言って彼女は転移結晶を取り出し、魔力を込める。


「なら、そっちは任せてもいいか?エステリーナとルシフェルも」

「ああ、勿論だ」

「行こう、レヴィちゃん」


ルシフェルに言われて頷き、転移結晶を起動させたレヴィは隣の二人と共にアルツェンへと転移した。それを見届けたジークは、同じく転移結晶を手にしたシルフィに目を向ける。


「定期的に顔を出しているので、あちらに転移結晶は渡してあります。いつでも転移可能です、ジーク様」

「よし、シオンとアスモデウスも」


イツキに声をかけてから、ジーク達はエルフの隠れ里ホウライへと転移した。幻想的な深い森の奥から悲鳴が聞こえてくる。誰よりも速く駆け出したシルフィは、魔神ベルゼブブの手によって故郷を失った日のことを思い出しながら、魔力を纏ってダガーを抜いた。


「やあああーーーーッ!!」


エルフの男性を今まさに喰らおうとしていた魔物───影。一気に距離を詰めたシルフィは、至近距離から無数の斬撃を浴びせて影の全身を切り刻む。


「シ、シルフィ様……!」

「あとは我々にお任せください」


地を蹴った影を貫く土の槍。今までよりも遥かに威力が上昇したシオンの魔法である。


「フン、気持ち悪い魔物ね」


更に四方八方から影の身に突き刺さったのは、アスモデウスが高速錬成した魔剣。これ程までに攻撃を受けているというのに、影はまだ絶命していなかった。


『ッーーーーーーーーー!!!』

「ぐうっ!?」


影が吠える。直後、シルフィは全身に異変を感じた。突然体内を巡る魔力が脈打ち、全身が痺れ始めたのである。


「こ、これは……!?」


ジーク達も体に何かしらの影響が出ているらしい。ダガーを握りしめ、シルフィは影目掛けてそれを振るう。しかし、魔剣の拘束から抜け出した影はその一撃を受け止め、シルフィを近くの大樹ごと薙ぎ払った。


「シルフィ!」

「くっ、【地縛牢ガイアプリズン】!!」


淡い光を纏っていた大樹が崩れ落ち、里が激しく振動する。その隙に影は逃げ出そうと動いたが、シオンの魔法によって岩の牢獄に囚われた。


『あの咆哮、周辺の魔力を乱れさせる効果があるようですね。もう一度来ますよ……!』

『ッーーーーーーーーー!!!』


二度目の咆哮が響き渡り、シオンの魔法が砕け散った。初めて味わう魔力の乱れに動きを止めるジーク達は、そのまま勢いよく逃走を始めた影を追うことができない。


「くそっ、逃がした……!」

「今から追っても間に合わないでしょうね。聞いていた能力と同じで、もう敵の魔力が感じられません」

「ちょっと、まず里の連中をどうにかした方がいいでしょ。何人か樹の下敷きになってたわよ」


アスモデウスの言う通り、今はエルフ達を救出する方が先だ。神力を纏ってジークは倒れた大樹を持ち上げ、シオンとアスモデウスが数人のエルフを引っ張り出す。


「ジーク様、ご無事ですか!?」

「シルフィ、そっちこそ大丈夫なのか!?」

「はい、咄嗟にガードしたので……」


吹き飛んでいたシルフィは軽傷だったが、下敷きになったエルフは全員が重傷。他にも怪我人は多く、あの時完全に防ぎきれなかったことをシルフィは悔いる。そんな彼女を責める者は里の中に誰一人おらず、むしろ駆けつけてくれた事に感謝していた。


「シルフィ様、特務騎士団の皆様、貴方達には感謝してもしきれません」

「お礼ならあちらのアスモデウスさんに。里に迫るあの魔物を発見したのは彼女です」


シルフィと里の長であるウォーロック、その他大勢のエルフ達の視線を浴びて、アスモデウスは照れを隠すように咳をしてから組んでいた腕をおろした。


「ま、まあ、大したことじゃないわ。それに、見つけただけで終わりだと思ってもらっては困るわね」


そう言って、ジークに目を向けたアスモデウスが手のひらから魔力を放出する。突然そんなことをされたジークは驚いていたが、やがて更に驚きながら目を見開いた。


「あたしの魔力をあいつに貼り付けておいたの。その魔力が消えない限り、あたしはあの魔物がどこに向かっているのか把握し続けることができる。あんたが見てるのは、あたしの魔力が映している光景よ」

『でも、敵は魔力を感じさせなくする能力を持っているのでは?』

「さっきあいつを分析しておいたけど、あれは常に魔力を遮断し続けているわけじゃないみたい。もしかすると途中で魔力を感じられなくなるかもしれない……でも、能力が使われている時以外は動向が丸わかりなのよ」

「凄いな、さすがアスモデウス」


当然よと顔を逸らしたアスモデウスを見て苦笑し、ジークは連絡用魔結晶を取り出した。もしあちらも片付いているのならばエステリーナ達と合流し、逃げた魔物を追おうと思ったのだ。


『ああ、例の魔物なら仕留めたぞ(・・・・・)

「え?」

『途中、魔物の咆哮を浴びた途端に魔力が乱れたが、ルシフェルはピンピンしていてな。彼女がそのまま魔物の動きを封じ続けて、回復した私とレヴィでトドメを刺した』

「ルシフェルが持つ神力には影響がなかったってことか」


こちら側でも魔物は特殊な効果を持った咆哮を繰り出した。しかし、あれが影響を与えるのはどうやら魔力だけらしい。


「とりあえず合流しよう。話したいことがある」

『了解、また後で』


連絡用魔結晶に流していた魔力を切り、ジーク達はエルフ達の手伝いを終えてから王都へと戻った。


「へえー、やるねぇアスモデウス」

「うんうん、凄いよ!」

「だ、だから大したことないってば……」


王都での合流後、魔物の居場所を把握し続けているアスモデウスは、レヴィ達に褒められて照れ隠しに必死になっていた。そんな姿を微笑ましく眺めながら、ジークはこれからの動きについて考える。


紋章を持つ実力者達ですら動きを止めてしまう咆哮、それを使う魔物が各地に出現している。それらが現れるのを待ち、一体一体討伐していては甚大な被害が出てしまう。


「そのことについてだけど」

「うおっ!?急に心を読むなよ……」

「フン、あんたの考えてることなんて丸わかりなのよ。あたしが魔力を付けた魔物だけど、ある場所に入っていった途端に魔力を追えなくなった……つまり例の能力が使われたのね」


アスモデウスによると、魔物は王都からも小さくだが見える山に入ったらしい。ジークが周りを見れば、既に頼れる仲間達はやる気満々だった。



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