第50話:天堕とす憎悪
「ふふ……凄いね、ジークは。戦う度にどんどん成長していく」
「天使の持つ神力と奇蹟。実際にそれが使われている所を見るのは初めてだけど、何だかムズムズするわ」
「まあ、ボク達じゃ使うことすらできない能力だからね。今のジークは女神さんの力を七割程度使えてるってところかな」
痛む箇所を押さえながら話す二人の視線の先で、神の力を得た者同士が激突する。先程までとは違い、力の変化に戸惑いながらもジークはゼウスと互角の戦いを繰り広げていた。
「チッ……!」
首を傾けたゼウスの頬を、高速で通過したジークの拳が掠める。その直後、反対の腕をジークは魔剣に向かって伸ばした。ゼウスの動きを止めることも大事だが、魔剣の破壊こそが今回の目的。
その手は魔剣に届かなかったものの、ジークは再びゼウスに猛攻を仕掛ける。
「まさか禁忌魔法の影響下でここまでの動きができるとはな!」
ゼウスも負けてはいない。魔力を帯びた斬撃は二つの力を纏ったジークの皮膚を裂き、猛スピードで飛び回り四方八方から襲いかかる。
(段々神力の使い方にも慣れてきた……だけど、これでようやくゼウスの動きに対応できている状態だ。魔剣を破壊するためには、あと何が必要だ……?)
突きを避け、足を振り上げるが空中で体勢を変えゼウスは魔剣に当てさせない。更にそのまま魔剣を斜めに振り、至近距離で放った斬撃がジークを弾き飛ばす。
「闇に抱かれて消え去るがいい!!」
「っ、魔法!?」
顔を上げたジークに迫る、巨大な漆黒の球体。腕を交差して受け止めたが、勢いが凄まじくそのまま壁に向かって押されていく。
「ぬううあああッ!!」
踏ん張り、交差した腕を広げて神力を放ち、ジークはゼウスの魔法を消し飛ばす。そして駆け出したが、背後から感じた強烈な殺気。振り返りながら体を後ろに倒した直後、今まで首があった場所を魔剣が通り過ぎていった。
「逃がすか!!」
後方転回で距離をとったジークに迫る無数の羽。ゼウスの翼から放たれた黒い羽は、魔力を帯びた弾丸となって床に突き刺さっていく。
「そんなものまで武器にするのか……!」
『油断禁物!』
アルテリアスが声を出す。羽を避けている間に形を変えた魔剣が下から上に回転しながらジークを取り囲んでいた。
「切り刻んでくれるわ!!」
魔剣がジークの全身を締め上げる。そしてゼウスが魔剣を勢いよく引っ張ると、刃が体を滑りながらめり込んでいった。対してジークは魔力と神力を体の外に放ち、全身を輪切りにしようとしていた魔剣を押し返す。
「神力が私の禁忌魔法の効果を半減させているようだな。魔力は強制的に体内へと戻される筈だが、貴様は普通に魔力を使うことができている」
魔剣を元の形に戻し、ゼウスが言う。これまで相手にしてきた者の中で、禁忌魔法が通じないのは初めてだった。傲慢の魔神にはそれが許せない。自分の前に跪かない者など、存在する筈がないのだから。
「ジーク・セレナーデぇッ……!」
突如、禁忌魔法の威力が跳ね上がる。音を立てて大魔城は崩壊を初め、背後からレヴィとアスモデウスの悲鳴が聞こえた。
「貴様程度に、私の計画を崩されてなるものか!!」
「ぐあっ!?」
そちらに気を取られたジークを蹴り飛ばし、ゼウスは魔剣を振り上げた。そして桁違いな量の魔力が魔剣に集中し、発生した黒い稲妻が壁や床を砕いていく。
『魔剣ゼウス……貴方は何故、そこまでして天界を滅ぼそうなどと考えているのですか?』
アルテリアスからの問いに、ゼウスは怒りに顔を歪めながら口を開く。
「いいだろう、消し飛ばす前に教えてやる。私は宝剣として生み出され、やがて自我を持った。天界最高の武具と言われた私を扱えた者は一人のみ。大した力を持たない少女の天使だった」
ジークは目を見開いた。懐かしい感覚と共に、見覚えのない光景が頭の中に広がる。かつてレヴィと王都で激戦を繰り広げた時、魔力を通して彼女の記憶を視た時のように。
「私が色々教えてやらなければろくに戦うことすらできない少女だったが、私をただの武具ではなく大切な友人として見てくれた、たった一人の少女。だが、彼女との生活は唐突に終わりを迎えた。弱い天使が何故宝剣を扱うことができるのかと、嫉妬した愚かな大天使共が彼女を始末しようと企んだのだ」
その時の光景は、ジークにも視えていた。彼女が魔族と繋がっているという嘘や、宝剣を扱えるのは自分だけだと傲慢な態度で大天使達に言い回っているという嘘、その他多くの嘘や噂を天界中に広め、信じ込んだ天界の民は集団で少女を追い込んだ。
結果、少女はゼウスを使って自殺。傲慢な裏切り者として天界の歴史に名を刻むこととなる。
それに怒り狂ったゼウスは自ら魔界へと向かい、魔界の魔力や瘴気を吸収して魔剣となり、持ち主として選んだ魔族達の魔力を奪い続けた。全ては大切な相棒を奪った天界に復讐するために。
「そんな時だ、大天使ルシフェルが魔界に堕ちてきたのは。私が天界に居た頃には見たことがなかったが、数百年の間に大天使となったのだろう。それから私はこの娘の体を使い、傲慢の紋章を手に入れた。あとは下界と天界を繋ぐ門を通り、天界を滅ぼすだけだ」
「ゼウス、お前……」
「見ているか、ルフィナ!今ここで女神を消し去り、私はお前を殺した天界をも消してみせよう!その先にあるのはゴミの存在しない理想郷だ!」
とてつもない魔力が解き放たれようとしている。恐らく、これまで見てきたどの魔法よりも強力な一撃がくる。ジークは魔力と神力を纏い、身動きの取れないレヴィとアスモデウスの前に立った。
「ジ、ジーク!?」
「何してるのよ!あたし達のことは放っておいていいから!」
「いいや、守ってみせる……!」
それを見たゼウスは、限界まで高めた魔力を一気に解き放ち、全力で魔剣を振り下ろした。
「全て消え去れえええええええッ!!!」
ジークの視界全てが黒く染まる。破滅の一撃は大地を割り、遥か遠くに見える大きな山までもが真っ二つになる。空からなら、大魔城からその山まで一本の線が引かれたように見えただろう。
次の瞬間、まるで谷のようになった斬撃通過跡の底が光り輝き、大爆発が起こった。天に向かって漆黒の魔力が昇っていく。今の一撃で、どれだけの魔族が命を落としただろうか。
「きゃああっ!?」
「な、なんという威力だ……!」
外で魔王クラス達の相手をしていたエステリーナとシルフィは、すぐ近くで起こった圧倒的な破壊の光景を見て手を止める。あれに巻き込まれていたら、恐らく命は無かった筈だ。
「ジ、ジーク様は!?」
『周辺の魔力が乱れて大魔城内部の魔力を探れん。今の一撃は魔剣ゼウスが放ったものだと思うが……』
「ならば我々も大魔城に────」
走り出そうとしたエステリーナの前に、多くの魔族が立ちはだかる。ゼウスに忠誠を誓っているのか、逆らえないのか。今大魔城に向かえば、この魔族達も押し寄せてしまうことになる。
「くっ、無事でいてくれ……!」
サタンを握りしめ、エステリーナはジーク達が無事であることを祈って魔族達へと突っ込んだ。
「は、はは……はははははっ!」
ゼウスが笑う。煙で見えないが、今の一撃で数キロ先まで大地は抉り取られ、天に届く程の魔力爆発が起こっただろう。これを受けて生きていられる者など存在しない、天界に復讐を誓うゼウスの切り札である。
「次は貴様らだ、天使共。この時をどれだけ待ち望んだものか……必ず皆殺しにしてくれるわ……!」
『それは無理でしょう』
天井も壁も崩れ去った謁見の間に、消えた筈の女神の声が響く。ゼウスは目を見開いた。煙の中から姿を現した、傷だらけの青年。後ろではレヴィとアスモデウスがゼウスと似た反応をしており、呆然と青年の背中を見つめている。
「………何故だ」
魔剣を握りしめながら、ゼウスが震える声でそう言う。視線の先にあるもの全てを蒸発させた究極の一撃。それなのに、理解できない光景がそこには広がっていた。
「まさか、防いだというのか……?」
「ああ、ギリギリだったけどな」
青年、ジークが口を開く。全魔力、全神力を放ち破滅の斬撃を受けきったジーク。負傷はしているものの、彼は背後の仲間を守ってみせた。
「何故、そこまでして戦う……」
ゼウスにそう言われたジークは、ゼウスの瞳を……いや、その奥にいる一人の少女を見つめて口元を緩める。
「言っただろ?必ずルシフェルをゼウスの手から解放してみせるって」
それを聞いた瞬間、ゼウスに異変が起こった。突然呻きながら頭を押さえ、苦しそうに身を捩り始めたのだ。そして、暫くして顔を上げたのは────
「ジーク、さん」
「っ、まさか」
苦しそうだが表情が変わり、雰囲気も先程までとは違う穏やかなものへと変わる。そこでジークは確信した。今、自分の前に立っているのは……。
「ルシフェル、なのか?」
そう言われ、堕天使は微笑んだ。




