第百七十七話 decisive battle 【アルテリアス】
「っ、ここは・・・」
扉をくぐり抜けた先で、アルテリアスは衝撃を受けた。全てを凌駕する程の魔力が満ちる空間・・・そこに居たのは、力を取り戻しつつある時空神クロノスと、無限の魔力を手に入れたリリスだった。
「ふふ、来ましたか」
「クロノス・・・」
数千年の時を経て、再び神と神が相見える。その光景を直に見て、リリスは息を呑んだ。
「子供の姿になっているようですが・・・魔力も殆ど失ってしまっていますね」
「それでも、私は貴女を止めなければなりません」
アルテリアスがクロノスを睨みつける。
「あの時といい、貴女は何故空間を崩壊させ、二つの世界を衝突させようとしているのですか?」
「・・・それを教えたからといって、貴女に何が出来るというのですか?」
「聞いておいて損は無いと思いますが」
「そうですか・・・」
クロノスの表情が変わる。そして、自分以外の全てを見下すかのような瞳がアルテリアスを捉えた。
「残念ながら、教える事は何もありません。私の相手は貴女などではないのです」
魔力が空間を震わせる。
復活した時とは比べ物にならない程の魔力を放つクロノスが、アルテリアスの先に一体誰を見ているのか。
それはアルテリアスにも、そしてリリスにも簡単に理解出来た。
「クロノス、どうして貴女は・・・」
「狭間の女神アルテリアス、これは最終通告です」
「っ・・・」
「これより、二つの世界は終焉を迎えます。大人しくそれを受け入れないと言うのなら」
クロノスの身体がふわりと浮き上がる。
そして、凄まじい魔力がその身から放たれた。
「今ここで死になさい」
「・・・仕方ありませんね」
対してアルテリアスも、小さな身体から膨大な魔力を放出する。
「命を捨ててでも、必ず貴女を止めてみせます」
「そうですか、残念です」
閃光が迸る。
次の瞬間、強大な力と力がぶつかり合い、空間が歪んだ。
「くぅっ!?」
巻き起こった暴風で、リリスが遥か遠くに吹き飛ばされた。しかし、その結果彼女は助かる事となる。
「な、なんということだ・・・」
彼女の視線の先では、雷魔法を身に受けてアルテリアスが体勢を崩していた。超広範囲を破壊するレベルの雷魔法、吹き飛ばなければリリスは消し炭になっていたことだろう。
「うぐっ・・・!」
「ふふ、軽く魔法を放っただけですよ?」
普段のアルテリアスなら、簡単に受け止めることが出来ただろう。しかし、今の状態では防ぎきれず、かなりのダメージを受けてしまった。
「《神器招来》!!」
全身が悲鳴を上げているが、アルテリアスは魔法を発動し、様々な神器を召喚した。
「《雷神の槌》!!」
そのうちの一つを手に取り、アルテリアスがクロノスにそれを振り下ろす。先程のお返しとばかりに、神器は雷を纏っている。
「ふふ・・・」
「ッ!?」
そんなアルテリアスは、クロノスが軽く手を振っただけで凍り付く。
「美しい氷の彫刻の完成です」
「っ、まだです!!」
神器が勢いよく飛来し、アルテリアスを覆っていた氷を粉砕する。そして、アルテリアスは槌をクロノスに叩きつけた。
「子供になったからか、筋力が足りていないようですね」
「くっ・・・!」
しかし、どれだけ力を込めても、クロノスが展開した障壁を破ることが出来ない。
「はあああッ!!!」
無駄であると悟ったアルテリアスは、槌から手を離して光を放つ剣を手に取る。
「《光紋剣》!!」
そのまま剣を振るうが、やはり障壁は破れない。
「か、硬すぎる・・・」
「今の貴女では、私にダメージを与える事など不可能です」
この状況でクロノスは微笑み、アルテリアスの表情に焦りが滲み出始める。まるで相手にもなっていない事を、アルテリアスは嫌でも思い知らされた。
「・・・アルテリアス」
そんな彼女をクロノスが睨む。
「どうしてジークさん達を連れてきたのですか?」
「え・・・」
まさか、怒っているというのか。
アルテリアスの頬を汗が伝う。
「私と対峙するというのがどういうことか、貴女が一番よく分かっている筈でしょう?」
「・・・」
「ジークさんが相手だからといって、今更私は手加減などする事は出来ません。彼が私の前に現れた時、私は彼を殺さなければならないのです」
クロノスの魔力が跳ね上がっていく。
「私は、彼の命だけは奪いたくなかったのに」
「うぅ・・・」
空間にヒビが入った。
その直後、アルテリアスの腕が消し飛ぶ。
「あぐっ!?」
しかしアルテリアスは、咄嗟に魔力を集めて腕を再生させ、声を張り上げた。
「そんな事、私がさせません!!」
クロノスが少しだけ驚いたような表情を浮かべる。
「彼は私にとっても大切な人なんです!!絶対に私が守ってみせます!!」
「っ・・・!」
アルテリアスの手元に杖が出現する。彼女はそれを手に取ると、全ての力を解き放った。
「《森羅万象》!!!」
凄まじい光が空間を照らす。
魔法は別空間さえも巻き込み、崩壊させていく。
「流石神級魔法ですね」
「ぇ────」
しかし、目を開ける事も出来ない光の中、透き通るような声が聞こえた。
「ですが、威力は相当落ちているようです」
「う、うそだ・・・」
「いい加減力の差というものを思い知りなさい」
次の瞬間、アルテリアスの魔法が消し飛んだ。
光は一瞬で収束し、無傷のクロノスが姿を現す。遠くにいるリリスも、クロノスの障壁に守られて無事のようである。
「く、クロノスッ!!」
「惜しかったですね。貴女がその姿でなければ────」
アルテリアスの身体に、クロノスが放った魔剣が突き刺さる。自身の身体から飛び散った血を見たアルテリアスは、咄嗟に魔剣を引き抜こうとするが、
「あ、え・・・?」
その魔剣が抜けることはない。
さらに傷も回復させることが出来ず、アルテリアスはその場に膝から崩れ落ちた。
「ゲホッ・・・!」
「これで終わりですよ、アルテリアス」
最早アルテリアスに勝ち目は無かった。
徐々に視界が薄れていく中、アルテリアスの頭に一人の少年の姿が浮かぶ。
「ジーク・・・フリードさん・・・」
その呟きが彼に届く事はなく。
最後にアルテリアスが見たクロノスは、少しだけ悲しそうな表情を浮かべていた。




