第10話:嫉妬する災厄の権化
『彼女は嫉妬の魔神。紋章の能力は、嫉妬すればする程自身の力が爆発的に上昇するというもの。彼女は貴方を手に入れる為に、様々な面で邪魔になるシオン達を始末するつもりなのでしょう』
アルテリアスの声を聞き、ジークは周囲を見渡す。シオンは気を失っているのか倒れたまま動かず、エステリーナも腹部を押さえて膝をついている。後ろに立つシルフィも、全身傷だらけで痛ましい姿だった。
彼女達をここまで追い込んだ、嫉妬する災厄がゆらりと鎌を構える。ジークはシルフィの頭を撫でた後、もし可能ならばシオン達を連れて安全な場所まで避難してくれと伝え、レヴィに向かって歩き出した。
「あぁ、ジーク……!やっぱり君だけだよ、こうして顔を見るだけで、こうして声を聞くだけで、ここまで胸が高鳴るのは……!」
「そいつは光栄だね。こんなに可愛い女の子に、ちょっとは意識してもらえてるって事かな?」
「欲しい、欲しいよジーク。君の全部が、ボクは欲しいんだ!」
消えた……いや、目にも留まらぬ速さで跳躍したのか。真上に姿を現したレヴィが、魔力を集中させた魔鎌を振り回した。
連続で生み出される水の刃があらゆるものを切り刻む。ほぼ全ての刃を回避したジークだったが、数発は彼の魔力を破ってその身に傷をつける。
「ほらほら、抵抗するだけ無駄なんだってぇ!」
「普通に話はできそうにないな、【身体強化】!」
アルテリアスの魔力で自身の筋力や動体視力を強化し、跳ねる度に刃をばら撒くレヴィ目掛けて地を蹴った。その速度に驚いたのかレヴィは一瞬目を見開いたが、空中で体勢を変えジークの首に鎌を振るう。
「これ以上暴れるな、馬鹿!」
「っ!?」
確実に首を捉えたかと思われた鎌だったが、結果は空振り。背後に回り込んだジークに押さえ込まれ、レヴィは動きを封じられた。
「君を殺せば、君は一生ボクのもの。ボク達は一生離れ離れにならない、ずっと一緒だよ……!」
「いいや、死なない。生きた状態でなら、俺はこれからもレヴィと一緒だ!」
「だったら!エステリーナやシオン、シルフィ達の事なんか話さないでよ!君はボクだけを見てればいいんだ!」
溢れ出た水がジークを包み込む。それに驚き力が緩まったのを感じた瞬間、拘束から抜け出しレヴィは鎌を振り抜いた。
刃は水の中で反応が遅れたジークの胸部を切り裂き、透明な水が真っ赤に染まる。しかし次の瞬間、ジークを包んでいたそれは派手に弾け飛んだ。
「いってえ……!」
『ジーク、大丈夫ですかー!?』
「あ、ああ、もうちょっと深かったらやばかったかも……」
傷は浅かったらしい。レヴィは歯ぎしりし、再びジークへの攻撃を開始した。
エステリーナ達では目で追えない程の、速すぎる攻防。ジークが魔力を纏わせた腕で鎌を受け止める度、金属音に似た音が響き渡る。
(これが魔神……魔王とはレベルが違う!)
防戦一方のジークだが、鎌を防ぐ度に腕から血が舞う。全て浅い傷ではあるものの、見れば腕は切り傷だらけになっていた。
『私の魔力を扱う事が可能なジークは、当然この世界で最強格の実力者。でも、彼女はあまりにも戦い慣れすぎている。今回は、手を抜いていては勝てませんよ』
「分かってる。だけど───」
殴る蹴るはできない。だからこそ、ジークはかつてない脅威……魔神を言葉で止めなければならない。
「レヴィ、話を聞いてくれ!」
「【魔槍グングニール】!!」
手に持つ鎌が水の槍に形を変える。全力で投げられたそれは猛スピードでジークに迫り、咄嗟に両手で掴んで受け止めたジークは後ろを見て目を見開く。
槍の勢いは衰えず、このままだと体を貫くだろう。しかし、ジークの後方には気を失ったシオンが。万が一槍から手を離した場合、死を迎えるのは自分だけではない。
「ぐうううッ……!」
「【壊水弾】!!」
何とか踏ん張っているジークに、数発の魔法が着弾する。激痛が全身を襲い、思わず膝をつきそうになったが、ギリギリで踏みとどまる。そして勢いよく回転し、そのまま遥か上空目掛けて槍を投げ飛ばした。
『わお、やりますねー!』
「アルテリアス、全魔力使わせてもらうぞ!」
『ええ、思う存分やっちゃってください!』
コントロールが上手くいくようになり、わざと魔力の大半を使用していなかったが、そんな事をしていては殺される。魔力を呼び起こしたジークは限界まで肉体を強化し、レヴィに肉薄した。
「っ!?」
「レヴィ、俺は本気だぞ!誰も殺させたりなんかしない、嫌がっても皆と本当の友達にしてやるからな!」
「こんのッ……!」
ジークの足元から水を噴出させ、それを避けたジークの顎を蹴り上げる。更に彼の腕を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
衝撃でジークの口から血が飛び出す。それでもレヴィは手を緩めず、無防備な腹部に拳をめり込ませる。
「ボクには友達なんて不要だ!」
「いいや、そういう事言って友達欲しいだろ!?」
「欲しいのは君だけだよ、ジーク!言ったでしょ!?これまでボクが望んで手に入らなかったものなんて、一つもないんだから!」
「本当にそうなのか!?」
レヴィの腕を掴み、痛みに耐えながらジークが声を張り上げた。
「レヴィが一番求めてるのは、自分の事を分かってくれる相手なんじゃないのか!?」
「はあ!?」
「さっきの話を聞いて思ったよ、海竜族は馬鹿な奴ばっかりだったんだなって!こんなに可愛くていい子を仲間外れにするなんて、全然レヴィの事が分かってなかったんだなって!」
「っ……」
「俺もまだ、レヴィの事を全然知らない!だから、これからもっと知りたいって思ってる!その為にはまず、レヴィと本当の意味で仲良くならなきゃいけないんだ!」
「黙れーーーーーーッ!!」
蹴り飛ばされ、瓦礫に突っ込む。痛む頭を押さえて顔を上げれば、これまでとは比べ物にならない程の魔力をレヴィが全身に纏わせていくのが見えた。
「ふふ、くふふふふっ……だったら勝負だね。ジークがボクのものになるか、ボクがジークのものになるか……!」
「上等だ、後で説教してやるからな!」
レヴィの姿が消える。しかし、ジークは彼女の動きを目で追っていた。移動場所は斜め後方。振り返り、強烈な蹴りを交差した腕で受け止める。
骨が軋んだが、なんとか踏ん張り目の前のレヴィに魔力を放って吹っ飛ばす。そして駆け出しレヴィに追いつき、肩を掴んでそのまま地面に押し付けた。
「よし、これで────」
『何を油断しているのですか!』
腹部に衝撃が走る。どうやら蹴り上げられたらしい。地面を転がり立ち上がったジークは、大量の魔法陣から飛び出し迫る水の弾丸に追われながら、更にレヴィが振るう鎌を避け続ける。
(まずいな、アルテリアスの魔力があるからギリギリ対抗できているけど、戦闘能力は圧倒的にレヴィが上だ……!)
「さっさとボクのものになるって言ってよ!他の誰も必要ない、ジークさえ手に入ればそれでいい!」
「その理由は!?」
「ボクのことを分かってくれるのは、ジークだけなんだ!!」
レヴィの攻撃速度が速度が増していく。反撃しなければ敗北は確実だが、少女であるレヴィに攻撃しようとすれば手が止まってしまう。
「何も悪い事をしてないボクを邪魔者扱いした海竜族とは違う!魔神だって知っても友達だって言ってくれるジークは特別なんだ!他の奴らなんか放っておいて、ボクだけを見てよ!!」
「ぐうっ!?」
連続で振るわれた鎌から無数の刃が放たれ、ジークの全身から血が噴き出した。激痛に襲われ倒れそうになるが、歯を食いしばって踏ん張り顔を上げる。しかし今の数秒で、レヴィはジークの前から姿を消していた。
「っ、どこに……」
『あちらです、シオン達の方!』
アルテリアスの声を聞いてそちらを向けば、猛スピードでシオン達に迫るレヴィの姿が目に映る。
「君達さえ死んじゃえば、ジークも余計な事を考えたりしなくなるよねぇ!?」
「そ、そんなわけないでしょう!?ご主人様をなんだと思っているのですか!」
風を操り無理矢理体を動かして、振るわれた鎌をギリギリで避けたシルフィ。そして糸をレヴィの全身に巻き付けるが、本気になった魔神をその程度で止められる筈がない。
「邪魔なんだよお前えッ!!」
「がはっ!?」
レヴィが糸を掴み、振り回す。それによってシルフィの体が浮き、そのまま勢いよく壁に叩きつけられた。
「レヴィーーーー!!」
「あはっ、あっははははは!!」
エステリーナが振り下ろした炎剣を受け止め、レヴィが笑う。この距離で魔力を浴び、表情を見てエステリーナは悟った。今のレヴィは、自身の力に呑まれかけていると。
「目を覚ませ!短い期間だったが、私達と過ごした日々が偽りだったとは言わせないぞ!」
「どうでもいいよそんなの!大切なのはジークと過ごした時間だけ、ボクのジークをお前達が奪おうとするな!」
剣を押し返されて体勢を崩したエステリーナを蹴り飛ばし、次に目を向けたのは気絶しているシオン。そんな彼女に魔法を放とうとしたが、寸前で割り込んできたジークに防がれる。
『紋章を制御できていませんね。愛に飢えていた彼女は、友達だと言ってくれたジークしか見えていないようです』
「そんなの、シオン達だって思ってるに決まってるだろうが……!」
『初めての経験だったのでしょう、正体を知っても対等な立場として認めてもらえたのは。だからこそ、自分を認めてくれた相手に近寄る存在が許せない。独占欲が抑えられないのです』
「くっ……!」
再びレヴィがジークに迫る。鋭く重い一撃を避け、弾き、受け止めながら、ジークはシオン達から距離をとっていく。
(強い……強すぎる。だけど、やっぱりそうだ。殺気の奥から感じる、殺したくないという思いは本物だ!)
鎌を弾き、蹴りを防ぎ、拳を掴む。そのまま鎌を地面に押し付け動きを封じ、ジークとレヴィは互いに力を込めながら睨み合う。
「こんなものッ!!」
しかし、振り上げられた足の爪先が腹部にめり込み、ジークは思わず吐きそうになる。それでもレヴィを離さず、反撃しないという考えを一旦頭から消した。
「いい加減に────」
「っ……!」
「しろぉ!!」
かなり加減はしてしまったが、放たれた頭突きがレヴィの額に直撃し、衝撃で小さな体が大きく仰け反る。
「っ〜〜〜〜、いったいなあ!!」
魔法を連発し、一旦ジークから跳び離れたレヴィ。思い通りに事が進まず苛立ちながら、紋章の力を更に引き出していく。
「ジークだけはボクの事を分かってくれると思ってたのに!いいからボクのものになるって言えーーーーーッ!!」
「違う!無理矢理手に入れた関係じゃ意味が無いんだよ!」
急接近してきたレヴィが振るった鎌を受け止めようとしたが、途中でレヴィは鎌を槍へと変えた。腕を交差したジークは、咄嗟に体を後ろへと倒して突きを避ける。
「俺はレヴィと友達になる為に戦ってるんだ!」
「【壊水柱】!!」
足元に浮かび上がった魔法陣から水が飛び出し、不意を突かれてジークは真上に吹っ飛ばされた。そこを狙い、跳躍したレヴィは元に戻した鎌を握りしめた……が、既にジークは目の前に居らず。
気配を感じて振り返った瞬間、強烈な拳骨がレヴィの頭に叩き込まれた。
「か、はっ……!?」
相当効いたようで、着地したレヴィがフラフラと体を揺らす。改めて今の自分がどれ程の力を持っているのかを知り、ジークはごくりと息を呑んだ。
「何なのさ、この威力……ッ!」
頭を押さえながら、レヴィが涙目で言う。
「ああもう、どうして!?ボクの方が強い筈なのに、どうして……!」
「確かにレヴィは強いよ。だけど、今のレヴィじゃ俺には勝てない」
「何を言ってるのさ!ボクは魔神だよ!?嫉妬の紋章だって使ってるのに!」
「レヴィはさ、優しい子だ。辛い思いをして、嫉妬の魔神なんかになっちゃったけど、それでもシオン達を生かしてるじゃないか」
「そ、そんなの、いつでも簡単に殺せるから……」
やはりそうだ。紋章に心を侵食され暴走気味ではあるが、彼女自身は誰も殺そうだなんて思っていない。そんなもの、今の表情を見ればすぐに分かる。
『貴方はジークを自分のものにしたいと言いました。しかし、当初はジークを始末する為接触してきた筈。この数日間で、心変わりしたのでしょう?この人達の優しさに触れて』
「う、ぐ……」
『女神として、貴方を排除しないのはどうかと思いますが……ジークがどうしても貴方と友達になると言って聞かないものですからー。仲間達は、貴方を歓迎する準備なんてとっくに出来てるんですよー?』
「な、仲間なんて……」
拳を握りしめ、レヴィがジークを睨む。彼女の脳裏に浮かぶのは、とある魔物を討伐すれば父と母も褒めてくれると言ってきた同世代の海竜達。その時に彼らが見せていた笑みの意味を理解していれば、こんな思いはしなくてよかったのに。
「仲間なんて、信じたところですぐにボクの事を裏切るんだーーーーーッ!!」
「っ!?」
叫び、駆け出したレヴィ。砲弾の如く突き出された拳を避けたが、その勢いのまま身を捻ったレヴィの回し蹴りが側頭部に直撃し、ぐらりと体勢を崩す。
「【激流波弾】!!」
その状態で至近距離から魔法を浴び、吹っ飛んだ先で巨大な水の球体に全身を包まれる。なんとか脱出しようと魔力を纏い直したジークだったが、その際頭の中に不思議な映像が流れ込んできた。
昔からノロマだったけど、成長してもその姿のままだなんて、海竜族の恥だわ!
お前には心底ガッカリしたよ。お前みたいな出来損ないが産まれてきたから、俺達は毎日馬鹿にされてるんだぞ
ちょっと、邪魔なんだけど
ちょうどいいや、今度から実戦だし肩慣らしでもしようぜ
良かったね、レヴィちゃんみたいな子でも皆の役に立てて
「何だよ、これ……」
『彼女の魔力を通して、かつての記憶が流れ込んできているようですが……』
蒼い竜達から、思わず目を逸らしたくなるような扱いを受けているのは、まだ今よりも少し幼いレヴィだった。
───ボクはね、元々海竜っていう魔族だったんだ。幼少期は君達人間のような姿だけど、成長すると竜の姿になる海の種族。だけど、ボクはどれだけ成長しても海竜にはなれなかった
当時は前代未聞の落ちこぼれ、海竜族の恥晒しだって……それはもう耐えられないくらい迫害されたよ。痛くて苦しくて、それと同じくらい皆が憎くて悔しくて……何度死のうと思ったか分からないくらい
彼女の話を思い出す。家族にすら、まるで他人のように邪魔者扱いされる日々。そんなものが続いた結果、彼女は自分以外の幸せに暮らす者全員に嫉妬し、力を求めたのだろう。
パパ、ママ!あ、あのね、前に言ってた強い魔物をね、ボク1人で倒したんだよ……!
更に時は経ち、両親に褒められようと、全身傷だらけになりながらも仕留めた魔物の首を持ち帰ったレヴィを待っていたのは、両親からの祝福ではなく。
自慢のつもりか!?その程度の雑魚、誰でも仕留めれるんだよ!お前みたいな出来損ないが、そんなのを殺ったくらいで歓迎されるとでも思ってたのかよ!
ほんっと迷惑!また私達まで笑いものにされるじゃない!あんたなんか、産まなきゃよかったッ!
その一言が、少女を魔神に変えた。暴走した災厄はその場で両親を殺害、数分と経たないうちに海竜族を全滅させる。
積み上げられた死体の山に立ち、涙を流しながら笑うレヴィ。それから強者を完膚なきまでに叩き潰す日々が続き────
魔神はお前だけではない。私は傲慢の魔神────お前が更なる力を求めるのなら、私のもとに来るがいい
『──────ジーク!』
「っ!?」
アルテリアスの声を聞き、ジークの意識は覚醒する。それと同時に魔力を放ち、周囲の水を消し飛ばした。
『もう、急に無反応になったからびっくりしましたよ!』
「わ、悪い……って、何だこれ!?」
顔を上げれば、空は魔力の輝きを帯びた黒雲に覆われ、雷鳴が轟いでいた。そして、遥か上空で右手を掲げ、凄まじい魔力を放ち続けるレヴィの姿が目に映る。
「アルテリアス、あれは……!?」
『【禁忌魔法】……魔神の切り札です。このままだと、王都ごと消し飛んでしまいますよー!』
「おいおい、マジかよ……!」
黒雲が渦を巻き、やがて形を変えていく。その姿はまるで超巨大な龍。その身に雷を纏う破滅の大魔法が、思わず耳を塞いでしまう程の咆哮をあげた。
「あっはははは!これがボクの力だよ!いくら君でも、これを防ぎきれる筈がない!」
『……言われてますよー、ジーク』
全魔力を右腕に集中させ、ジークは構える。いつも元気に笑っていたレヴィが抱える、深すぎる闇。魔神とか、そんなものは関係ない。自分達が、心から信頼出来る仲間になる為に。
「ボクは魔神だ!仲間なんて……友達なんて要らない!今ここで死ね、全部消し飛んじゃえええええッ!!」
「ッ───────」
次の瞬間、世界が震えた。
「【嫉妬する災厄の権化】!!!」
解き放たれた災厄が、眼下にあるもの全てを破壊する為地上へと迫る。それと同時、地面を踏み砕いて跳躍したジークは、全身全霊の一撃を禁忌魔法に叩き込む。
拳と魔法の衝突。これまで味わった事のない衝撃にジークは顔を歪めたが、ここで押し負けると間違いなく王都は壊滅する。
「ぬあああああああああッ!!!」
ジークには果てしなく長く感じられたが……時間にして、僅か一瞬。地上への落下が始まる寸前に、ジークは全魔力を解き放って全力で腕を振り抜いた。
「な、あ……!?」
災厄が、消える。駆け抜けた女神の魔力は空を覆う黒雲を消し飛ばし、光の粒が降り注ぐ。全ての魔力を禁忌魔法に込めたレヴィは、空中で体勢を崩してそのまま地上へと落下した。
「レヴィ!」
着地したジークが、ギリギリのところでレヴィを受け止める。それと同時に全身から力が抜け、レヴィを抱き寄せたまま思わず尻もちをついてしまった。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、助けたの……」
ジークの胸に顔を押し付けたまま、レヴィが言う。それに対して、ジークは当然だろと返事する。
「俺達、もう友達なんだからさ」
「っ……」
「レヴィは強い。だけど、もう1人じゃないんだ。辛い事や悲しい事があれば、俺達を頼ってくれればいい。友達って、そういうもんだろ?」
「ジーク……ごめん、もう暫くこのままでいい?」
「おう、俺の胸なんかで良ければ」
肩を震わせるレヴィの頭を撫で、ジークは頬を緩める。やがて、落ち着いたらしいレヴィは頬を赤く染めながら顔を上げた。
「あはは、ボクの負けだね。だけど駄目だよ。ボクは色んな人を傷つけたし、街だってボロボロ。きっと、許してもらえないと思うから……」
「そうかもしれない。だけどしっかり謝って、皆の為に頑張れば、きっとレヴィの事を認めてくれるよ。俺も手伝うからさ」
「ジーク……」
レヴィが、目を潤ませながら再びジークに身を寄せる。丁度そんなタイミングで、エステリーナ達が二人のもとに駆け寄ってきた。
「ジーク、レヴィ、無事か!?」
「ご、ごごごご主人様、あまり無理をしてはいけませんよ……!?」
「途中から気を失っていましたが、まさかこれ程までの激戦になっていたとは」
「っ、み、みんな……」
彼女達に気づいたレヴィが、俯いて身を震わせる。それを見たエステリーナは、すっかり弱々しくなってしまったレヴィの体を優しく抱き寄せた。
「ふふ、心配したんだぞ?」
「エステリーナ……ご、ごめんね、ボクのせいで……」
「私は気にしていないよ。シオンとシルフィも同じだ」
「ご主人様はレヴィさんを許しているようですし……私も、友達になれたらとは思いますよ」
「勿論私も」
「うっ……ふえええ……!」
とうとう声を出して泣き始めてしまったレヴィ。そんな様子を見てやれやれと苦笑していたジーク達だったが、突如目の前に現れた人物を見て飛び上がった。
国王陛下ダインその人が、笑顔で腕を組みながら立っていたのである。
「国王陛下、ご無事でしたか!」
「うむ、エステリーナもな。そしてジーク、どうやら戦いは終わったようだな」
「え、ええ、なんとか……」
「ぁ……あの……」
ダインを見て、レヴィが顔を青くする。彼がどのような立場の人間なのかは、エステリーナの国王陛下という言葉を聞けば分かる。先程まで暴れ回っていたが、今のレヴィはガタガタ震えていた。
「ごめ、なさい……ボク……」
「君がこの騒動の中心だな。ジークをここまでボロボロにするとは……もしや例の魔神か?」
「ダイン様、この子は確かに魔神ですが、そうなったのには理由がありまして……本人も反省しています。だから……」
「分かっている。しかし、これ程までの被害が出たのだ。魔神の子よ、君にはきちんと罪を償ってもらう」
「ダイン様……!」
自分を庇おうとするジークを手で制止し、レヴィは覚悟を決めてダインの前に立った。その状態で暫く見つめ合ってから、ダインはふっとその口元を緩める。
「幸い、怪我人は軽傷が数名。壊滅的な被害は一部のみ。その者達は私が治療費や修復費を支払おう。お主は皆にしっかりと謝罪し、復興作業を最後まで手伝う事。それが罰だ」
「っ、国王さん……」
「わっはっはっ!それにしても、まさか噂の魔神がこんなにかわい子ちゃんだとはな。また今度、是非食事でもいかがかな?」
苦笑する騎士達と共に、ダインはこの場を去っていった。そんな彼の背に深く頭を下げた後、レヴィは躊躇いがちにジークに体を向ける。
「ジーク、その……ボク、これからもここに居ていいのかな」
「そんなの当たり前だろ?ダイン様が言ってたように、しっかり謝って作業を手伝わないとな。勿論、俺も手伝うぞ」
「……うん、ありがとう」
ようやく見れた、満面の笑み。こうして、ジークにとって初となる魔神戦は幕を閉じたのだった。




