第36話:妖精の愛
ホウライへと戻ったジーク達は、エルフ達に魔神ベルゼブブ討伐について報告。その際コルネリアからもきちんと謝罪され、それを許したシルフィとジークはエルフ達に改めて歓迎された。
朝からお祭り騒ぎでもうすっかり日が暮れており、外ではエルフ達がアルテリアスの話を聞いて大盛り上がりしているが、ジークとシルフィは先に休むと伝え、借りた家まで戻ってきている。
「こ、これは……」
暫く雑談していた二人だったが、シルフィが見てほしいものがあると言って服を脱ぎ、ジークはどうしたんだと驚いた。しかしよく見れば、シルフィの背中に見覚えのある紋章が浮かび上がっている。
「それ、暴食の紋章じゃないか!?」
「やはりそうですか。魔神ベルゼブブを討った後から背中が熱くて、今までよりも魔力が溢れてくるような感覚だったんです。そんな時にエステリーナさんが憤怒の魔神になった事を思い出して、もしかしたらって……」
「まさかシルフィまで紋章に選ばれるなんて。喜ぶべきなのかどうか……」
「私は嬉しいですよ。あの男の力というのは気分が悪いですが、それでも前よりご主人様のお役に立てますから」
そう言われ、ジークは頬を掻く。
「あのさ、シルフィ」
「はい、なんでしょうか」
「そのご主人様って言うの、やめにしないか?」
シルフィがこの世の終わりを見たのような表情になる。それを見て嫌なわけではないと伝え、前から思っていた事を口にした。
「俺はシルフィを家族だと思ってる。シルフィもそう思ってくれてたら嬉しい。だけど家族なんだから、普通に名前で呼んでくれたらもっと嬉しいかなって……」
「ご、ごしゅ……ぅ」
俯き、シルフィは赤面する。まさかそんな事を言われるとは。とても嬉しいが、どうすればいいか分からなくなってしまう。
「わ、私は、ご主人様のお役に立てればそれでいいと思っていたんです」
「え……」
「私を救ってくれたご主人様の幸せが私の幸せであると、そう考えていました。だからレヴィさん達に嫉妬はしていましたけど、遠慮していたんです。私など、ご主人様には相応しくない女だと」
顔を上げたシルフィに潤んだ瞳で見つめられ、今度はジークの頬が赤く染まる。
「でも、ご主人様は何度も私を家族だと言ってくださいました。そんな事を言われたら、遠慮なんて……我慢なんてできません」
「し、シルフィ」
「私はご主人様の……ジーク様のお役に立つだけではなく、一人の女として認められたい、そう思っています。レヴィさん達に負けないくらい……いえ、それ以上にジーク様の事を愛していますから」
月明かりに照らされた部屋の中での勇気を振り絞った告白。以前レヴィからジークに告白したと教えられた時は、胸が張り裂けそうになるくらい苦しかった。このままでは、愛する人が自分を見てくれなくなるのではないかと。
それでも遠慮し続けてきたが、胸に秘めていた想い全てを声に乗せ、ジークに伝えた。見つめる先では、ジークが驚いたように目を見開いている。
「知って、いましたか?」
「懐いてくれてるとは前から思ってたよ。もしかしたら、そこに好意も含まれてるんじゃないかとも。だけど、ここまではっきり言われると……」
「め、迷惑でしたか?」
「い、いやいや、そんな事ないよ!正直めちゃくちゃ嬉しいけど……その、俺は」
言葉を探すジークを愛おしそうに見つめながら、シルフィが微笑む。
「すみません、困らせるつもりはなかったんです。それと、レヴィさんの事は本人から聞いていますからね。アスモデウスさんが帰った後、ジーク様に告白したって」
「そ、そうなのか」
「きちんと考えてくれていると、とても嬉しそうに話していましたよ。その、レヴィさんと同じように私も……」
「……ああ、分かった。いつか必ず返事をすると誓うよ」
「ふふ、ありがとうございます」
喜びを表情するように長い耳が何度も動く。それを見つめながら、ジークは気になった事をシルフィに聞いた。
「あのさ、名前で呼んでくれるようになったけど、様付けはそのままなのか?」
「これはもう癖のようなものですから。私の中で、ジーク様はジーク様なんです」
誇らしげにそう言われては、やめてくれとは言いづらい。なら仕方ないかと苦笑していると、不意にシルフィが身を寄せてきた。彼女の体温が直に伝わってくるので鼓動が早くなる。
「シルフィ……?」
「私はジーク様の家族なので、これからはもっと積極的になろうと思いまして」
「え、えぇ?」
「いつかきっと、ジーク様に認められるような女性になってみせます。だからこれからもよろしくお願いしますね、ジーク様」
そう言ってシルフィが見せた満面の笑みは、何よりも綺麗だった。
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「っ〜〜〜〜〜〜!!」
持っていたグラスを握り潰し、魔神ルシフェルは拳を震わせた。勝手に行動していた魔神ベルゼブブが消滅したとの報告。例のジーク・セレナーデに完敗したというのだ。
「レヴィアタン、サタン、ベルフェゴール、アスモデウス、ベルゼブブ……魔を極めた神共が、どうしてここまでやられるというのだ……!」
「ぼ、僕は情報を持ち帰って……」
「黙れゴミが。瀕死の状態で逃げ帰ってきたのはどこのどいつだ……!?」
殺気を浴びたベルフェゴールが、逃げるようにその場から離れる。残されたルシフェルはどうしようもない怒りに震えながら、その場に居ないジークを睨みつける。
「やはり私自ら葬るしかなさそうだ……しかし」
胸元を押さえ、ルシフェルは苛立ちを隠さずに言う。
「いつまで抵抗するのだ、貴様は。大人しく全てを私に委ねれば苦しむ事もないというのに」
一体誰に言っているのか。それは本人にしか分からない。
「まあいい。どのみち私以外の生命体など皆等しくただのゴミ。私が貴様を支配するまでの間、残りのゴミに時間稼ぎでもしてもらうとしよう……」
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「あーーー!またシルフィがジークにベタベタしてる!」
「別にいいじゃないですか、レヴィさんだっていつもしているんですから」
シルフィとレヴィが言い合いを始め、それをエステリーナとアルテリアスが止めようとしている。そんな光景を見つめながら、シオンは隣に立つジークに声をかけた。
「随分モテモテのようですね、ジーク」
「い、いや、これはだな」
「まさか戻ってきたシルフィがここまで積極的になるとは。ジークも嬉しそうですし」
「まあ、嫌じゃないけど……」
あれから一週間。またホウライに遊びに来てほしいと言われる程エルフ達と打ち解け、ジーク達は王都へと戻ってきていた。最初はシルフィの変化に皆驚いていたものの、今では進化したスーパーシルフィとして強敵扱いされている。
「そしてシルフィが暴食の魔神に、ですか」
「ああ、エステリーナの時と同じだ」
「詳しくは分かりませんけど、私だけ明らかに実力不足なので少し焦りを感じています」
そう言うシオンは少し寂しそうにシルフィ達を見ている。それに気づき、ジークは彼女の頭に手を置いた。
「シオンにしかできない事だって沢山ある。これまで俺は、何度もシオンに助けられてきてるんだぞ?」
「ジーク……」
「だからまあ、今後もよろしく頼む」
「……仕方ないですね。ジーク一人だと危なっかしくて見てられませんから、私が手伝ってあげます」
「なんか今度はシオンがジークといい雰囲気になってるしーーーっ!」
「え、ちょ、うお!?」
レヴィに抱きつかれた衝撃でジークは転倒し、魔神となったシルフィにレヴィは無理矢理引き剥がされる。それを見てエステリーナは苦笑し、シオンもやれやれと息を吐いていた。




