第25話:凍てつく災厄の権化
「ジーク、俺と一汗かかないか!?」
「団長は引っ込んでいてください。ジーク君には私が小説を書く為に必要なシーンの再現をしてもらうのですから」
「うおっ!?」
早速人々を引き連れ王都を駆け回るジークだったが、そんな彼の前にイツキのノエルが立ちはだかった。それも、それぞれ魔力を纏って大剣と魔道書を手に取っている。
『本格的にジークを潰すつもりのようですねー』
「だったら……!」
ジークも魔力を纏い、構える。どのみち居場所がバレているのなら、コソコソ隠れる必要はない。
「さあ、行くぞジーク!」
「心逝くまで楽しみましょう」
ノエルが魔道書を開き、魔法を唱える。直後、ジークの足元から植物の根が大量に飛び出し全身に絡みついた。それを無理矢理引きちぎったものの、目の前に迫る炎の大剣を避ける事はできない。
「【炎王覇斬】!!」
「ぐっ!?」
腕を交差させ、この一撃を受け止める。しかし衝撃は凄まじく、ジークは壁を突き破って家の中まで弾き飛ばされた。
『貴方を追ってきている人達を巻き込みかねない攻撃ですね』
「やるしかないか……!」
崩れた家の中から飛び出したジークは、握りしめた拳に魔力を纏わせイツキのノエルの鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだ。それにより二人は意識を失ったものの、大量の人間にジークは包囲されてしまう。更にその中から姿を見せたのは、シルフィ達と同じく魔法に支配されてしまったのであろうシオンであった。
「ジーク、やっと見つけました。これで以前中止になった、私との子作りを再開できますね」
「した事ないんだが!?」
「照れているのですか?ふふ、可愛いですね。私も恥ずかしいのですけど、ジークの為に一肌脱がせてもらいます」
「脱がんでいいから!」
そう言ったジークを、取り囲んでいた人々が押え込む。その隙にシオンはジークに接近し、彼にそっと身を寄せた。
「あの時は魔物が現れてショックでした。その後互いに照れてしまって、結局何もせずに終わってしまって……」
「え?」
「私はずっと、こうしたいと思っていましたよ。あなたと出会ってから、ずっと……」
「シオン……?」
一瞬、目の前に居る少女が別人に見えた。魔物が現れて?その後何もせずに終わってしまった?いつの事を言っているのか、ジークには分からない。そもそもそれが先程の子作り発言に繋がるのだとしたら、そんな事を自分達がした事など一度もないというのに。
「さあ、今度こそ私達は一つになるんですよ。私はあなたの全てを受け止める。だからあなたも私の全てを受け止めて」
「くっ……だあああああッ!!」
全力で自分を押さえていた人々から逃れ、ジークは駆け出した。今のシオンは正気を失っている。しかし、何故だろう。彼女が嘘を言っているとは、不思議と思えなかったのだ。
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「馬鹿ね、このまま逃げ続けられると思っているのかしら?」
王城、謁見の間。そこで玉座に腰掛けるアスモデウスが、目の前に跪く国王ダインを見下ろし笑みを浮かべる。
彼の隣には妻のプリムと、彼らの娘である王女ニーナが意識を失い倒れている。アスモデウスの放つ強烈な殺気と魔力を至近距離で浴び、耐えられなかったのだ。
「君の望みは、ジーク君を始末する事か」
「ええ、そうよ。というか、まさか体を支配されながら意識を保てる人間が居るとは思わなかったわ」
ダインの頭を踏み、アスモデウスがそのまま床に叩きつける。
「ムカつくわね、人間の分際であたしの魔法に逆らうなんて」
「グゥっ……君は何故、こんな事を……」
「何故?それはね、あんた達人間があたし達を憎むのと同じ理由よ!あんた達人間が、どれだけ罪のない魔族を殺したか知ってる!?」
「それは……」
「あたしはあんた達が憎くてたまらないの。あたしからパパとママを……全てを奪ったあんた達人間が!」
アスモデウスの手元に剣が出現し、彼女はそれを手に取った。
「絶対に許さない。まずはこの国の頂点に立つあんた達を殺してやる。思い知らせてやるわ、あたしの怒りがどれ程のものか」
「……君の憎しみは分かった。我々人間の手によって、君の両親は命を落としたのだな」
「ええ、そうよ。だからあんたも知るといいわ、家族を奪われる者の苦しみを」
「駄目だ。君は、そちら側に立ってはならない」
はあ?とアスモデウスは首を傾げる。相変わらず凄まじい力で頭を踏みつけられているダインだが、その声からは恐怖は感じられない。
「家族を奪われる悲しみを知っている者が、家族を奪う者になってはならない……!」
「っ……黙れえ!!」
アスモデウスがその手に持った剣を振り下ろした直後、彼女を水の弾丸が襲った。咄嗟にそれを斬ったものの、剣は砕け散り衝撃でアスモデウスは後方に吹っ飛ぶ。
「……あんたが来たか、レヴィアタン」
「国王さん、大丈夫!?」
「おお……レヴィか。私は無事だが、妻と娘が……」
「気を失ってるだけみたい。ここはボクに任せて、安全な場所へ」
駆けつけたレヴィが水を操り、ダイン達をこの場から移動させる。それを見ていたアスモデウスは、心底面白くなさそうにその表情を歪ませた。
「なるほど、ジーク・セレナーデを囮に使ったのか。だけどまさか、あんた一人であたしの相手をするつもり?」
「そうだよ。ジークの相手はその後だ」
「ふっ、あはははっ!あんたってさぁ、自分の事を何も分かってないのね!」
「……どういう事?」
「昔から、色欲は七魔神の中で最弱って思われてるそうじゃない。あんたもそう思ってるからこそ、あたしを一人で倒せるだなんて思ってるんでしょう!?」
腕を広げたアスモデウスの周囲に大量の魔法陣が描かれ、そこから魔力を帯びた魔剣が次々と出現する。そのうちの二本を手に取り、アスモデウスは不敵に笑った。
「だったらここで知るといいわ!あんた程度じゃあたしには敵わないって事をねえッ!!」
「武具の高速錬成……!」
魔剣が一斉に動き出し、レヴィに迫る。それを生み出した水の魔鎌を振り回して弾き返し、レヴィはアスモデウス目掛けて床を蹴った。
「馬鹿ね、今ので終わりだと思う!?」
「なっ……!」
振り向けば、レヴィが弾いた魔剣が再度迫ってきていた。それをもう一度弾こうとしたものの、一本一本が意思のある生物のように動き回り、読めない軌道で様々な角度からレヴィを襲う。
(全ての剣を一本ずつ、アスモデウス自身がコントロールしてるのか!どんな次元の魔力制御能力なんだ……!)
「よそ見してる場合かしら!」
その剣に気を取られたレヴィを、アスモデウスは背後から斬りつけた。血が舞い、レヴィの顔が痛みに歪む。更に迫る魔剣をギリギリで躱したレヴィだったが、そのうちの数本に肉を裂かれて勢いよく倒れ込む。
「あら、まさかもう終わりとか言わないわよね?」
「ぐっ……」
「使いなさいよ、紋章の力を」
「そう言うなら……はあああッ!!」
このままでは勝てないと悟ったレヴィは、嫉妬の紋章の力を解放した。凄まじい魔力が吹き荒れ、王城を震わせる。しかし視線の先に立つアスモデウスは余裕の表情を崩さず、更に多くの魔剣を生み出してみせた。
「【魔槍グングニール】!!」
「ふん、そんなもの────」
投げ飛ばされた水の槍がアスモデウスの体を貫く。しかしその体は霧のように消え、レヴィの背後にアスモデウスは姿を現した。
「あたしの幻影魔法を破れるかしら!?」
「チッ、面倒だなぁ!」
振り向きざまに放った蹴りがアスモデウスの側頭部を捉えたが、それも本物ではなかったらしい。消えた彼女の後ろからは魔剣が迫っており、レヴィの全身を切り刻む。
「気分はどう?格下だと思っていた相手に圧倒される気分は!」
「【壊水柱】!!」
「轟け雷鳴剣、【鳴神】!!」
別の場所に姿を見せたアスモデウスに魔法を放つが、それをあっさりと避けた彼女は手に持つ魔剣から雷を放ち、それを別の魔剣全てに纏わせる。
「そんな事まで……!」
「あたし達幻魔族が得意とする付与や幻影魔法、武具錬成は後方支援向きの魔法よ。だけどそれら全てを同時に扱い更に禁忌魔法も発動可能なのは、色欲の魔神であるこのあたしだけ。ただ強力な魔法を使えるだけのあんたが、このあたしを上回る事ができるかしらね!」
全方位から迫る魔剣を防ぐ為に自身を包む水の渦を生み出したレヴィだったが、電撃はその中に居る彼女を容赦なく襲う。たまらず魔法を消したものの、今度は魔剣がその身を刻んだ。
しかし、レヴィは怯まず魔鎌を握り、そのままアスモデウスに向かって駆け出した───が。
「がッ!?」
「フン、甘いわね」
床を貫き飛び出した魔剣がレヴィの腹部を抉る。どうやら魔剣を真下の部屋に生み出しそれを操作したらしい。
「こんのォ!!」
踏ん張り鎌を振るうが、アスモデウスはやはり無傷。お返しとばかりに放たれた稲妻がレヴィの背中に炸裂する。
「ねえ、痩せ我慢はやめたらどう?」
「ゲホッ……何が?」
「あんたさぁ、隠せてると思ってる?バレバレなのよ、あたしの禁忌魔法を完全には防げていないって」
魔剣が踊る。回転しながら移動するそれらをレヴィは鎌で破壊していくが、それよりも速くアスモデウスは魔剣を生み出し続ける。
「知ってるのよ、あんたがジーク・セレナーデに心底惚れてるって事は。毎日我慢するのは大変でしょ?可愛い女共と仲良くするのを見て、嫉妬の魔神であるあんたが我慢するのって」
「嫉妬なんてしてない……!」
「あらそう?だけど、想いや性欲が強い程あたしの魔法はよく効くのよ、たとえ相手が魔神であったとしてもね。好きで好きでたまらない……他の女達を蹴落としてでも一番になりたい……そう思ってるくせに」
「っ、そんな事……!」
「それだけじゃない。あんたには沢山お友達ができた。その存在のせいで、禁忌魔法や広範囲に被害を及ぼす魔法を人が居る場所じゃ使えない。それに対してあたしは魔法を使い放題、あんたが守りたいと思っている奴らもあたしの言いなり。そんな状況で、どうやったらあたしに勝てるなんて思えるわけ?」
魔剣は増え続けている。アスモデウスは未だ無傷。更にこれだけ魔法を使っているというのに魔力はまだまだ残っている。対してレヴィはかなりの傷を負い、アスモデウスの言う通り上手く紋章の力が使えず、纏う魔力も不安定。
(ボクじゃ勝てない?そんなの……)
「さっきも言ったけど、【甘美なる色欲の支配】はあんたに影響を与え続けてる。動きは明らかに鈍ってるし、魔法の威力もあたし以下!そろそろ現実を見なさい、魔神レヴィアタン!」
振り下ろされた魔剣を鎌で受け止めたが、力負けしてレヴィは膝をつく。普段ならば力は圧倒的にレヴィの方が上だが、今はアスモデウスが全ての面でレヴィを上回っている。それが分かっていたからこそ、アスモデウスは最初から勝利を確信していた。
「ほらほら、ここがガラ空きよ!」
「ぐっ!?」
血の滲む腹部に叩き込まれた蹴りが、レヴィの小柄な体を容赦なく浮かせる。そしてそのまま足裏で蹴り飛ばされ、レヴィは勢いよく壁に衝突した。
「無様ねレヴィアタン!これが人間と関わった結果よ!」
「ボクはそれが、間違った事だとは思わない……」
「フン、死ぬまでそう思っているといいわ。もうあんたに興味なんて微塵もない。このままただの肉塊に変えて、ジーク・セレナーデ共々叩き潰してあげる。そうなればもう全部おしまいよ。王国に居る人間は、全員このあたしが支配してやる」
「そんな事、させない……!」
座り込んだ状態で放った水の弾丸を、その場から動かずアスモデウスは魔剣で弾き飛ばす。その隙に立ち上がったレヴィだったが、謁見の間全体を埋め尽くす程の魔剣を見て言葉を失った。
「終わりよ、レヴィアタン」
「っ、くっそおおおおおッ!!」
駆け出したレヴィを、数え切れない程の魔剣が襲う。それから暫くしてアスモデウスが魔剣を動かす事をやめた時、レヴィは既に血に沈んでいた。
「……これでいいのよ。人間となんて、分かり合える筈がない」
歩き出し、アスモデウスがピクリとも動かないレヴィの前に立つ。
「もうあたしは迷わない。あんたが守ろうとした人間は、あたし達魔族が滅ぼしてあげる」
「───────」
じわりと、魔力がその身から溢れ出す。それを感じ取ったアスモデウスが、まだ生きているのかと生み出した魔剣を手に取った────その直後。
「なっ─────」
突如レヴィが立ち上がり、凄まじい冷気と魔力を周囲に放った。咄嗟に距離をとったアスモデウスだったが、謁見の間に吹き荒れる吹雪のような魔力を浴びて目を見開く。
「ボクは……嫉妬の魔神……我慢なんて……する必要がない……」
「あ、あんた、何を……!」
「そうだ、ずっと嫉妬していたよ……ボクはジークが大好きで、独り占めしたかった……だけど、皆は大切なボクの友達……それに、嫉妬なんかしてジークに嫌われたくなかった……」
「紋章の力が、暴走してるの……!?」
ゆらりと立つレヴィは無表情。まるで死人のようにアスモデウスを見つめ、吹き荒れる冷気をその身に纏わせていく。
「だけどもう、我慢しなくていいよね……ボク達の邪魔をする奴は……全員ボクが排除してあげるから……!」
次の瞬間、吹雪がレヴィを包み込んだ。そしてそれが弾け飛ぶと、中から現れたレヴィはこれまでとは比べ物にならない魔力を纏っており……髪は白銀に染まり、放つ冷気はあらゆるものを凍結させる。
それはアスモデウスの魔法のように王都全体へと広がり、やがて王都は氷の都市と化した。アスモデウスが禁忌魔法を使っていなければ、凍結した人々は即死していただろう。その身を包む色欲の力が、人々の身を守ったのだ。
「こ、これが、嫉妬の魔神本来の力……!?」
視線の先でレヴィの姿が消える。それとほぼ同時、吹雪を纏ったレヴィが目の前に出現し、放たれた強烈な蹴りがアスモデウスの腹部を陥没させた。
あまりの衝撃にアスモデウスは踏ん張れず、そのまま背中から壁にぶつかり崩れ落ちる。初めて味わった激痛は、アスモデウスを沈黙させるのに十分な破壊力であった。
「あ、ぐうっ……!?」
涙が溢れ、腹部を押さえながらアスモデウスは蹲る。これまで、どんな戦闘でも負傷した事はなかった。それ故に痛みに慣れていない為、たった一撃で彼女は戦意を喪失してしまう。
「な、何であたしが、こんな……」
震えるアスモデウスの前に、氷の鎌を持った災厄が立つ。ほんの少し前まで自分が圧倒していたのに、一瞬で立場が逆転してしまった。今レヴィが鎌を振るえば、アスモデウスは簡単に命を刈り取られてしまうだろう。
「いや……いやよ……まだ、死ねない……」
無言でレヴィが鎌を振り上げる。それを呆然と見つめながら、アスモデウスは叫んだ。
「人間に復讐するまで、あたしはっ……!」
迫り来る刃が遅く見える。ああ、今から自分は死ぬのかと、アスモデウスは心の中で諦めてしまった。しかし、突然何かに腕を掴まれたのが分かり、アスモデウスの心臓が跳ねる。
見れば、レヴィの鎌は宙を切っており。震える体を抱き寄せていたのは、命を狙っている最中の標的……ジークだった。
「ジーク・セレナーデ……?」
「ギリギリだったな。何があったとかは分からないけど、一度退くぞ!」
「え、ちょっと……!」
ジークはアスモデウスを抱きかかえると、そのまま壁を突き破って王城の外へと飛び出した。その際吹雪の勢いが増したがレヴィが追ってくる気配はなく。そのまま二人はジークの自宅へと転がり込んだ。




