第43話:最後の魔神
「いでででで!し、シルフィ、もう少しゆっくり……!」
「も、申し訳ございません!」
マモンとの戦闘から数時間が経ち、家でシルフィに包帯を巻いてもらっていたジークは目に涙を浮かべながら痛みに耐えていた。
普段なら魔力ですぐに傷が癒えるが、時間が経ち過ぎると自動回復は行われなくなるということが判明。今回はマモンに魔力を奪われた状態でダメージを受け続け、全身怪我だらけになってしまっている。
「わりぃ、やりすぎちまったな……いってえ!ロゼ、薬塗る時は言ってくれって!」
「ご、ごめん」
一方マモンもボロボロになっており、ロゼに傷薬を塗ってもらっている最中だった。相当痛いようだが、ロゼとの距離が近いからかマモンの頬は緩んでいる。
「くふふ、それにしてもおめでたいねぇ。あんな形でお似合いカップルの誕生を見れるなんて思わなかったよ」
「そうですね、羨ましいです。私もいつかジーク様と……」
「シルフィーーー!包帯キツく巻きすぎ!」
マモンとロゼが頬を赤く染める。戦闘後、色々あってようやく両想いだったことに気づいた二人。彼らを見て、シルフィはジークとの未来を想像しながら自分の世界へと旅立ち、レヴィは先程からずっとニヤニヤしていた。
『娘よ、お前も精進するがいい』
「わ、私は……むぅ」
『あーん、甘ったるい空間ですねー』
エステリーナはサタンに何かを言われる度にジークに目を向け、ネックレス女神はそんなことを言いながらぺしぺしとジークの胸元を叩く。ジークは痛がっているので狙ってやっているのだろう。
「そういえばマモン、ロゼさんの周りをうろついてたっていう魔物は全部始末しといたよ」
「おおっ、ほんとか!?」
「少々数が多かったですが、私とレヴィさんの敵ではなかったですね」
「はは、助かるぜおチビ共!」
「チビって言うな!」
レヴィに文句を言われながら、マモンは内心安心していた。ルシフェルに観せられたロゼの映像。あれは送り込まれた魔族が映していたものだとレヴィ達に伝えたところ、すぐに彼女達が村へと向かってくれたのだ。
『しかし魔神ルシフェル……奴は何故、自らの手でジーク・セレナーデや我々を始末しようとしないのだろうな』
『確かに、凄まじい力を持つ今代の魔神の中では最強らしいですけど、今のところ自分以外の魔神を使っているだけですものねー』
魔神達にも分からない、これまでのルシフェルの行い。ここまで多くの魔神達が格下だと侮っていた相手に敗れ続けているというのに、未だジーク達の前に姿を現してはいない。
「何か策でもあるのか、それとも自らが表舞台に立てない理由があるのか……」
「ロゼを人質にしてまで、これまで放ったらかしにしてた俺をジークにぶつけたんだ。焦ってんのかもしれねーな、あの野郎」
「ま、残るはルシフェルとベルフェゴールだ。ボク達全員の力を合わせれば、きっと勝てるよ」
頼もしい少女である。全身に包帯を巻かれたジークはレヴィの言葉を聞いて苦笑し、軽く腕を動かしながら立ち上がる。
「マモン達は、今日泊まっていくのか?」
「そうだな、女子ーズがいいって言ってるからお言葉に甘えるぜ」
「す、すみません。マモン君、体が痛くてあまり動けないようなので……」
「くっくっくっ、いい機会だからお前らの話を色々聞かせてもらおうじゃねえか」
悪い笑みを浮かべるマモンに、あまり変なことは聞いちゃ駄目だよとロゼが伝える。賑やかな一日になりそうだなと、ジーク達全員が思うのだった。
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「……寝れん」
その日の晩、ロゼに部屋を貸したレヴィが案の定ジークの部屋に来たのだが、ここまで密着されるとドキドキしてしまって寝れない。レヴィを監視すると言ってやって来たシルフィも隣で寝ており、完全に目が冴えてしまっていた。
二人を起こさないように体を起こし、ジークは足音を立てないように気をつけながら部屋を出て、水を飲んでから家の外へと向かう。そして軽く地面を蹴り、屋根上に飛び乗った。
「いてて……まいったな」
夜空を見上げながら寝転がる。やはりまだ体が痛い。当分はあまり無茶できないなと思いながら、ジークは空に浮かぶ星々をじっと見つめた。
直後、突然視界に映りこんだ少女の姿。
「何をしているのですか、ジーク」
「うおっ!?」
「失礼ですね、まるで悪霊でも見たかのような反応をするなんて」
「し、シオン……」
一瞬何かと思ったが、ジークの顔を覗き込んできたのはシオンだった。彼女も眠れなかったらしく、ここで空を見上げていたらしい。
「まさか先客がいたとは」
「カルナ村で過ごしていた時も、眠れない時はお互い屋根の上で星を見ていましたね」
「ああ、確かに。最近は疲れてるから、朝までぐっすり寝れてたんだけどさ」
「今日は疲れてないと?」
「ヘトヘトだよ。まあ、体が痛いのとレヴィ達がいるから落ち着かないってのが理由かな」
シオンが僅かに表情を変える。
「またレヴィさんと一緒に……それに〝達〟って、今度はシルフィまで部屋に連れ込んだのですか」
「ち、違うって!レヴィは何を言っても聞かないから……」
「はぁ、ジークのロリコン化が止まりません」
「おいおい……」
「それにしても、いよいよ決着の時が近づいてきましたね。魔神ルシフェルを倒せば、私達の戦いも終わりです」
シオンに言われ、確かにとジークは呟く。アルテリアスの代わりとして魔王や魔神と戦い続けてきたが、ルシフェルを倒せばその役目は終わりを迎える。
「ジークは、その後どうするつもりですか?」
「その後って、ルシフェルを倒した後だよな?」
「ええ。ここでは本当に沢山の思い出ができました。しかし、カルナ村では私達を待ってくれている人達がいます。戦いが終われば、対魔神のために生まれた特務騎士団は解散となるでしょう。その時ジークは、カルナ村に戻るのですか?」
「うーん、そういえば考えてなかったな。だけど、一度は必ず村に戻るよ。シオンと一緒にな」
エステリーナは恐らく第二騎士団に戻るのだろうが、レヴィやシルフィはどうするのだろう。何を言ってもついてきそうな気はするが、あまりにも居心地が良すぎたため、特務騎士団解散については本当に考えていなかった。
「初めは、何故そんな危険な役目をジークがと思い、反対しましたね。でも仲間達が増えて、毎日がとても楽しくて、いつまでも皆さんと一緒に過ごせたらいいなと思う自分もいます」
「はは、俺もだよ。そうだなぁ、終わった後のことかぁ。そういうのもちゃんと考えなきゃいけないところまで来たんだな」
「まずは怪我をしっかり治してくださいね。無茶ばかりされると心配になってしまいます」
シオンが指先で包帯が巻かれた箇所をつつくと、ジークは目を見開いて跳び上がった。
「い、いったいな!」
「ぷっ……すみません、つい」
「お、珍しい。シオンが笑うところはあまり見れないから、今回は許してあげよう」
「ありがとうございます……ツン」
「いてえ!?」
口元を押さえてシオンが肩を震わせる。まったく、実はそういうのが好きなシオンは絶対Sだと思いながら、ジークはやれやれと息を吐いた。
「そろそろ戻るか。最近ちょっとずつ寒くなってきたし、あまり長い時間ここにいたら風邪をひきそうだ」
「ええ、そうしましょう」
立ち上がり、ジークがシオンに手を差し出す。そしてシオンがその手を握ろうとした、次の瞬間。
「ッーーーーーーー!?」
突如身を震わせた、これまで味わったことのない殺気と魔力の波。それが至近距離から放たれたものだと気づき、ジークがシオンの手をとるよりも早く、絶望を纏った覇者は手に持った剣でジークを吹き飛ばした。
一瞬でも防御が遅れていれば、恐らくジークの胴体は真っ二つになっていただろう。
「ぐあっ!?」
次々と屋根にぶつかりながら何度もバウンドし、煙突に激突してようやく止まる。そして目を開ければ、その存在はシオンを抱えて空中に浮かんでいた。
漆黒の甲冑を身に纏っており、顔は兜で確認できない。しかし下半身を覆っているものはロングスカートのように見えるので、女性なのかとジークは思った。
そして、驚いたのはその背から生えた二対の翼。黒い羽が周囲を舞っており、何度も本で見たとある存在を思わせる。
「天使……!?」
「……フン、その状態でよく今の一撃を防いだものだ。さすがは女神の魔力を持つ者、とでも言っておくべきか」
「っ、なんでそれを……それにお前、シオンに何してる!」
ジークが駆け出そうとした時、彼の前に無数の人影が降り立った。先程の魔力を感じ取り、目を覚ましたアルテリアス達である。
「ジーク様、ご無事ですか!?」
「おいおいおい、冗談キツイぜ……!」
『チッ、最悪な状況だな』
「マモン達はあいつを知ってるのか……?」
「おうよ、というかお前もよーく知ってる野郎だ。昼間話したろ、ラスボスさんのお出ましだ」
「ま、まさか……」
翼を広げた存在が、現れた魔神達を見て笑う。圧倒的に不利な状況の筈だというのに、その態度は異常だった。
「貴様と会うのはこれが初めてだな。我が名はルシフェル。傲慢の紋章に選ばれし魔神であり、天地を統べる王である」
『わーお、自信満々ですねぇ……!』
「やっほールシフェル。これまで全部他人任せだった君が、こんな所に何の用かな?」
そう言ったレヴィだが、額には汗が滲み手が震えている。突如王国の心臓部分に現れた最凶にして最後の魔神。レヴィ達とは違い、何の躊躇いもなく人々を虐殺してみせるだろう。その手に握られた剣を振るうだけで、まるで息をするように。
「もう貴様らに期待するのはやめたのだ。恥ずかしい話だが、今の私は面倒な問題を抱えていてな。これまではそちらの問題を解決するために貴様らを動かしていた。だが、もういい。全員を相手にするのは面倒だが、ジーク・セレナーデだけは今日この手で葬ってやろうと思ったわけだ」
「私達を前にして、ジークだけを葬るだと?」
「舐められたものですね……!」
「何を言っている、逆だ。貴様らの実力をある程度は認めているからこそ、全員を相手にするのではなくジーク・セレナーデのみの命でこの場は退いてやると言っているのだ。フン、無論頂点はこの私ではあるが」
ルシフェルが剣を消し、ジークに顔を向ける。
「貴様一人で私の魔力を追ってくるがいい。この女の命が惜しければ、他の屑共は黙って待っているのだな」
「っ、待て……!」
魔力を纏い、凄まじい速度でルシフェルは飛び去った。ジークが屋根にぶつかった音やルシフェルの放った魔力が原因か、多くの人々が外に出て何事かと騒いでいる。まずは事情の説明が先だろう。ジーク達は、焦る気持ちを押さえながら人々のもとへ向かった。




