表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ディヴェルティメント〜不幸少年のチート転生譚〜  作者: ろーたす
第五章:神をも喰らう暴食大口
244/293

第35話:怒髪天を衝く

ベルゼブブとシルフィの会話は、彼が生み出した森全体に響き渡っていた。それはジークとアルテリアスも聴いており、故にジークはベルゼブブに対してかつてない程の怒りと殺意を向けている。


「お前はどれだけあの子を傷つければ気が済むんだ……!」

「フフ、さあねぇ。それより君、気づいてる?ここはただの森じゃない。僕が生み出した捕食領域内だって事に」


そう言ってベルゼブブが魔法を操作し、植物の根をジークに殺到させる。しかしそれらはジークが放った魔力を浴びて消し飛び、彼を襲った魔物達もそれぞれ殴り殺されていた。


「お……?」

「魔力を吸われる前に消せばいいだけだ」

「はあぁ〜?」

「それとさっきから余裕そうだけど、覚悟は出来てるんだろうな?」

「ぷっ、あははははっ!あのねぇ、本気出せば君なんてすぐ食べれるんだよ?覚悟するのは君のほ─────」


強烈なボディブローがベルゼブブの腹を陥没させる。全く手加減されていない本気の一撃。口から大量の血が零れ落ち、そのままベルゼブブは吹っ飛んだ。


(何をされた……!?)

「はあッ!!」


空中でジークに足首を掴まれ、地面に叩きつけられる。このままでは上に乗られ、動きが制限されると考えたベルゼブブは背中から触手を生やしてジークを引き離し、急いでその場から離れた。


「ベルゼブブーーーーーッ!!」


それでもすぐに追いつかれ、ブレる程の速度で放たれた拳が顔面を歪める。口の中から飛んでいったのは砕けた歯だろうか。


「【暴食獣の牙(グラトニーファング)】!!」


魔力で傷を治し、腕を変形させてジークを襲った。それを避けたジークは足を振り上げ、巨大な腕の骨を爪先で粉砕する。


「ぎぃいいっ!?」

「らああッ!!」


更に膝蹴りが顎に炸裂し、ベルゼブブは大きく体勢を崩した。これはまずいとベルゼブブは動揺する。ジークの話はルシフェルから聞いていたが、まさかここまでやるとは思っていなかった。いや、普段よりも怒りで一撃の破壊力が増しているのかもしれない。


「【飢餓晩餐グラトニーディナー】!!」


ベルゼブブの手元に漆黒の球体が出現。それは飢えた捕食者の口。まるでブラックホールのように周囲にあるもの全てを凄まじい力で引き寄せる。ベルゼブブから離れたジークも踏ん張っているものの、徐々に球体との距離が縮まっていく。


「よくもやってくれたねぇ君ィ!」

「チッ……!」


触手や意思を持った植物、更には魔物達までもがジークを襲う。足を浮かすとその瞬間に球体目掛けて一気に引き寄せられるだろう。舌打ちしながらジークは一度魔力を体内に戻し、そして一気に解き放った。


それを浴びた触手や魔物はバチバチと音を立てて消滅し、ベルゼブブも派手に宙を舞った。その際球体が消えたのをジークは見逃さず、即座にベルゼブブとの距離を詰める。


「シェラあッ!!」


ベルゼブブが大量の触手を伸ばしてくるが、そんなものは今のジークには通じない。エステリーナがしたように触手が吸収した魔力を炸裂させ、目を見開いたベルゼブブの顔面をぶん殴る。


そしてベルゼブブを地上目掛けて蹴り落とし、自身も真上に魔力を放って急降下。バウンドしたベルゼブブを踏んで再度地面に激突させ、その衝撃で小規模なクレーターが出来上がった。


(か、回復が追いつかない……何なんだこいつ?ここまでやるなんて聞いてないぞ!?)


顔面を蹴られて地面を転がる。急いで立ち上がれば、既に目の前にいたジークに殴られ木に衝突する。


(女神の魔力を使うのは知っていたけど、使えるからといって強いとは限らない。それなのに……いや、そういえばレヴィちゃんが居たか。あの子や女神から戦い方を教えてもらって、ここまでやれるようになったってとこかな!)


歯軋りし、ベルゼブブが更に魔力を解放する。紋章の輝きが増し、それと同時に彼の全身が淡く発光し始めた。


「君にはもう、手加減なんてしてあげない」

「手加減なんてしていたのか?そんな事、頼んだ覚えはないぞ」

「僕を怒らせた事、後悔させてあげるよ……!」


これまで喰らってきた者達の力を振るう事ができる、暴食の魔神としての切り札に近い能力。口角を上げ、ベルゼブブは手のひらをジークに向けた。


「さあぁ、覚悟しろォ!!」

「っ────」


突如凄まじい暴風が吹き荒れ木々を薙ぎ払う。シルフィが持つものに似た魔力。踏ん張りながら、これはベルゼブブに命を奪われたエルフ達の魔力だと気付いた。


「ハハハハハハハハハッ!!!」


風は複数の竜巻となり、四方八方からジークを襲う。それらを避けたジークだったが、空を見上げればこちらに向かって落下してくる巨大な岩が目に映る。


それだけではない。後方からは燃え盛る火球が、足元からは全身が腐った魔物達が、前方からは風の弾丸が、左右からは漆黒の球体が。猛スピードで迫るそれらを回避する事は困難であり、ジークは魔力を纏って防御体勢をとった。


直後、様々な魔法がぶつかり合い、爆発する。激しい振動が森全体に伝わり、アルテリアスに掴まれ離脱中だったシルフィは彼女に止まって欲しいと懇願した。


「駄目です、行っても邪魔になるだけですよ」

「それでも、このままだとご主人様が……!」

「シルフィは、あの人があの程度の男に負けると思いますか?」

「思いません!でも、ご主人様が戦っているのにただ逃げるだけなんて、私は嫌なんです!」


飛び出してきた魔物を魔力を放って吹き飛ばし、アルテリアスが息を吐く。


「シルフィが責任を感じる必要はありません。彼の勝利を信じて待ちましょう」

「……私は、ご主人様のお役に立ちたい。そしてそれだけじゃない、私は私自身の手で家族や仲間達の敵を討ちたいのです!」

「うわっぷ!?」


そう言って、シルフィはアルテリアスの周囲に風を発生させた。申し訳ありませんと謝罪し、そのままシルフィは元来た道を疾走する。


行っても邪魔になるだけ……アルテリアスの言う通りである。それでも、妙な予感がする。自分が行くことで、何か役に立てることが必ずあると。


そんな彼女の視線の先、かなり遠い場所で立ちのぼる煙の中。ジークは全身にダメージを負いながらも生きていた。それを見たベルゼブブは驚愕し、勢いよく地面を踏む。


「何故だ!?今ので死なないなんて、おかしいじゃないか!」

「……ぬるいな」

「はあ!?」

「自分が絶対的な捕食者だと思ってるんだろうけど、レヴィの方が遥かに強い。それに、ベルフェゴールの方が苦戦した。あっちは正直死ぬかと思ったからな」

「ぐっ、ぬうううう……!」


怒り狂うベルゼブブが再度魔法を乱発するが、その全てがジークには通じない。彼もまた、ベルゼブブに対して激怒していた。家族を奪われたシルフィが、仲間達の前では明るく振る舞いながらも、時折自分の部屋で泣いているのを知っている。それは何故か?目の前にいる男が、彼女を悲しませた元凶だからだ。


「来いよ、暴食の魔神。叩き潰してやる」

「この僕に食べられないものなんて無いんだ……潰れるのは君の方だよ、ジーク・セレナーデぇ……!」


地面に手を置き、ベルゼブブが発生させた砂嵐がジークの視界を遮る。その隙にベルゼブブは彼の背後に回り込み、暴食の魔法を背中目掛けて放った。


しかし、それを読んでいたジークは体を前に倒して魔法を避け、後ろに跳んで肘鉄をベルゼブブの顔面に叩き込む。


「おがぉあああああああッ!!」

「っ……!」


鼻が潰れる程の衝撃に襲われながらも、ベルゼブブが肘に喰らいつく。針のように形を変えた歯が肉を貫き、飛び出した血液がベルゼブブの口から溢れ出す。


「おいひぃねぇ……けひゃはははっ!」

「鬱陶しい……!」


そのまま肉を引き裂こうとしたベルゼブブだったが、肘から放たれた魔力が口内で爆発。歯は粉々に砕け散り、顔を押えて悲鳴を上げながら大きく仰け反る。更に蹴りで顎を砕かれ、腹部を殴られ砲弾のように吹っ飛んだ。


(か、回復の時間稼ぎを……!)


大量の魔物を生み出し、ジークに殺到させる。その隙に砕けた骨や肉を再生させていくが、もう既に魔物を殲滅したジークが目の前に。


「逃がすかよ、このクソ野郎が」


握りしめられた拳が、振り抜かれた脚が迫る度。岩よりも硬いベルゼブブの体は砕け散り、弾け飛ぶ。瞳に映るジークの姿は鬼のようで、はっきりとした恐怖を感じて全身がガタガタと震え始める。


昔から、何を見ても食材にしか見えなかった。人も、魔物も、魔族も。ベルゼブブにとっては極上の料理でしかなかった。だからこそ彼は暴食の紋章に選ばれ魔神になったというのに、目の前にいる最上級の料理が食べれない。


これまで抵抗してくる者は多かったが、ベルゼブブは傷一つ負ったことがなかった。それがどうだ、女神の力を宿した人間はそんな自分を何度殺している?再生能力が無ければ、数発で勝負はついていただろう。


(おかしい、おかしいじゃないか。なんで僕だけこんな目に遭う?レヴィちゃんやアスモデウスちゃんは見逃してもらえたんだろ?サタンだって人間の味方をしているじゃないか。あの子達がやった事も、僕と大して変わらないんじゃないのか!)


魔法が届かない。それどころか、スピードを上げたジークは魔法を撃つ前に拳を届かせてくる。ふと、妙な光景が見えた気がした。ジークの姿が、黄金の光を纏った銀髪の女性と被る。


これは、紋章の記憶か。かつての暴食の魔神が見たのであろうこの光景は、今の自分の状況とよく似ている。また、料理を前にして滅ぼされるというのか、この暴食の魔神が。


「料理に群がる鬱陶しい蝿めえぇッ!!」

「蝿はお前だろ、屑野郎」


爪の伸びた両腕を振り回すが、ジークには当たらない。口から放った光線は受け止められ、跳躍したジークの踵落としが脳天に炸裂。そのままベルゼブブは崩れ落ちる。


「お前はもう終わりだよ、ベルゼブブ」

「……くっ、くくくくくくっ……」

「……?」

「何を勘違いしているのさぁ、君はぁ。まだ僕は使ってないんだよ、禁忌魔法をさぁ〜!」

「っ、これは」


凄まじい魔力が大気を震わせる。ゆらりと起き上がったベルゼブブが、ケタケタと笑いながらジークを睨む。


「いくら君でもこれは防げない。森羅万象あらゆるものを喰らう僕の禁忌魔法はねぇぇぇ!!」


そして、ベルゼブブは禁忌魔法を発動した。


「【神をも喰らう暴食大口(デウスイーター)】!!!」

「────────」


ベルゼブブを中心に漆黒の闇が一気に広がり、それに飲み込まれたもの全てが分解されていく。シルフィを巻き込む可能性があったのであまり広範囲に放ったわけではないが、今の距離でジークが禁忌魔法を躱せたとは思えない。


「……ふう、ご馳走様でした」

「満足したか?」


手を合わせて呟いたベルゼブブの耳に、聞こえる筈のない声が届く。振り向いた瞬間頬に衝撃が走り、彼の首は逆方向に捻じ曲がった。


「は、が……ぇ?」

「今のに触れてたら、アルテリアスの魔力を纏っていても俺は消滅してただろうな。だけど、わざわざ今から禁忌魔法を使うってお前は教えてくれた。だから俺は咄嗟にかなり高い位置まで跳んだんだが……それが正解だったらしい」

「よげ、だ……いまのきょりでぇ……?」


首を元の位置に戻し、魔力を使って骨や筋肉を再生させる。暴食の禁忌魔法はかなりの魔力を消費して放つ切り札。使うのは自分と同等かそれ以上の魔力を持っている者が相手の時だけ。


その相手から魔力を根こそぎ喰らえば、禁忌魔法で失った分の魔力を補充する事ができる。しかし、今回は外してしまった。大量の命を喰らって得た魔力の底が、初めて見えてしまった。


「ぼ、僕の魔力が……ああぁ!?お、お腹が空いた……足りない……全然足りないんだあ!!」

「……そうか」

「ひ、ぎぃ、こんなの、悪い夢だぁ……!」

「夢だといいな」

「ぎひいいいいいッ!!」


魔法を放つがジークには届かない。災厄だと恐れられてきた自分に、死神が迫ってくる。鎌はもう首元に押し当てられており、それから逃れる術はもうない。


(やっと僕の願いが叶うと思ったのに……毎日美味しい食事ができて幸せになれると思ったのに……!)


後ずさり、ベルゼブブが頭を掻き毟る。


(こんな男に、潰されてたまるかッ……!!)


威力や範囲はかなり落ちるが、ベルゼブブは禁忌魔法を発動しようと残った魔力を手元に集中させた。しかし、ジークは動かない。いや、そもそも自分を見てすらいないのでは────そう思った直後、ベルゼブブの首に鋼糸が巻きついた。


「は─────」

「今度はお前が喰われる番だ、暴食の魔神」


全身を覆っていた魔力や体内に流れていた魔力は全て手元に集まっており、今のベルゼブブは防御力がゼロに等しい。ゆっくりと流れる時の中振り向けば、ダガーを手に風を使って急加速したシルフィの姿が目に映る。


お前の何もかもを喰らい尽くしてやる。


凄まじい怒りや憎悪と共に、そんな言葉が聞こえた気がした。


「は、は……これは、夢……だ……」


落ちた首がゴロゴロ転がり、シルフィの目の前で止まる。血を噴き出す首から下は崩れ落ちてすぐに灰となり、転がった頭部にもヒビが入り始める。


「死ぬのか僕は……あぁ、その前に少しでいいから君を食べさせてよ……最後の食事なんだ……」


震える声でベルゼブブがそう言うと、シルフィは彼の首を拾い上げ、そして魔力を手元に集中させ─────


「飢えたままこの世から消えろ、屑野郎」

「ヒャハ──────」


暴食の魔神は完全に塵と化した。


「っ、なんだ?」


暫くして、呆然と立ち尽くすシルフィに声をかけようとした時、突然周囲に数え切れない程の光の粒が出現した。それはゆっくりと天に向かって昇り始め、幻想的な光景を創り出す。


「これは、ベルゼブブに捕食された方々の……」

「そうか、解放されたんだな」


そんな中、一つの粒がシルフィの前へと飛んでいく。何度も点滅するそれに恐る恐る触れたシルフィは、口元を押さえながらその場に崩れ落ちた。


「お、お母さん……」


まるで、最後のお別れをするように。暫くシルフィの周囲を飛んだ後、その粒は他の命と共に空に向かって消えていく。それからシルフィが落ち着くまでジークは空を見上げながら、声を震わせる彼女を抱き寄せ頭を撫で続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ