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異世界ディヴェルティメント〜不幸少年のチート転生譚〜  作者: ろーたす
第二章:嫉妬する災厄の権化
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第9話:魔神レヴィアタン

「くふっ、くふふふふ……やあやあ、皆さんお揃いで」

「あなたは……レヴィさん!?」


シオン達の前に現れた小柄な少女。変わらず余裕そうな笑みを浮かべながら、レヴィはスカートの裾を摘んで軽く持ち上げた。まるでどこかのお嬢様が挨拶をするように。


「……この魔力、先程から周囲に満ちているものと同じだ。まさか、街に魔物を放ったのは君なのか?」


エステリーナの言葉を聞き、レヴィは頷いた。そして、直前までとは打って変わって、獲物を見つけた猛獣のような、供物を前にした悪魔のような……そんな、獰猛で危険な笑みを浮かべてみせる。


「惜しいね。あれは魔物なんかじゃない……ボクの魔法さ」

「っ、何故そのような事を……!」

「あっははっ!そんなの決まってるじゃん、君達を殺す為だよ」


凄まじい殺気と魔力が容赦なく三人の全身を襲う。あまりにも圧倒的で絶望的な魔力。それを、子供にしか見えない少女が放っている。対抗する為に魔力を纏うが、思わず後ずさってしまう。


「わ、私達を狙う理由は?」

「んー?はぁー、わっかんないかなぁ。君達ってさ、ジークと仲いいじゃん?ボク、彼のこと気に入っちゃったんだよ。それこそ、ボクだけのものにしたいってくらいにね」

「ご主人様は、貴女のものなどでは……!」

「そうだねぇ。君達皆、多かれ少なかれジークに想いを寄せてるんだもんねぇ────だから邪魔なんだってぇ……!」


次の瞬間、レヴィの右手の甲に紋章が浮かび上がる。蒼白く輝くその紋章からは、彼女が放つ魔力とは違ったおぞましい力を感じた。


「ねえ、エステリーナ。最近このセレスティア王国を、この世界を騒がせてる連中って誰だっけ?」

「それは、七魔神と魔王クラス、魔族達だが……」

「七魔神ってさぁ、それぞれが罪を背負ってるんだよ。その罪は絶対的な力となり、その身のどこかに紋章となって顕れる」

「っ、まさか……!」

「この紋章は嫉妬……ボクこそが嫉妬の魔神、レヴィアタンだ」


雷に打たれたかのような衝撃。明るくすぐに誰とでも打ち解け、人懐っこかったこの少女が。共に王都を歩いて回ったこのレヴィが。世界を滅ぼす災厄、魔神だったというのだ。


ジークとアルテリアスからその可能性があるとは聞いていたが、彼もそれには否定的だった。しかし今、本人の口から、その事実が発せられたのである。


「そんな馬鹿な……」

「ふふん、別に信じなくてもいいよ?」


レヴィの頭上に小さな魔法陣が浮かび上がり、そこから圧縮された水の弾丸が放たれる。それは動揺しているエステリーナの頬を掠め、彼女の背後にある家に巨大な穴を開け、更にその奥にある建物を粉々に破壊した。


遅れて振り返り、エステリーナが顔色を変える。そんな様子を見て、レヴィは心底楽しそうに笑った。


「あっははははは!いいねぇ、その表情。ジークが来るまでまだ時間はあるだろうし、ちょっとだけ遊ぼうかなぁ!」

「くっ、二人共逃げろ!」

「「っ!?」」


先程放った魔法弾を、レヴィが更に数十個魔法陣から撃ち出す。三人は咄嗟にそれを避けたが、魔法弾は次々と家を破壊し、周囲一帯を一瞬で更地に変えてしまった。あまりにも破壊力の桁が違う。遊び感覚で魔法を放っているだけなのに、一撃でも当たれば間違いなく戦闘不能になってしまうだろう。


「どこ見てんのさッ!!」

「うっ!?」


地を蹴り、弾丸のようにエステリーナへと接近するレヴィ。そのあまりの速度にエステリーナは対応できず、握りしめられた拳に魔力が集中していくのを呆然と見つめ────


「させません!」


エステリーナ目掛けて腕を振り抜こうとしたレヴィの真下の地面が変形し、巨大な槍となって彼女を襲う。離れた場所からシオンが魔法を使ったのである。


「おっと」


しかし、レヴィは飛び出してきた地の槍の先端を掴んでおり、無傷。かなり高い場所まで槍は伸びたが、そこからでも誰かを殺すことは簡単だろう。


「エステリーナさん!」


レヴィが狂気的な笑みを浮かべると同時、シルフィが生み出した暴風が竜巻となり、槍の先端にいるレヴィを包み込む。そして、シルフィの声を聞いたエステリーナが、燃え盛る爆炎を竜巻目掛けて放った。


風と炎が合わさり、爆炎の竜巻と化す。ダメージを与えられたかは不明だが、魔神と判明した相手に手加減はできない。


(くっ、レヴィが魔神?ここまで人と変わらない容姿の少女が、本当に世界を殺す災厄だというのか……!?)

「いいねいいね、こうでないと」

「っ!?」


楽しげな声が聞こえた直後、爆炎の竜巻が弾け飛ぶ。エステリーナ達の目に飛び込んできたのは、地の槍の先端に立ちこちらを見下ろしている小さな怪物の姿。


これ程までに明確で絶望的な力の差を、ジーク抜きで一体どうやって埋めれば良いというのか。槍が弾け飛ぶ程の勢いで跳躍したレヴィを見つめながら、エステリーナは息を呑んだ。


「諦めてはいけません、エステリーナさん!」

「っ、シルフィ……!」

「先程レヴィさんはご主人様が来るまでまだ時間があると言いました。今ご主人様はこちらに向かっている筈です!」

「あっはははァ!」


シルフィが張り巡らせた糸を引きちぎり、レヴィが手のひらを地面に当てる。直後、全方位目掛けて放たれた衝撃波が周囲の建物を薙ぎ払い、それを浴びたエステリーナ達も吹き飛ばされた。


しかし、希望は見えた。自分達ではレヴィに勝つ事は不可能だとしても、ジークが到着するまで堪えれば……!


「あなたにジークは渡しません!」


シオンが生み出した岩石のハンマーがレヴィを殴打する。それすらもレヴィは手の甲で粉砕したが、その隙をエステリーナは逃がさない。


「唸れ、炎剣イフリート!」

「ん?」

「はあああッ!」


懐に潜り込んだエステリーナの炎剣が、無防備なレヴィを容赦なく弾き飛ばす。更に足元を踏み砕いて宙を舞うレヴィに接近し、連続で斬撃を放つ。恐るべき事に空中で体勢を立て直したレヴィはその全てを防いでみせたが、それでもエステリーナは止まらない。


振るうごとにその速度と威力を増す炎の剣技。だが、心底楽しげに笑うレヴィはその全てを受け止めてみせる。


(くっ、遊ばれている……!)

「もっと楽しませてよエステリーナ!」


地面に手を置き逆立ちの状態で剣を躱し、腕の力だけで真上へと跳ね上がったレヴィが、腕を振り切ったエステリーナを見て口の端を上げる。幾らエステリーナでも、その体勢ではレヴィが放つ一撃には対応できない。


ただ、この場にいるのは彼女一人ではないのだ。


「【守護岩兵ガーディアン】!」

「っ!」


生み出された岩石の巨人が、レヴィを地面に叩きつける。更に真後ろに姿を現したシルフィが暴風を発生させレヴィを吹き飛ばし、シオンが意図的に砕いた守護岩兵の破片が風に乗ってレヴィの全身を打ち付けた。


「これで本気を出していないなんて……!」

「絶望的な力の差ですね……」

「二人共……すまない、助かった」

「ええ、無事で良かった。ですが、まだ油断はできません。ほんの少しもダメージは与えられていないでしょうから」


視線の先で突っ込んだ瓦礫を押し退け、レヴィが立ち上がる。手加減していたとはいえ、ここまでやられたのが気に食わないのか。浮かび上がった紋章が、これまでよりも輝きを増していた。


「うーん、邪魔しないでほしかったなぁ。今のは少しイラッとしたよ」

「っ、この魔力の高まりは……!」

「ジークが来た時に壊してあげようと思ってたけど、もういいや。これまでのお礼に、今グチャグチャにしてあげるよ!」


大地が、大気が震える。災厄が、吠える。その身を無理矢理揺さぶられた世界が啼いている。シオンとシルフィが言葉を失う中、エステリーナだけが残りの魔力全てを解放して駆け出したが、もう既にレヴィは前方に居らず。


「きゃああっ!?」

「うあっ!?」

「なっ……!」


振り返れば、シオンとシルフィがレヴィの魔法を浴びて地面を転がっていた。今の一瞬で、背後に回り込まれたのか。衝撃を受けながらも、エステリーナは再度レヴィ目掛けて地を蹴る。


そんなエステリーナを嘲笑うかのように、ブレる程の速度で同じく地を蹴ったレヴィが、がら空きの腹部に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。


「がっ……!?」

「あっははは!ジークはボクのものだよエステリーナァ!」

「ぐぅ、彼は誰のものでもない……!」

「君はまだ友情以外そこまで感じられないけどさぁ、ある意味君みたいなのが後々一番邪魔になるんだってぇ!」


衝撃で浮いたエステリーナを真上に蹴り上げ、レヴィが手元に魔力を集中させる。


「顕現せよ、【魔鎌ロア】!!」


そして、集められた魔力が水の魔鎌を生み出した。そんな自身の身長よりも巨大な鎌を握り、レヴィが勢いよく踏み込む。


「なっ!?」

「死ぃねえええええッ!!」


振られた鎌が、目にも留まらぬ速さで更に巨大化する。一瞬で目の前まで迫ってきた刃を見て、エステリーナは息を詰まらせた。


この状態で避ける事は不可能。だからといってこれを受け止めようとすれば、間違いなく剣ごと胴体を切断されるだろう。しかし死を覚悟した直後、エステリーナの体に糸が巻き付いた。


「っ、シルフィ……!」

「もう少しでご主人様が到着する筈です。それまで、諦めてはいけませんよ!」


僅かに刃が腕を掠めたが、ギリギリ躱す事には成功した。空中で体勢を立て直して着地したエステリーナは、鎌を手に悪魔のような笑みを浮かべる災厄を見て汗を垂らす。


天と地以上の実力差。最早次元が違う相手を前に、ただの人間である自分が何をできるというのか。


「あっはは、来ても間に合わないよ。ボク達がデートした場所からここまで、どれだけ離れてると思ってるのさ」

「なら、何故あなたは……!」

「ボクは水の魔法を極めている。周囲の水を操って、海から川へと移動……そのまま王都まで来たってわけ。勿論、ジークでも追いつけない速度でね」

「そ、そんな……」

「だからもう諦めて、ボクに殺されときなよ。苦しむより楽に死にたいでしょ?」


軽く振られた鎌から水の刃が放たれ、周囲の建物が一斉に切断された。そんな光景を見ながら、エステリーナは拳を握りしめる。これ以上被害を拡大させるわけにはいかないが、自分達が死ななければレヴィは止まらない。


勿論騎士として、最期の時まで背を向けずに戦いたい。しかし、それでは無関係な人達が死んでしまうかもしれない。それならば、ここで剣を降ろすのが正解なのではないだろうか。


「……いや」


諦めてはならない。顔を上げ、エステリーナは剣の切っ先をレヴィに向ける。


「レヴィ、君はどうして私達を殺さない」

「は?何言ってるの、今から殺すって言ってるよね?」

「なら今すぐ殺すといい。ジークが戻ってきた場合、君の私達を殺すという目的は恐らく叶わなくなるぞ」

「生意気な事を言うね。別にジークが加わったところで、君達なんてボクの相手じゃない。その気になれば、まとめて────」


炎がレヴィの言葉を遮る。


「そんな顔で、そんな事を言うなレヴィ」

「……!」


エステリーナの瞳に映る、何かに耐えるように表情を歪めるレヴィの姿。それを見て確信する。彼女は魔神だが、分かり合う事が不可能な相手ではないのだと。


「嫉妬の魔神……先程から君の手に浮かんだ紋章の輝きが増し続けている。徐々に感情がコントロールできなくなってきているのではないのか?」

「はあー?」

「君は確かに私達を始末しようとしているが、同時にそれを阻止しようともしている」

「気持ち悪。勝手に変な想像しないでよ」

「詳しい理由は分からない。ただ、先程から広範囲に魔法を放ったり市民を傷つけたりしていないだろう?それは、君が心の底でそうする事を望んでいないからではないのか?」


苛立ちを隠そうともせず、レヴィが踵を地面に叩きつける。


「うるさいよ。人間程度が、ボクを分かった気になるな」

「ああ、私はまだレヴィの事を全然知らない。これから知っていくんだ、ジーク達と共に」

「知らなくていい、ここで死ねッ!」


駆け出したレヴィが、鎌を勢いよく振る。その際放たれた水の刃が周囲の建物を綺麗に切断したが、エステリーナは前方に転がりそれを回避。地面を滑らせた剣に炎を纏わせ、レヴィを真上に弾き飛ばした。


「シオン、シルフィ!」

「【縛地牢ガイアプリズン】」


そんなレヴィに大量の瓦礫が殺到。空中に出現したのは巨大な瓦礫の塊。シオンの魔法により生み出されたそれに、今度はシルフィが風魔法を集中させる。


「【大天暴風タイラントテンペスト】!!」


竜巻が瓦礫に封じられたシルフィを包み、凄まじい風を発生させた。かなりの魔力が込められたこの魔法は、内部に真空の刃を生み出し瓦礫を容赦なく切り刻む。


「炎剣イフリート、魔力解放!」


剣に蓄積されていた魔力全てを解き放ち、エステリーナは勢いよく踏み込み────


「奥義───【鳳凰炎断ほうおうえんだん】!!」


燃え盛る爆炎が鳳凰の姿となり、シルフィの魔法ごと盛大に爆ぜる。上空を駆け抜ける衝撃と熱波。眩い光が王都を照らす中、エステリーナは一切油断せずに剣を構え続けた。


今の一撃ならば、たとえ魔王クラスであろうとひとたまりもないだろう。それでも、相手はエステリーナ達の何もかもを上回る。


「だから無駄なんだってえええッ!!」

「な────」


荒れ狂う水が周辺一帯を薙ぎ払う。それに巻き込まれたシルフィとシオンは壁に激突し、そのまま戦闘不能に陥った。咄嗟に反応して躱したエステリーナも、空中で腹部に蹴りをくらって地面に叩きつけられ、身動きが取れなくなる。


「ぐっ、うぅ……!?」


たった一撃で、勝負がついた。レヴィにとって、この程度は戦闘にすら含まれないのかもしれない。怒りと悲しみに満ちた瞳で自分を見下ろすレヴィを前に、エステリーナはただ痛みに耐える事しかできなかった。


「終わり?呆気ないね、エステリーナ」

「まだ、だ……!」

「あっそ。ボクはもう君の相手をするのに飽きちゃったよ」


立ち上がろうとしていたところを足裏で蹴り飛ばされ、瓦礫に突っ込む。


「これで分かったでしょ?ボクは魔神、君達とは同じ土俵に立っていないんだ。それなのに醜く抵抗しちゃって、その先に何があるっていうのさ」

「…………」

「もう喋る元気もないんだね。じゃあ、これで本当に終わり。その後はシオンとシルフィも、すぐ君のいる世界に送ってあげるから」


もう既に辺りは暗くなっており、満天の星空が目に映る。月明かりを反射した鎌が怪しく輝き、エステリーナの首元に狙いが定められたのが分かった。


「それじゃあ、バイバイ」

「っ─────」


数秒後、自分の首がだらしなく地面を転がる筈。しかし、いつまで経っても鎌を持つレヴィの手は動かない。よく見れば、ボロボロの状態で立ち上がったシルフィが、レヴィの鎌に糸を巻き付けていた。


「……ねえ、何のつもり?」

「私はご主人様に全てを捧げると誓いました。あの方があなたと共に過ごす道を選ばれるのならば、この命燃え尽きるその時まで、私は全力で時間を稼ぎます!」

「馬鹿みたい。なら、君から死になよ」


糸がバラバラに切れた直後、既にシルフィの目の前でレヴィは鎌を振っていた。それに気づいたシルフィがその顔を絶望に染め目を見開く。もう、遅い。レヴィは顔を出そうとする感情を殺し、そのまま鎌をシルフィの首に────


「させるかああああッ!!」

「なっ!?」


次の瞬間、衝突音と共に鎌が跳ね返された。後方に身を踊らせながらレヴィが見たのは、尻もちをついたシルフィの前に立つ、神々しい魔力を纏う青年の姿。


「あ、ぁ……」

「シルフィ、シオン、エステリーナ。待たせてごめん、あとは俺に任せてくれ」

「ご主人様……!」

「あっはは!思ったより速かったね。一体どんな能力を使ったのかな?」

「別に、全力で走ってきただけだ……!」


肩で息をするジークを見て、レヴィは恍惚とした表情を浮かべた。

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