第54話:次なる災厄
「うーん……」
翌日、記録用紙などを持って指示された場所に向かったレヴィ。確かに魔物は活性化している気はするが、彼女から溢れ出す魔力を浴びるとすぐに大人しくなってしまうので、どう記録すればいいのかと悩んでいた。
『この連絡用魔結晶は前よりもバージョンアップしていてな。魔力を込める量によって連絡の仕方が変わるんだ』
何となくポケットの中から連絡用魔結晶を取り出し、それを眺める。エステリーナの話によると、少しの量の魔力を一定時間込めることでもう片方の魔結晶の持ち主と会話ができ、更に魔力の量を増やすと緊急事態を知らせる音が鳴り響くようになったという。試しに使用した時は、金属が擦れるような音が魔力を込めている間鳴り続けていた。
「……ん?」
一度王都に戻ろうかと考えていたレヴィだったが、そこであることに気付いた。視線の先にある木が、何故か凍りついていたのである。
「何これ。魔物の魔法かな……」
触れてみると恐ろしい程冷たく、このまま溶けることはないのではないかと思う。そんな凍りついた木は、更に向こうの方にもいくつか確認できた。
そしてそれだけではなく、何かが激突したのかクレーターのようなものもある。いずれも中心に血の跡が見られたので、魔物か何かが押し潰されたのだろう。
(ここで戦闘があったのかな。魔物が活性化してるんだし、魔物同士で縄張り争いみたいなのをしてる可能性も……)
と、不意に感じた複数の気配。姿は見せていないが、既に魔物達に包囲されているとレヴィは気付く。
「ふーん、やるつもり?」
そう言ってレヴィが鎌を生み出した直後、木々の後ろから魔物達が飛び出してきた。様々な武器を手に持ったリザードマンだが、魔神であるレヴィの相手にはならない。
(……妙だな。何かに怯えている?その対象がボクなら、こうして襲いかかってくることはない筈)
次々とリザードマンの首を刎ねながら、レヴィは考える。リザードマンは火を吐く能力は持っているが、何かを凍らせる魔法を使える個体は存在しない。それに、彼らの腕力では地面にクレーターなど出来上がらないだろう。
ならば、あの氷やクレーターを生み出した者は一体誰なのか。リザードマン達が怯えているのは、その人物なのではないか……そう思いながら最後の一匹を仕留めた瞬間、覚えのある魔力がレヴィの肌を撫でた。
「あっはっはっ!いやぁ、情けないなぁ。結局死んじゃってるし」
「……所詮雑魚」
そんなことを言いながら、レヴィの前に姿を見せた二人の少女。巨大な槌を担いだ茶色の髪の少女と、冷気を放つ槍を持った薄水色の髪の少女が歩いてくる。
明らかにただの少女ではない。レヴィを驚かせたのは、二人から感じる圧倒的な魔力。エステリーナと自分によく似た魔力が場を満たしていく。
「君が嫉妬の魔神レヴィアタン?思ったよりもちっちゃいなぁ!」
「何者なの?その魔力、憤怒の魔神によく似てるけど」
「あはっ、分かる?さすがやねぇ」
持っていた槌を地面に置き、茶髪の少女が笑う。
「ウチはアンリカルナ。レヴィちゃんの言う通り、憤怒の紋章を持ってるよん」
「なっ……!」
「そして私は────」
もう一人の少女が口を開くのと同時、レヴィは勢いよく接近してその少女目掛けて鎌を振るった。しかし、その一撃は反応した少女が槍で受け止める。
「───ミゼリコルド。あなたと同じ嫉妬の紋章を持つ者」
「有り得ない!それぞれ紋章は一つずつしか存在していないのに、君がボクと同じ嫉妬の魔神だとでも!?」
「そう。だけど、あなたは紋章をきちんと使えていない。水の鎌なんて、簡単に凍結させられる」
音を立てて鎌が凍りついていく。それに気付いたレヴィはミゼリコルドを蹴り、一度二人から距離をとった。
「リザードマンは君達に怯えていたのか」
「ぴんぽーん!ここに住み着いてたあいつらを使って、レヴィちゃんの実力を見せてもらおうと思ってな。行かないと潰すでーって脅したら、ブルブルしながら戦いに行ったわ」
「なるほど、木が凍っていたり地面が陥没していたのはその時の……」
「ってことでぇ、次はウチらの相手をしてもらおっかなぁ」
そんなことがあるとは思えない。しかし、恐らく冗談ではない。それぞれの体に浮かび上がる憤怒と嫉妬の紋章。そこから湧き上がる魔力は自分やエステリーナのものとほぼ同じだった。
「ま、さすがに大先輩相手に新人のウチらが勝てるとは思ってないし、二対一にさせてもらうけど許してな」
「正直あなたには嫉妬する。紋章の力を完全に引き出せていない状態でその強さなのだから」
「それはどうもッ!!」
一体何故魔神の紋章を持っているのかは分からない。しかし、彼女達が敵だというのは考えるまでもなく分かる。地を蹴ったレヴィは生み出した水の槍を全力で投げ飛ばし、それを弾いたアンリカルナを強襲した。
「んはあっ、とんでもない殺気……っ!」
やはり憤怒の魔神は自分に比べて動きがやや遅い。ただ、パワーは恐らく向こうの方が上だろう。ならば勝っているスピードで翻弄し、隙をついて叩き潰す。
「私をお忘れでは?」
「っ……!」
後ろから突き出された槍が頬を掠める。首を傾けなければ即死だった。振り向けば、ミゼリコルドが放つ冷気がレヴィの全身を包み込む。
「ちょちょっ、ミゼちゃんウチも凍りそうなんやけど!?」
「……知らない」
「チッ、鬱陶しいな!!」
舌打ちして地面に手を置き、回転してアンリカルナとミゼリコルドを蹴り飛ばす。その際ミゼリコルドの槍が脚を裂いたが、痛がっている場合ではない。
「何が目的なの……?」
「別に殺し合いをしに来たわけじゃないで。軽く挨拶と、どんな強さか見せてもらおうかと思っただけ」
「……そして、挨拶を受けているのはあなただけではない」
「っ、まさか……!」
駆け出したアンリカルナとミゼリコルドを見て魔力を纏い、レヴィはポケットの中にある連絡用魔結晶を握りしめた。
「傲慢の紋章と怠惰の紋章……!?」
そしてその少し前、廃村を調査していたルシフェルの前に突如現れた二人の男。オルガルドとロウと名乗ったその男達は、警戒していたルシフェルに見せつけるかのように紋章を解き放ったのだ。
「ゼウスの紋章を引き継いだ……?でも、それならどうして怠惰の紋章まで……」
「まあ、そう焦るなよ大天使。俺達の紋章は少々特殊でね……限りなく本物に近い偽物、とでも思ってくれればいい」
傲慢の紋章を解放したオルガルドが、血の色をした大剣を手にそう言う。一方生物のように蠢く鎖を体に巻き付けたロウは、眠そうに欠伸をしながら二人の話を聞いていた。
「それにしてもいい女じゃねえか。どんな声で鳴いてくれるのか楽しみだぜ」
「目的は何ですか」
「んなこたァどうでもいいだろう?黙って俺の前に跪いときゃいいんだよ!」
オルガルドが凄まじい速度でルシフェルに接近する。それに反応したルシフェルは神装【断罪剣】を呼び出し、翼を広げて真上に飛んだ。
「ふッ─────」
そして猛スピードで急降下し、オルガルドに剣を振り下ろす。その一撃を大剣で受け止めたオルガルドは、そのまま地面を踏み砕いて大剣を振り、ルシフェルを弾き飛ばす。その際大剣から溢れ出した魔力が吹き荒れ、朽ちた家屋を破壊した。
「やるねぇ、大したスピードだ」
「はああッ!!」
その後も超高速で動き回り、ルシフェルはオルガルドに剣を振るう。しかし、そこで気付いた。オルガルドは自分の動きに反応できている。それどころか、何故かオルガルドの方が僅かに速く攻撃を加えてきていることに。
「っ、怠惰の禁忌魔法……!」
「ははっ、気付くのが遅せぇんじゃねえの!?」
全身を襲う奇妙な感覚。見れば、離れた場所に立つロウが手のひらをこちらに向けている。禁忌魔法の範囲をルシフェルの周囲だけに絞り、動きを遅くしていたのだ。
「くっ……!」
一度距離をとるため木々を盾にしながら飛び退いたルシフェルを、木々を薙ぎ払いながらオルガルドが追う。他の仲間達も襲撃を受けているかもしれない。そう考えたルシフェルは、持ってきていた連絡用魔結晶に魔力を込めた。
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「ジーク、調査は終わったのか?」
「ああ、ついさっきな」
王都に戻ってきたジークとシオンに、同じく調査を終えて帰還したエステリーナが声をかける。そして家に戻ると既にシルフィが自分の調査報告書を完成させていた。
くじ引きで調査する場所を決め、王都から近いポイントを引き当てていた四人。あとはレヴィとルシフェルが戻ってくるのを待つだけである。
「それにしても、何故魔物が活性化していたのでしょうか。傲慢の魔神がいなくなってから、各地の魔物も落ち着いていたのですけどね」
「確かにな。魔物達に影響を与える何かがあるのか……」
「まあ、今後は調査団に引き継がれる。今回得た情報が役に立つといいのだが」
そう言ってエステリーナが椅子に腰掛けようとした直後、机の上に置かれていた連絡用魔結晶から大きな音が鳴った。それに驚いたエステリーナが転んでしまったので、さり気なくシオンが手を貸して立つのを手伝う。
「これは、確か緊急事態を知らせる音では?」
「あ、ああ。だけど、レヴィとルシフェル両方の魔結晶から音が……」
『どうやら何かあったようですねー』
あの二人程の実力者が緊急事態を知らせる状況。嫌な予感がする……ジークは調査場所が記された地図を広げて確認する。
「戦闘になっている可能性もある。すぐに向かおう」
「ルシフェルさんの所には私が。調査場所の中では最も遠いですが、風を操ればそれ程時間はかかりません」
「なら私はレヴィの所に向かう。ジークは?」
「俺は───」
そこでジークは考えた。強欲の魔神であるマモンから連絡は来ていない。しかし、一人だけ連絡用の魔結晶を渡していない少女がいる。もしもその少女がレヴィ達のように緊急事態に陥っていたとしたら……。
「気になることがある。まずはそっちを片付けてから、どちらかの応援に向かうよ」
「私は追いつけそうにないので、このことをイツキさんに報告しておきます。皆さん、無事に戻ってきてください」
シルフィとエステリーナがそれぞれレヴィとルシフェルの所に向かい、シオンは王城へ。そして残ったジークは道具入れを漁り、とあるアイテムを取り出した。
『ジーク、もしかして』
「ああ、俺が向かうのは────」
人物紹介(2)
シオン・セレナーデ
年齢:17歳
身長157cm
趣味:読書
総合戦闘力:S
あまり感情を表に出さず常に静かだが、影からジークを支え続けている特務騎士団副団長の少女。魔神達には劣るもの、魔法の腕は並の魔道士達を遥かに上回る。理由は不明だが記憶を失っており、時折不思議な光景が脳内に浮かぶことがある。
【魔神】
大罪の紋章をその身に宿した、魔の頂点に君臨する七人。嫉妬、憤怒、怠惰、色欲、暴食、強欲、傲慢の魔神が存在しているが、かつて勃発した神魔大戦でアルテリアスに滅ぼされてから数百年もの間、新たな魔神が誕生することはなかった。
【神魔大戦】
遥か昔、世界を滅ぼせる力を誇った魔神達が引き起こした大戦争。世界各地で魔族と天使がぶつかる中、女神アルテリアスが七人の魔神全員をたった一人で全滅させたことで大戦は終結した。




