第42話:魔道砲
これまでの甘い自分を殺せ。ルシフェルは自分を始末した後、仲間達も殺せと命じるだろう。ならば手加減はするな。互いに大切なものがある。ここで死ねば、彼女達の笑顔が悪意に塗り潰されてしまうのだから。
『ジ、ジーク!?』
「おいおいおい、どこにそんな魔力を隠してやがった……!?」
立ち上がったジークが、動揺するマモン目掛けてへし折った大木を投げ飛ばす。咄嗟にマモンはそれを拳で粉砕したが、どうやら目くらましに利用したらしい。大木の後ろにいたジークの蹴りが、首を傾けてそれを避けたマモンの肩口を抉りとる。
「っ〜〜〜〜!!」
よろけたマモンの顔面を歪める右ストレート。衝撃で仰け反った彼の胸ぐらを掴み、持ち上げたジークは全力でマモンを地面に叩きつけた。
「ごはあッ!?」
『マモンに奪われた魔力を奪い返している……!?まるで魔力が暴走しているみたいな……!』
「んのやろォ、そういうことかよ!」
再度禁忌魔法を使ったマモンがジークから魔力を奪い取り、無防備な鳩尾に渾身の一撃を叩き込む。それでも魔力がジークの方に引き寄せられ、ジークの体にまとわりついていく。
「くっ……はっはっはっ!おもしれぇじゃねえかジーク!お前が死ぬか、俺が死ぬか!生き残った方が死ぬ程後悔することになるデスマッチだ!」
マモンが地面を踏んだ瞬間、そこを中心に地面が陥没。体勢を崩したジーク目掛けてマモンは跳び、ジークの顎に膝蹴りが炸裂した。
「……らアァッ!!」
「なっ!?」
しかし、どうやら効かなかったらしい。お返しとばかりに放たれた頭突きは尋常ではない威力で、マモンの額から血が流れる。
「んだよこれ、デタラメだ……!」
一度距離を取ろうと後方に跳んだマモンだったが、既にジークは目の前に。放たれた拳を避けたが頬が裂け、腹部を蹴り上げられて真上に吹っ飛ぶ。
「いいぜ、それならこっちも手の内全部見せてらぁ!【全てを奪う強欲の腕】!!」
『再び禁忌魔法を……!?』
「【魔槍グングニール】!!」
禁忌魔法を発動したマモンの手元に、凄まじい魔力が込められた水の槍が形作られていく。それを見たジークは目を見開いた。あの魔法は、レヴィが使用するものと同じだ。
「だらあッ!!」
「ぐっ……!?」
投げ飛ばされた魔槍が、反応の遅れたジークの肩を貫く。更にマモンは燃え盛る炎を剣の形へと変え、それを勢いよく振り下ろした。
「【鳳凰炎断】!!」
木に突き刺さった槍を抜いたジークを、草木を焼き払いながら飛ぶエステリーナの一撃が襲う。爆発した魔法は周囲にあるもの全てを吹き飛ばし、ジークの体を容赦なく焼いた。
「なんであいつらの魔法が!?……って顔してんなァ。俺は強欲の禁忌魔法を徹底的に改良してきた。ほんの少しなら使用しても相手に気づかれないように、そのまま力を奪っても気づかれないように、そして奪った力を長時間保持し続けられるように」
「……昨日レヴィ達の魔力を奪ってたのかよ」
「今後役に立つことがあるだろうと思ってな。まさか次の日に全部使うことになるとは思わなかったが」
駆け出したジークだったが、風の壁に激突して大きく仰け反った。そんな彼を出現した岩の巨人が殴りつけ、地面にめり込んだ彼を何度も殴打し続ける。
「お前はとんでもねえ実力者だ。だがな、他の魔神の魔力まで使用可能な今の俺に勝てるものかよ!」
「どうだろうな」
何故か後ろから声がした。振り向いた瞬間、魔力を纏わせた拳がマモンの顔面をぐにゃりと歪める。一体いつあそこから抜け出したのか。ありえない程の速度で移動したのであろうジークが、マモンの背後に立っていた。
「がっ……ぐぬうっ、【壊水弾】!!」
水の弾丸を放つが、駆け出したジークはそれを手の甲で叩いて消し飛ばし、マモンの拳を跳んで躱して縦に回転しながらの蹴りを首元に叩き込む。
「な、んで、だよ……!こっちはレヴィアタン達の魔力まで纏ってるってのに……!」
一撃の破壊力が桁違いだった。衝撃を殺せていなければ、恐らくマモンの首の骨は砕け散っていただろう。
「だったらてめえの魔力、奪い続けてやるァ!!」
「っ……!」
三度目の禁忌魔法。猛攻の中ジークに触れて魔力を奪い、連続で体に拳を叩き込み、浮いた体をレヴィの魔法で吹き飛ばす。
「とっておきを見せてやる……!」
『ま、まさか、そんなことまで……!?』
「威力は遥かに落ちるが普通の魔法とは比べ物にならねえぞ!!【天穿つ憤怒の鉄槌】!!!」
放たれたのは、憤怒の魔神最大の一撃。荒ぶる神の鉄槌が視界に映るもの全てを蒸発させ、焼き尽くし、破壊する。
「生き残ったか!だが安心してる場合か!?喰らい尽くせ、【神をも喰らう暴食大口】!!!」
「デタラメはどっちだ……!」
漆黒の波がジークを喰らおうと迫る。この距離とタイミングでの回避は不可能。ならば一か八か、突破するしか方法はない。
「はああああああッ!!」
魔力の大半を拳に集め、全力で禁忌魔法をぶん殴る。女神の魔力は神喰らいの大魔法に穴を開け、そこを通ってジークはマモンに迫った────が。
「【嫉妬する災厄の権化】!!!」
「ッ──────」
跳躍していたマモンが、地上目掛けて災厄の竜を呼び寄せた。規模は小さいが破壊力は凄まじいだろう。しかし、腕を振り抜いた状態ではそれを避けることはできず。
禁忌魔法はジークを呑み込み、そして大地と共に粉砕した。
「はぁ、はぁ……は、ははは、俺の勝ちだ。俺のロゼに対する想いが、お前を上回った……!」
煙が晴れた時、ジークは倒れていた。魔力はもう尽きる寸前。対してマモンは魔神達の魔力は使い果たしてしまったものの、自身の魔力はまだまだ充分に残っている。
「ぐうっ!?ま、魔力はまだ残ってるが、さすがに禁忌魔法連発はダメージが半端じゃねえな……」
全身が痺れ、激痛に襲われる。本人達のものを模した擬似的な禁忌魔法だったが、これ程までに負荷がかかるとは。
だからこそ、これで決着をつけるつもりだった。それなのに、何故彼は立ち上がるというのだろうか。
「あ、有り得ねえ……!」
「……今ので冷静になれた。殺す殺されるとか、やっぱり駄目だ」
回復が追いついておらず、ボロボロの状態だというのに。それでもジークは立ち上がり、残る魔力を身に纏う。
「何故立てる!?こっちは禁忌魔法四つも使ってんだぞ!?」
「言ったろ、俺が死んだら悲しんでくれる人達がいるんだよ。それに、俺は女神代理だ。戦いを終わらせるために、こんな所でくたばるわけにはいかないね」
「ぐっ……!」
「それに、俺はお前とロゼさんのためにも死ねないな。俺達特務騎士団がルシフェルを倒せば、お前達を苦しめるものは無くなるだろ?」
ジークに指をさされ、マモンが目を見開く。
「本気か……!?」
「ああ、本気だ」
「ッ……今更仲間ヅラできるかよッ!!」
魔力を纏い、マモンが地を蹴った。対してジークは後方に跳び、転がっていた複数の大岩をマモン目掛けて連続で蹴り飛ばす。
それらを殴って砕いたマモンだったが、その隙に接近してきていたジークに脳天への一撃を叩き込まれ、顔面から地面に衝突した。
「なんでそんなに動ける……!?」
「女神代理を舐めるなよ」
振り下ろされた脚を転がって避け、地面を殴って起き上がったマモン。駆け出したジークを見ながら歯ぎしりし、迫る友目掛けて腕を振り抜いた。
互いの拳が互いの頬を歪める。衝撃で同時に吹っ飛んだが、すぐに地を蹴り嵐のような技の応酬が始まった。
(もう魔力はほとんど残ってねえ筈だ!なのになんで俺が押されてるんだよ!)
拳を受け止め蹴りを躱し、背後に回り込んでうなじに肘をぶつけて転倒させる。しかし両手を地面に置いて体を浮かせたジークに足裏で蹴り飛ばされ、空中で何度も殴られマモンは血を吐いた。
「マモン!お前は自分がロゼさんを守るって思わないのかよ!」
「っ……!」
「レヴィに聞いたけど、強欲の魔神ってのは欲しいもんは死ぬ気で手に入れるらしいじゃないか!本気で惚れたロゼさんに対する想いはそんなもんか!?」
「て、てめえ、好き勝手言いやがって!」
魔力を地面にぶつけて衝撃波を発生させ、ジークを吹き飛ばす。そして奪った魔力で身体強化を発動し、今度はマモンがジークに連続蹴りを繰り出した。
「これ以上あいつを巻き込めるかよ!」
「ルシフェルを倒さない限り、お前はロゼさんを人質にされ続けるんだ!俺を殺した後も、今度はレヴィ達の相手をさせられるかもしれないだろ!?その次はどうなる?お前が望む未来はその先にあるのか!?」
「そ、それは……!」
「ルシフェルの言いなりになり続けて辿り着いた未来で、ロゼさんは笑ってくれるのかよ!」
ジークがマモンの脚を掴んで真上に投げ飛ばし、空中で追いつき今度は拳を叩きつけて地上に落下させる。
「みんなが笑顔になれる未来を掴むために、俺達は戦うんだ!」
「お、俺は……!」
着地と同時に飛び退き、マモンはジークの追撃を躱す。そして残りの魔力全てを両腕に集め、ジークを睨んだ。
『ジーク、女神直伝必殺奥義の出番です!』
「おう!!」
一方ジークは右腕に魔力を集中させ、凄まじい速度で駆け出した。禁忌魔法を使い、ジークの全てを奪い取ろうと両腕を伸ばすマモン。しかし、それが届くよりもジークの拳がマモンの腹部に吸い込まれる方が早かった。
「【零距離魔道砲】!!!」
強烈な一撃の後、今度は拳から放たれた魔力がマモンの体を突き抜け背後の地面を遥か遠くまで抉る。アルテリアスから教わっていたその技は、遂に強欲の魔神を戦闘不能状態まで追い込んだ。
「マモン君!!」
丁度そんなタイミングで、少女の声が聞こえた。見れば、ロゼや特務騎士団の仲間達がこちらに向かって走ってきている。
「ロゼ、なんでここに……」
「特務騎士団の皆さんに連れてきてもらったの!」
「こんだけ派手に暴れてたら、そりゃ魔力もビンビン飛んでますから。ボクが魔力を感知して案内したのさ」
「それより、一体どういうこと!?こんなにボロボロになるまで喧嘩して……!」
「……喧嘩じゃねえ。俺は本気でジークを殺そうとしてた」
「それは、マモン君が魔神だから……?」
それを聞き、マモンがレヴィを睨む。
「レヴィアタン、お前言いやがったな……!?」
「うん、ボクの正体も含めて全部ね」
「っ〜〜〜!なら話は早ぇ、もう俺には関わんな。俺はお前に優しくされる権利なんかない、化物だ」
「なんでそんなこと言うの!?聞いたよ、実はマモン君が魔族で今王国を困らせてる魔神だって!でも、そんなの関係ないよ!マモン君はマモン君じゃない……!」
「言ってること分かってんのか!?俺は魔族だぞ!そんな奴が人間と仲良くできるとでも思ってんのかよ!」
そう言って気づいた。現在進行形で、人間と仲良くするどころかベタ惚れしている小さな魔神がいることに。
「ボクはみんなのこと大好きだけどな〜。それに、サタンだって人間のエステリーナを認めてるしね」
『ああ、それでもそんなことを言えるのか?』
「ぐっ……!」
「私はマモン君が何者でも、マモン君を嫌いになったりなんかしないよ!だって、マモン君のことが大好きだから!」
「はっ!?」
「え?あ……」
全員の視線がロゼに集中し、彼女は顔を真っ赤にしながら俯いた。しかしすぐに顔を上げ、真剣な表情でマモンを見つめる。
「っ……ああもう!俺だってお前のこと好きだっつーの!だから巻き込みたくないっつってんのに!」
「ええっ!?」
「─────でも、ジークにボコボコにされて目ぇ覚めた。俺はお前のことが好きだから、何があってもお前を守る。だからその、俺のそばから離れんな」
「う、うん……」
暫く見つめ合っていた二人だったが、レヴィ達が騒ぎ出したので更に顔を真っ赤に染めた。そしてマモンは立ち上がり、フラフラになっているジークに頭を下げる。
「謝って済む問題じゃない。でも、本当にすまなかった。俺は、この手でお前を殺そうとしたんだ」
「は、はは、今回はお互い様だ。それにしても、ここまで疲れたのは久々だな。暫くまともに動けないかも……」
「ではこのシルフィが、朝昼晩の看病を!」
「ならボクも手伝うよ!」
「ぎゃあああっ!?だ、抱きつかないでくれ、死ぬ!!」
レヴィ達と共に転倒したジークを見て、マモンは苦笑する。彼なら本当に、魔神ルシフェルすらも倒してしまうかもしれない……そう思いながら。




