第57.7話:夢の中で
「ふッ……!」
辺り一帯に次々と魔法陣が浮かび上がり、形を変えた地面が槍となって魔物達を貫いていく。そんな光景を見ながら、ジークはやっぱり凄いなと呟いた。
「こんなもの、他の皆さんに比べたら……」
「そんなことないよ。威力では負けてたとしても、魔法の扱い方だったらアスモデウスにだって負けてない」
「むぅ」
魔法で魔物達を仕留めたシオンは、素直に褒めてくれるジークから目を逸らす。嬉しいことは嬉しいのだが、今名前が出たアスモデウスのこともよく見ているということだ。それも、たった数回しか行動を共にしていない彼女のことを。
「どうした?」
「何でもないです」
首を傾げるジークを置いて歩き出す。ここは大昔から存在する貴重な遺跡。当時のことを伝える石版や壁画などが数多く残っているらしいのだが、最近凶悪な魔物達が住み着き管理している王国も困っていたのだとか。
「それを討伐しに来たのはいいけど、シオンは良かったのか?今日は休みを貰えたんだし……その、二人で過ごすことになったのに」
「いいんです。前にこの遺跡の資料を読んで、一度来てみたいと思ってましたので。それに……」
ジークと目を合わさずに、シオンは遺跡の中へと足を踏み入れる。
「私も、もっと強くならなければ。弱いままでは大切な人を守れない……このままずっと、戦場に向かうジークを見送るだけなのは嫌なんです」
「シオン……」
遺跡の中は薄暗く、魔物が大量に住み着いていた。ジークも戦闘に参加し、迫り来る魔物達を討伐していく。誰よりも彼女のことを知っているからこそ分かる、動揺と焦り。
確かに彼女だけ紋章や奇蹟を持たず、実力では他のメンバーに大きく劣っているだろう。しかし、彼女は違う部分で特務騎士団を支えてくれており、本人もそれこそが自分の役目だと言ってくれていた。
(何かあったのか……?)
そう思いながらもジークはシオンと共に魔物を討伐を続け、やがて遺跡の中心部へと辿り着いた。そこでは巨大な鬼のような魔物が棍棒を持って立っており、二人はあれが魔物達の親玉だと判断。同時に魔物が動き出し、手にした棍棒を勢いよく振り下ろす。
「【守護岩兵】」
それはシオンが生み出したゴーレムが受け止め、更に空いた片腕で魔物の親玉を殴り飛ばした。
「ジークは手を出さないでください。あの魔物は私が倒します」
「え、おいっ……!」
「【縛地牢】」
前に出たシオンが魔法を使い、瓦礫を魔物に殺到させて閉じ込める。それを砕こうと魔物は暴れ回るが、やがて完全に姿が見えなくなる程の瓦礫が集まり─────
「【大岩砕】!!」
込められた魔力が爆ぜ、魔物の全身を瓦礫が叩き潰す。恐るべき威力の魔法だ。ジークはシオンが放つ魔力を浴びて、以前よりも遥かに実力が上がっていることに気付いた。
「これで魔物の討伐は完了ですね」
「ああ、びっくりしたよ」
「正直私も驚いています。ここ最近、魔力が増している気がしたのですが……」
「魔力が?」
シオンがジークに目を向ける。とても不安そうな、どこか泣き出してしまいそうにも見える表情で。
「実は、少し前から嫌な夢を見るようになりました。沢山の人達がいる場所で、私の目の前でジークが命を落とす夢を……毎日何度も」
「お、俺が死ぬ夢?」
「目が覚めた後もしばらくの間は現実だと思ってしまう、それ程までにリアルな夢です。それと同時に、魔力量や魔法の威力が増し続けていることに気付きました。夢と何か関係があるのかどうかは分かりませんが、その夢が本当に現実になったらと思うと、私は……」
その夢が現実になりかけた時、ジークを守れる力が欲しい。だからこそシオンは焦り、一人で魔物に挑もうとしていたのだろう。
「俺は死なないよ、絶対」
「絶対なんて、そんなの……!」
「約束する。俺はもう二度と、シオンを独りぼっちにはしないって。この先何があったとしても、俺はずっとシオンのそばに居るから」
言って、ジークは自分の言葉に違和感を覚えた。もう二度と────一度目など、自分が死んでシオンを独りぼっちにしたことなど、当然ある筈がないというのに。
「……信じます、ジークの言葉」
「あ、ああ」
どういうことだと頭を悩ませるジークを不思議そうに見つめた後、シオンはあるものに気付いてそれに歩み寄った。ジークも彼女を追えば、視線の先には保存状態の良い壁画がある。
「これって、天使じゃないか?」
「そうみたいですね。人との交流を描いた壁画なのでしょう」
「交流、かなぁ。あそこに、檻みたいなのに入れられてる女の人が描かれてるけど」
「檻……────」
突然シオンが頭を押え、蹲る。慌ててジークが体を支えたが、シオンは怯えたように顔を真っ青にしながら荒い呼吸を繰り返した。
「シオン、大丈夫か!?」
「あ、頭が……!」
「とりあえず横になろう。俺はあっちに置いてあるに荷物を持ってくる。医療キットを入れていた筈だ」
ジークが荷物を置いてある場所を目指して駆け出した。寝転がって額を押え、シオンは遠ざかっていくジークの背中を見つめ─────
『いつまで夢を見ているつもり?』
「っ……」
いつの間にか、真っ黒な空間にシオンは立っていた。そして、頭の中に誰かの声が突然響く。
『仲良くするのはいいけど、それよりも大切なことがあるでしょう?』
「あ、あなたは……」
『ふふ、馬鹿な質問だね。あなたが私を知らない筈ないじゃない』
クスクスと、笑い声が聞こえる。一体誰だ。シルフィ、エステリーナ、レヴィ、アスモデウス、ルシフェル、アルテリアス……彼女達の声ではない。それに、ノエルや他の知り合い達の声でもない。しかし、確かにシオンはその声を知っている。彼女の言う通り、知らない筈がない声だ。
『ねえ、記憶を取り戻したいとは思わない?』
「記憶を……?」
『何故記憶を失っているのか、何故その状態でジークと出会ったのか、唐突に頭の中に浮かぶ記憶のようなものは何なのか……その全てを私は知っている』
光が空間を照らす。ゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる少女が光を放っているのだ。
『ジークを救いたいとは思わない?』
「な、何を言って……」
『かつての記憶が蘇りつつあるんでしょう?なら、もう何度も見ている筈じゃない。ジークが目の前で命を散らす瞬間を』
「っ、それは……」
この少女はどこまで知っているというのか。後ずさり、シオンは魔力を纏って少女を睨む。
「あれはただの夢です!」
『ただの夢なら、どうしてあなたは必死になって強さを求めているの?何となく分かってる筈だよ、いつかジークの死が現実になる時が来ると』
「黙りなさい!!」
怒りに任せて魔法を放とうとしたものの、不発。その間も少女はゆっくりとこちらに向かって歩を進めており、恐怖を抱いたシオンは振り返って駆け出した────が。
『私を受け入れなさい。そうすれば、ジークは必ず〝私〟を選んでくれるから。その時のために、私はこれまで生きてきた』
「あ、あなたは一体……」
いつの間にか背後に立っていた少女が、ぼやけた顔の中で笑みを浮かべてシオンを抱き寄せた。
『私は──────』
「─────シオン!!」
そんな声で目が覚める。ジークが心配そうに顔を覗き込んでおり、自分は今まで意識を失っていたのだと説明された。
「……すみません、大丈夫です」
「そ、そうか、良かっ……」
「……?どうしました?」
「いや、なんで泣いて……」
そう言われて目元を触れば指先が濡れた。ジークの言う通り、自分は涙を流しているらしい。
「どうして……」
何か夢を見ていた気がする。いつものような悪夢ではなく、誰かと会話をしていた夢を。そこでシオンは気付く。胸に渦巻くこの感情は?喜び?悲しみ?怒り?様々な感情が、自分の中でぐちゃぐちゃになって渦巻いているのだ。
「転移結晶があるから、それで今日は王都に戻ろう。一応頭を冷やしたりはしたけど、医者に診てもらったほうがいい」
「……はい」
シオンの手を握り、ジークが転移結晶を起動する。一体何があったというのか。俯くシオンの横顔をしばらく見つめた後、ジークは嫌な予感を振り払うように首を振った。




