第16話:魔神衝突
轟音と共に衝撃波が駆け抜ける。跳躍したレヴィによる強烈な蹴りを、交差した腕で受け止めたサタン。それでも僅かに押し負け、サタンは後方に吹っ飛んだ。
「ぬう……!」
「はああッ!」
レヴィは攻撃の手を緩めない。そのままサタンに接近し、嵐のような連撃を繰り出す。それらを受け止め続けるサタンだったが、レヴィの誇る圧倒的なスピードを前に徐々に押され始めた。
(まだ子供だった魔族が嫉妬の魔神になったと知った時は驚いたが……これ程までの力を持っていたとは!)
距離を取ろうとしたサタンの顎に叩き込まれたアッパーが、彼を真上に吹っ飛ばす。それを追ってレヴィは地を蹴り、追いつくと同時に膝蹴りを浴びせ、空中で回転して放たれた踵落としがサタンの胸部にめり込み、そのまま猛スピードで地面に衝突する。
「【壊水竜】!!」
そして、レヴィが地上目掛けて放ったのは数体の水竜を生み出す魔法。エステリーナ達が王都で相手にした魔法だが、あの時とは込められている魔力の量がまるで違う。
そんな災害級の威力を誇る魔法は、立ち上がったサタンが目にも留まらぬ速さで放った拳が触れた瞬間消し飛んだ。さすがのレヴィもそれには驚いたようで、着地するとすぐに警戒してサタンから離れる。
「憤怒の紋章……怒りを力に変える能力か」
「子供相手に遊ばれていた自分に心底腹が立ってな」
「浴びるだけで嫌でも警戒してしまう、危険な力だ。いいね、嫉妬しちゃうよ」
双方の体に紋章が浮かび上がる。同時に放つ魔力が爆発的に膨れ上がり、大気が震え、大地は裂けた。
「顕現せよ、【魔鎌ロア】!!」
生み出した鎌を握り、レヴィが駆け出す。それに遅れることなく反応したサタンは鎌を躱し、無防備な腹に強烈なボディブローを叩き込んだ。
「厶ッ……!」
「ぬぐぅ……!」
しかし、レヴィはその一撃を掌で受け止めていた。小さな体は宙に浮いたものの、その状態で放たれた回し蹴りがサタンの首に直撃する。更に脚を離して全力で鎌を振ったものの、驚くべき事にサタンは手の甲で刃を止めてみせた。
互いに一歩も譲らぬ攻防が続く中、エステリーナ達は魔神同士の激戦を見ながら言葉を失っていた。最早次元が違う。目で追えない時がある程の速度で駆け回り、一瞬で様々な場所で地面が吹き飛ぶ。
(まずいな……このままだと、エステリーナ達を巻き添えにしちゃうかもしれない。それに、余波で王都に被害が出る可能性だってある。大規模な魔法、特に禁忌魔法は使えないか)
冷静に状況を分析し、レヴィは放たれた拳を避け、サタンを全力で蹴り上げる。そして先程と同じように自身も跳躍し、今度は鎌を槍へと変化させた。
「【魔槍グングニール】!!」
「ぐおっ!?」
至近距離で投げられた魔槍はサタンと共に遥か上空へと飛んでゆき、爆散する。それでも煙の中から姿を現したサタンは、魔力の弾丸を撃ち出しレヴィ諸共地面を粉砕した。
「何故禁忌魔法を使わない、レヴィアタン」
「っ、急に何なのさ」
立ち上がったレヴィに、着地したサタンが言う。
「確かお前の禁忌魔法は、天より放たれる超広範囲破壊の魔法だったな。今の我ならばそれを受け止める事は不可能だろう。それはお前も分かっている筈だというのに、何故使わない」
「それは……」
「いや、使えないのか。お前にとって先程助けた騎士達は大事な仲間。あれ程の破壊力を誇る魔法を使えば確実に彼らを消し飛ばしてしまうどころか、あちらに見える王都すらも瓦礫の都市と化すだろうからな」
「それが何?別にそんなものを使わなくたって、ボクは君に────」
そこで気付く。サタンの纏う魔力と紋章の輝きが、ここに来て更に増し始めている事に。
「我は別に、お前達相手に加減する必要はないからな。我の禁忌魔法も広範囲を跡形もなく吹き飛ばす威力を誇る。ただの魔法でそれを受け止められると思うなよ、嫉妬の魔神」
「くっ……!」
どうする?どうすればいい?サタンの言う通り、レヴィは禁忌魔法を使えない。その理由として、【嫉妬する災厄の権化】は空から地上目掛けて放つ魔法という点が挙げられる。
一度放つとこの魔法はレヴィでもコントロールできないので、途中で魔法の進行方向を変える事はできない。つまり、確実にエステリーナ達や王都を巻き添えにしてしまうのだ。
しかし、サタンが禁忌魔法を使えば同じ禁忌魔法を使わなければ対抗できない。何故なら、二人の禁忌魔法は互いに圧倒的な威力を誇る一撃で全てを破壊する魔法だから。
普通の魔法では、放たれた相手の禁忌魔法は絶対に防げない。サタンに禁忌魔法を使わせた時、こちらも禁忌魔法を使わなければどのみち全てが終わってしまうのである。
「レヴィ、諦めるな!」
「えっ!?」
焦るレヴィの耳に届いた声。驚き振り向けば、すぐ後ろにエステリーナとシルフィが立っていた。
「レヴィさんだけに任せっきりはやはり良くないと思いまして!私達だって、貴女の力になれる事がある筈です!」
「ああ、私達は仲間なのだから」
「シルフィ、エステリーナ……」
二人の顔を見つめ、レヴィは一つ思いつく。正直そんな事はしたくもないし、シオン、エステリーナ、シルフィに申し訳ないし、自分が嫌いになってしまいそうだが、禁忌魔法無しでサタンを圧倒出来るかもしれない方法を。
「二人共、ちょっと離れてて」
「え、だから協力を……」
「勿論してもらうよ、ボクの脳内でね」
にっと笑い、レヴィは再びサタンに向き直る。そして目を閉じ、とある光景を想像した。
『レヴィさん、すみません。少し買い物に行ってもらっても大丈夫でしょうか』
シオンに言われるが、面倒だと伝える。
『ジークは喜んでくれると思います』
そう言われては断れない。仕方がないとお金を受け取り、指示された物を購入し、早く褒められたいなと上機嫌で家に戻る。
『シオン、やっぱりまずいんじゃ……』
『大丈夫ですよ、今は私達以外に誰も居ませんし。それより、早く続きを……』
『まったく、甘えん坊だな』
めちゃくちゃイチャついていた。はい嫉妬。
『えへへ、ありがとうございますご主人様』
別の光景。目の前でシルフィが褒められ、頭を撫でられている。荷物運びを手伝った時、持った量が多かったという理由でシルフィは撫でてもらう回数を増やしたのだ。いいな、羨ましい。
なので自分も撫でてほしいと伝えたところ、同じように頭を撫でてくれたものの、シルフィと共に呼び出されてジークはすぐに行ってしまった。去り際のシルフィは申し訳なさそうにこちらを見てきたものの、口元は嬉しさでそれはもう緩みきっていた。
はい嫉妬。
『おはようレヴィ、いい朝だな』
更に別の光景。散歩をしていると、何故か手を繋いで歩いていたジークとエステリーナに遭遇した。
『じ、実は私達、少し前からお付き合いをしていてな』
どういう事かと困惑するレヴィを前に、初々しいイチャつきを披露する二人。するとどこからともなく第二の騎士達が現れ、キース、キースと言いながら二人を取り囲んだ。
最初は顔を赤くしていたジークとエステリーナは、やがて向かい合い、そして唇と唇を合わせた。
わー、おめでとー(棒)
そんな感じで様々な光景を想像しながらその度に嫉妬し、再度目を開けた時にはレヴィの額には青筋が浮かび上がっていた。引き攣った笑みを浮かべ、握った拳は震えている。
勿論シオン達は何も悪くない。勝手に想像して勝手に嫉妬しただけ。しかしそのおかげで、紋章の力はかつてない程高まっていた。視線の先に立つサタンも、一体何をしたのだと動揺している。
「さあ、決着をつけさせてもらうよ」
「よく分からんがいいだろう、こちらも手加減抜きで────」
次の瞬間、サタンは血を吐いていた。突如目の前に現れたレヴィに、瞬きする僅かな時間の間に全身に数十発の殴打を叩き込まれたのだ。
「ぐおぉっ……!?」
「でやあああああッ!!」
怒りをぶつけるように、強烈な一撃が次々と放たれる。それは強化されたサタンの肉体に着実にダメージを与え続け、やがて防ぐ事すら不可能となっていた。
「【魔鎌ロア】!!」
そして呼び出した鎌を握りしめ、地面を踏み砕き、宙を舞ったサタンを切り刻む。そこでレヴィの体を激痛が襲った。紋章の力を限界まで引き出した事による副作用とでも言うべきか。
纏っていた魔力が霧散し、レヴィはその場に膝をつく。サタンも先程の攻撃が相当効いたらしく、勢いよく崩れ落ちた。
「レヴィ!」
「レヴィさん!」
エステリーナとシルフィが駆け寄ってきたので大丈夫だと伝えるが、あまりの痛みに涙が浮かぶ。それでもまずはサタンを戦闘不能の状態まで追い込めたのかを確かめなければならない。立ち上がったレヴィは痛みに耐えながら、血を流すサタンの前までフラフラと歩く。
「ふ、ふふふ……とてつもないな、嫉妬の魔神は」
「そっちこそ、ここまでしないと勝てない相手だったよ」
「そうか、お前は我に勝ったのか」
レヴィは眉の端を上げる。たった今、サタンの口から出た一言。立ち上がる事ができていないのに、何故自分が負けたと思わなかったのか。いや、違う。
『何を勝った気になっているのだ』
サタンが何を言ってるのかを理解するのと同時、凄まじい魔力がレヴィを吹き飛ばした。そして、シルフィの風魔法で受け止められたレヴィが見たのは、天に向かって伸びる真っ赤な魔力。その中心で、憤怒の力が爆発的に膨れ上がっていく。
「嘘でしょ、まだ上があったのか……!」
『その通りだ、レヴィアタンよ』
やがて、魔力は超巨大な災厄となった。例えるならば、それは山の如き巨神。王都の壁よりも高い全長を誇る巨神が、レヴィ達の前に降臨した。




