第57.2話:思い出を辿る
「いや〜、まさかボクを選んでくれるとはね。ジークってば、思ったよりボクのこと気になってるんじゃないの?」
嬉しそうに笑うレヴィの隣で苦笑し、ジークは視線の先にある建物を見て懐かしい気持ちになった。それはレヴィも同じだったようで、あれから結構経ったよね〜と呟く。
忘れる筈もない、緊張で頭がいっぱいになりながら訪れた思い出の場所。レヴィが魔神である可能性が高いと判断し、二人でデートをすることになった水族館である。
「お客さんがいっぱいいるみたいだけど、今日は騎士団の人達が一般人のふりしてるわけじゃないんだね」
からかうようにそう言われ、ジークは苦笑した。
「あ、あの時は状況が状況だったから……」
「あははっ、冗談だって。あの時よりもっと仲良くなれたんだもん。今日は余計なこと考えずに楽しもうよ、ジーク」
「レヴィ……ああ、そうだな」
じゃあ行くかと歩きだそうとしたジークに、レヴィが手を差し出す。左の腕は骨が折れていて固定されているので、今の彼女は空いている右腕しか使えていない。
「せっかくのデートなんだから、手を繋ごう?」
「喜んで」
その手を握り、二人は水族館の中へと足を踏み入れた。それなりに人は多いが、こうして手を繋いでいればはぐれることはないだろう。そのまま入って正面にある大水槽の前に立ち、中に広がる光景に目を奪われる二人。
「相変わらず綺麗だね。ボクも中の子達と一緒に泳ぎたいな〜」
「それは……」
「ん?どうしたの」
「い、いや、別に何でも」
「んん〜?」
目を逸らすジークに、からかうような笑みを浮かべながらレヴィが顔を近づける。やがて諦めたように息を吐き、照れ隠しをするように頭を掻いてジークが言う。
「泳ぐってことは、水着とかになるわけだろ?あんまり見られてほしくない」
「誰にさ」
「……他の男」
絶対もっとからかわれる。そう思って顔を上げたジークの目に飛び込んできたのは、最高に嬉しそうな表情になったレヴィだった。
「んふふ、そっかそっかぁ〜」
そんな表情のままぎゅっと身を寄せられると、理性など吹っ飛ばしてしまえと思ってしまいそうになる。しかし人目もあるので何とか堪え、ジークはレヴィの手を引いて歩き出した。
自分に好意を寄せてくれている……しかし、その気持ちがいつか変わらないとは決して言えない。背は低いがスタイルは抜群で、人懐っこく常に明るい。王都に住み、そんな彼女を〝そういう対象〟として見ている男は、恐らく両手両足の指では足りないだろう。
─────いつかジークの中で結論が出た時、返事を聞かせてね。
優しい彼女は、告白してくれた時にそう言ってくれた。ジークは選ばなければならない。いや、そもそも自分のような男が選んでいいのだろうか。いずれにせよ、選択の時は迫っている。いつまでも甘えている場合ではないのだ。
と、そこまで考えてジークは気付いた。レヴィが、少し不安そうにこちらを見つめていることに。こう見えてよく相手を観察している少女だ。ジークが悩み、焦り始めたことを何となく感じ取ったのだろう。
空いた手で自分の頬を叩き、驚くレヴィになんでもないよと笑いかける。何をしているのだ、自分は。レヴィは楽しもうと言ってくれた。ならば今はこのデートを楽しみ、互いに心ゆくまで満喫しようではないか。
そう決めてから、二人は思い出を辿った。ふれあいコーナーでレヴィが手当り次第に生物を触り、海の中に立っているようなトンネル内を並んで歩き、海洋魔獣のショーでは今回は一番後ろの列だったがそれなりに楽しみ、冬になりつつあるのにずぶ濡れになっている最前列の人達は大丈夫だろうかと笑い合う。
そして日が暮れ始めた頃、二人の姿は夕日に染まった海岸にあった。
「楽しかったね、ジーク」
「ああ、最高だった」
「でも、骨折しちゃってるのが不便だったな。片手しか使えないから色々大変だったし」
そう言いながら、砂浜の上に腰掛け足をパタパタさせるレヴィ。確かに、骨折していなければもっと楽しめていた部分はあるだろう。また来ようなと伝えれば、レヴィは嬉しそうに頷いてくれた。
それからしばらくの間、互いに無言で海の向こうに沈んでいく夕日を見つめていたのだが、口を開いたレヴィがこんなことを言った。
「ボクは魔神。君を殺す為にやって来た、魔神レヴィアタンだ」
「どうした急に」
「忘れちゃった?魔神なのか聞いてきたジークに、ボクはそう言ったんだよ」
「忘れてない。驚いただけ」
あの時の衝撃は、絶対に忘れることはないだろう。もしかすると……そう思っていた可憐な少女が、そうであってほしくなかった魔神だった時の衝撃は。
「もうあれから何ヶ月も経ったんだね。ボクは少しでも他人から必要とされる存在になれたのかな」
何をしても必要とされず、ただひたすらに嫉妬し続け同胞を皆殺しにしたレヴィ。王都での決戦で記憶を共有したからこそジークには分かる。この少女は、誰かに自分のことを認めてもらいたかったのだろう。
「ジークや皆に出会って、ちょっとは前に進めた気がするんだ。でも、やっぱりどこかで自分は不必要な存在なんじゃないかって思う時がある。迷惑もかけてばかりだしね」
「迷惑なんて、俺もかけまくってるよ。それに、レヴィは俺達にとって絶対欠けちゃいけない、大切な存在だよ。まだまだ前に進めてないって思っていたとしても、俺達はレヴィと一緒に歩いて成長していくからさ。皆優れている部分と劣っている部分があって、立っているラインは同じだ、多分」
返事がなかったので隣に目を向ければ、レヴィは頬を赤く染めて苦笑していた。
「うーん、そういうところがなぁ……」
「ご、ごめん、変な意味で言ったわけじゃなくて」
「知ってるよ。そういうところが好きってこと」
今度はジークの顔が赤くなる。それを見たレヴィはからかうように笑い、そして海の向こうへと目を向けた。その横顔を、どこか寂しそうなものへと変えて。
「最近さ、結構悩んでたんだよね。ボクはジークや特務騎士団の皆が大好きで、家族みたいに接してくれる王都の人達も大好き。だけど、いつまでも一緒に居られるわけじゃないんだなって」
「え……?」
「今回の魔神教団や第二紋章使い、それから天界の件が片付いたら、魔界に戻ろうと思うんだ」
心臓が跳ねた。そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。いつも場を賑やかにしていたこの少女が、この王都からいなくなってしまうなど。
「な、なんで……」
「アスモデウスも言ってたけど、ボク達がいない魔界じゃ魔族や魔王クラスが好き勝手にできちゃうでしょ?それを減らすためっていうのが一つ目の理由。それと、ボク達が人間や天使、女神と仲良くできてるんだから、ルシフェルが目指してるみたいに魔族と他の種族が仲良くできるようにしたいっていうのが二つ目の理由」
「レヴィが魔界を支配するってことか?」
「そういうのは柄じゃないかなぁ。ただ、皆と色々話し合いながら魔界を良くしていきたいなって」
言葉が出てこないが、冗談を言っていないことだけは分かる。そうだ、いつまでもダラダラしているからだ。これから先もずっと一緒にだなんて、ただ自分がレヴィに甘えていただけだ。
「あはは、だからといって会えなくなるわけじゃないよ?転移結晶みたいな便利なものも見つかったんだし。頻繁には無理かもしれないけど、ボクは時間がある時は皆と過ごしたいかな」
「……うん」
「ごめん、今する話じゃなかったかも。だけどこのままじゃ幸せ過ぎて、いつまでも黙ったまま甘えていちゃいそうで」
「っ、レヴィ、俺……!」
言いながら立ち上がったレヴィは、同じく立ち上がったジークにそっと身を寄せる。
「ありがとうジーク。でも、ゆっくり考えてくれていいからね。別に早くしろ!って意味で言ったわけじゃないから」
それから「もし全部の問題が解決した後に、また何か問題が舞い込んできたら」などと考えてしまい、何をくだらないことをと何度も首を振ってから、しばらくの間ジークは目の前の少女を少し強い力で抱きしめ続けた。
人物紹介(7)
レヴィアタン
年齢:人間年齢で15歳前後
身長:150cm
趣味:人間観察
総合戦闘力:SSS
小柄だがスタイル抜群な海竜族の少女で、嫉妬の紋章を持つ魔神。人懐っこく明るい性格だが非常に好戦的で、魔界では魔神の座を狙う多くの猛者達を葬ってきた。また、嫉妬深い面もあるが感情のコントロールは上手く、意外と大人びている部分もある。
魔神である自分を友達だと言い受け入れてくれたジークに心底惚れており、何かとちょっかいをかけてはシルフィに叱られている。
【嫉妬の魔神】
優れた身体能力を誇る魔神で、嫉妬すればするほど能力が上昇する。
【嫉妬する災厄の権化】
嫉妬の魔神の切り札。上空に集められた膨大な魔力を雲を纏った巨大な竜に変え、それを地上目掛けて猛スピードで落とす禁忌魔法。
【絶対零度の天災堕とし】
魔力暴走を起こした際にレヴィが放った禁忌魔法の強化版。吹雪を纏った巨竜があらゆるものを凍結させ、跡形も残さず粉砕する。




