第百七十九話 人と魔族が手を取り合える世界
「《魔神気功斬》!!」
「くっ!!」
「遅いッ!!」
「ぐはっ!?」
・・・おいおい、まじか。
リリスさんとの戦いが始まったのはいいけど、ルシフェルとアスモデウスが強すぎる。
なんかルシフェルは闇属性の魔力バンバン使ってるし、アスモデウスはあの分身の魔法を何回も発動して、様々な角度からリリスさんに攻撃を仕掛けている。
あまりの猛攻に、さっきからリリスさんは防戦一方だ。
「ぐっ、小賢しい!!」
「「っ!?」」
そんな時、リリスさんが魔力を放ち、ルシフェルとアスモデウスが吹っ飛んだ。それを見て、レヴィは不敵な笑みを浮かべる。
「魔力も回復したことだし、ボクも本気だしちゃおっかなー。見ててね、ジーク」
「ん、おう」
『それじゃ、いくわよ』
何をするつもりだ・・・って、マジですか。
急にレヴィがロリじゃなくなったんですけどマジですか!?
「なっ、この魔力は・・・」
『覚悟しなさい、リリス』
ルシフェルをも上回る速度で駆け出したレヴィが、リリスさんの顔面を思いっきり蹴った。
「ぐふっ・・・!?」
鼻血か、それとも口が切れたのか。血を撒き散らしながら、リリスさんは宙を舞う。
『チッ、この程度じゃ一瞬で回復するか』
「どんな禁忌魔法の使い方だ!!」
しかし、着地した時にはリリスさんの顔は元通りになっており、召喚した魔剣をレヴィの首元目掛けて振るう。
『無駄よ』
迫る魔剣を、レヴィは素手で掴んだ。
「なっ!?」
『ほら、がら空きよ!!』
そのまま魔剣をへし折り、レヴィが蹴りを放つ。それはリリスさんの腹部にめり込み、後方に吹っ飛ばした。
「す、凄いねレヴィちゃん」
「何巨大化してんのよ、あんた」
『私の切り札よ。凄いでしょ、ジーク』
「凄すぎて何と言ったらいいのか・・・」
髪もだいぶ長くなってるし、背の高さもエステリーナと同じかそれ以上ってとこか。胸のサイズは前と変わらんけど、この身長だと丁度いい感じになってんな。
てか、服のサイズ合ってないから色々と大変なことになっておりますが。まあ、自分のこと『私』って言ったのも、正直かなり驚いた。
『ルシフェルとアスモデウスも、前より強くなってるじゃない』
「あ、確かに」
闇属性の魔力を纏っていたルシフェルに、普段とは別格の力をその身から放っているアスモデウス。ここまで強くなってるから、二人共魔神を倒せたってわけか。
「あはは、ちょっと色々ありまして・・・」
「色欲の魔力を完全に引き出すことが出来るようになっただけよ」
「へえ、凄いじゃないか」
「べ、別に大したことないし」
プイっとそっぽを向くアスモデウス。うん、そういう行為が良く似合う女の子だなぁアスモデウスは。
「ご、ご主人様、あれを」
「どうやらお喋りはここまでのようだ」
「え・・・」
シルフィとエステリーナの視線を追うと、立ち上がってこっちを睨むリリスさんと目が合った。
『魔力が尽きることがないから、高度な回復魔法を何回も使って怪我を元通りにしてるんでしょうね』
「厄介だなおい」
どうすればあの人を止められるんだ?
この世界に蘇生魔法なんかがあれば大変だろうけど、そんなものはこの世界に存在しない。だから、全員死ぬ気で戦えば、リリスさんを殺すことは出来るだろう。
でも、それじゃ駄目だ。
「魔女の心臓・・・だっけか」
「ん?」
「それさえ何とかできれば・・・」
「心臓を抜き取るってこと?」
アスモデウスがそう聞いてくる。
「そういやさ、魔女の心臓は固有スキル・・・みたいなこと、リリスさんが言ってなかったか?」
「そうだったかしら」
「うぅーん」
固有スキルを止めるなんて方法は当然知らないし、なら他にどうすりゃいいんだって話だよな・・・。
『まあ、いつも通りやればいいんじゃないの』
「いつも通り?」
『ジークなら、リリスの心を動かせることが出来るかもしれないわよ?』
「心を・・・動かす」
そうか、もうそれしか無いかもな。
さっきアスモデウスに怒鳴られてた時、リリスさんの表情が一瞬だけ変わっていた。多分あの人は、もう引くに引けないんだ。
それでも、少しだけでもあの人の中に、俺達と過ごしてきた日々の思い出が残っているのなら。
「どれだけ攻撃してこようと無駄だ。お前達程度では、私を殺すことなど出来ない」
「っ・・・」
そう言って、リリスさんがこっちに向かって歩いてくる。
「なあアスモデウス、どうしてお前は人間に味方するんだ?」
「どうしてって、そんなこと・・・」
「人間が私達に何をしたのか、忘れたわけじゃないんだろう?」
「・・・」
リリスさんの魔力が跳ね上がっていく。
「必ず滅ぼさなければならない。その邪魔をするというのなら、たとえ妹であろうとこの手で葬る」
「あらそう、ならあたしからも一つ言わせてもらうわ。残念ながら、そんなことを姉にさせるわけにはいかないわね。まだそんな意地を張るのなら、泣かせてでも連れて帰るんだから」
「よく言った、アスモデウス」
アスモデウスの頭を軽く撫で、俺はリリスさんの前に立つ。
「ということです。あんたが何を言おうと、どんな事をしてでも連れて帰るつもりなんで、覚悟してくださいよ」
「ふん、出来るものならな!!」
リリスさんが魔法を発動した。
「《混沌招く無限崩魔剣》!!!」
数え切れない程の魔法陣が様々な場所に出現し、そこから魔剣が召喚されていく。
「ここが踏ん張りどころだぞ!隙ができるまで耐え続けるんだ!!」
全員が一箇所に集まり、魔力を纏う。
「耐えられるものならなァッ!!」
リリスさんが腕を振り下ろした直後、俺達目掛けて一斉に魔剣が動き出した。
「《幻糸展開》!!」
「《神気功弾》!!」
「出でよ、《絶望導く七つの魔剣》!!」
シルフィの糸が魔剣に絡みつき、動きの止まったものをルシフェルの魔法が消し飛ばす。アスモデウスも魔剣を召喚し、迫るリリスさんの魔剣を弾いていく。
「くっ、数が多すぎる・・・!」
『こんな攻撃を永遠に続けられるんだから、無限の魔力っていうのはずるいわね』
炎を纏った魔剣をエステリーナは振るい、レヴィは物凄い速度で魔剣を殴って粉砕していく。
「気を緩めたら殺られるなこりゃ」
常に手を動かさないと、魔剣に全身を貫かれるだろう。シルフィとエステリーナもかなり疲れてるみたいだし、それを庇ってるレヴィ達も徐々に攻撃を完全に捌き切れなくなっている。
「ジークフリードさん・・・」
「え、アルテリアス!?」
そんな時、倒れていたアルテリアスが急に起き上がった。
「危ないぞ!!」
「だ、大丈夫・・・です」
どうやら何らかの魔法を発動しているようで、アルテリアスに触れた魔剣は一瞬で砕け散る。
「私が、隙を作ります・・・」
「いやいや、寝てろって!結構やばい怪我だろそれ!!」
「それでも私は、貴方の為に力を使いましょう」
そう言って、アルテリアスが残っていた僅かな魔力を手元に集め始める。
「ジークフリードさん、あとはよろしくお願いしますね」
「っ、馬鹿野郎!」
にっこりと笑ったアルテリアスが振り返り、リリスさんに向かって魔力を放った。俺の前方から迫る魔剣は全て砕け散り、リリスさんまでの道が出来上がる。
「くっそがあああああ!!!」
しかし、すぐに新たな魔法陣が空中に描かれ始める。
もう今しかない!!
「くっ、馬鹿な・・・!」
「リリスさん!!」
全力で走り、リリスさんの目の前に移動する。そしてそのまま彼女の肩を掴んだ。
「アスモデウスが言ってました!あんたらは両親を人間に殺されたって!!」
「離せ!!」
「確かにあんたが人間を憎む気持ちは分かります!それでも、あの時言ったことは嘘じゃなかったはずです!!」
『いつか、魔族と人間が手を取り合える・・・そんな世界にするために、私は人間界に来たのよ』
その言葉からは、微塵も嘘なんて感じられなかった。
「あんた達の両親を殺した人間は、確かに悪かもしれない!!でも、世界を滅ぼそうなんて間違ってる!!」
「うるさい・・・」
「魔族と人間が手を取り合える世界にしたいって言ってたでしょうが!!」
「黙れ・・・」
「俺達はもう手を取り合えてる!!レヴィにルシフェル、アスモデウスにあんたも!!俺は大切な仲間だって思ってんだ!!」
「黙れッッ!!!」
ぐっ、なんて魔力だ。
これでも届かないのか・・・!?
「いや、まだだ」
諦めてたまるかよ!!
「言わせてもらいますけどね、その髪の毛の色、似合ってませんからね!!」
「は・・・?」
「その~だ口調も似合ってませんし、その表情も全然似合ってない!!」
「何が、言いたい・・・」
「いつもみたいににっこり笑顔で、ヘラヘラ笑ってくださいよ。俺の知ってるリリスさんは、そんな女性だ」
「っ・・・」
無理やりそんなキャラを演じてるのは、もうバレバレだ。
「だからもう無理しなくていいんですよ。俺達と一緒に帰りましょう、リリスさん」
「どうして、君は・・・」
リリスさんの頬を涙が伝う。
「こんな私でさえも、受け入れてくれるっていうの・・・?」
「当たり前でしょうが」
「ふ、うぅ・・・」
突然満ち溢れていた魔力が消え、空中に浮かんでいた魔法陣も全て消滅した。それと同時にリリスさんが崩れ落ちる。
「ジークフリード!!」
アスモデウス達が、俺達の元に駆け寄ってきた。
「リリス姉・・・」
「心の奥底じゃ、こ、こんなことは間違ってるって、思ってたのに・・・私は・・・」
「まったく、馬鹿なお姉ちゃんね」
涙を流すリリスさんの前で、アスモデウスが屈む。
「あたしだってこんなに変われたんだから、リリス姉だって変われるはずよ」
そして、優しくリリスさんの頭を撫でた。
「ふぃー、一件落着かな」
「お、レヴィ。元の姿に戻ったのか」
「大人姿の方が良かった?」
「あれも素晴らしいけど、やっぱりレヴィはちっこい方が似合ってるよ」
「そっかぁ」
こらこら、抱きつくんじゃない。
「なんだか感動しました。初めてご主人様と出会った時のことを思い出してしまって・・・」
そう言うシルフィは泣いてるし、エステリーナもうんうん頷きながら泣いている。
「あ、そうだ、アルテリアスは!?」
「ここに居るよ」
目を閉じたまま動かないアルテリアスを、ルシフェルがゆっくりと地面に降ろした。
「まだ息はしてるんだけど、このままじゃ・・・」
「くそっ、なんとかしてやらないと」
その為には、最後の敵を倒さなきゃならない。
「とにかく、シオンが何処に居るのかを────」
次の瞬間、空間が震えた。
それと同時に、まるで天国への入り口のような扉が、俺達の前に出現した。
「こ、これは・・・」
そこから感じる魔力は、シオンのものだ。
「はは、まるで来てください・・・みたいに出てきやがって」
「・・・その先は、君しか立ち入ることが出来ない領域よ」
「え?」
涙をぬぐいながら、リリスさんが俺にそう言った。
「クロノス・・・いや、シオンちゃんは、君だけを待っている」
「俺を・・・」
その時、突然扉が開いた。
何か結界でも張られているのか、扉の先は真っ白で何があるのか分からない。
「痛っ!?ほ、ほんとだ、これはボクじゃ破れないよ」
レヴィが手を伸ばしたが、バチッという音が鳴り、彼女の手は弾かれる。
「・・・」
ゆっくり手を伸ばすと、俺の手が何かに触れることはなかった。つまり、この先に行けるのは俺だけってことか。
「・・・というわけだ。ちょっくら行ってくるよ」
「ご主人様・・・」
心配そうな表情で、シルフィが俺を見つめてくる。そんな彼女の頭を、俺はそっと撫でた。
「大丈夫だ。ここから俺が出てきた時は、シオンも一緒に居るからな」
「っ、はい」
シルフィはこくりと頷くと、俺から離れた。
「ジーク、シオンを頼んだぞ」
「おう、任せとけ」
エステリーナに向かって親指を立てる。
「死んだら承知しないわよ」
「死ぬわけねーだろ」
お、アスモデウスが心配そうに見てくるなんて、珍しいものが見れたな。
「気をつけてね、ジークさん」
「なるべく無傷で戻ってくるよ」
ルシフェルの頭に軽く手を置く。
「帰ったらパーティーだね!!」
「そうだな、大規模なパーティーにするか」
レヴィはいつも通り抱きついてきた。
「うし、行くか」
振り返り、扉の先を見つめる。
これでやっと、彼女に会えるんだな。
「待ってろシオン!」
何があっても連れて帰る。
そう自分に言い聞かせ、俺は扉の先へと飛び込んだ。




