第29話:暴食
「はあああッ!!」
凛とした声と共に、凄まじい熱量の炎が剣から放たれる。しかしそれは、水の壁に阻まれ相手には届かない。
「やるね、エステリーナ!」
「それはこちらの台詞だ、レヴィ!」
エステリーナが地を蹴り、魔神剣サタンを振り下ろす。それを受け止めたのはレヴィが持つ水の鎌。衝突の衝撃で地面が砕け、ビリビリと大気が震える。
「そこまでっ!」
互いに譲らぬ攻防を繰り広げていると、ジークの声が二人の耳に届いた。互いに武器を下ろし、息を吐く。
「やはりレヴィは強いな。一撃も当てる事ができなかった」
「エステリーナも凄い成長してるよ。紋章のコントロールが上手くいってる証拠だね」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな」
王都から少し離れた場所で行っていた模擬戦。今まではレヴィが圧倒していたが、最近ではエステリーナの動きが格段に良くなっているので、相手をしているレヴィも楽しそうだ。
「お疲れ、二人共」
「ああ。ありがとう、ジーク」
「ジーク〜、汗拭いて〜」
「じ、自分で拭きなさい」
エステリーナとレヴィにタオルを手渡し、ジークは苦笑する。アスモデウスと共闘したのが二週間前。あれから王城の修復作業も終了し、平和な時間が続いていた。
『レヴィは最近前より甘えるようになってますよねー。ジーク、何かあったんじゃないですかー?』
「い、いや、それは……」
「な、何もないよ!気の所為だと思う!」
『まあ、私はジークと繋がっているので大体の事は分かっているのですがー』
「じゃあ言うな!」
アルテリアスがクスクス笑う。すると、エステリーナが持ってきていた通話用の魔結晶から音が鳴った。恐らくイツキからだろう。エステリーナはその魔結晶に魔力を込めると、それを耳元に近付けた。
「はい、第二騎士団長エステリーナです」
『エステリーナか。すまない、今すぐ王城の会議室まで来てくれないか?詳しい事はそこで話す』
「……分かった。ジークとレヴィと一緒に居るから、彼らも連れて行っていいだろうか」
『ああ、そうしてくれると助かる』
通話を切り、エステリーナはイツキから呼び出された事を二人に伝え、そのまま会議室へと向かった。既に他の騎士団長達は集まっており、何があったのかと身構えてしまう。
「今日一日で、合計三つの町村が壊滅した」
「なっ……!?」
「生存者は一名のみ。魔王クラス以上がこの件に絡んでいる可能性が高い」
『平和な時間はもう終わり、ですか』
イツキが生存者から聞いた話をジーク達に伝える。突然見知らぬ男が町に現れ、観光客かと思った生存者の男性とその妻が声をかけた。すると、男は『腹が減った』や『どちらの方が美味いか』などと言い始め、直後に男の腕が魔物のようなものに変形したらしい。
そして、その腕で男性の妻を喰らった。それからは次々と町の人達を喰らい、生存者の男性のみを見逃して町から立ち去ったという。
『なるほど。敵の正体が分かりました』
「ほ、本当ですか!?」
『暴食の紋章を持つ魔神です』
「ま、魔神……」
会議室が静まり返る。遂に現れた五人目の魔神が、この凄惨な事件に絡んでいるというのだ。
「ベルゼブブか。ボク、彼の事嫌いなんだよね」
「知ってるのか?」
「そりゃあ同じ魔神なんだもの。他人を喰らう事しか考えてない、どんなものでも紋章の力で喰らってしまう……会う度にボクにもちょっかいかけてきてたし、正直鬱陶しかった」
その時の事を思い出したのか、レヴィが露骨に嫌そうな顔をする。
「っ、そういえばシルフィの故郷を襲ったのも暴食の魔神だった筈だ」
『ええ、その時と同じように村や町に住む人々を捕食したのでしょう。恐らく、魂ごと』
「このままだと犠牲者が増える一方だ。ここは特務騎士団に動いてもらわなければ……」
イツキの言葉を聞き、ジークは頷いた。しかし、この事をシルフィに伝えるべきかで悩む。彼女は魔神ベルゼブブに家族と故郷を奪われ、深く傷ついているからだ。
「一度被害にあった場所に行ってみよう。ベルゼブブがどこに向かったのか、ボクと女神さんで魔力を追ってみようと思う」
「分かった。イツキさん、この件は俺達に任せてください」
「ああ、頼んだぞ。それとエステリーナ、今回はお前も特務騎士団に協力してくれ」
「っ、了解」
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「魔神ベルゼブブ、ですか」
「私の故郷を襲った存在が……」
悩んだ結果、ジークはシルフィにも魔神ベルゼブブ出現について伝えた。やはりそれを聞いた彼女は顔色を変え、怒りで握りしめた拳を震わせている。
「俺達特務騎士団は、魔神ベルゼブブを追う事になった。発見次第戦闘になる……シルフィ、厳しいのなら待機していてくれ」
「……いえ、行きます。この手で憎き魔神を討つチャンスでもありますから」
「そうか、分かった。それじゃあ準備が終わり次第出発する。目的地はベルゼブブが最後に襲撃した町だ」
それから各自準備を整え、特務騎士団は出発した。目的地である町、アメリアまでは馬車で二時間。到着した一行は早速町の状況を確認する。
まるで抉られたような跡があちこちに見え、ベルゼブブによって命を奪われた人達が流した血が瓦礫や地面に付着していた。
『やはり魂の気配が感じられません。魔神ベルゼブブによって捕食されたとみて間違いないでしょう』
「いよいよ彼まで動き出したか。ルシフェルの命令とかじゃなくて、単純に空腹を満たす為だけに」
「魔神ベルゼブブ……ッ!」
震えるシルフィを、エステリーナが抱き寄せる。あらゆるものを捕食する能力を持つ魔神。今後、一体どれだけの命を喰らうつもりなのか。
「駄目だ、殆ど魔力が残ってない。これじゃあ魔力を辿るのは無理だよ」
『ええ、今の私では感じる事のできる魔力に限界があります。レヴィと同じく不可能ですね』
「それでは一度兄に連絡します。次に魔神ベルゼブブがどこへ現れるか分からないので、その対策を────」
エステリーナが魔結晶を取り出しそう言った直後、レヴィとアルテリアスが接近中の魔力を同時に感知した。ベルゼブブに似た魔力だとレヴィは言うが、その数がかなり多いらしい。
「っ、なんだあの魔物は」
「本でも見た事がありませんが……」
「暴食の能力だよ。他者を喰らって魔力を吸収し、それを主であるベルゼブブに届ける魔物を生み出す。全部魔王クラスと同じくらいの強さだね」
巨大なゴーレムに似たその魔物達だが、全身から先端が口になった触手のようなものが生えており、中には鋭い牙が見える。あれで獲物を捕獲し、捕食するのだろう。
「生き残りがいないか探してるってところかな」
「っ〜〜〜、このォ!」
「なっ、シルフィ!?」
エステリーナの手を振り払い、暴風を纏ったシルフィがまるで砲弾のように駆け出した。そして彼女に気づいて触手を動かした魔物の全身に鋼糸を巻き付け、そのまま肉を引き裂く。
「私達も行くぞ」
「りょうかーい」
軽く地を蹴ったレヴィが、シルフィを喰らおうと蠢く大量の触手を次々と鎌で切断する。更に紋章の力を使ったエステリーナの爆炎が魔物を襲い、瀕死だが生き延びた彼らをシオンが生み出したゴーレムが叩き潰した。
「シルフィ、気持ちは分かるけど落ち着きなよ」
「っ、離して……!」
「いい加減にしなって。そのまま魔物に殺られでもしたら、どれだけの人が悲しむと思ってるのさ」
レヴィに強く腕を掴まれ、シルフィは黙り込む。向こうではジークが心配そうにこちらを見ていた。レヴィの言う通り、あのままでは自分は命を失い、彼を悲しませる事になっていたかもしれない。
「こんな魔物を放たれては、各地で被害が出る恐れがあります」
『魔物の反応は無くなったので、一度王都に戻って報告した方が良さそうですねー』
「ああ、そうしよう。シルフィ、大丈夫か?」
「はい、すみませんでした……」
俯き目を合わせてくれないのは珍しく、ジークは言葉に詰まる。やはり連れてくるべきではなかったのかもしれない。そう思いながら馬車に乗り込み、一行は王都へと帰還した。




