第23話:月光祭
「アスモデウスが王都に現れた!?」
帰宅したジークから何があったのかを聞き、レヴィは大きく目を見開き驚いた。シオンやシルフィも、魔神が何かをしてくる可能性があると知って表情に緊張を滲ませている。
「仕掛けてくるなら明日以降、祭りの最中に動く可能性が大だ」
「あーもう、どんなタイミングで来てくれてるのさ!」
『人が集まるこの時を待っていたのかもしれませんねー』
うがーっと怒っているレヴィを落ち着かせながら、ジークは今後の事を考える。あれだけはっきりと人間は敵だと言うような少女である。今回の戦いで大勢の人が犠牲になる可能性は高い。
「祭り自体を中止するべきか……?」
「で、でも、既に沢山の方が王都を訪れている筈ですよ?」
「それに、魔神アスモデウスが確実に仕掛けてくるとは限らない状況です。何も起きなければそれが一番なのですが……」
どうしたものかと頭を悩ませながら、ジークは棚の上に置いていた連絡用の魔結晶を手に取った。そしてそれを握り、魔力を込める。すると数秒後、魔結晶から聞き慣れた少女の声が響いた。
『ジーク、どうした?』
「こんな時間にごめん、エステリーナ。ちょっと問題が発生してな」
魔結晶の向こうにいるエステリーナに、色欲の魔神が現れたことを伝える。
『……なるほど、まさか現在王都に魔神が潜伏しているとは』
「隣にイツキさんも居るだろ?話は聞いてると思うから、各騎士団にも連絡してもらいたいんだ」
『ふふ、分かった。しかしまあ、兄さんもいい加減にしてもらいたいな。いつも少し話をするだけで、こうして会話を聞き取ろうとしてくるのは』
「は、はは、それはまあ、イツキさんの気持ちも分かるというか」
『……?とりあえず、兄さんが連絡してくれるそうだ。明日劇に参加しない騎士は、全員警備にあたる事になりそうだな』
申し訳ないが、そうしてもらうしかないだろう。それから少しの間話をした後、ジークは魔結晶から手を離した。
「どうだった?」
「各騎士団に連絡してもらったよ。俺達も、明日はのんびりできなさそうだ」
「残念ですけど、仕方ありませんね」
「アスモデウスめ、見つけたらただじゃおかないんだから」
もしアスモデウスが何か仕掛けてきても、仕掛けてこなかったとしても。明日が忙しい一日になるのは間違いなかった。
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月光祭当日。ジーク達は王都アリスベルを埋め尽くす程の人を見て、これがセレスティア王国一の祭りかと心底驚いていた。そして、これ程の人が居る中で、歩く災厄が潜伏しているというのだ。万が一戦闘になれば、どれだけの被害が出るのか想像するのは難しくない。
「劇は午後からだ。それまでは俺達も別々に王都の見回りだな」
「魔神アスモデウスを発見した時は、必ず魔結晶に魔力を込めて各自連絡を行ってください。特務騎士団内で魔神を相手にできるのはジークとレヴィさんだけですが、私やシルフィにもできる事はある筈なので」
「りょうかーい。それじゃ、また後でね」
レヴィが我慢できないといった様子で走っていった。見回りの最中、食べ物を買ったりする事は許可している。油断は禁物だが、魔神である彼女ならば大丈夫だろう。
「よし、俺達も行くか」
「ご主人様、どうかご無事で」
「このまま何事も無ければ良いのですが……」
ジーク達も一旦別れ、王都の見回りを開始した。アルテリアスにアスモデウスの魔力を探らせているが、今のところ反応はない。
『隠れるのが上手いですねー、彼女は。それに人が多すぎて、魔力探知が困難です』
「それも狙いなのかもな。とにかく、アスモデウス以外にも怪しい人物とかが居ないか見て回って────」
「ねえ、ちょっといいかしら」
肩が跳ねる。聞き間違いでなければ、今の声は間違いなく今捜している最中だった人物のものである。
「何よ、その顔は」
「い、いや、何で出てきたんだ?」
「はあ?コソコソされてる方が良かったの?」
そこには、魔神アスモデウスが腕を組んで立っていた。驚きのあまり、ジークは動揺を隠せない。そんな様子がおかしかったのか、アスモデウスは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「フン、情けないわね。それとあんた、仲間に知らせようとしたらその瞬間に開戦だから」
「っ、バレてたか」
「当然じゃない。ほら、出しなさいよ」
ここで魔結晶に魔力を込めた瞬間、恐らくアスモデウスは周囲に向かって攻撃を仕掛けるだろう。ジークが持っていた魔結晶を差し出せば、アスモデウスは躊躇いもなくそれを握り潰した。
「……それで、何が目的なんだよ」
「せっかくの祭りなんだもの。ただ楽しもうと思っただけ」
「はあ……?」
「魔神が祭りを楽しむのはおかしいって?それ、レヴィアタン相手でも言える?」
「い、いや……」
「という事で案内しなさい。勿論、レヴィアタン達を呼ぶのは無しよ」
アスモデウス一体何を考えているのか分からず、ジークは言葉に詰まる。しかし、拒否権は無いだろう。覚悟を決めたジークは、人間嫌いな魔神と共に歩き出した。
『意味不明な状況ですねー……』
「俺もまだ状況が分からん……」
「別に、あんた達と仲良くしようと思った訳じゃないわ。それとも何?戦闘がお望み?」
「いえ、このままで結構です」
よく分からないが、少なくとも今のアスモデウスは戦闘を望んでいる訳ではない筈。それならば、自分の行動次第では会話だけで彼女と分かり合える可能性はゼロじゃない。
「色々売ってるのね」
「事前に申請して許可を貰えたら、自分で料理とかを作って販売できるんだってさ。屋台が多いのはそれが理由だと思う」
「ふーん……あ。あれ美味しそう、買ってよ」
「はいはい」
アスモデウスが欲しがったのは、ジークの好物でもあるホーンラビットの肉を使った焼き串。それを自分の分と合わせて二本購入し、片方をアスモデウスに手渡す。
「……味薄くない?」
「うおいっ、店の前で言うなよ」
腕を引っ張り店から離れ、ジークは息を吐く。何というか、レヴィとは違った自由な少女である。
「俺はこのくらいで丁度いいけどな」
「いいえ、もっと塩コショウを使うべきだわ」
「まあ、個人的にはタレが好きなんだけど」
「あ、それ美味しそうね。どうせなら塩コショウとタレの両方を売ればいいと思わない?」
「なるほど、その方が売れそう」
『……意外と楽しんでますね、貴方達』
確かに、アスモデウスが魔神だという事を忘れて盛り上がっていた。見れば、アスモデウスは馬鹿じゃないのとでも言いたげにこちらを見ている。ジークはさり気なく目を逸らした。
「勘違いしないでよ、ジーク・セレナーデ。あたしは別に、人間を許した訳じゃない。その気になれば、周囲に居る連中全員に地獄を見せられるという事を忘れないで」
「お前なぁ……悪いけどさせないよ。正直に言ってみろ、祭り楽しいだろ?」
「はあー?べっつにー?」
「嘘つけ、さっきちょっと目輝かせてたくせに」
「そんな訳ないでしょ!?あんた目腐ってるんじゃないの!?」
頬を赤く染めながら、アスモデウスがジークをギロりと睨む。それを見たジークは少し面白くなり、先程のアスモデウスのように馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「こいつッ……今ここで始めてやってもいいんだけど……?」
「冗談ですッ!!」
『いや、もう仲良しじゃないですかー』
「うるさいわね、勘違いしてるんじゃないわよ」
アスモデウスが歩き出す。思ったよりも彼女と仲良くなれているのではないだろうか。そう思いながら、ジークは駆け足でアスモデウスの背を追った。




