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異世界ディヴェルティメント〜不幸少年のチート転生譚〜  作者: ろーたす
その後、少女達のエンディング
205/293

待っていてくれますか

エルフの少女シルフィにとって、主人の護衛をすることは当たり前のことだ。だから彼女は誰よりも先に風呂から上がり、現在装備を整えて男湯の入口の前に立っている。


流石に男湯の中に入ることは出来ないが、主人の身に何かあった時はすぐに駆け付けれるよう準備している・・・というのも勿論あるのだが、本当は主人の傍に居たいだけである。


「こら、俺なら大丈夫だって言ったろ」

「ですが、これはもう癖のようなものでして・・・あう」


風呂から上がってきた浴衣姿のジークに頭を撫でられ、シルフィの口から可愛らしい声が漏れる。


「ったく、浴衣着ないのか?」

「この方が動きやすいので・・・」

「えー、シルフィの浴衣姿見たいんだけど」

「着替えてきます!」


パタパタと更衣室に向かって走っていったシルフィは、数分後には浴衣を着てジークの元に戻ってきた。


「どう・・・ですか?」

「最高ですね」

「わっ!?」


ジークがシルフィを抱き上げ、そのまま肩に乗せた。傍から見れば、兄が妹を肩車しているようにでも見えることだろう。


「ご、ご主人様・・・!?」

「はっはっは、まだみんなゆっくりしてるだろうし、どっか行こうかー」


そう言ってジークが歩き出す。シルフィはいつもとは違う高さから周囲を見渡しながら、肩車されたという嬉しさに感動するのだった。








▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼








「よし、5匹目だ」

「さ、流石です、ご主人様!」


あれから旅館を歩き回った二人は、季節外れの金魚すくいをやっている場所を見つけ、そこに立ち寄った。因みに室内なので、水は凍りついていない。


ジークが次々と金魚をすくっていき、それをシルフィは尊敬の眼差しで見つめる。普通、奴隷というのはもっと死んだような目をしているものだ。少し離れた場所で二人を見ている男性は、なんとも珍しい主従関係を見れたと驚いていた。


「シルフィもやってみるか?」

「いいのですか?」

「もちろん」


ジークが金魚をすくう為のポイをシルフィに手渡す。主人に良いところを見せようと、シルフィは気合いを入れて金魚すくいに臨んだ・・・が。


「あっ・・・」

「ありゃ、惜しかったな」


一匹目をすくった直後、ポイに大きな穴が空いた。それを見てシルフィが絶望的な表情を浮かべる。


「も、申し訳ございません・・・」

「はは、気にすんなって」


ジークに頭を撫でられ、シルフィの顔が赤くなった。ご存知だとは思うが、彼女は主人であるジークに心底惚れている。そんな相手から頭を撫でられると当然そうなる。


「・・・」


しかし、撫でられるのは嬉しいのだが、同時に『妹や娘』感覚でしか見られていないのではないかと心配になる。ベルゼブブ騒動の時に告白はしたのだが、まだあれから返事は貰えていないのだ。


「あの、ご主人様」

「どうした?」

「その、ええと・・・」


いざその事を主人に言おうとしても、こうして口ごもってしまう。奴隷扱いされていないからといって、彼女がジークの奴隷である事は変わらない。主人相手に『告白の返事はまだですか?』などと言えるはずが無かった。


もし、自分が奴隷では無かったら、何も遠慮せずに話せたのだろうか。しかし、奴隷の身であったからこそ、彼女はジークと出会えたのだ。


「・・・あれ?」


そこでシルフィはある事に気付いた。


「え、なんで・・・?」


自分の身体のあちこちを触るが、手のひらに伝わるのは服の感触だけである。


シルフィの顔色が変わる。一体何があったんだとジークが聞こうとした直後、彼女はその場から駆け出した。


「お、おい、シルフィ?」

「なんで・・・!?」


向かったのは風呂場。

先程自分が着替えた場所付近をくまなく探し回る。しかし何も落ちていない。


「はあ、はあ・・・!」


次に向かったのは寝泊まりする部屋。

勢いよく扉を開け放ち、中に駆け込んできたシルフィを見て、既に風呂場から戻ってきていたシオン達が目を見開く。


「シルフィちゃん、どうしたの?」

「無い無い無い・・・!!」


必死の形相で置かれている荷物の中を漁り、さらに部屋中を見て回る。しかし、お目当ての物は見つからない。


「シルフィ、何かあったのか?」

「探し物ー?」


エステリーナやレヴィ達に声を掛けられるが、シルフィの耳には届かない。泣きそうになりながら、彼女は再び部屋を飛び出した。


「おっと、どうしたんだよ」

「ご、ご主人様・・・」


そしてしばらく旅館のあちこちを探し回ったところで、主人であるジークにぶつかった。


「って、泣いてんのか?」

「ううう、泣いてないです・・・」


シルフィの目から涙が零れる。

一体何があったのかと焦るジークだが、とある可能性が頭に思い浮かんだ。


「男に何かされたのか!?」


背は低いが、シルフィは超が付くほどの美少女だ。当然ジークが見ていない所では男達が群がる。ある意味一番可愛がっているシルフィを泣かせたのはどこのどいつだと、ジークは魔力を纏った。


「ち、違います、その・・・」

「ん?」

「ごめんなさぁぁい・・・!」

「ええっ!?」


普段滅多に見る事がないシルフィの大泣き。最早男に何かされたとしか思えず、鬼の形相でジークが歩き出す。


「男共を片っ端から全裸で地面に埋めてやる・・・!」

「ネックレスを落としてしまいましたぁぁ!」

「え、ネックレス?」


どういう事だとジークは考える。

そこで彼は、とある出来事を思い出した。


「もしかして、俺があげたやつ?」


シルフィが頷く。

かなり昔のことだが、ジークが見知らぬ女性と歩いていたのを発見したシルフィが、彼等を尾行した出来事があった。


その時、シルフィはジークからネックレスを貰ったのだ。以来、彼女はそれを何よりも大切な宝物として、肌身離さず持っていた。しかし、それが無くなってしまったのだ。


「なるほどなぁ、まさかそんなに大切にしてくれてるとは」

「うぅ、私はダメな女です・・・」

「そんなことはないけども。とりあえず探してみるか」

「そ、そんな、ご主人様にそんな事をさせるわけには・・・」

「宝物にしてくれてたんだろ?じゃあ見つけないとな」


そう言ってシルフィの頭を撫で、ジークが下を見ながら歩き始める。そんな彼の背中を追いながら、シルフィは最悪だと内心頭を抱えた。


主人がわざわざ自分に買ってくれた大切な物を無くしてしまい、さらにそれを探すため、主人の貴重な時間を奪ってしまうなんて。そう考えると、再び彼女の目から涙が溢れた。


その時。


「あ・・・」


実はシルフィ、かなり耳がいい。

なので、庭に居る男性客達の会話もよく聞き取れる。


「このネックレス、売ったらどのぐらいの額だろうな?」

「銅貨二枚とかだろ。拾ったもんだし、そこまで価値はないって」


それを聞き、シルフィは彼等の元に駆け寄った。


「す、すみません、落ちてたネックレスって・・・」

「え、これだけど」

「あった!」


男性客に見せられたのは、彼女が落としたネックレスだった。


「あの、それは私の物なんです。か、返してもらえないでしょうか・・・」

「えー、どうしよっかなぁ・・・」

「お願いします!」


頭を下げたシルフィとネックレスを交互に見て、男性客二人はニヤリと笑った。


「いいけど、俺達暇でさー」

「ちょっとおしゃべりしようよ」

「・・・嫌です」

「それじゃあこれは返せないなぁ」


少しイラッとして、つい魔力を放ちそうになったシルフィだが、そんな事をしたら主人に迷惑をかけてしまうと、彼女はそれを抑えた。


「まあいいや、それじゃあねー」

「っ、わ、分かりました、言うこと聞きますから!」

「はは、いい子だねー」


そう言って男性客がシルフィの頭を撫でた。

ご主人様以外にそんな事をされるなんて・・・。嫌悪感がこみ上げ、少し泣きそうになりながらも、彼女は顔を上げる。


すると、そこにはやはりというべきか、ジークが居た。


「おい、何してんだお前ら」

「あ?誰だよお前」

「・・・シルフィに何した」


半泣きのシルフィを見て、ジークの表情が変わる。同時に彼の身体から溢れ出た魔力を身に浴び、男達が引き攣った笑みを浮かべた。


「べ、別に、この子が困ってたから助けてあげようかと・・・」

「そうなのか?」


ジークと目が合い、シルフィはふるふると首を振る。


「こ、このガキ、俺達はネックレスを拾ってやったんだぞ!!」


そう言って男がシルフィの髪の毛を掴んだ。その直後、その男は絶対にしてはいけないことをしてしまったのだと理解する。


「ひっ!?」


彼を見つめるジークは無表情だが、放つ魔力には殺意が込められている。あと一回、男性客がシルフィに触れたりすれば、恐らくジークは容赦無くその男の手をへし折るだろう。


「お前ら、死にたいらしいな」

「ち、ちが────」


ジークが膨大な魔力を空に向けて放つ。

数秒後、凄まじい轟音と共に周囲が光に包まれた。


「五秒以内に消えろ。じゃないと、次はお前らに当てるぞ」

「す、すみませんでしたぁぁぁ!!!」


男性客達が土下座し、猛スピードで去っていく。それを見届け、ジークは纏っていた魔力を体内に戻した。


「ったく・・・」


男達が置いていったネックレスを拾い、ジークはぼーっとしているシルフィの頭に手を置いた。


「大丈夫だったか?」

「あ、はい、大丈夫です・・・」


ただ主人に見惚れていただけである。そんな彼女に、ジークはネックレスを手渡した。


「大切にしてくれてありがとな、シルフィ」

「ご主人様・・・」


ここまで奴隷に優しい主人が他に居るだろうか。そう思って再び泣きそうになりながらも、シルフィは頭を下げた。


「あ、ありがとうございました!」

「はは、見つかって良かったよ」


そう言って笑うジークを見て、シルフィの想いが爆発する。


「うおっと!」

「今だけは、こうする事を許してください・・・」


ジークの身体に顔を押し付け、そのまま抱きつく。いつもは遠慮してしまってこんな事は出来ないが、今はもう我慢出来なかった。


「大好きです、ご主人様」

「シルフィ・・・」

「私は奴隷で、背も低くて、シオンさん達の方がずっと素敵だと思います」


溢れ出た涙がジークの服を濡らしていく。


「でも、ずっと一緒に居たいです・・・」

「・・・はは、これは嬉しいな」


そう言い、ジークが優しくシルフィの頭を撫でる。


「今ここで、俺がシルフィの事が好きだと言っても、なんだかんだで君は〝奴隷〟である事を気にしてしまうと思う」

「っ・・・」

「だから、いつかシルフィがそんな事を気にしない女性になれた時・・・その時、改めて俺の方から告白させてくれないか?」

「え・・・」


シルフィがジークから顔を離し、彼の目を見つめる。


「え、そ、その、告白・・・ですか?」

「おう」

「ええっ!?」


驚いたシルフィの顔が真っ赤に染まる。


「つ、つつ、つまり・・・」

「いやぁ、お姉さんっぽくなったシルフィの姿、早く見たいもんだ」

「っ〜〜〜〜〜〜」


つまり、ジークもシルフィの事をきちんと女性として見てくれているという事だ。彼女が奴隷である事を気にしなくなるまで、一体何日、何ヶ月、何年かかるかは分からない。


それでも、その時が来れば・・・。


「そ、その時まで、待っていてくれますか・・・?」

「ああ、何年でも待っててやる」

「嬉しいです・・・とっても」


そう言ってシルフィが満面の笑みを浮かべる。きっと素敵な女性になるだろうな・・・そう思いながら、ジークは彼女の頭を撫でた。

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