第41話:全てを奪う強欲の腕
「フン……久しいな、強欲の魔神」
「何の用だ、傲慢の魔神ルシフェルさんよぉ」
魔界、大魔城にて。ベルフェゴールの生み出した転移結晶でトト村から移動してきたマモンは、玉座に腰掛ける魔神の王をギロりと睨んだ。
「ククク、まさかお前までもが人間相手に仲良しごっこをしているとはな。可愛らしい娘じゃないか、お前のお気に入りは」
「てめえ、ロゼに手ぇ出してみろ。そのぶっ飛んだ脳みそ掻き出して叩き潰してやるぞ」
「手は出さんよ、お前の行動次第ではな」
真紅の瞳にマモンが映る。既に彼は魔力を纏っており、いつルシフェルに飛びかかってもおかしくはない。
「ジーク・セレナーデを殺せ」
「アァ……?」
「私が計画を進める中で最も邪魔な存在だ。奴が死ねば、残りの魔神など軽く捻り潰すことができる」
「何言ってんだてめえ、んなことやるわけねーだろうが」
「ほう?お前はあの娘よりも友を選ぶというのだな」
「っ……」
ルシフェルの頭上に映像が浮かび上がる。そこには家の中で夕飯の準備をしているロゼの姿が映っていた。
「どうした、顔色が悪いようだが」
「ふざけやがって……!」
「今から戻るつもりか?ククッ、間に合わんよ。今から数秒後には、赤い花が咲くだろうさ」
「てめえ、どういうつもりだ!?無関係なあいつを巻き込むつもりかよ!」
「それはお前次第だと言っている。愛する者を選ぶか、出会って数日の友を選ぶか……全てはお前次第なのだ」
血が滲む程拳を握り、マモンは床を踏み砕く。ここでルシフェルに手を出そうとした場合も、恐らくロゼは殺されてしまう。それならば、選ぶ道は一つしかない。
「期待しているぞ、強欲の魔神」
そう言って、ルシフェルは楽しげに笑った。
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「ん?なんだこりゃ……」
早朝、目を覚ましたジークは机の上に置いてあった紙と結晶を見て首を傾げた。それに何故か窓が空いている。レヴィあたりが何か変なことでも企んでいるのではないだろうか。
そう思いながら、二つ折りにされた紙に書かれている文章を読もうとした時、部屋にシオンが入ってきた。
「おはようシオン。どうかしたのか?」
「ジーク、すぐリビングに来てください」
「え?分かった……」
まだ寝ているネックレス状態のアルテリアスを手に取り、シオンと共にリビングへと向かう。するとそこには特務騎士団のメンバーが既に揃っており、更に今にも泣き出してしまいそうな表情のロゼが椅子に腰掛けていた。
「ロゼさん?どうしてここに……」
「昨日、王都から村へと戻った時、怪しい男に絡まれたそうなのですが、その男と会話したマモンさんが突然消えてしまって、すぐに戻ると言っていたのにまだ戻ってきていないそうなんです」
「マモンが?」
目に涙を浮かべながら、ロゼは頷く。
「男の人は、強欲の魔神や魔族、ルシフェルという単語を口にしていて……マモン君が何かに巻き込まれているんじゃないかって……」
「っ、レヴィ。話を聞いて何か分かるか?」
「いや、はっきりとは。だけど間違いなくルシフェルが絡んでるね。何か目的があってマモンを呼び戻したってことかな」
「あ、あの、マモン君は無事なんですか!?」
「それは……」
そこでジークは、先程部屋に置いてあった紙のことを思い出す。急いで部屋に戻り、その紙を見れば。
「やっぱりか……!」
書かれていたのは、マモンからのメッセージ。これを見た後、誰も連れずに一人で転移結晶を使え……そう書かれている。
『これは、嫌な予感がしますねー』
「アルテリアス、起きてたのか」
『転移後、そこに罠が仕掛けられている可能性はゼロではありません』
「くっ、どうする……?」
振り向けば、追ってきたシオン達が心配そうにこちらを見つめている。一人で来いと言うのだから、何か理由があるのだろう。
「多分、これを使って移動した先にマモンはいる」
「ほんと!?じゃあ早く……」
「いや、俺一人で来いってさ。それを破った場合、何が起こるか分からない。だから皆はロゼさんを頼む」
ロゼと目が合う。これ以上彼女を不安にさせてはならない。すぐにマモンを連れ戻すとロゼに伝え、急いで服を着替えたジークは、転移結晶の使用法を胸元のアルテリアスに聞いた。単純に魔力を込めるだけらしいので、覚悟を決めたジークは結晶に魔力を込めたのだが。
「あ、そういやアルテリアスは……」
『あらー、もう遅いですー。私はネックレスなので、人数に含まれないということで……』
次の瞬間、景色が歪んで切り替わる。何日も過ごした自室から、澄んだ空気が流れる静かな森の中へと。
「……来たか、ジーク」
「っ、マモン。一体どういうつもりだ?」
視線の先で、ジークを待っていた強欲の魔神マモンが魔力を纏う。以前ジークと対戦した時とは比べ物にならない量の魔力が、彼の周囲を渦巻いている。
「無関係な連中を巻き込みたくねえからわざわざ来てもらったぜ。悪ぃが、お前はここで死ぬ。俺のことはどんだけ恨んでくれても構わねえ」
「何があったんだよ!ロゼさんから聞いたぞ、魔神ルシフェルに呼ばれたんだってな!そこでお前は何を言われたんだ!」
「俺がお前を殺せばロゼは無事、逆らえばロゼは殺される。そう言われて、俺はお前を殺す道を選んだ」
「本気か……!?」
「ああ、ロゼは俺に光を与えてくれた。ただ強い奴とやり合うだけの日々だったが、色んな楽しみ方を教えてくれたんだ。俺は、あいつのためなら……例え親友だって殺してみせる」
凄まじい殺気がジークの肌を撫でた。殺らなければ、殺られる。そう思ってしまう程の殺気と魔力。舌打ちしてジークも魔力を纏い、構える。
『……来ます!』
「くそっ、ふざけんな!」
踏み込んだマモンが、地面を踏み砕いて駆け出した。一瞬で距離を詰められたジークは息を呑んだが、すぐに身体強化を発動して放たれた拳を避ける。
その際、拳圧がマモンの前方にある木々を薙ぎ倒した。まともに喰らえば大ダメージは避けられない。
「お前が死ななきゃ、ロゼが殺されんだ!」
「今はレヴィ達と一緒にいる!そんな状況でどうやってロゼさんを殺せるんだ!?」
「今は大丈夫でも、今後はどうだよ!」
マモンの蹴りを受け止め、そのまま足を掴んで投げ飛ばす。
「守りたい人がいるのはお前だけだと思うんじゃねえ!」
着地したマモンだったが、跳躍したジークの踵落としが肩に食い込み、勢いよく地面に衝突する。そしてそのまま押さえ込まれ、身動きが取れなくなった。
「ありがたいことに、俺が死んだら悲しんでくれる人達がいる。悪いけど死ぬつもりはないな……!」
「だったらロゼが死んでもいいってことかよ!」
「そうじゃない!必ず他の道が─────」
突然マモンがのしかかったジークを押し返し始めた。まだ力が増すのかと思ったジークだったが、違う。ジーク自身の力が抜けていっているのだと気づく。
『これは、まさか禁忌魔法!?』
「なっ────」
立ち上がったマモンの回し蹴りが顎に直撃し、意識が吹っ飛びそうになりながらジークは木に激突した。体を覆っていた魔力までもが明らかに減っている。対してマモンの魔力は爆発的に増え、大気を激しく震わせていた。
「ぐっ……がはっ……!」
「残念だが、こいつを使った俺に勝つことは不可能だ。相手の力を奪い我がものとする禁忌魔法、【全てを奪う強欲の腕】の前じゃお前は赤子同然だぜ」
「魔神ベルゼブブの能力と同じ……!」
「フン、あんなのと一緒にすんじゃねえよ。俺の魔法は相手に触れるだけであらゆる力を奪い取る。お前から俺に触れてきていたとしても、な」
つまり、マモンの攻撃を受けてもこちらが攻撃を当てても力を奪われるということである。先程マモンを押さえ込んだ時に、一気に力を持っていかれたのだろう。
「さて、もう終わりにするか」
『ジーク、防御を!』
マモンの姿が消える。その直後、鈍い音が鳴り響いた。魔力を纏えていないジークの腹部を陥没させた、マモンの拳。一撃で骨は砕け、内臓が破裂し、大量の血が口から溢れ出す。
「─────────」
「こんな形で出会ってなきゃ、最高のダチになれてただろうな」
更に強烈な一撃が頬を歪め、吹っ飛んだジークは勢いよく地面に激突する。誰が見ても、間違いなく死亡した。確かな手応えを感じながら、マモンは震える拳を握りしめた。
『ジーク、しっかりしなさい!』
背を向けて歩き出したマモンの耳に、必死にジークの名を呼ぶアルテリアスの声が届く。無駄だ、もう助からない。魔力を根こそぎ奪った状態のジークでは、回復が追いつかないからだ。
『ジ、ジーク……?』
その筈だった。アルテリアスの声に違和感を感じて振り返ったマモンは、何故跡形もなく消し去らなかったのかと後悔する。ゆらりと立ち上がったジークは、マモンを睨みながら歩き出した。




