第57.1話:天使の笑顔
すれ違う人達の視線が全身に突き刺さる。いや、正確には隣を歩く麗しい天使に向けられた視線の流れ弾なのだが。
「ふふ……」
ジークと肩を並べて歩いているこの状況が楽しいのか嬉しいのか、周囲からの視線に気付かず幸せそうにしているのは、奇跡の集合体のような美しさの大天使……ルシフェルである。
「ジークさん、本当に私でよかったの?」
「ああ、ルシフェルがよかった」
照れながらもジークにそう言われ、ルシフェルは頬を赤く染める。特務騎士団の中でジークと出会ったのが最も遅い自分が、まさか選んでもらえるとは思っていなかった。嬉しくて楽しくて幸せだが、同時に緊張もしてしまう。
「でもごめん、どこに行くとかはまだ決めてなくてさ……」
「ううん、全然いいよ。ジークさんとなら、どこに行っても楽しいから」
「そ、そうか」
「あ、でも行ってみたい場所はいくつかあるかな。ここに来て結構経つけど、まだ全部のお店とかは見れてなくて」
「じゃあそれに付き合うよ。荷物持ちでも案内でも任せてくれ」
そう言ってジークは周囲を見渡す。男性は勿論、女性でさえもルシフェルに見惚れている。そんな中、ジークはどこか誇らしい気持ちになりながら目的の場所を目指した。
まず最初に訪れたのは、エステリーナとシルフィがよく利用している鍛冶屋。王国一と言われる腕前のガッツという男性が経営しており、中に入った瞬間ルシフェルが興奮しながら目を輝かせる。
「おう、いらっしゃい……ってジークの兄ちゃんか。おうおう、美人な彼女連れてデートかい?」
「まあ、そんなところです」
「は、初めまして!ルシフェルと申します、よろしくお願いします!」
「俺はガッツ。噂は聞いてるぜ、とんでもなく可愛くて、天使としか言いようのない嬢ちゃんが特務騎士団に入ったって。そりゃ間違いなく嬢ちゃんのことだな。噂以上に天使だ」
まあ、本物の天使なのだがと心の中でジークは思う。神力で生み出す純白の翼は普段消しておけるようで、今のルシフェルは翼のない普通の少女にしか見えない。
「にしても、デートで鍛冶屋を選ぶとは」
「私がジークさんにお願いしたんです。実は武器や防具を集めるのが趣味でして、昔は沢山家に飾っていたんですよ」
「ほほう、そりゃいい趣味だ。暑苦しいとこだが思う存分見ていってくれ」
ガッツにありがとうございますと頭を下げ、ルシフェルはジークと共に並べられた武器や防具を見始めた。普段彼女が呼び出して使う主な武器は剣だが、槍や槌の他、斧や弓など様々な武器についての知識も豊富で、あれこれ手にしながら使い方や特徴などを熱弁する。
「それでこれは……ってごめんなさい!私一人で勝手に盛り上がっちゃって……!」
「はは、俺も楽しいから大丈夫だよ。ルシフェルが色々教えてくれるから、ちょっと武器や防具に興味が出てきたかな」
「ほ、本当?」
「本当だ」
ああ、やっぱり好きだなぁ……そう思いながらルシフェルは頬に手を当てる。今、どれだけ顔が赤くなってしまっているだろう。何気なく手に取った盾に映る自分の顔は、案の定真っ赤だった。
「あのさ、ルシフェル」
「はうあっ!?は、はは、はい!」
「別に遠慮したりする必要はないからな?こうしてルシフェルのことを知れて俺は嬉しいし、もっと知りたいと思ってる。だから、今日は思う存分楽しもう」
「ジークさん……」
そう言ってくれるのなら、遠慮などすれば逆に失礼だろう。それなら今日はとことん甘えさせてもらおう。分かったと頷いたルシフェルは、ジークの腕を引いて歩き出す。
「ガッツさん、ありがとうございました。また来ますね」
「はは、楽しみにしとくよ」
そして外に出て、どうしたのかと聞きたそうなジークを見てルシフェルは笑った。
「ジークさんと二人きりで過ごせて、私は今最高に幸せ」
「っ……そ、そうか、光栄だよ」
「じゃあ、次は────」
ルシフェルに手を引かれ、王都を歩く。嫉妬の視線が容赦なく襲いかかってくるが、そんなものが気にならない程心が満たされている。
あの時、精神世界や大魔城でルシフェルの涙を見た時、この子の心からの笑顔が見たいとジークは思った。今、ルシフェルは自分と過ごすことが幸せだと言ってくれて、更に最高の笑顔まで見せてくれている。ジークも、ルシフェルと同じくらい幸せだった。
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あれから様々な場所を巡り、最後に向かったのは自宅の屋根の上。夕方、赤く染った空と雲は非常に美しい。そんな中、肩を並べて空を見上げながらジークとルシフェルは腰を下ろす。
「ジークさん、今日は本当にありがとう」
「楽しんでもらえて何よりだよ」
夕日に照らされたルシフェルの横顔が目に映る。天使というのは、皆がこれ程までに綺麗で美しいのだろうか。そんなことをジークが考えていると、不意にこちらに視線を向けてきたルシフェルと目が合った。
「ジークさんと二人きりでお出かけするの、夢だったんだ」
「そんなの、言ってくれればいつでも付き合うぞ」
「ふふ、他のみんなに申し訳ないよ」
「……俺はルシフェルと、今日みたいに色んな所に行きたいと思うけど」
「えっ……」
驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに頬を緩めたルシフェル。何だか恥ずかしくなったジークは頬を掻き、誤魔化すように咳をする。
「でも、そうだね。私はもっとジークさんのことを知りたいな」
「俺もだよ。正直気になってることとか結構あるし」
「例えば?」
「それは……ええと、天界のこととか」
躊躇いがちにそう言ったジークに、ルシフェルは微笑んだ。
「天界はとても美しい所だよ。空気が澄んでいて、いつも輝いている綺麗な場所。だけどその輝きが眩しすぎて、みんな他のものをちゃんと見れていなかった」
「ゼウスも言っていたな」
「それは仕方のないことなのかもしれないけど、私は誰も傷つかない平和な世界をつくりたい。きっと偽善だ、夢を見すぎだって思われる。でも、私じゃ無理だとしても、この想いが受け継がれていつかそんな世界になってほしい……それが私の夢」
「ルシフェル……」
「だから、もし良ければジークさんにも手伝ってもらいたいかな」
今度は躊躇うこともなく、勿論手伝うよとジークは頷いた。それを見てありがとうと言い、ルシフェルはジークの瞳をじっと見つめる。
「まだ色々聞きたそうな顔してるけど」
「……男とか」
「ん?」
「男の天使とかとは、その、仲良かったりしたのかなって」
最初はキョトンとしていたルシフェルだったが、言葉の意味を理解して吹き出した。
「あははっ!そ、そんなのが気になるの?」
「むぐ……」
「まあ、どうだろうね。何人か仲がいい友達はいたんだけど、相手がどう思っていてくれていたのかは今となっては分からないや」
そう言って口元に手を当て、ルシフェルは笑う。自分の知らない所で、自分の知らない男とどう接していたのか……それが気になるということは、少しは意識してくれていると考えてもいいのだろうか。
「よーし、頑張らなきゃ。ジークさん、最後に一つだけいいかな」
「ああ、どうした……っ!?」
ジークの言葉を最後まで聞かず、ルシフェルは彼の肩に寄りかかる。今はまだ、これで充分。今日あった出来事を思い出しながら、ルシフェルは目を閉じた。
人物紹介(6)
ルシフェル
年齢:人間年齢で17歳前後
身長:159cm
趣味:武具収集
総合戦闘力:SSSS
元大天使長の少女。堕天後は長い期間傲慢の魔神に身体を乗っ取られていたが、ジーク達の活躍で解放され、更に大天使としての力を取り戻した。ジークに迫る凄まじい実力を誇り、本来大天使が一つしか扱えない神装を三つ使用可能で、『神速』の奇蹟発動時の移動速度はジークや魔神達を遥かに上回る。
根っからの善人で非常に心優しく、彼女の笑顔は見る者全員を虜にする。口の悪いアスモデウスも、彼女が相手だと大人しくなるらしい。
【神速の奇蹟】
ルシフェルの持つ奇蹟。凄まじいスピードを発動者に与え、その速度は魔神ですら目で追えないほど。
【神装:断罪剣】
悪を断罪する天の剣。神力を纏わせることで恐るべき切れ味を発揮する。
【神装:光炎柱】
魔を焼き尽くす光の柱。神装である複数の短剣に神力を込め、陣を描くように地面に突き刺すことで神力爆発を引き起こす。
【神装:大審判】
裁きを下す審判の門。ルシフェル最大の神装であり、天空に召喚した門から膨大な神力を解き放ち、眼下に存在する邪悪を光の奔流が滅する。




