第52話:神速の白翼
『なんと美しい姿でしょう……素晴らしい、これが今代の大天使長ですか』
神々しい輝きを纏う大天使を見て言葉を失うジーク達。彼らの視線の先で、ルシフェルは剣の先をゼウスに向けた。
「堕天使が天使としての力を取り戻しただと!?そんなことは不可能な筈だ!!」
ルシフェルが動くよりも先に、ゼウスが魔剣から魔力の刃を放った。それはルシフェルが立っていた場所を斬り裂き、爆発する。しかしその直後、後方にルシフェルが現れたのと同時にゼウスの全身から血のように魔力が噴き出した。
攻撃を躱したルシフェルが、今の一瞬でゼウスの体を斬り刻んだのである。ジークやレヴィでも追えなかった、ルシフェルの高速移動。間違いなくこの場にいる誰よりも速い。
「ぬぅああああああッ!!」
傷を再生させたゼウスが連続で魔剣を振るうが、目に留まらぬ速さで飛び回るルシフェルには当たらない。それどころか凄まじい速度で攻撃を食らい続け、ゼウスは堪らず膝をついた。
「ぐっ……聞いたことがある。あらゆるものを置き去りにする、〝神速〟と呼ばれる大天使の存在を。それは貴様のことか、ルシフェル!」
「その〝神速〟こそが私の奇蹟。貴方じゃ私に追いつくことはできないよ」
「それがどうした!私にあって貴様に無いものを教えてやろう、それはあらゆるものを捩じ伏せる圧倒的なパワーだ!」
偶然かもしれないが、振るわれた魔剣がルシフェルの剣と衝突。その衝撃でルシフェルは吹っ飛んだが、翼を広げて空中で停止した。
「ただ速いだけでこの私に敵うと思ったか……!」
「なら────」
ルシフェルが創り出した短剣が、ゼウスを取り囲むような形で次々と床に突き刺さる。
「神装【光炎柱】!!」
そしてルシフェルが短剣に込めた神力を爆発させ、光の柱がゼウスを包み込んだ。
「ぐあああああああッ!?」
魔族に対して神力による攻撃は相当なダメージとなる。そこから抜け出せないゼウスは叫び、ルシフェルは天高く飛び上がった。
「神装【大審判】!!!」
掲げられた断罪剣から神力が放たれ、黒雲を黄金に染める。そして、何処からか鐘の音が鳴り響く中、雲を割って巨大な門が出現した。
神装とは、選ばれた天使のみが扱うことのできる天界の神器。本来ならば一つしか扱えない神装を既に三つ見せたルシフェルだが、最後の【大審判】は彼女の切り札である。
「わ、私が……傲慢の魔神であるこの私が、憎き大天使を相手に敗れるというのか……!?」
光の柱が消え、ようやくルシフェル最大の神装が出現したことに気づいたゼウスが、砕ける寸前の自身に魔力を込めて空を睨む。黄金に染まった空の向こう、そこで待つ天使達に怒りを抱きながら。
「安らかに眠りなさい、宝剣ゼウス」
ルシフェルが断罪剣を振り下ろすのと同時、門が開いて閃光が解き放たれた。ゼウスを手に取ったあの日から、一度も使用することなく封じられていた神力の全てが地上に迫り、ゼウスを呑み込む。
「ルシフェルーーーーーーッ!!!」
抵抗しようとしたゼウスの魔力を焼き尽くし、大地を穿ち、魔界を照らした大天使の審判。やがて神装を消し爆心地に降り立ったルシフェルの前には、魔力の感じられない魔剣の破片だけが残っていた。
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「ぐあーっ!疲れたぁーっ!」
「あたしも限界だわ……」
魔剣ゼウスとの決戦から数十分後。エステリーナ達が相手にしていた魔族や魔物達は、傲慢の魔神の恐怖から解放されたからか大人しくなっており、今は大魔城付近からは居なくなっている。
そしてジーク達は半壊した大魔城内にある部屋で体を休めている最中で、レヴィとアスモデウスは勢いよくベッドに倒れ込んでいた。
『大きな寝室ですねー。何故ベッドが沢山あるのかは分かりませんけど、こんな部屋が残っていてくれて良かったですー』
「ああ、一応あたしが使ってた部屋なのよ。ベッドはその日の気分によって使うのを変えてただけ」
「ふーん、変なの」
「あんたも床で寝るのが一番気持ちいいとか意味不明なこと言ってたじゃない、レヴィアタン」
「そんなこと言ってたっけ?まあ、今はジークのベッドで寝るのが一番なんだけどね」
「ふ、不埒だわ!」
色欲の魔神らしからぬ発言である。顔を真っ赤にしながらそう言うアスモデウスを見て皆が笑っていると、眠っていたルシフェルが目を覚ました。あの後、久々に自らの神力を使用した反動で気を失ってしまったいたのだ。
「おはよう、ルシフェル」
「ジークさん……ここは……?」
「大魔城の中だよ。皆ボロボロだから、一旦ここで体を休めてる最中で……っておいおい、無理して動いちゃ駄目だって」
体を起こしたルシフェルが顔を歪めたので、ジークは再び彼女を寝かせる。
「さーて、それじゃあボク達は違う部屋に移動しようかー」
「はあ?なんでよ」
「アスモデウスの時も二人きりになっただろう。色々話したいこともある筈だ」
「そうですね。それではジーク様、ゆっくりと体を休めてください」
ぞろぞろと魔神達が部屋から出ていき、最後にはアルテリアスも魔力体となってレヴィ達についていく。残ったジークがルシフェルに目を向けると、彼女の頬は赤く染っていた。
「レヴィちゃん達に申し訳ないな。ジークさんを独り占めさせてもらえるなんて」
「な、何言ってんだ」
「ふふ、冗談じゃないよ?」
微笑みながらそう言われ、ジークも顔を赤くしながら頬を掻いた。ゼウスに体を支配されていた時とは違う優しい笑み。それをこんなに近くで見れたのだから、頑張って良かったとジークは思う。
「それに、ジークさん達が住んでいる所を案内するって言ってくれたからね。すごく楽しみ」
「ああ、都市の皆も絶対歓迎してくれるよ。それで、その後の話なんだけどさ」
「うん?」
「俺と一緒に住まないか?」
「…………ええっ!?」
これまで以上に顔を真っ赤にしながら驚くルシフェルを見て、言葉が足りなかったとジークは焦る。
「ああいや、その、特務騎士団の家があってな!そこにレヴィ達も住んでるから、ルシフェルが落ち着くまで我が家だと思って使ってくれていいってことで……」
「本当!?でも、これ以上迷惑をかけちゃうのは申し訳ないというか……」
「誰も迷惑だなんて思わないよ。勿論今回のことだってな」
「……本当にいいの?」
「大歓迎だ」
決して無理をしているのではなく、ジークは本心でそう言ってくれている。それが不思議と分かり、嬉しくなった。
「ゼウスに体を支配されて、これまで沢山の人達を苦しめてきた。だから私なんかが生きていたら駄目なんだって、ずっと思っていたの。だけど、天界のことや行方をくらませた怠惰の魔神……他にもまだまだ問題は残ってる。それら全てを解決するまで、死ぬわけにはいかないよね」
「そうだな」
「それに、ジークさんが〝生きることを諦めるな〟って言ってくれたから。取り返しのつかないことばかりしてしまったけど、私はゼウスの分まで罪を背負って生きていくよ」
そう言うと、ルシフェルは少し表情を変えながらもベッドから降りた。そしてジークに手を差し出し、満面の笑みを浮かべる。
「これからもよろしくね、ジークさん」
「ああ、こちらこそよろしく、ルシフェル」
その手を握り、ジークも笑った。
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「ほんとに来ないの?」
翌日。王都に戻ることにしたジーク達。しかし一人魔界に残ると言ったアスモデウスに、レヴィが声をかける。
「何回も言わせないで。魔神が全滅した今、魔族達を縛るものは何も無いわ。で、連中は魔界の頂点を目指して争い始める可能性が高い。その後はゼウスみたいに天界を狙うかもしれないし、揃って人間界に攻め込むかもしれない。そうならないように、あたしがある程度見張っておいてあげるって言ってるのよ」
「なるほどな。次の問題は天界だから、アスモデウスにも協力してもらおうかと思ったんだけど」
「勘違いしないでくれる?あたしは別に、あんた達と馴れ合うつもりはないから。ただまあ、本当にヤバそうだったら手を貸してやらんこともないわ」
『素直じゃないですねー』
「うっさい!さっさと帰れ!」
照れ隠しなのかは不明だが、騒ぎ出したアスモデウスを見て苦笑しながらジークは転移結晶に魔力を込める。その数秒後、起動した結晶が輝きジーク達は王都へと帰還した。
先に戻っていたキュラーは王城に結晶の半分を持ち帰っていたらしく、突然現れたジーク達を見てイツキ達が驚いている。
「ジーク……!」
そんな中、シオンがジークに駆け寄りそのまま抱きついた。相当心配していたのだろう。体が震え、目には涙が浮かんでいた。
「エステリーナ、無事だったか!」
「良かった、戦いは終わったのですね……」
皆がジーク達を取り囲み、盛り上がり始める。そこでようやく見覚えのない少女がいることを知り、もしかしてと騎士達はジークに顔を向けた。
「彼女が魔剣ゼウスに体を支配されていた、大天使のルシフェルです」
「は、はじめまして!その、沢山ご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ございませんでした!」
勢いよく頭を下げたルシフェルだったが、自分に一切敵意が向けられていないことに気づいて顔を上げる。
「事情はジークから聞いています、大天使ルシフェル様」
「え、あの……」
大天使とは、人間からすれば神のような存在である。その存在を知る者達が、彼女の前に跪くのは当然だった。しかし、別に自分の方が上だと考えていないルシフェルは焦り、気を使う必要はないと皆に言う。
「それに、私はもう天界の民ではありません。皆さんと同じ地上に生きる者として、同じ目線で接してください」
ルシフェルの天然エンジェルスマイルが、この場に集まってきた騎士達のハートを貫いていく。背中の翼は自由に消せるらしいので今は見えないが、やはり彼女は天使だった。
「へぇ、まさか兜の下がこんな美人さんだったとはなぁ」
皆がルシフェルに見惚れている中、王都に残っていたマモンとロゼがこちらに向かって歩いてくる。
「マモン君、でいいのかな?この前はごめんなさい、呼び出してあんなことを言ってしまって」
「気にすんな、あんたが悪くないのは俺も知ってるよ」
「……ふふ、ありがとう」
「で、やっぱとんでもねぇな親友。ほんとに傲慢の魔神をぶっ倒してきやがった」
マモンに言われ、ジークは苦笑する。
「俺だけじゃ絶対に勝てなかった。特務騎士団の皆やアスモデウス、それにルシフェルの協力があったからだ」
「くくっ、あの人間嫌いなお嬢さえも味方にしちまうんだもんな。ま、無事でなによりだぜ」
それから話を聞くと、魔界突入後は王都への攻撃などは無かったらしい。まさかゼウスもあの後乗り込んでくるとは思っていなかったのだろう。戦力の温存に入ったため、大魔城にあれだけの魔族が集結していたのだ。
「今後の予定は?」
「ルシフェルに協力して、天界の説得をするつもりだ。それからベルフェゴールの捜索かな」
「なるほどな。俺も手伝える部分は手を貸すぜ。用があれば呼んでくれ」
「ああ、助かるよ」
互いに笑い、拳を合わせる。直後、ジークの腕に抱きついた者が一人。怪我だらけだが元気いっぱいなレヴィである。
「よーし、今日はパーティーだね!」
「ルシフェルの歓迎会だな」
「あはは、嬉しいけど報告とか色々しないといけないんじゃ……」
「はっはっはっ、話は聞いたぞ特務騎士団の諸君!」
突然豪快な笑い声が響く。その姿を見た騎士達は一斉に姿勢を正し、ジーク達も急いで横並びに立った。
「貴女が大天使ルシフェル殿か。私はセレスティア王国国王のダインと申します」
「こ、国王様、ですか」
「我々はルシフェル殿を心より歓迎致します。ということで皆の者、今日は宴じゃあ!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
盛り上がり始めた騎士達を見てルシフェルが困惑していたので、ジークはいつものことだと伝える。それからすぐに会場が用意され、傲慢の魔神討伐とルシフェルの特務騎士団入りを祝って盛大な宴が開催された。
人と魔族と、そして天使が同じ場所で笑顔に。ルシフェルが夢見ていた光景が目の前に広がっており、胸が熱くなる。
ここに自分が立てているのは彼のおかげ。気がつけばずっと目で追ってしまっている、命の恩人。今だけは、彼のことだけを考えていたいと思ってしまう。
(ジークさん……私の王子様)
きっとこれは、恋というもの。レヴィ達もジークのことが大好きなのだろう。それでも、出会ってまだ数日だがこれだけは譲りたくない……そう思う程、ルシフェルの中でジークの存在は大きくなっていた。




