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異世界ディヴェルティメント〜不幸少年のチート転生譚〜  作者: ろーたす
第八章:第二の脅威
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第57.6話:女神と過ごす夜

「はいはいはい、遅い遅い!」

「ぬっ、ぐうぅ……!」


王都近郊の、いつも特訓で訪れている森の中。連続で繰り出されるジークの攻撃を、魔力体のアルテリアスは余裕の表情で全て避けてみせる。


デート相手に彼女を選んだものの、常に共に行動しているので何をしようかと悩み、結局二人きりで特訓することにしたのだが、まだ一発もアルテリアスに当てることはできていない。


「駄目ですねぇジーク、そんな動きじゃ私の髪の毛すら触れませんよー?」

「このっ、それくらい……!」


伸ばされた手をひらりと躱し、くるりと回って背後に移動。そのまま背中を押せば、ジークは勢いよく前に転倒してしまう。


「くっそ、これでも無理か……」

「ふふふ、魔力と神力が無くても私は女神。まだまだ現役ということです」


魔力・神力の使用禁止の代わりに手加減は無し。その条件でジークは全力でアルテリアスに攻撃を仕掛けたのだが、結局遊ばれただけだった。寝転がり、空を見上げながら息を整える。やはり彼女はとんでもない実力者だと、改めて思い知らされた。


「もう、へばるのが早いですねー。仕方ありません、特別サービスをしてあげましょう」


そう言うと、アルテリアスは自分の膝の上にジークの頭を乗せた。所謂膝枕というやつである。そんな状態で頭を撫でられたものだから、ジークは思わず赤面してしまう。


「こう見えて、選んでくれたのが嬉しかったんですよー。ジークがお望みでしたら、これ以上の事をしても私は構いませんが」

「これ以上……?」

「おや?その顔は何を想像した顔でしょうねー」


ニヤニヤと口元を緩めるアルテリアスから、ジークは目を逸らす。


「してみます?」

「……やめとく」

「あら残念」


静かな時間が流れる中、草木がさわさわと音を立てる。直前まで動き回っていたので体は温まっており、肌を撫でる風が心地よい。


「いつも一緒にいるとは言っても、こうして二人きりになるのは久々な気がします。周りの目も無いことですし、思う存分甘えてきてもいいんですよー?」

「だ、だからしないって」

「では逆に、私の方がジークに甘えてみましょうか?」

「え、いや、それもそれで……」

「もぉー、この意気地無し!選んでくれたかと思えばうじうじ言って!」


改めてアルテリアスを見上げるジーク。普段はだらしない部分や騒がしい部分が目立つ彼女だが、こうして見ると、やはり信じられない程美しい。見慣れた顔だというのに、目が合うと思わず息を呑んでしまう。


「適当に私を選んだんですかー?」

「ちが、これはだな……」

「どうせ私なんて、どうでもいいって思ってるんでしょう?」


頬を膨らませるアルテリアスは、どうやら拗ねてしまっているらしい。こうして二人きりになれたのに、機嫌を損ねてほしくはない。なのでジークは恥ずかしさのあまり熱くなった顔を手のひらで隠し、ぼそりと呟いた。


「……めちゃくちゃ意識してるって」

「え?」

「この反応見て察してくれ、顔が爆発しそうだ」


頭を撫でる手を止め、暫く黙り込んでしまったアルテリアスだったが、耳まで赤くなっているジークをまじまじと見つめた後、まるで小さな女の子のように破顔した。


そんな、いつもとは違う笑顔を目撃したジークの頬が、これまで以上に熱を帯びる。こういう時こそふざけてくれよと思っても、我らが女神様は嬉しそうに頬を緩めるだけだった。


「えへへ、そうですかー」

「だーもう、恥ずかしいっての!」


とは言いつつも、こうしている時間はジークにとって想像以上に幸せで。あと少しだけ、あと少しだけと女神の膝枕を堪能するのだった。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「……ん?」


目を覚ましたジークは、むくりと体を起こして周囲を見渡した。いつの間にか夜になっており、彼の傍に座っていたアルテリアスが魔力で光を生み出していなければ何も見えなかっただろう。


「って、ごめん!俺、いつから寝て……!」

「ふふ、大丈夫ですよー。ジークの寝顔を独り占めできたんですもの」

「でも……折角二人で過ごすって決めてたのに」

「続きはまた時間がある時で構いませんから。私も今日はのんびりできたので問題なーし、です」


アルテリアスはそう言ってくれているが、ジークは思いっきり落ち込んでいた。何より申し訳なかったのは、これだけ長い時間膝枕をさせてしまっていたということだ。こんな場所で、一人だけ呑気に眠ってしまうとは本当に情けない。


「んー、本当に気にしていないんですけどねー」


どうしたものかと思いながら、頬に指を当てたアルテリアスは苦笑する。それから少しの間考え続け、ひとつ良い事を思いついた。なので早速彼を連れて帰宅。何をしたのかと詰め寄ってくる少女達に「楽しい時間はこれからですよ」と意味深な事を言って動揺させ、やがて皆が眠りにつく頃。


「ま、まじで言ってる……?」

「ええ、遠慮はいりませんよ」


布団の中に潜り込んでいたアルテリアスが顔を覗かせ、隣をぺしぺしと叩いてここに寝転がれと伝えてきた。


「いやいや、流石にそれは……!」

「レヴィやシルフィとはしょっちゅう寝ているじゃないですか」

「あの子らが勝手に入ってきてるんだよ!」

「女神の添い寝なんて普通体験できないのですから、欲望に身を任せて飛び込んで来ればいいんですよ」


確かにそうかもしれないが、ジークも男だ。これだけ美しい女性を前にして、過ちを犯さない自信が無い。何よりこの家には多くの少女達が住んでおり、そんな状況で手を出してしまえば地獄の始まりになるだろう。


しかし、ジークにはアルテリアスの考えが分かっていた。うじうじ落ち込んでいるから、これでチャラにしてやると言ってくれているのだ。そこで添い寝を選ぶなと言いたくはなるが、頑なに拒否するのも失礼な気がした。


「っ〜〜〜、分かったよ!」

「え、あっ……」


アルテリアスの隣に寝転がる。恥ずかしいので背は向けており、正面を向いて寝れる自身も無い。


「ほ、本当に入ってくるとは」

「照れるのなら誘ってくるんじゃありません」

「照れてませんしー。私、こう見えても経験豊富なので」

「は!?」


突然振り返ったジークと至近距離で目が合い、アルテリアスの頬が熱を帯びる。一方ジークはそんな事には気が付かず、動揺したように口を開いた。


「経験豊富ってどういう事だよ、相手がいるのか!?」

「あ、あのー、冗談なので……」

「何だよ!そういうのやめろよな」

「……嫉妬ですか?」


そう言われ、ジークは冷静になったらしい。瞬時にアルテリアスよりも顔を赤くして、急いで彼女に背を向けた。


「……チガウヨ?」

「っ……あっはっはっはっはっ!」


珍しく爆笑するアルテリアスから逃れるように、ジークは体を起こして額を押さえた。彼女が相手だと情けない姿ばかり晒してしまう気がする。あの瞬間、自分でもどうしたお前と思ってしまうくらい動揺してしまった。それは何故かと考えれば、また顔が熱くなっていく。


「殺してくれ……俺はもう駄目だ……」

「くっ、ふふふふっ……か、可愛かったですよ」

「やめろ!今からお前の記憶を消す!」

「きゃーっ、襲われるー!」


とまあ、長々とそんなやり取りを繰り返しているうちに、いつの間にか深夜になっているのに気付いた二人。これ以上騒ぐと他の少女達に迷惑だなと思い、また同じベッドで横になる。


「アルテリアス?」


寝息が聞こえてきたので振り返ると、アルテリアスは眠っていた。最初は寝たフリをしているのかと思ったが、どうやら本当に眠りについたらしい。魔力体ではあるものの、女神もこうして寝るのだなとジークは思う。


「……ありがとな。今日だけじゃなくて、いつも俺を支えてくれて」


美しい寝顔を眺めながら、そう呟く。ふざけた面が目立つアルテリアスだが、彼女が傍にいてくれるからジークは頑張ってこれた。


幼い頃に病気で亡くなった母を思い出す。物心つく前に亡くなっていた父の分まで、ジークに深い愛情を注いでくれた母。アルテリアスは、そんな最愛の母にどこか似ている気がした。


いつも仲間達の前では格好良くあろうとしているが、たまには誰かに甘える時があっていいのかもしれない。段々と眠くなってきたジークは、そのままアルテリアスに身を寄せて目を閉じた。


ちなみに翌朝、寝ぼけて彼女をがっつり抱き寄せていたのを特務騎士団の少女達に発見され、修羅場になったのはまた別の話である。

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