第7話:疑い、そして
自宅へと戻り、全員へプレゼントを渡し終えたジークは、エステリーナからレヴィの話を聞いて驚愕した。
最早何が起こっているかすら分からない、一方的な展開だったという。向こうでどっちのネックレスの方が綺麗かという話をシルフィとしているレヴィが、まさかそれ程の強さを誇るとは。
幸いイツキに怪我はなかったようで、安心する。ただ、別の意味では安心できない。
『……可能性、高くなってませんかー?』
「それは……」
アルテリアスが冗談っぽく言っていた、レヴィが魔神であるという可能性。女神から見ても、イツキは魔王クラスと同等かそれ以上の実力者。そんな彼を圧倒してみせたというレヴィは、とんでもない努力家か魔神の二択ではないだろうか。
「いやいや、そんな筈ないって」
『むぅ。でも確かに、彼女が魔神なら一発で分かりますもんねー。この状態でも私、魔力を探るのが得意なのでー』
「なら、レヴィがどれだけ魔力を持っているのか分かってるんじゃないのか?」
『うーん……それが、感じるのはエステリーナと同等の魔力なんですよねー。エステリーナも魔王クラスに匹敵する魔力保有量ですけど、それだとイツキをボコボコにするというのは……』
「何の話をしているんだ?」
小声でネックレス状態のアルテリアスと会話していると、エステリーナがジークのいる場所にやって来た。彼女は先程ジークに貰ったリボンを早速使っており、それで髪を束ねている姿は非常に可愛らしい。
「ん、ちょっとな……そうだ、エステリーナに聞きたい事があるんだけど」
「ああ、どうした?」
『私達は小声どころか脳内で会話できますけど、エステリーナと話をするなら場所を変えた方がいいと思いますー。万が一聞かれると、彼女が何者であったとしても嫌な気分になるでしょうからー』
「確かにそうか。悪い、エステリーナ。ちょっと散歩に付き合ってくれないか?」
「ふふ、私でよければ」
さり気なく席を立ち、エステリーナと共に外へ出たジーク。そのまま彼女と共に家の近くを歩きながら、ジークは先程聞こうとした事を口にする。
「エステリーナは、間近でレヴィとイツキさんが闘うのを見てたんだよな?」
「ああ、それはさっきも言った気が……」
「その時、レヴィはどんな様子だった?」
そう聞かれ、エステリーナは顎に手を当てた。
「ふむ……笑顔だった」
「そりゃ何ともあの子らしいけど……」
「それと、手合わせの後も、レヴィは笑みを浮かべていた。だけどその笑みを見た途端、私は背筋が凍るような感覚に陥ってしまってな」
「え……」
「もしかしたら見間違いなのかもしれない。だけど、あの時見た彼女は────」
「何の話してるの?」
驚きのあまり、ジークとエステリーナは同時に振り返った。そこに立っていたのは、不思議そうにこちらを見つめるレヴィ。向こうからは、シルフィとシオンも歩いてきている。
「い、いや、今のは……!」
「誰の話?彼女とか聞こえたけど」
「ノ、ノエルさんの話だよ!第一騎士団の副団長でな、あの人が変な服装で歩いてた気がするって話だ!」
「あはは、そうなんだ。でも二人共、ちょっと驚きすぎじゃない?やらしい話でもしてたんじゃないのー?」
「ど、どうだろうなー。は、ははは……」
誤魔化せたか、と。ジークは冷や汗を垂らしながらレヴィを見つめる。暫く頬に指を当てて何かを考えているような素振りを見せたレヴィだったが、すぐに笑みを浮かべてそういう事にしておいてあげると二人に言った。
『神出鬼没ですねー。油断も隙もありません』
(ああ、今のは本気でやばいと思ったよ)
「ご主人様、具合が悪いのですか?少し顔色がよくないように見せるのですが……」
「え?いや、大丈夫だよ。ごめんな、心配させちゃって」
「いえ……ふふふ」
頭を撫でてやると、シルフィは気持ち良さそうに目を閉じた。どうやら撫でられるのが好きらしい。こうして何かあれば彼女の頭を撫でるのが、最近癖になってきている気がするとジークは思う。
「それで、ジーク。エステリーナさんと突然二人で散歩を始めた理由は?」
「そ、それはだな……」
「おや?皆さん、こんな所で会うとは偶然ですね」
『あらー、彼女は確か……』
まずい。ジークとエステリーナが顔を見合わせる。このタイミングで現れたのは、先程二人の適当な嘘に登場した第一騎士団副団長のノエルだった。
「ノエルさん、こんにちは」
「ふふ、こんにちはシルフィ。ふむ、見慣れない子がいますが……そちらの彼女、団長を打ち負かしたという少女ですか?」
「うん、そうだよ。お姉さんはノエルって言うんだね。さっきジークとエステリーナに、変な服装で歩いてたって言われてた人だ」
「ほう……?」
「「ひいっ!?」」
じろりと見られ、ジークとエステリーナが後ずさる。
「まあいいでしょう、時間がある時に書類整理でも手伝ってもらうので」
「ま、マジですか……」
「それよりエステリーナ、そのリボンは?」
「これですか?これは、先程ジークから貰ったものです」
「とても似合っていますよ。ふむ、贈り物ですか。なかなか攻めていますね、ジーク君」
「何の話でしょうか?」
何か誤解されている気がしないでもないが、あまりここに引き止めておくのは申し訳ないと思い、皆を連れてジークが歩き出そうとした───その直後。
『ジーク、魔族反応ですー!感知地点は王都から西に約1200、これは……恐らく魔王クラスかと』
「っ、遂に王都付近にまで現れましたか」
アルテリアスの声を聞き、全員が意識を切り替える。
「俺達が魔王クラスの相手をします。ノエルさんは、イツキさん達に報告を」
「ええ、分かりました。エステリーナは?」
「私もジークに同行します。王国を守護する騎士として、魔王クラスの出現を無視する事はできませんので」
ノエルと別れ、ジーク達は魔王クラス出現地点へと向かった。その最中、前方から魔物──ダイナウルフの群れが迫り来るのが見え、それぞれ魔力を纏って迎え撃つ。
「【地壊槌】」
まずダイナウルフの動きを止めたのが、シオンが生み出した岩石の巨槌。それを地面に叩きつけた瞬間、前方目掛けて衝撃波が発生したのだ。
それを浴びて吹っ飛んだダイナウルフ達の体に、無数の糸が絡みつく。それはシルフィが放った鋼糸。鋼の如き強度を誇り、簡単には切断できない。
「はあッ!」
勢いよくシルフィが糸を引けば、食い込んだ箇所から血を噴き出しながらダイナウルフの全身が切り刻まれる。更にシルフィは風を纏って疾走し、糸から逃れたダイナウルフ達を次々と屠った。
「私も負けてられないな……!」
それに続いたのは、炎剣を手に駆けるエステリーナ。剣から放たれた剣閃は敵に当たると同時に炎を周囲に撒き散らし、的確にダイナウルフの身を焼き尽くす。それを掻い潜って接近する個体もいたが、接近戦ではエステリーナの相手にはならない。
「ふんッ!」
ジークも拳に魔力を纏わせダイナウルフの相手をするが、レヴィがこちらを見ている事に気付いて首を傾げる。話ではイツキを完膚なきまでに叩きのめしたというが、彼女だけはダイナウルフの相手をしていない。
まるで、ジークの動きを観察しているようだった。
『ジーク、集中しなさい!』
「っ……!」
レヴィに気を取られていた時、アルテリアスの声が耳を叩いた。直後、周囲が暗くなった事に気付いて顔を上げる。
「なっ!?」
咄嗟に飛び退くと、直前まで立っていた場所に巨大な岩のようなものが落下。派手な音と共に地面は砕け散り、辺りに石が降り注ぐ。
「ぐえっへ、へへ、へ……人間、いっぱい、全部、溶かす……」
「な、なんだぁ?」
現れたのは、壺のような見た目の怪物。横の部分から膨れ上がった魔族の上半身が生えており、涎を撒き散らしながら気味の悪い笑い声を出していた。
「これがあれ?魔王クラスってやつ?」
「ああ、多分な……」
「ジーク、来ますよ!」
壺型の魔王が何度か壺を叩く。すると、中からまるで噴水のように紫色の液体が飛び出した。それはかなりの広範囲に雨の如く降り注ぎ、全員の全身へと付着。次の瞬間、煙が発生したと思った時には皆の服が溶け始めた。
「んなっ!?」
「ひっ……!?」
「きゃあああっ!」
シルフィとシオンが顔を真っ赤にしながら座り込む。見れば、エステリーナの鎧さえもが溶かされていた。ジークはアルテリアスの魔力が降り注いだ液体を弾いたので無事だったが、大惨事である。
「ありゃりゃ、服が……」
「ぶっ!?」
そして、いつの間にか隣に歩いてきていたレヴィの服も見事に溶けていた……が、彼女は他の女子達とは違って特に気にしていないようで、謎の笑みを浮かべながらジークを見つめてくる。
「ジークったら、えっちだねぇ」
「お、おい、くっついてこようとするな!」
『ああもう、何をしているのですか貴方達はー!』
アルテリアスの声が響くと同時、跳躍した壺の魔王がジーク達の前に着地する。
「ぐえへ、へ……まず、服溶かす……それからお前らの肉、食べる……」
「ぐっ、おのれッ……!」
髪の毛の同じ程顔が赤いエステリーナが、炎剣で魔王を斬り飛ばす。衝撃で地面を転がった魔王はそのまま岩にぶつかり、奇妙な悲鳴を発し始めた。
「え、エステリーナ……!?」
「よくもやってくれたな魔王め……!ジークから貰ったリボンまで溶けてしまうところだったじゃないか……!」
エステリーナの剣に魔力が集中する。よく見ればシルフィとシオンも凄まじい魔力をそれぞれ集めており、強力な魔法が放たれるのだとすぐに分かった。
しかし、唯一呑気に戦闘を眺めていたレヴィが、笑みを浮かべながら口を開く。
「上から来てるよ」
「え……なっ!?」
遅れて気付いた。猛スピードで迫っていたのは、先程服を溶かしたものに似た色の液体。回避しようにも、もう遅い。それが降り注ぐと、シオン達の体を不快な感触が襲った。
「こ、これは……!?」
「ひいっ、ネバネバして気持ち悪いです……!」
液体は相当ネバネバしているらしく、地面と接着されて動けなくなる女子達。そのせいで大事な部分が隠せなくなっており、助けを求められながらもジークは急いで背を向ける。
「え、レヴィ……?」
そして見た。先程溶かされていた服に身を包み、呑気に魔王のもとへと歩くレヴィの姿を。
「ぐへ、へぇ、お前、なんで、溶けない」
「さあ?無い知恵を絞って考えてみなよ」
「何様、だ、小娘、私は、魔王だぞ」
「そうなんだ、ふーん。魔王ねぇ……」
「お前、ムカつく、潰れて、死ね」
「っ、レヴィ!」
そんなレヴィに、壺の魔王が丸太のような腕を振り下ろした。しかし、レヴィはその場から動こうとはせず。それどころか、その腕を片手で受け止めてみせた。
衝撃波が駆け抜ける。足元が砕け散る程の破壊力。それでも、魔王の一撃は少女の腕をピクリとも動かす事ができない。
「ぐひ、馬鹿、な!」
「君さぁ、仮にも魔王なんだよね?これでもボクと君の違い、分からないのかなぁ……!」
「ヒィっ!?」
じわりと、レヴィの体から溢れ出した魔力。それを感知した瞬間、アルテリアスが激しく動揺したのが魔力を通してジークには分かった。
「ま、まさか、そんな……!?」
「あまり調子に乗らないようにね、雑魚なんだから」
「ギッ─────」
命が砕け散る、嫌な音。風を切って放たれた小さな拳が、胴体ごと壺を粉砕したのだ。あまりにも圧倒的な、レヴィの実力。それを見て、この場にいる全員が息を呑む。
『……ジーク』
「ああ、分かってる」
心臓が、かつてない程暴れている。そんな激しい動揺を悟られないようジークは何度も深呼吸をし、目の前までやって来た少女と共にシオン達を救出した。




