第14話:王都防衛戦
「げ、現在王都を取り囲むように魔物の大軍が出現!そ、その中に魔王クラスと思われる魔族も多数確認!」
「全騎士団に出撃を命じる!一匹たりとも王都への侵入を許すな!団長不在の第二、第三騎士団所属の者達は住民の避難を!」
指示を出し、国王ダインは拳を握る。その隣では、妻である王妃が駆け回る騎士達を不安げに見つめている。
「あ、あなた……」
「なぁに、心配するな。我が国の騎士達は皆守るべきものがある。魔物程度に負けたりはせんよ」
「陛下、これより全騎士団による王都防衛戦を開始します。第一騎士団長イツキが、この戦いの指揮を取らせていただきます」
「うむ。エステリーナの事は心配だが、あの子ならきっと無事だ。思う存分暴れてくるといい」
「はっ!」
そうは言っても、誰よりも妹の事を想っているイツキだ。きっと、どんな言葉を投げかけても不安は消せないだろう。
「頼んだぞ、勇敢なる騎士達……そして特務騎士団よ」
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「魔物の大軍が王都に……」
シオンが表情を変えずに言う。ただ、彼女が緊張している事がジークには分かった。
『この数、恐らく三千以上。それに魔王クラスの反応が百以上、魔神の反応が一つ……私達が出なければ勝率はゼロですよー!』
「ボク達が魔王クラスと魔物の相手をするから、ジークは魔神の相手をお願い!」
「あ、ああ、ノエルさんは?」
「私は第一騎士団に合流します。皆さん、どうかご無事で」
ノエルを見送り、ジーク達も王都の外へと向かった。まだ戦闘は始まっていないが、確かに凄まじい数の魔物が目に映る。
「レヴィ、魔神は誰か分かるか?」
「うん。この魔力は憤怒の魔神、一撃の破壊力なら恐らく魔神一のサタンだよ」
「憤怒の魔神サタン……」
「あはは、ジークなら大丈夫!ボク達も全力でサポートするからね!」
そう言って笑うレヴィを見ていると、不安や緊張は吹き飛んでしまった。ジークは助かるよと笑い、レヴィの頭をわしわしと撫でる。
「よし、それじゃあ─────」
行くぞとジークが言おうとした瞬間、目の前に立つレヴィの顔色が変わった。そして信じられないと、そう言いたげに目を見開く。
「レヴィ……?」
「そんな、嘘でしょ!?この魔力反応は、まさか……!」
『ジーク、魔神サタンとは異なる魔力を感知しました!場所は……王都の真下ですー!』
「何だと!?」
「魔神ベルフェゴールだ……!」
衝撃が走る。魔神サタンだけではなく、アルツェンで起きた騒動の黒幕とも言える存在が、同時に王都へとやって来たというのだ。それも、自分達が立っている場所のすぐ下側に。
「たしか、王都の下には水路が張り巡らされていた筈。そこを利用して王都に侵入したのでしょうか」
「ご、ご主人様が魔神サタンの相手をするのだとして、一体誰が魔神ベルフェゴールを……!?」
「水路ならボクの魔法を最大限に活かせるけど、それだと魔物や魔王クラスを相手に出来る人が殆ど居なくなる……くそっ、最っ悪!」
『っ、反応はベルフェゴールだけではありません。この魔力は……まさか、エステリーナ!?』
アルテリアスの言葉を聞き、ジーク達は目を見開く。
「エステリーナがベルフェゴールと同じ場所に!?」
『いえ、場所は違います。ただ、エステリーナはかなり魔力を消耗しているようです。付近では魔王クラスの魔力反応もありますし……ああもう、何が何だか……!』
「くっ、どうしたら……!」
「ジークが水路に向かって」
焦るジークに、レヴィが言う。
「サタンは王都からかなり離れた場所に居て、そこからまだ動いてない。だけど魔物や魔王クラスはもう騎士団とぶつかる寸前。そっちの相手はボク達に任せて、ジークはエステリーナをお願い。勿論、合流した後はベルフェゴールの相手もね!」
「レヴィ……」
「ご主人様、私達なら大丈夫です!」
「正直役に立てるか分かりませんが、私も全力で魔物達の足止めをするつもりです。だからジーク、貴方も全力で」
「……分かった、こっちは任せてくれ!」
『それでは案内します、行きましょー!』
アルテリアスの指示を聞きながら駆け出したジークを見送り、レヴィ達は急いで加勢に向かう。直後、前方で騎士団と魔物の大軍が衝突した。
それを見たレヴィは一気に加速し、生み出した鎌を凄まじい速度で振るう。
この場に居る誰もが、今何が起きたのか分からなかっただろう。気が付けば、自分達に牙を剥こうとしていた魔物達の首が宙を舞っていたのだから。
「っ、相変わらず凄い速度ですね」
「彼女も魔神ですから。シルフィ、私達も行きますよ」
「了解です!」
短く言葉を交わし、シルフィも魔力を纏わせた鋼糸を別の魔物に巻き付け体を細かく切り刻む。その背後でシオンは魔法を放ち、飛行する魔物を撃ち落とした。
「ふふっ、二人共いい感じだね!」
戦場を駆けながら、レヴィはシルフィとシオンの活躍を見て笑う。そして別の魔物達目掛けて地を蹴り、圧倒的な魔力を以て蹴散らすのだった。
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僅かな振動を感じ、エステリーナは目を覚ます。それと同時に自分の状況を思い出したが、両手足に拘束具が付けられている為その場から動けず、歯軋りした。
視線の先には使用武具である槍をクルクルと回しているカレルが。エステリーナの目覚めに気付いたカレルは、口角を吊り上げ彼女に向かって歩き出す。
「おはようエステリーナ嬢。よく眠れたかな?と言っても、まあ君が意識を失っていたのは数分程度だが」
「くっ、拘束を解け……!」
「君が悪いんだ。わざわざ簡単に牢から出やすいようにしてあげて、その先で優しく君を迎えようとしていたのにねぇ。それなのにあの態度……こうするしかないじゃないかぁ」
魔力を炎に変えようとしたが、肝心の魔力を使えない。恐らく拘束具が魔力を封じ込めているのだろう。そんな彼女の頭を、カレルは勢いよく踏みつけた。
「ぐうっ!?」
「何故君のような美しい存在が、ジーク・セレナーデや魔神などとつるんでいるんだい?まさかとは思うが、洗脳でもされたのかい?その可能性は高いな。騎士団内でも君があれ程気を許している男など、兄であるイツキ・ロンドくらいだというのに。ジーク・セレナーデは君にとって何なんだ?んん?」
「彼は、友人だ!レヴィやシオン、シルフィ達も、私の大切な……」
「それは駄目じゃないかぁ!」
エステリーナの髪を掴み、持ち上げる。
「大切!?エルフ共はともかく、あの男まで大切だと言うのかい!?」
「それの、何が悪い……!」
「ぬうううッ─────」
怒りのあまりカレルが表情を歪めた直後、彼らの居る場所が激しく揺れた。
「っ、これは……」
「あぁ、君はまだ知らないのか。現在王都は魔物と魔王クラスに包囲されているんだ。恐らく戦闘が始まったのさ……魔神も来ている事だしねぇ」
「なっ!?」
「大切なジーク君達はその相手をしている頃じゃないかい?それはつまり、ここには誰も来ないって事さ」
それを聞き、エステリーナの顔色が変わる。魔力を使えないこの状況で、狂った男と二人きり。あの時の、エステリーナのトラウマとなった五年前の事件を思い出してしまい、吐き気と寒気に襲われる。
「そん、な……」
「はははははっ!さあ、もう私達の邪魔をする者はいない!思う存分楽しませてもらうとしようかぁ、エステリーナ嬢!」
「ふざけ、るな……!」
─────だからこそ彼らに協力した。ジーク君達を王都から遠ざけ、喉から手が出る程欲しがっていた情報を与え、今このタイミングで王都へと迎え入れた。そのお礼に、私は人を超越した絶対的な力を手に入れたんだ……!
「お前はそう言っていたな!それはつまり、魔物や魔王クラス、魔神に協力したという事か!」
「そうとも!いい加減凡人共と行動を共にするのが嫌になっていたのさ!だが、今の私は人という種族を超越した!そう、こんなふうにねぇ!」
次の瞬間、カレルの肉体が音を立てて変形する。肌は灰色に染まり、体は膨れ上がり、瞳は真っ赤に染まり、まるで魔族のような容貌へと。それを見たエステリーナは戦慄した。この男は、手に入れた力とやらで自ら人を辞めたというのか。
『見たまえこの姿を、感じたまえこの魔力を!これこそが真なる魔法!遺伝子情報を書き換え存在を魔族へと変える素晴らしき力!』
「そ、そんな事が……」
『可能なのさ、あの方なら!アルツェンに現れた魔物というのは、私と同じように魔族……いや、理性を保っていないから魔物かぁ。偉大なる魔法で魔物へと姿を変えた元人間なんだよ。くくっ、彼のおかげで特務騎士団は王都を離れてくれた。その間に私は君を捕え、あの方は調査を進める事ができたのさぁ』
「あの方とは、一体誰なんだ……!?」
『魔神ベルフェゴール様だよ!レヴィアタンなど比べ物にならない、私が忠誠を誓った偉大なる主だ!』
話を聞き、エステリーナは動揺する。今王都に現れた魔神というのはベルフェゴールの事で、何らかの調査を行ったという。このままでは、魔神側が圧倒的に有利な状況になってしまう可能性もある。何としても、この情報をジーク達に伝えなければならない。
「この、離せ!」
『まだ抵抗するのかい?ふぅむ、これは一度お仕置きをするべきだろうか……ああそうだ。ここで四肢を切断して目と喉を潰すのはどうだろう』
「っ、は……?」
『どのみち後で君は魔族になるのだからね。その時に傷は再生するさ。素直になってくれないと、私も泣く泣くそうするしかないのさ』
「何を、言って……」
『安心したまえ。君を待っているのは苦痛じゃない、天に旅立ってしまいそうなくらいの快楽さ』
────ああ、あの時もそうだった。暗い場所に閉じ込められて、毎日犠牲となる子供達の悲鳴を聞いて。それでも折れなかった彼女の心を、連中は無理矢理砕こうとした。
しかし、その直前に救いに来てくれたのは、彼女が誰よりも尊敬していた兄だった。彼があれ程までに彼女を中心に行動するようになったのは、間違いなくあの事件がきっかけだ。
ただ、その兄は今王都を守る為に戦っていて。頼れる仲間達もここには居ない。ならば、誰が自分を救ってくれるというのか。
「っ……」
駄目だ、折れてはいけない。
『おお、やはり泣き顔も美しい』
このような男の言いなりになってたまるものか。そう思いながらも、体の震えは止まらない。
『さぁて、そろそろ始めるとしようか。いい声で鳴いておくれよ、エステリーナ嬢……!』
「く、ぅ─────」
目を閉じ、これから自分を襲うであろう苦痛に備える。そんな時、何故か彼女の脳裏に浮かんだのは、いつも自分を守ってくれていた兄ではなく─────
「ジーク……ッ!」
『私達のエステリーナに手を出そうとしている愚か者がいるのは、ここですかーーーーーッ!!』
そんな、いつもとは違って怒りを感じさせる女性の声が響くと同時。天井が轟音と共に崩壊し、一人の青年がエステリーナ達の前に降り立つ。
『な、何だと!?もう私達の存在に気付いたというのか!?』
「こっちにはそういうのが得意な女神様と魔神様がいるんだ。まさかベルフェゴールとは違う魔力反応があんたのものだとは思わなかったけどな、第三騎士団長カレルッ……!」
先程とは違い、エステリーナの目から恐怖によるものとは違う、様々な感情が混じった涙が零れ落ちる。今まさに思い浮かべていたジークが駆けつけてくれたのだ。




