第49話:決戦・魔神ゼウス
「アルテリアス、まだか!?」
『すみません、もう少しお待ちを!』
次々と現れる魔人の相手をしながら、ジークは空間の核を目指して走っていた。アルテリアスも必死に探してくれているが、中々見つからずに焦りが募る。
「まずいな、ここに来てから何分経った……!?」
まるで、出口の無い迷宮に閉じ込められてしまったような状況。どれだけ走り続けても景色は変わらず、魔人は増え続ける。同じところをグルグル回り続けているのではないか。そう思ってしまう程、長時間同じことを続けていても変化がない。
そんな時、突然アルテリアスが興奮気味に発光した。
『ムムっ!?見つけた、見つけましたよー!』
「マジか!どっちだ!?」
『あっちですー!』
「いやどっちだよ!」
ようやく見つかったらしい空間の核。アルテリアスに案内されながら走り、辿り着いた場所には宙に浮かぶ灰色の球体が。これこそがこの空間を維持している核だという。
『本気で殴っちゃってください!必殺女神パンチです!』
「おうよ!」
魔人達が迫っている。ジークは拳を握りしめ、迷わず核を粉砕する。その直後、周囲の空間が崩壊を始め、落下するようにジークとアルテリアスは大魔城へと帰還した。
「っ、これは……」
飛び込んできたのは最悪の光景。激しい戦闘が繰り広げられたのだろうと一目で分かる、荒れ果てた謁見の間。その中心で本体である魔剣を手に佇むゼウスと、彼の後方で倒れて動かないレヴィとアスモデウス。
とてつもない力を持つ魔神二人を相手にして、傲慢の魔神はほぼ無傷の状態で勝利していたのだ。
「クク、戻ってきたかジーク・セレナーデ」
「お前ッ……!」
『落ち着きなさいジーク。かなりダメージを受けていますが、レヴィとアスモデウスはまだ生きています』
「生かしてやっているのだ。簡単に殺してしまっては面白くないだろう」
漆黒の翼を広げ、ゼウスが口角を上げる。
「まずは貴様を徹底的に叩き潰し、手足をもいで虫のようにしてやろう。その次にレヴィアタンとアスモデウスを貴様の前で殺す。発狂してしまう程に残酷で美しく殺す。その状態で貴様が意識を保っていれば、殺すのはやめておいてやる。大切な者達が目の前で散った光景を脳裏に焼き付け無様に生きるがいい」
「……そんなことを、ルシフェルの顔で言うんじゃねえよ」
「貴様を殺せば奴も抵抗をやめて消えるだろうな。そうなれば、ルシフェルの全てはこの私のものだ」
温存していた魔力を纏い、ジークは構える。ここでゼウスを破壊しなければ、全てが終わる。最初から全力で、傲慢の魔神を打ち破らなければならない。
「さあ、始めようか。魔神と女神、どちらが上かはっきりさせるとしよう!」
魔剣が輝き、ゼウスは稲妻を帯びた魔力の刃を飛ばした。それをジークは身体強化を発動して避けたが、その隙にゼウスがジークとの距離を一気に詰める。
「速いっ……!」
勢いよく踏み込み、ゼウスが魔剣を横薙ぎに振るう。仰け反るようにしてそれを躱したジークは、そのまま床に手を当て縦に回転してゼウスの顎を蹴り上げた。
ルシフェルの体なので攻撃を当てるのは躊躇われるが、恐らくこの程度では微塵も怯まない。案の定ゼウスはすぐに床を蹴り、再度猛スピードでジークに接近する。
「素晴らしい動きだ!」
魔剣を魔力を纏わせた拳で弾き、ゼウスの背後へと回り込もうとしたジークだったが、そんな彼の行く手を翼が阻む。ただの飾りではないそれは、一つの武器となってジークを叩き飛ばした。
「だが、その程度では私には勝てまい」
『フム、やはり強いですね……』
「そうだな。だけどまだ、始まったばかりだ」
余裕の表情を崩さずゼウスは立っている。まだ遊んでいる状態だろう。しかし、そこに勝機があるとジークは考えた。紋章を解放していないゼウスに全力の一撃を叩き込めば、動きを止めることは可能な筈。
「はあああッ!!」
迫り来る魔力の刃を躱しながら疾走し、ゼウスの懐に潜り込む。この距離と位置なら、魔剣が振り下ろされるよりも必殺の一撃を叩き込む方が早い。
「───甘いな」
「がはッ!?」
しかし、ジークの拳が鎧の腹部辺りに直撃した瞬間、ゼウスは床を踏み砕いて前に出た。予想外の行動にジークの腕は押し返され、更に強烈な膝蹴りを浴びて吹っ飛ばされる。
「今のタイミングで自身最大の一撃を使わない筈がない。予想通り、貴様は懐に潜り込んだ瞬間右腕に魔力を集中させた。ならば魔力を使われる前に、殴打されてでも体勢を崩させればいいだけだ」
「い、一瞬でそこまで……!」
「とはいえ、存外楽しませてくれるじゃないか。忌々しいあの女の抵抗も無くなり、ようやく思う存分力を振るうことができる。貴様なら、もう少し楽しませてくれるだろう?」
『っ、使いますか……!』
体に収まりきらない程の魔力が溢れ出し、大魔城が震える。ゼウスの額に浮かび上がった金色の紋章……それを見たジークは息を呑んだ。
「はははははっ!これこそが、森羅万象を統べる究極の力!真なる魔神の私に相応しい、天を堕とし地を砕く絶対的な力だ!」
『本気で世界を支配できると思っているのですか?』
「できるとも!夢を見ているのではない、私には全ての頂点に立つ資格と力があるのだからな!」
『なるほど、紋章が与える力が桁違いなわけです』
これまで多くの魔神達を相手にしてきたが、やはりこの魔神は次元が違う。魔力を浴びた体は震え、全身に汗が滲む。ここから先は、一瞬でも油断すれば全てが終わるだろう。
「見ているか、愚かな天使共よ!!我が傲慢の力を使い、必ず貴様達を地の底まで堕としてくれるわッ!!」
翼を羽ばたかせ、ゼウスが飛翔した。それによって凄まじい風が吹き荒れる中、謁見の間を縦横無尽に飛び回り、様々な場所からジーク目掛けて斬撃を飛ばす。
「どうした、守るだけでは何も始まらんぞ!」
「こんのッ……!」
斬撃を弾き、跳躍したジークが蹴りを繰り出す。それを手の甲で受け止めたゼウスは、更に強烈な蹴りを放ちジークを床に叩きつけた。
「ぜあッ!!」
そのジーク目掛けて天井付近から放たれた突き。ジークは目を見開いた。魔剣そのものが伸び、ジークに迫ってきたのだ。咄嗟に反応して避けたものの、魔剣は床に当たる寸前に折れ曲がり、そのまま進行方向を変えてジークの肩を貫いた。
「ぐああっ!?」
「これが私の本体、魔剣ゼウスの能力だ。魔力を込めた分だけ伸び縮みさせることが可能で、更に魔剣としての硬さを保ったまま自在に形を変えることもできる」
「それは便利そうだなッ!!」
肩に刺さった魔剣を掴み、ジークは本気で膝蹴りを放った。渾身の一撃は魔剣に直撃し、僅かだがその形を変化させる。それを見たゼウスはジークが魔剣の破壊を狙っていると気づき、すぐに魔剣の長さを元に戻した。
「くそっ、硬いな……!」
『【零距離魔道砲】並の一撃でなければ、恐らく破壊することはできないでしょう』
「ああ、だけどそれを使う隙すら無いんだよな」
『これまでの魔神達が可愛く見えるレベルです。まったく、嫌になっちゃいますねー』
床に降り立ったゼウスが、自在に変形する魔剣を振りながら口角を上げる。近距離でも遠距離でも圧倒的な力を見せる傲慢の魔神。これで禁忌魔法を使われた場合、一気に追い込まれてしまうかもしれない。
「呑気に考えごとをしている場合か?」
「うっ!?」
移動速度もレヴィ以上。首から血が溢れ出す。今後ろに下がっていなければ、目の前で煌めいた魔剣に頸動脈を斬られていただろう。
「ふははははははッ!!」
「ぐううっ……!」
目にも留まらぬ速さで繰り出される数々の剣技。身を裂かれながらも避け続けていたジークだが、形を変えた魔剣に後ろから太ももを斬られ、力が抜けてその場で膝をついてしまった。
直後に顎を蹴られた衝撃でジークは宙を舞い、ゼウスが放った突きが腹部を抉りとる。
「まずはその腕を貰おうか!」
『ジーク、避けなさい!』
床に叩きつけられたジークに振り下ろされた魔剣。それは右腕を狙っており、この体勢では回避することができない。来るであろう痛みに備え、ジークは歯を食いしばる。
「させるわけないでしょ……!」
「っ、レヴィアタン……!」
しかし、それを受け止めたのはレヴィだった。魔力を帯びた鎌で魔剣を弾き返し、至近距離から魔法を放ってゼウスを吹き飛ばす。
「レ、レヴィ……」
「ごめんねジーク、遅くなって」
「いや、助かったよ。ありがとう」
「アスモデウスにもお礼を言ってあげて。彼女に強化してもらってなかったら、多分押し負けてたから」
見れば、アスモデウスも目を覚ましていた。どうやら彼女がレヴィに何らかの魔法を付与していたらしい。
「アスモデウスも、ありがとうな」
「べ、別に、あんたのために魔法を使ったわけじゃないけど?」
『ふふふ、照れ屋さんですねー』
と、場に満ちた魔力が突如一箇所に集中した。レヴィに吹き飛ばされたゼウスが立ち上がり、放出し続けていた魔力を魔剣に纏わせ始めたのだ。
「今のは少々痛かったぞ、レヴィアタン。この体がルシフェルのものであると知りながら、よく殺す気で魔法を放ったものだ」
「それでも全然効かないっていうのは分かってるからね。現に殆どノーダメージじゃない」
「クク、だが雑魚が三匹に増えたところで何も変わらん。我が禁忌魔法、今一度味わうがいい」
「チッ、【甘美なる色欲の支配】!!」
アスモデウスが禁忌魔法を使い、レヴィとジークに自身の魔力を与える。その直後、ゼウスが輝く魔剣を天に掲げた。
「【傲慢なる神帝の威光】!!!」
「ッ──────」
凄まじい力が空間を揺さぶり、ジーク達は床に叩きつけられた。傷ついた全身が悲鳴をあげる。その身を押し潰された世界が泣き喚く。立っているのは傲慢の魔神ただ一人。解放された禁忌魔法は大魔城全体を包み込んでいた。
「い、ぎっ……!」
「だ、駄目、もう限界だわ……!」
ボロボロになり、立ち上がることすらできないレヴィとアスモデウス。そんな彼女達に目を向け、ゼウスが悪魔のような笑みを浮かべる。
「最初に言ったな、ジーク・セレナーデ。貴様の前で奴らを殺すと」
「っ、何を……!」
「大切な者を失った貴様がどんな反応をするのか、早速見させてもらうとしようじゃないか」
レヴィの髪を掴み、そのまま持ち上げる。そして痛みに顔を歪めるレヴィの首元に、ゼウスは魔剣を押し当てた。
「おい、やめろ……!」
「まずは一人。散るがいい、嫉妬の魔神よ」
「く、くそ……!」
立ち上がらなければレヴィは死ぬ。数秒後には、目の前で彼女は命を落としてしまう。全身に力を込めるが、立ち上がるのが精一杯で動けない。
いつしかジークにとって、レヴィは居ることが当たり前な存在になっていた。そんな彼女を失うことに、果たして自分は耐えられるだろうか。そして、きっとルシフェルは悲しむだろう。自らの手でレヴィを殺してしまったと自分を責める筈だ。
「くっそがああああああああッ!!!」
今のままでは何も救えないし変えられない。それならば、限界以上の力を引き出さなければ駄目だ。怒りをぶつけるように声を発し、ジークは床を踏みつけた。
次の瞬間、ジークの体に異変が起こる。突然全身が熱くなり、内側から溢れ出た尋常ではない量の魔力が周囲に放たれたのである。それに驚いたのはジークだけではなく、この場にいた他の魔神達もだった。魔力を浴びたゼウスはレヴィから手を離し、ジークから離れるように飛び下がる。
「な、なんだ……!?」
ジーク自身も何が起こったのか分からず、驚いたように自分の手のひらを見つめていた。魔力以外にも、何かこれまでとは違う力が、体の底から絶えず湧き上がってきているのだ。
『お、驚きました。まさか人の身でありながら、私の〝奇蹟〟を発現させるとは』
「それって、さっきアルテリアスが言ってた……」
『【破壊の奇蹟】……それが私の持つ奇蹟です。恐らく能力そのものを使いこなすのはまだ難しいと思いますが、〝神力〟の方は得られたようですね』
神力……それは奇蹟を授かった者だけが使うことのできる、魔力に似た天使限定の力らしい。今のジークは、魔力と神力の両方を身に宿している状態なのだという。
「馬鹿な、人間が奇蹟を発現させただと!?」
『どうやらそのようです。魔剣ゼウス、ここからは私にもどうなるか想像できませんよ。私の魔力と神力を得た人間が、どれ程パワーアップするのかは分かりませんから』
それを聞き、ここで初めてゼウスから余裕の表情が消えた。




