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異世界ディヴェルティメント〜不幸少年のチート転生譚〜  作者: ろーたす
第一章:少年達は運命に出会う
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第3話:王都アリスベル

「ま、魔神……!?」


騎士団長専用の馬車内で、ジークの話を聞いたエステリーナが額に汗を浮かべる。無理もない。これまで魔王が魔界の最高戦力だと思っていたが、それよりも遥かに強大な化物……魔神が存在していると知ってしまったのだから。


『私達も姿を確認したわけではないですけど、かつての大戦と同じように敵側は魔神を中心に動いている筈ですー。魔王二人が討たれた話はもう伝わっているでしょうし、魔神が表に出てくるのも時間の問題かもしれませんねー』

「確か、魔神は七人いるんだったよな?」

『そうですねー。歩く災厄、息をする天災とでも言いましょうかー。当時はバラバラに行動していたので何とかなりましたけど、あれが一斉に襲ってきたら恐ろしいですー』


ジーク、シオン、エステリーナが同時に息を呑む。魔王相手に各地で騎士団は壊滅的な被害を受けているというのに、もし魔神と相対してしまった時はどうすればいいというのか。


『まあ、現代の魔神がどれ程の強さを誇っているのかは不明ですが、脅威である事には変わりませんよー』

「現代の魔神……大戦でアルテリアス様が討った魔神達とは別の存在なのですか?」

『二度と復活出来ないよう、完全に存在ごと滅ぼしてやりましたからー。ただ、厄介な事に、彼らが持つ特殊な力はあれから受け継がれていたようですのでー……』

「なるほど。別の存在でも、能力は同じという事ですか」


エステリーナがメモ帳に聞いた話を丁寧に書き込んでいく。そんな様子を見ていたジークだったが、視線を感じたので自分の隣に座るシオンに目を向けた。


「どうした?」

「……今、どこを見ていたんですか」

「ん?いや、真面目だなって思ってメモ帳を見てただけ───」


そこで気付く。ガタンと馬車が揺れる度、同じく上下に揺れる豊満な果実の存在に。今のエステリーナは鎧を着ていないので、その大きさがよく分かる。ジークは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「……変態さんですね」

『やーん、しょうがないですねぇ。我慢できないのでしたら、私が一肌脱いであげましょー』

「いや待て、今のはだな……!」

「……?」


突然盛り上がり始めたジーク達を見てエステリーナは不思議そうな顔をしていたが、徐々に姿を見せ始めた都市を確認し、持っていたメモ帳をポケットの中へと戻した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







白銀の都、セレスティア王国の心臓。王都アリスベルは、間違いなく大陸で最も美しく、そして発展した大都市である。


人口はおよそ10万人。象徴である王城、都市を囲う壁をはじめ、建物の大半が純白の素材で作られているのが特徴で、生まれた時から住み続けているエステリーナでさえも、思わず圧倒される程の光景だった。


「こ、これは凄いな……」

「王城があれ程巨大な建物だとは思っていませんでした……」

『へぇー、天界の神殿みたいで綺麗ですー』


それぞれが感動している様子を見てエステリーナは頬を緩めていたが、不意に嫌な予感がしたので振り返る。すると、案の定予想していた人物が、猛スピードでこちらに向かって走ってきているのが見えた。


「エステリーナ、無事だったかーーーーッ!?」

「ちょっと、兄さん……!?」


その人物はそのままエステリーナの目の前で止まり、彼女の全身を見開かれた目で見て回る。団員達はいつもの光景だと苦笑し、ジークとシオンは目を見合わせる。


「兄さん?」

「え、あ、ええと……」

「怪我はないな!?魔王討伐に向かったと聞き心配していたんだぞ!勿論エステリーナの誇らしいまでの実力は分かっている。しかし、愛する妹を心配する事の何が悪いというのか……!」

「に、兄さん、恥ずかしいから……!」


その人物は、顔を真っ赤にしているエステリーナと同じ赤髪が特徴的な男性だった。そして、エステリーナが彼を「兄さん」と呼んだという事は……。


「エステリーナさんの御家族の方ですか?」

「む?これは失礼。我が麗しき妹が友人を連れてきていたとは。俺はイツキ、エステリーナの兄だ」

「シオン・セレナーデと申します。よろしくお願いします」

「はじめまして、ジーク・セレナーデです。エステリーナさんとはブロッサムで知り合って……」

「……ジーク?は、はは、随分男らしい名前じゃないか」


エステリーナの兄、イツキの顔色が変わった。それに気付いていないジークは、素直にありがとうございますと言って頬を掻く。


「まあ、なんだ、その。君はどうして男装をしているんだ?ああ、もしかして趣味だったか?それはすまない」

「男ですけど!?」

「エステリーナが男の友人を連れてくるわけがないだろうッ!?あ  り  え  ん!」

「いい加減にして、兄さん。彼は正真正銘私の友人です。それと、命の恩人でもある」

「嘘だーーーーーーーッ!!」

『濃い人ですねー』

「濃すぎるだろ……」


シオンに至っては若干引いていた。


「す、すまないジーク。一応第一騎士団の団長で、王国一の騎士とまで言われている人なんだ。実力は本物だから、その……」

「エステリーナが、俺を褒めて……!?」

「いちいち反応しなくていいから!」


仲良しだなと、ジークは苦笑する。と、そんなジークの前を通過し、感動しているイツキの頭を叩いた人物が一人。


イツキは突然そんな事をされて怒っていたが、顔を上げてその人物を見た途端、汗を垂らしながら引き攣った笑みを浮かべた。


「書類整理を放ったらかして何処に行ったのかと思えば、またエステリーナにちょっかいをかけていたのですね。馬鹿なのですか?度が過ぎたシスコンは、その大切な妹から嫌われる原因になるのですよ?あの、聞いていますか?団長?」

「い、いや、これはだな」

「ノエルさん、お久しぶりです……」

「ふふ、エステリーナもきちんと注意しましょうね。団長は貴女の優しさに甘えているだけですので」


そう言って、ノエルと呼ばれた女性がジークとシオンに目を向ける。長い茶髪に眼鏡が良く似合う、知的なイメージの女性である。実際、イツキの耳を引っ張っている方とは逆の手で、分厚い本を持っていた。


「貴方達も、不快な思いをしたでしょうけど許してください。本人に悪気がない所が厄介なもので……」

「だ、大丈夫です。仲が良いのは素晴らしい事だと思うので」

「いい子すぎて涙が出そうです……貴方、第一騎士団に入りませんか?」

「い、いえ、遠慮しておきます」


ノエルは少し残念そうに息を吐いた後、そのままイツキを引っ張っていった。相当強い力で耳を握られているのだろう。イツキの絶叫は、姿が見えなくなっても聞こえていた。


「エステリーナ、ノエルさんって……」

「ああ、第一騎士団の副団長だ。彼女は鎧や剣を必要としていない根っからの魔道士で、魔法の扱いに関しては王国一かもしれない」

「凄いな。王国一の剣士と王国一の魔道士か……」

「ふふ、王国最強は魔王を素手で倒してしまうジークだと思うが。さて、そろそろ王城に向かおう。皆は指示があるまで待機していてくれ」


団員達にそう言ってから、エステリーナはジーク達を連れて王城へと向かった。途中、エステリーナに道行く人々の視線が集中していたが、本人はジーク達との会話に夢中で気付いていなさそうだった。どうやら若くして騎士団長になった為、気軽に話せる同年代の友人が少ないらしく、この時間が楽しいらしい。


「ところで気になっていたのだが、ジークとシオンはお付き合いをしているのか?」

「「はっ!?」」

「ん、違うのか?私はてっきり……ほら、ジーク・セレナーデとシオン・セレナーデだし……」

「い、一緒に住んでるだけだよ。な、シオン」

「……まあ、そうですけど」


エステリーナは二人の関係を何となく察し、この事についてはあまり深く聞かないでおこうと決めた。









「魔王を二人討ち取った……だと?」


アリスベル王城会議室。限られた者しか足を踏み入れる事が不可能なその場で、第一騎士団長イツキが目を細める。その瞳には表情に緊張を滲ませたジークが映っているが、それに答えたのはエステリーナだった。


「魔王アルターの討伐現場は目撃していませんが、先日魔王グィンガムを討伐する事ができたのは彼のおかげです。全滅寸前だった私達を、彼は救ってくれました」

「エステリーナの言葉を疑うつもりはないが、何故それ程の実力者が今頃姿を現した?」

『それについては私が説明しますー』


ジークが持つネックレスが光を放ち、彼の背後にアルテリアスが姿を現す。それを見た騎士達は目を見開き、視線を浴びているアルテリアスは「モテ期ですかね?」と呑気にジークへ話しかけた。


「……貴女は?」

「女神アルテリアス……と名乗れば分かりますか?」

「っ、馬鹿な、伝説の女神本人だと言うのか!?」

「信じるか信じないかはお任せしますけどー。まず、ジークが魔王を凌駕する力を持っている理由は、私が魔力を貸しているからですー。今頃姿を現したというのも、貸したのがこの前だからですねー」

「では女神殿、証拠はあるのか?」


信じられないと言いたげな視線を、イツキがアルテリアスに向ける。するとアルテリアスは、何かを思いついたように手を打った。


「それなら、ジークと決闘してみては?」

「何だと?」

「一番簡単で手っ取り早い方法だと思いませんかー?ねえ、王国最強の騎士さん……?」

「……ほう」


アルテリアスは魔力をほぼ失っている状態だが、今の彼女が放つ威圧感はイツキ以外の全員を黙らせた。どうやら疑われているのが癪に障ったらしい。


ジークも、普段へらへらしているアルテリアスの表情を見て息を呑む。これこそが女神の放つプレッシャー。殺気に近いそれを全身に浴びるイツキが、拳を握りながら汗を垂らす。


「いいだろう。ジーク・セレナーデ、今すぐ修練場に来るがいい」

「に、兄さん!?」

「それが終われば話を進めよう。俺が敗れた場合、彼を疑う者は騎士団に居ないだろうからな」


エステリーナ達に背を向け、会議室から出ていったイツキ。その背を見ながらジークは息を吐き、いつも通りの状態へと戻ったアルテリアスを肘で小突く。


「お、お前なぁ、いきなり挑発するなよ」

「あはは、つい……」

「まあ、それが一番分かってもらえる方法だとは思うけどさ。待たせたら悪いし、俺達も修練場ってとこに行こう」

「あーん、やっぱり心が通じ合ってますねー私達」


そんなやり取りをしていた二人に、申し訳なさそうにエステリーナが頭を下げる。特に彼女はアルテリアスの言う事を信じている為、若干顔色が悪かった。


「も、申し訳ございません、アルテリアス様。私の兄が失礼な事を……!」

「いえいえ、確かにいきなり信じるのも難しいですよねー。エステリーナのように、実際に見てもらわないと。さ、行きましょうジーク」


集っていた騎士団長達も、最強の騎士と女神代理の決闘を観戦する為に移動を開始する。王城内にある修練場の壁は特殊な鉱石で造られているので、派手に暴れても滅多に壊れる事はない。


故に、イツキも全力で目の前の少年の相手ができる。エステリーナの言葉を疑ってはいないが、やはり自分の目で伝説の女神の力を見てみたいと思ったのだ。他の騎士団長達も、その表情に微かな期待が滲んでいた。


「ジークは大丈夫だろうか……」

「当然です。ジークは魔王を二人討ち取っています。ただ、王国最強と言われるイツキさんの戦闘を、私とジークは見た事がありません。不意を突かれると負けてしまう可能性がありますね」


向かい合っているジークとイツキを不安そうに見つめるエステリーナに、シオンが言う。その隣では、アルテリアスが眠そうに伸びをしていた。


「それではこれより、王国第一騎士団長イツキ・ロンドとジーク・セレナーデの決闘を開始します。両者、構え」


審判役を務めるノエルの声を聞き、二人が魔力を纏う。そして、緊張感が極限まで高まった瞬間。


「始めッ!」

「ふッ─────」


決闘開始と共に、紅蓮の炎を纏ったイツキが床を蹴った。その手には身長以上の大剣が握られており、炎を反射して紅く輝いている。それが振り下ろされる直前、身体強化を発動したジークはイツキを上回る速度で背後に回り込み、アルテリアスの魔力を帯びた拳を握る……が。


「ジーク、威力調整!」

「っ、やば……!」


まだ威力調整に慣れていないジークは、イツキを消し飛ばさんと輝きを増す自分の魔力を見て目を見開く。今アルテリアスが声を出さなければ、恐らく大変な事態に陥っていたであろう。


「貴様、舐めているのか?」

「い、いや、今のは……」

「【轟炎破ごうえんは】!!」


燃え盛る大剣から炎の波が放たれる。それを避ける為、ジークは咄嗟に跳んだのだが、それこそがイツキの狙いだったらしい。空中で身動きが取れないジークに接近し、大剣で吹き飛ばした。


「ぐっ……!?」

「【爆炎陣ばくえんじん】!!」


壁に激突し、表情を歪めたジークに魔法陣から放たれた爆炎が襲いかかる。調整に意識を向け過ぎていると、負ける。迫り来る炎を見ながら、ジークは魔力を全身に纏わせた。


「【身体強化フィジカルブースト】……!」

「なっ!?」


アルテリアスの魔力で身体強化を発動し、これまでとは比べ物にならない速度で駆け出したジーク。腕を交差して炎を防ぎ、反応が遅れているイツキへと急接近する。


そして大剣を手の甲で弾き飛ばし、突き出した拳をイツキの眼前で止めた。そのまま殴られていたらどうなっていたか、イツキにも分かったのだろう。苦笑しながら両手を挙げ、それを見たノエルがジークの勝利を宣言した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「やりましたね、ジーク」

「ああ、色々危なかったけど」


心做しか嬉しそうなシオンの頭を軽く撫で、ジークは汗を拭いているイツキに目を向ける。正直、これまで相手にしてきたアルターやグィンガムよりも強かった。王国最強と言われているのも納得の実力である。


「凄いなジーク!これでジークとアルテリアス様の実力を疑う者は、少なくともこの中では居ないだろう」

「貴方が眼前で拳を止めた時の団長の顔……ふ、ふふ、風で凄い事になっていましたね……」


エステリーナとノエルも機嫌が良い。他の騎士団長達は、興味深そうにジークを見つめていた。


「ジーク・セレナーデ、そして女神アルテリアス様。その力、確かに見せてもらった」

「イツキさん」

「まあ、実力は認めよう。だがエステリーナとの交際は絶対に認めんからな……!」

「い、いや、別にそういう関係じゃ……」

「ほら、会議室に戻ろう。兄さんも、あまりジークを困らせないでやってくれ」

「俺はエステリーナを心配して……!」

「はいはい」


そんな兄妹のやり取りを見て苦笑しながら、ジーク達は再び会議室へと戻った。それからは今後の方針等について話し合い、解放されたのは約二時間後。


長々と話を聞くのに慣れていないジークとシオンはぐったりしており、アルテリアスに至っては途中からネックレス状態に戻って爆睡していた。


「はは……すまないな、二人共」

「いや、大丈夫だよ。それにしても、まさか臨時とはいえ騎士団所属になるとはな」


先程までの話を思い出しながら、ジークが言う。女神の力を持ち、魔王を無傷で討ち取ったジークは王国最高戦力の一人として、一時的に騎士団に所属する事になった。


それも、『特務騎士団』というものまで新たに作り、ジークは特務騎士団長、シオンはそこに所属する魔道騎士という扱いに。


ただ、エステリーナ達とは違い、基本的に指示があるまでは自由に行動しても構わないという。それに、騎士団が所持している家の一つをわざわざ貸してくれたので、王都滞在中は宿に行く必要がなくなった。エステリーナに出会ってからは彼女達に協力するつもりだったので、ラッキーな話である。


「正直私はお荷物だと思いますけど……」

「シオンは魔法中心に戦うタイプなんだろう。それなら、ノエルさんに魔法について教えてもらうといい。あの人は喜んで協力してくれるだろうから」

「そうですね、後でお願いしてみます。ただ、その前に情報集めをしておきませんか?他にも色々見て回っておきたいので」

「よければ私が案内しようか?年齢が近いという事もあって、そういう部分は私が任されているんだ」

「へえ、お願いするよ」


エステリーナに連れられ、新たな拠点となった一軒家から出たジークとシオン。相変わらず外は数え切れない程の人々が行き交っており、歩くのも一苦労である。


それから暫く道を歩き続けたエステリーナが、不意に大きな建物の前で立ち止まった。掲げられた看板を見て、シオンがそこに書かれている名前を口にする。


「百貨店?」

「ここは中に様々な店が入っている建物なんだ。武器屋に防具屋、魔結晶屋に服屋、食品店などもあるな」

「どうりでここまで大きいわけだ」


ブロッサムで購入した食材や魔結晶はまだ残っているので、今買い物をする必要は無いのだが、どうやらシオンは中を覗いてみたいらしい。それにはジークも賛成だったので、若干緊張しながら百貨店へと足を踏み入れた。


「この中にカルナ村が丸々入るぞ……」

「ふふ、王国一の百貨店だからな。何か欲しい物があれば言ってくれ。一応金貨を数枚持ってきているから」

「いやいや、それは申し訳ないって。魔王討伐分の報酬は貰ってるから大丈夫だよ」


ここまで大きいと、一通り見て回るのにも時間がかかりそうなので、一番手前にあった食料品店へと向かう。また必要な物があれば後日買いに来ればいいだろう。


「ジーク、見てください。野菜がこんなに安く売っています」

「マジか。おっ、これなんか安くてこの量ならお買い得だぞ」

「そうですね、買っておきましょうか」


まるで夫婦のように会話しながら、きっちり値段と量を見て買い物を進めるジークとシオン。そんな様子を微笑ましく眺めながら、エステリーナも切らしている食材を何個かカゴに入れていった。


「そういやエステリーナって、料理とかはするのか?」

「ああ、私が料理担当だから。とは言ったものの、簡単なものしか作れないけど。ジークは?」

「俺は結構得意だよ。一応趣味なんだ、料理」

「ジークが作る料理はどれも絶品ですよ」


それを聞いたエステリーナが少し物欲しそうに見つめてきたので、ジークがまた今度ご馳走するよと言うと、何故かシオンに脇腹を抓られた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「じゃあ、私はそろそろ失礼するよ」

「ああ、わざわざありがとうな、エステリーナ」


その後も、オーダーメイドで武具防具を作成してくれる王国一の鍛冶屋、王城前にある巨大は中央広場、エステリーナがよく行くという料理店や雑貨屋など、辺りが暗くなるまで歩き回ったジーク達。


これから当分の間世話になる家の前で、大量の買い物袋を手にぶら下げたエステリーナを見て、ジークは苦笑していた。運ぶのを手伝うと言ったのだが、どうやらイツキが迎えに来てくれるらしいので大丈夫らしい。


「何かあれば、それに魔力を込めて知らせてほしい。逆にそれが輝いた時は、王城か中央広場まで来てくれ」


手渡された魔結晶を見つめる。話によると、これは元々一つだった魔結晶を半分に割った物らしく、中に魔力を流し込む事で、もう半分の魔結晶が輝くのだとか。


「ふふ、今日は本当に楽しかったよ。また時間がある時は、是非こうして買い物や食事に付き合ってくれると嬉しい」

「はい、勿論です」

「俺達で良ければな」


若干重そうに無理矢理腕を振るエステリーナを見送った後、ジークとシオンは今日購入した食材を冷蔵庫へと入れていく。魔結晶の力で常に中が冷えている優れものである。


今日は先程エステリーナと食事を済ませていたので、わざわざ騎士団の人達が揃えてくれていた新品の調理器具の出番はない。あとは風呂に入り、適当に時間を潰して王都での一日目は終わりだ。


「どっちが先に入る?」

「私からでも構いませんか?少し汗をかいてしまったので……」

「分かった。ゆっくりしてくれていいからな」

「ええ、ありがとうございます」


シオンが着替えとタオルを手に、リビングから出ていく。ジークは軽く伸びをした後、今日買った暇潰し用の小説を手に取った。


まさか王都に来て、家を貰い、更には騎士団長になってしまうとは。驚く程綺麗な友人までできたので、村に戻った時は色々自慢できそうである。


(それにしても、なんか落ち着かないな……)


そわそわと、ジークは周囲を見渡す。これまでのように村人達が遊びに来たりする訳では無いので、今はシオンと二人きりの状態だ。これまでは家族、妹的存在として彼女を見ていたが、変に意識してしまっていた。


『うふふ。これはもう、この後勝負に出るしかないですねー』

「うおっ!?お、お前なぁ、妙に大人しいと思ってたら……」

『デートを邪魔しないように気を使ってたんですよぅ。それにしても、なんだか不思議な気分ですー』

「何がだよ」

『この光景に、見覚えがある気がしまして』


その言葉に、ジークは首を傾げた。勿論、そんな筈はない。この家には来たばかりなのだから。


「気の所為じゃないか?」

『そうですかねー。でも、あのエステリーナやイツキ達も、どことなく見覚えがあるといいますかー……』

「んー、女神的な力で寝てる間に見てたんじゃないか?」

『分かりませんけど……うう〜』


そういえば、エステリーナも似たような事を言っていた。初対面の男性と話すのが苦手だという彼女が、ジークと普通に会話出来ていた理由。それは、何故か以前から知っているような気がしたからだという。


一体どういう事だとジークが頭を悩ませていた時、突然風呂場の方から悲鳴が聞こえた。今のはシオンの声である。反射的に立ち上がったジークは、急いでリビングから飛び出した。


「シオン、どうした!?」

『あ、ちょっとジーク────』


風呂場の扉を開け放つ。するとジークの目に飛び込んできたのは、頭を手で押さえながら座り込んでいるシオンの姿。アルテリアスの声を無視し、ジークはシオンに駆け寄った。


「ジーク……?」

「大丈夫か?一体何が……」

「突然、頭が痛くなって……数え切れない程の光景が……頭の中に……知らない筈の、光景が……」

「とにかく、一旦落ち着こう。のぼせた可能性もあるから、リビングで────あ」


ようやくジークが今シオンがどういう姿なのかに気付き、アルテリアスが呆れたように息を吐く。硬直してしまったジークを見て、シオンは荒い呼吸を繰り返していたが、やがて彼女も自分の格好に気付いて顔を真っ赤に染めた。


「い、い……」

「ち、違うんだシオン。見てない、俺は何も見てないから────」

「いやあああああああッ!!」


バチーンと、気持ちの良い音が鳴り響くと同時、ジークは風呂場の外へと吹っ飛んだ。









「すみません、驚いてしまって……」

「いや、あれは俺が悪かった」


魔力体状態のアルテリアスの、悲惨なビンタの跡が残った頬を見て笑う声を聞きながら、ジークはシオンに頭を下げた。現在シオンはリビングに移動し、着替えている。しかし、先程の一糸纏わぬシオンの姿を思い出してしまい、ジークの頬は赤く染まった。


「それで、もう大丈夫なのか?」

「はい、頭痛も治まりました。ただ、先程流れ込んできた光景……記憶のようなものは、思い出せなくて……」

「もしかしたら、シオンが失っている記憶だったのかもしれない。ここに来た事がきっかけで、一時的に記憶が戻ったのかな」

「分かりません……ただ、その記憶の中には、ジークやエステリーナさんが居たような気が……」

「俺達が?」


それは有り得ない筈だ。何故ならシオンと出会う前、ジークとエステリーナは知り合っていないのだから。それに、シオンと出会ったのは五年前。それ以前の記憶に自分やエステリーナが出てくるというのは明らかにおかしい。


(俺が何かを忘れているのか……?)


考え込むジークを見て、シオンが不安そうに表情を変える。普通の人が見てもその変化には気付けないだろうが、ジークは気付いてしまった。これ以上、彼女を不安にさせてはならない。そう思い、頬を叩いて笑みを浮かべた。


「大丈夫。何があっても、俺がシオンを守るから……だから、ゆっくり思い出していこう」

「ジーク……はい、ありがとうございます」

『あらー、青春ですねー』


珍しく微笑んだシオンの前で、ジークが照れ臭そうに頬を掻く。それを見て、アルテリアスがジークの胸元でケラケラ笑っていた。

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