第37話:気の合う青年
「はあ、はあっ……!」
森の中を、息を切らしながら少女は走る。釣りが趣味で、いつも通りお気に入りのポイントにやって来ただけだった。それなのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。
涙を流しながら走り続ける少女だったが、石に躓き勢いよく転倒してしまった。もう足は限界を迎えており、更に膝を強く打ってしまった為立ち上がれない。
「あ、い、いやぁ……」
ここまで自分を追ってきていたダイナウルフがゆっくりと歩いてくる。その気になれば、この少女はすぐに殺されていただろう。それでも逃げ続ける事ができていたのは、ダイナウルフがわざと少女に追いつかないよう遅く走っていたからだ。
「だ、誰か、助けて……っ!」
ダイナウルフが牙の並んだ口を大きく開く。その直後、突然妙な音を立ててダイナウルフの頭部が消えた。驚く少女の前に、一人の青年が姿を現す。亜麻色の髪をもつその青年は、怯える少女の前で腰を落とし、大丈夫かと聞いてきた。
「怪我してるじゃねえか。そりゃ歩くのはちょっと厳しそうだな。よっと……」
「ひゃっ!?」
青年に背負われ、少女は顔を赤くする。それに気づいていないのか、そのまま青年は歩き出した。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございます……」
「気にすんな。あんなの見かけて見て見ぬふりするやつは男じゃねえからな」
「わ、私、ロゼっていいます。あなたは……」
「俺は……マモンだ」
それが、二人の出会いだった。
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「これでラストだ!」
拳が魔物の腹部を陥没させ、その一撃が致命傷となり消滅した。それを見届けたジークは、振り返って仲間達の様子を確認する。
「こっちも終わってるよ、ジーク」
「私の方が一匹多く討伐しました」
「ちょっと、ボクの方が多かったって」
「ムッ……」
「ムム……」
シルフィとレヴィも魔物を討伐し終えており、シオンも親指を立てて終わったとアピールしてきた。頻繁に村を訪れ農作物を荒らしていた魔物の群れの討伐依頼。それを完遂したジーク達は、村人達からお礼を言われながら王都に向かって出発する。
「それにしても、残る魔神はあと二人だね。今頃ルシフェル焦ってるだろうなぁ」
『傲慢と強欲ですかー。厄介な紋章持ちが残ったものですねー』
「そういや魔神ってルシフェルが一番上の立場なんだよな?結局何が目的で行動を起こしてるんだ?」
ジークの質問に、レヴィが首を振る。
「ボクも詳しくは知らない。ボクがジークの前に現れたのは、女神さんの力を持つ君を始末する為だった。だけどベルフェゴールは、ジークの話から考えると王都で何かを探していたっぽいんだよね。サタンは何も聞いてなかったらしいけど、アスモデウスも王都を占拠して何をするつもりだったのか……」
『アスモデウスに聞いておくべきでしたねー』
「まあ、ろくでもない事だと思うけど。そろそろルシフェルも出てくるだろうから、油断だけはしないで」
「ああ、分かった」
返事をしてから息を呑む。魔神の中でも最大の実力を誇る恐るべき相手。戦力的にはこちら側の方が有利に思えるが、たった一人でそれを覆してくるかもしれない。
「それと、気をつけなきゃいけないのはルシフェルだけじゃないよ」
「強欲の魔神、か?」
「うん。実際に紋章を使うところを見た事はないけど、彼は相手の力を奪う能力を持っている。ボク達の魔力や紋章まで奪えるのだとしたら、多分勝ち目はないかな」
「あ、相手の力を……」
「ただ、彼もベルゼブブと同じで、ルシフェルに従ってるわけじゃないんだよね。それに凄く話しやすくていい子だよ」
恐ろしい能力を持っているらしいが、話し合いができるのならば戦わずに仲良くなれるかもしれない。そう思ったジークだが、彼の顔を見たレヴィは何故かニヤニヤしていた。
「んー、彼は戦うの大好きだからなぁ。普通に喧嘩しようぜとか言って絡んでくるんじゃない?」
「お、俺は別に好きじゃないんだけど」
「ご安心ください、その時はジーク様の代わりにこの私が相手になりますので!」
「いや、それは……」
多分レヴィも嬉々として加わろうとする筈なので、あまり戦闘にはなってほしくないのだが。それにシルフィとエステリーナは紋章の力を得たので、魔神相手に互角以上の戦いができるかもしれないが、シオンを巻き込む事は極力避けたい。
『ほんと、ジークはシオンのこと大好きですよねー。凄く大切に思っているというかー』
「えっ」
「お、おい、誤解されるような言い方するな。そう思ってるのは事実だけど……」
「何の話かは分かりませんけど、深く聞いたりはしないでおいてあげます」
「ボクは気になるなー。ジークは何を考えていたのかな?」
「私も気になります!」
レヴィとシルフィが顔を近づけてくる。こうなると話すまでずっと聞いてくるので、というか別に隠すような事でもないので、先程思った事をそのまま伝えた。
そんな感じで盛り上がりながら、馬車に揺られて時間は過ぎてゆく。王都に到着した頃にはすっかり日が暮れており、今日は定期的に開かれている女子会の日だったので、ジークは一人で夜の王都を歩く。
今頃エステリーナも加えて楽しんでいるだろう。アルテリアスも居ないので、時間潰しに何度か訪れた事のある喫茶店に入り、いつものメニューを注文。それらが届くのを、店内にあった本を読みながら待つ。
すると、突然一人の青年がジークの机まで歩いてきたかと思うと、そのまま反対側の椅子に腰掛けた。
「……?」
「よお、暇だから話でもどうだい?」
「別にいいけど……」
見覚えのない青年だ。年齢はジークの少し上くらいだろうか。亜麻色の髪に、女性からモテそうな整った顔……所謂イケメンである。真面目そうというよりは面白い事などが好きそうで、悪い男には見えない。
「いやぁ、ちょっくら遊びに来てみたんだけどさぁ。聞いてた以上に広いんだな王都って」
「はは、俺も来たばかりの時は驚いたよ」
「来て早々迷子になっちまうし、財布は盗られちまうし、もう散々だったね」
「えっ、それ大丈夫だったのか?」
「おうよ、すぐ捕まえてボコボコにした」
わはははと青年が笑う。確かによく見ると筋肉質で、喧嘩になると非常に強そうだ。彼の財布を盗ってしまった人物が少し可哀想に思える。
「ま、いい土産話ができたもんだ。喧嘩は駄目だって怒られそうだけど」
「おっ、もしかして恋人か?」
「恋人……なんかなぁ。まあ仲はいいけど、多分俺の片思いだな」
「どんな子なんだ?」
真剣な表情になり、青年は言う。
「めちゃくちゃ可愛い」
「お、おう」
「俺ぁ今まで女とかに興味なかったんだけどさ、初めて見た時は衝撃を受けたね。その子、魔物に襲われててな。助けたら住んでる村に招待されてよ。それからは村の人達にも歓迎されて、今は滞在させてもらってんだ」
「そうなのか。でも、相手の子も好意を寄せてくれてそうだけど」
「どうなんだろ。恋とかそういうの、あんまり分からなくてな。まあ普通に仲はいいぜ。その子の趣味が釣りだから、しょっちゅう連れて行かれるし」
多分両想いなのだろう。ジークが話を聞いてほっこりしていると、そっちはどうなんだよと青年が聞いてくる。
「俺?俺はまあ、好きな人とかは別に……」
「おいおい、結構モテそうな顔してんのに彼女いねーのか?告白はされた事あるだろ?」
「告白……」
最近二度告白された事を思い出し、頬が熱くなる。ジークを見ていた青年は何か変化を感じ取り、面白そうに笑った。
「詳しく聞かせろよー!」
「ぐっ、こっちだけ話さないのは不公平か」
他の客は少ないので、大きな声を出さなければ噂になったりはしないだろう。レヴィやシルフィは超が付く程の人気者だ。彼女達から告白された事が知られたら、一体何をされるか分からない。
「その、仲のいい子からな」
「どんな子だ!?」
「グイグイくるな……明るくてやたら元気な子と真面目で一生懸命な子だよ」
「二人!?二人に告白されたんか!?」
(しまった、二人分言う必要はなかった)
青年の声がやたらと大きいので、他の客達がこちらを見てくる。なので青年を落ち着かせながら、ジークがどうしたものかと息を吐いた……その直後。
「それって、片方はレヴィアタンだよな?」
「え、ああ、なんで知って────」
言葉を切り、ジークは息を呑む。青年の纏う雰囲気が変わった。それに、王都で彼女のフルネームが『レヴィアタン』である事を知っているのは、特務騎士団のメンバーとエステリーナ、イツキ、ノエル、そして国王のダインのみの筈だ。
「へへ、そう警戒すんなよジーク・セレナーデ。俺ぁ別に、お前を殺りに来たってわけじゃねえんだからな。ただ……」
「喧嘩しようぜ……か?」
「レヴィアタンから聞いたな。なら話が早い、そういや自己紹介もまだだったしよ」
不敵な笑みを浮かべ、青年が言う。
「俺はマモン。強欲の魔神マモンだ」
「っ、はは、マジかよ」
警戒していた魔神の一人は、既に王都へとやって来ていた。




