第38話:予想外の決闘
「シルフィもジークに、こ、告白したのか」
定期的に開いている女子会中、エステリーナが頬を赤く染めながら言うと、シルフィは照れながらも頷いた。レヴィには少し前に報告していたのだが、エステリーナとシオンにその事を言うのは今回が初である。
「シルフィったら最近積極的になっちゃってさあ。このままじゃジークがとられちゃう……」
「ふっふっふっ、いずれ私がジーク様を食べてしまうかもしれませんね。いえ、私をジーク様が食べてしまうかも……きゃーっ!」
「妄想全開ですね」
「うふふ、可愛らしいじゃないですかー」
ふわりと浮き上がり、天井付近を漂いながらアルテリアスが意味深な笑みを浮かべる。
「まあ、私はとっくに食べられてますけどー」
「なっ!?ど、どういう意味ですか」
「〝魔力を〟……でしょ?」
「あらー、レヴィったら言うのが早いですー」
「す、すまないシオン。ジークがシルフィを食べるというのはどういう意味なんだ?シルフィがジークを食べるというのは、暴食の紋章を使ってという意味だと分かるんだが……」
「エステリーナさんは知らなくていいんです。そのままの純粋なエステリーナさんでいてください」
そんな話をしている最中、レヴィがエステリーナの隣に置いてあった剣に目を向けた。
「というか、なんでサタンが居るのさ」
『別に我が来たかったわけではない。娘が不測の事態に備えると言ってな』
「ムフフ、そんな事言って実は興味津々なんじゃないですかー?」
『……まあ、娘が今後どうなるのかは気になるな』
皆の視線がエステリーナに集まる。
「結局エステリーナって、ジークの事好きなんですかー?」
「えっ!?い、いや、私は……」
「エステリーナって、なんかジークと距離が近いんだよねぇ。夫婦感が凄いというか」
「あー、分かりますー。さり気なく正妻ポジションに立ってますよねー」
「せ、正妻……!?」
想像してしまう。ジークと二人、同じ屋根の下で暮らしている未来……手料理を美味しそうに食べてくれる姿や一つのベッドで共に眠る光景を─────
「そ、そそそ、そんな、べ、別に私は、ジークと結婚とか、そんな事を考えているわけでは……!」
「結婚とか言ってないけど」
「エステリーナさんってたまに暴走しますよね」
「わ、私の話はもういいだろう!そう言うシオンはどうなんだ!?」
「私ですか?」
今度は視線がシオンに集まるが、特に表情を変えずにシオンは口を開いた。
「私にとって、ジークはとても大切な人ですよ。記憶の無い私を家族だと言ってくれるような人ですから」
「おおー、いいですねー」
「でもシオンさんって、恋人になりたいとは思わないんですか?家族って、兄妹みたいな感じで満足しているような……」
「そうですね、私は……」
突然シオンが頭を押さえ、俯く。どうしたのかとシルフィが心配そうに聞いてくるが、それよりも不思議な光景が頭の中に広がり返事をする余裕がない。
「恋人……大切な人……私はもう、ジークを失いたくない……」
「シオン、大丈夫か?」
「失いたくないって、ジークはまだ死んだりしてませんけどー……」
「っ……すみません、大丈夫です。頭が痛んで変な事を言ってしまいましたね……」
「ほんとに大丈夫?無理しちゃ駄目だよ?」
頷き、シオンは先程頭に浮かんだ光景を思い出す。まるで、誰かの記憶を覗いているかのようだった。あれは一体何だったのか……そう思っていた時、突然強烈な魔力の波が駆け抜け手が震えた。
「っ、何だ今の魔力は」
「ん?んん!?ちょっと待って、今のってまさか……」
「ジーク様も魔力を放出しています。凄まじい魔力の持ち主と相対しているようですが……」
「あらら、緊急事態ですねー!」
全員が立ち上がり、外へと飛び出す。強大な魔力が二つ、王都のすぐ近くでぶつかり合っている。まだ互いに魔力をその身から解き放っただけだが、恐らく戦闘が開始される寸前だろう。
『フン、奴が来たか』
「サタンはジークの相手を知っているのか?」
『我だけではない、レヴィアタンもだ』
「という事は……」
「まったくもう、やっぱりジークに喧嘩を挑んだね。現れたのは、強欲の魔神マモンだよ……!」
大丈夫だとは思うが、心配なのでレヴィは走る速度を上げる。一方その頃、互いに魔力を解き放ったジークと魔神マモンは、それぞれいつでも動けるように構えていた。
「はっはっはァ!とんでもねー魔力だな。これが昔、多くの魔神をぶっ倒してきたっつー女神の魔力か」
「今ので多分レヴィ達は気づいたぞ」
「構わねえよ、これはただの喧嘩だ。あのちびっ子もこういうの大好きだろ?」
「まあ、そうだな」
アルテリアスが居ない状態で、仲間になっていない魔神と向かい合うのは初めてかもしれない。凄まじいプレッシャーを感じながら、ジークは拳を握る。
「そろそろ始めるとしようぜ。先に降参するか、意識を失った方が負けだ」
「ああ、分かった」
「そんじゃ、行くぞオラあああっ!!」
マモンが地面を踏み砕き、一気に距離を詰めてくる。速い───が、対応できない速さではない。後方に跳び、ジークは更に距離をとる。
「安心しろよ、俺は魔法なんてもんは殆ど使えねえからな!武器は己の体だァ!!」
「ぐっ!!」
それでもマモンの接近を許し、強烈な蹴りを腕で受け止める。全力を出しているのかは分からないが、レヴィの一撃に匹敵する威力だった。
「そらっ!!」
更にマモンは地面を蹴り上げ、砂や石がジークの顔に直撃。仰け反った隙に背後へと回り込み、背中を殴打してジークを吹っ飛ばす。
「つぅ……そういう戦い方もあるのか……!」
「自分を守るだけかよジーク!」
「いいや、【身体強化】……!」
この喧嘩に勝利すれば、マモンはレヴィと同じように味方になってくれる可能性が高い。なので手加減はせず、目指すは勝利。魔法を発動したジークは移動速度を上げ、向かってきていたマモンの頬に右ストレートを叩き込んだ。
衝撃でマモンの体が浮き、回転する。しかしそれでもマモンは笑っており、伸びきったジークの腕に自身の腕と足を絡ませた。
「今のはめちゃくちゃ痛かったぜ!!」
「うっ!?」
そのまま回転し、ジークを地面に叩きつける。その際右腕に激痛が走ったがマモンに掴まれたままなので動かせない。
「こんのッ……!」
左手で地面を殴り、その勢いで体を捻って右腕を振り上げる。そしてマモンを地面に叩きつけ、力が緩んだ隙に彼から離れた。
「ははっ、やるなぁ」
「そっちこそな」
楽しそうに立ち上がったマモンが纏う魔力、その質が変わる。それに気づいてもしやと思い、ジークが身構えた直後。
「ちょっとーーー!こんな時間に何やってるのさーーー!」
「っ、レヴィ!?」
向こうから猛スピードで走ってきたレヴィが、そのままジークに飛びついた。よく見ればシオン達もこちらに向かってきている。
「よお、レヴィアタンじゃねえか」
「よおじゃないよ!昼間に君の話をしていたけど、ほんとに来るとかわけわかんないし!」
「いやぁ、一度やり合ってみたかったんだって。お前なら俺の気持ちくらい分かるだろ?」
「わ、分かるけども」
「あ、あの、レヴィさん。離れてくれると助かるんですけど……お、お胸が……」
顔面に胸が押し当てられていたので息ができなかったらしい。体を離すとジークの顔は真っ赤になっていた。
「ジーク様、ご無事ですか!?」
「あ、ああ、今死にかけたけど」
「くっ、強欲の魔神……よくもジーク様を……!」
「いや、俺じゃねえけども。って何だァ?なんかサタンとベルゼブブの魔力っぽいのをそっちのお嬢ちゃん達から感じるけど」
『相変わらず騒がしい男だな、マモン』
エステリーナの持つ魔神剣が声を発する。それを聞いて、マモンは勢いよく吹き出した。
「なんでお前剣になってんの!?」
『今の我は肉体を失ってしまっているのでな。憤怒の魔神はこの娘だ』
「へえぇ、紋章を受け継いだって事かよ!そんじゃ、そっちのお嬢ちゃんは」
「暴食の魔神ベルゼブブの紋章は、今は私が宿しています」
「なるほどなぁ。そんじゃあこの場には魔神が四人も集まってるっつー事か」
ジークの額に汗が滲む。確かにそうだ。今ここで喧嘩の続きが始まったとして、そこにレヴィ達が加わったとしたら、王都は消し飛んでしまうのではないだろうか。
「ルシフェルの話は全然聞いてなかったから、レヴィアタンが人間側についたって事しか知らなかったぜ。俺もルシフェルに従う気とかねーし、あっちはルシフェルとお嬢、ベルフェゴールだけかぁ」
「お嬢?」
「アスモデウス」
「ああ、確かにお嬢って感じだな……」
話を聞いていたレヴィが、アスモデウスもルシフェルとは敵対していると伝える。するとマモンは愉快そうに笑った。
「あんだけ自分大好きで、他の奴らはどうでもいいって考えの野郎だ。そりゃ仲間も居なくなるわな」
『しかし、傲慢の魔神は尋常ではない相手だ。我々全員が束になっても勝てるかは分からない』
「私の魔力が完全に戻っていたら、この手でボコボコにしてあげてるんですけどねー」
「おっ、そういやあんたが女神アルテリアスだな。魔神軍を崩壊させた気分はどうだい?」
「そりゃもういい気分ですよー」
肩を並べて笑い合う魔神と女神。案外お似合いなんじゃないかとジークが思っていると、多くの足音が近づいてくる事に気づいた。見れば、第一騎士団の人達がこちらに向かってきている。
「ジーク、エステリーナ!先程の魔力は何だ!?」
「魔神に匹敵する程の魔力でしたが……」
「イツキさん、ノエルさん」
「あちゃー、迷惑かけちまったかね」
駆け寄ってきたイツキとノエルに事情を説明すると、二人はマモンを見て固まってしまった。
「おいおい、別に何もしねーって」
「私達はもう慣れてますけど、魔神が目の前に居たら驚くのは仕方ないかと」
「も、もう戦闘は終わったのか?随分打ち解けているように見えるが……」
「そうだなぁ、今日はもういいや。早く帰らねーと、あいつに怒られちまう」
そう言って、マモンがジークに手を差し出す。
「続きはいずれな、ジーク。機会があればまた色々話そうぜ」
「ああ、是非」
握手をし、マモンが勢いよく跳躍する。そしてかなり遠い場所に着地すると、そのまま走り去ってしまった。
「なんか、仲良くなっちまった」
「珍しいタイプの魔神でしたねー」
普通に良い奴だったので何だか調子が狂うが、どうやら彼が敵になる事はなさそうだ。そう思いながら、ジークは皆と共に王都の中へと戻るのだった。




