第26話:魔神共闘
「どうなってんだありゃ!?急に都市全体が凍りついて、王城からヤバい魔力を感じたから行ってみれば、レヴィがアスモデウスに鎌を振り下ろそうとしていて……!」
『この現象はレヴィによって引き起こされたのでしょう。ですが、まさか凍結系の魔法をここまでの規模で使えるとは』
玄関でアスモデウスを降ろし、ジークが息を整えながらアルテリアスと会話する。それを見ていたアスモデウスは、胸元を握りしめながら震える口を開いた。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、あたしを助けたのよ……」
「それは、あんな状況だったから────」
その一言を聞き立ち上がったアスモデウスは、ジークの胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「あたしはあんたを殺そうとしていたのよ!?それだけじゃない、こんな状況になったのは全部あたしのせい!なのに、どうして敵であるあたしを助けたのよ!!」
「……俺は別に善人なんかじゃないから、困ってる人全員を助けるなんて不可能だ。それでも、そんな顔をしてる子を見殺しにするなんてできると思うか?」
「っ……!」
ジークの瞳に映る、ボロボロと涙を零す自身の弱々しい姿。咄嗟に目を逸らしたが、情けないその姿が頭から離れず余計に涙が溢れてしまう。
「レヴィがあんな事になってしまったのも、王都が凍ったのも、確かにアスモデウスが原因なのかもしれない。だけど、凍った人達がまだ生きてるのはアスモデウスのおかげだろ?」
「それは……」
「アルテリアスが教えてくれたよ、アスモデウスの禁忌魔法が皆をレヴィの魔力から守ってるって。ただ忘れていただけじゃない筈。それに無意識だとしても、アスモデウスは皆を守ってくれてるんだ」
力が抜け、アスモデウスはジークから手を離す。すると今度はジークに肩を掴まれ、涙に濡れた顔を見つめられる。
「原因がアスモデウスにあるのだとしても、お前があの時禁忌魔法を使った事を少なくとも俺は責めない。反省は後で死ぬ程すればいい。だから今は、俺に手を貸してくれないか?」
「手を……?」
「ああ。このままずっと皆が無事だとは限らないし、こうして家の中まで凍り始めてる状況で俺達がずっと耐えるのは無理だ。この騒動は、レヴィを元に戻さない限り終わらない」
「あんた、あの状態のレヴィアタンを相手にするつもり……!?」
ジークが頷いたのを見て、アスモデウスはどうしてと困惑する。あれは正真正銘本物の災厄、ジークでも勝てる可能性は限りなく低い。それに、どうして人間が魔族の為に命を懸けるのだと、ただただ困惑した。
「友達だからだ」
「え……」
「理由はそれだけで十分だろ?」
『全く、頼もしいですねー貴方は』
言葉を失うアスモデウスの前に、魔力体となったアルテリアスが姿を現す。
「今のレヴィは恐らく紋章の力を暴走させています。以前貴方が相手にしたレヴィとは、まるで次元が違う強さですよ?」
「それでも、可能性はゼロじゃない」
「ええ、そうですね。貴方ならきっと、何とかしてみせるのでしょう」
「はは、意外と信頼してくれてるんだな」
「勿論ですよ。わざわざそれを言ったりはしませんけどねー」
笑い合う二人は、やがて覚悟を決めたようにアスモデウスに目を向ける。その視線を浴びたアスモデウスは俯いてしまったが、暫くして顔を上げた彼女からは、先程までの怯えが感じられなくなっていた。
「本気、なのね」
「ああ、本気だ」
「死ぬかもしれない。それでもやるのね?」
「死なないし、誰も死なせない」
「……分かった」
ぐいっと涙を拭ったアスモデウスは、ジーク達と同じように覚悟を決めて拳を握る。
「今回だけは協力してあげる。レヴィアタンを、元に戻すわよ」
「っ、ありがとうアスモデウス!」
「ち、ちょっと、何してるのよ!」
ジークに手を握られ、アスモデウスは顔を赤く染めた。それを見てジークは赤面しながらその手を離し、頬を掻く。
「わ、悪い、嬉しくてつい……」
「ふ、フン、勘違いしないでよね!あたしはただ、このまま死にたくないから行動するだけなんだから!」
「おおう、お手本のようなツンツンっぷり……」
「さあ、そうと決まれば早速動くわよ!作戦はシンプル、あたしが後方から援護するからあんたがレヴィアタンの目を覚まさせなさい!」
「よっし、やってやろうぜ!」
「っ、だから触らないでってば……!」
魔力を纏い、顔を真っ赤にしながら逃げるように扉を蹴って外に飛び出して行ったアスモデウス。それを見てジークとアルテリアスは顔を見合わせ、同時に苦笑する。
「アスモデウスって色欲の魔神だけど……」
「その割には照れ屋さんですよねー」
「うっさい!さっさと行くわよ!」
外から怒鳴られたので、ネックレスへと戻ったアルテリアスを連れてジークも氷の世界と化した外へと足を踏み出す。
「ぐうっ、寒い……!」
『私の魔力で全身を覆っていなければ、今頃カッチカチに凍っちゃってるんですよー。感謝してくださいねー』
「もしもまたレヴィアタンの暴走が進んだとすれば、あたし達も無事では済まないかもしれないわね」
「ああ、その前にレヴィを元に戻そう」
並んで駆け出し、王都を疾走する。いたるところに凍りついた人が立っており、このままでは命を落としてしまうかもしれないと思うと、嫌でも心臓の鼓動は早まってしまう。
『それにしても、紋章の暴走ですかー。そんな状態があるとは思ってませんでしたよー』
「あたしも知らなかったわ。もしかしたら、あたし達も何かがきっかけで自分も知らない力を引き出してしまうかもしれない」
「そうならない事を祈っておくよ……!」
王城に辿り着き、ジーク達は再び謁見の間へと戻ってきた。そこでは凄まじい冷気を纏ったレヴィが待っており、二人の姿を確認するとその身から桁違いな魔力を解き放つ。
「あらあら、嫉妬しまくりじゃないの……!」
「この状態で禁忌魔法なんか使われたら終わりだな……レヴィ、迎えに来たぞ!目を覚ましてくれ!」
それを聞いたレヴィの姿が消える。直後、咄嗟に屈んだジークの真上を鎌が通り過ぎた。
「あぶなっ……さすがにこれだけじゃ駄目か!」
「ええ、ここからが本番よ!」
ジークの目の前で魔法を放とうとしたレヴィに、アスモデウスが生み出した魔剣を殺到させた。しかし、吹雪が壁となって全ての魔剣を凍りつかせ、恐ろしい速さで振られた鎌がそれらを粉々に破壊する。
「雷鳴剣、【鳴神】!!」
アスモデウスが他の魔神よりも優れているのは魔力の保有量。禁忌魔法をこれだけ長時間発動し続けながら、それでも大量の魔剣を生み出し続ける事ができている。
その魔剣に雷を纏わせ、アスモデウスがレヴィを強襲する。直後、レヴィが鎌を投げ飛ばした。咄嗟に反応して魔剣を交差し鎌を受け止めたものの、魔剣は瞬時に凍りつき、砕け散った破片がアスモデウスの皮膚を裂く。
「痛っ……!」
「アスモデウス!」
ふらりとよろめいたアスモデウスの背後には、既に鎌を手にしたレヴィが立っている。その凄まじい移動速度にアスモデウスは対応できず、その首目掛けて鎌が迫っていた。
しかし、鎌が首を切断する直前にジークが鎌を受け止めた。だが、鎌は魔力を纏わせたジークの腕に容赦なく食い込んでいく。
「劫炎剣、【火之迦具土神】!!」
それを救ったのは、燃え盛る炎を魔剣に纏わせたアスモデウス。レヴィはジークへの攻撃を中断して飛び退き、その隙にアスモデウスはジークに駆け寄る。
「だ、大丈夫なの?」
「このくらいなら……」
アルテリアスの魔力が傷を塞いでいく。激痛は続くがそれでもだいぶんマシになった。
「くそっ、吹雪で視界が遮られるな。それに加えてあの移動速度と一撃の威力……ダメージを与えずにってのは無理そうだ」
「意識を失わせれたら紋章の暴走も止まると思うんだけど……」
「あとで謝れば許してくれるかな!」
吹雪の先から氷の槍が大量に飛んでくるのが見え、ジークは拳に魔力を纏わせた。そしてアスモデウスの魔剣と共に氷の槍を次々と粉砕し、そのままレヴィに向かって疾走する。
「……【壊氷柱】」
「うっ!?」
その直後、レヴィの魔法でジークは氷柱の中に閉じ込められた。凄まじい魔力が込められているらしく、体に力を入れてもその氷を砕く事ができない。
「【氷結地獄】」
「ぐっ、これ以上はあたしの禁忌魔法でも防ぎきれない……!」
更に気温がグンと下がり、王都全体が完全に凍りつく。ここが都市であると分からない程の光景と化し、王城を中心に吹き荒れる吹雪は王都の外まで広がり始めていた。
「だらあああああッ!!」
焦るアスモデウスの耳に、氷が砕け散った音が届く。氷柱から脱出したジークは、再度レヴィ目掛けて床を蹴った。
「ボク以外の女がジークと仲良くするなんて、許せない……だからジークを永遠に凍らせたら、ジークはずっとボクだけのもの……」
「普段のレヴィはそんな事言わないだろ!」
至近距離で放たれた氷の槍を避け、レヴィの目の前で勢いよく踏み込む。
「あとでぶん殴ってくれて構わないからな!」
「ッ─────」
そして、ジークのボディブローが派手な音と共にレヴィの体を浮かせた。魔力を込めた強烈な一撃……全力ではないものの、かなりのダメージとなった筈だが────
「なっ!?」
レヴィは片手でそれを受け止めていた。驚愕するジークを変わらず無表情で見つめながら、レヴィは受け止めた拳を凄まじい力で握りしめ、逃げられないようにしたジークの側頭部に回し蹴りを叩き込む。
それだけでは終わらない。拳を握ったまま放たれる連続蹴りが、次々とジークを追い詰めていく。一撃の破壊力が桁違いであり、アルテリアスの魔力を纏っていても威力を殺しきれない。
「ジーク・セレナーデ!」
「【壊氷牙】」
「【幻影舞踏】!!」
蹴りを浴び続けるジークを助けようと動いたアスモデウスを、床を貫いて飛び出した魔法が襲う。それに対してアスモデウスは自身を模した魔力体を数体生み出し、それを盾にしながら炎を纏った魔剣をレヴィに向かって振り下ろした。
「……その程度の炎で、ボクの氷は溶かせない」
「ア、アスモデウス……!」
魔剣がレヴィに触れる直前、鎌がアスモデウスを真っ二つに斬り裂いた。しかしアスモデウスがニヤリと笑った瞬間、彼女の体が歪んで消滅。本物のアスモデウスはレヴィの背後に姿を現し、魔剣でレヴィを斬り飛ばす。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「い、いや、クラクラする……」
「もう、しっかりしなさいよね」
ふと、アスモデウスは自分が苦笑していた事に気付く。これまで誰かと共闘した事など一度もなく、隣に人間が立っている光景など想像した事もなかった。
そんな自分が今誰かと共闘しており、隣に立っているのはずっと憎んでいた人間。きっと、他の誰かならこんな気持ちにはならなかっただろう。彼女は今、隣に立つ青年の事を『頼もしい』と思っていた。




