第百七十四話 傲慢の大魔城 【ルシフェル】
「ククク、至ったか」
傲慢の大魔城堕天の間。
かつてそこに座していた少女は、玉座に腰掛ける黒髪の男の正面に立ち、聖剣を構える。
「待っていたぞ、ルシフェルよ」
「ウルス・・・」
かなりの魔力を放っているルシフェルを前にして、魔神ウルスは余裕を崩さない。
「どうやら上手く転移させられたようだな」
「転移?もしかして、扉に何か細工でもしていたの?」
「クク、さあな。だが、貴様が大好きな男は、既に何処かで野垂れ死んでいるかもしれんなぁ」
それを聞き、ルシフェルはウルスを睨み付ける。怒っている・・・それが分かり、ウルスはニヤリと笑う。
「どうした?怒っているのか・・・それとも焦っているのか?」
「・・・」
「珍しいものが見れたな。貴様のそんな表情、天界でも一度も見たことが無かったが・・・」
「立ちなさい、ウルス」
「立たせてみせろ」
ルシフェルの姿が消える。
次の瞬間、凄まじい金属音が周囲に響き渡った。
「ふん、遅いな」
「このッ・・・!!」
着座したまま、ウルスはルシフェルの全力の一撃を受け止めた。いつの間にか、彼の手には魔剣が握られている。
「想像してみろ、貴様の愛する男の無様な─────」
床にヒビが入る。
その直後、ウルスが座する玉座が砕け散った。同時にフロア全体にヒビが広がる。
「ウルスッ!!!」
「ククク、少しは楽しめそうだ」
魔剣を振るい、ウルスがルシフェルを弾き飛ばす。しかし空中で大勢を整えたルシフェルは、翼を羽ばたかせてウルスに向かって猛スピードで接近する。
「《神気功斬》!!!」
そして至近距離で斬撃を放つが、それすらもウルスは軽く受け止める。
「お前はどうして闇属性の魔力を使わないんだ?」
「っ・・・」
「貴様は堕天使、光属性魔力を扱えるといっても、大天使だった頃より遥かに威力が低下していることを理解しているはずだろう?」
「そ、そんなこと・・・」
「その程度で、この俺を殺せると思っているのか!!」
ウルスが魔力を解放する。凄まじい力を身に受け、ルシフェルは吹っ飛んだ。
「さあ、傲慢の魔神としての力を貴様に見せてやろう!!」
「くっ・・・!」
「《傲慢なる神帝の威光》!!!」
空間が軋む。
その直後、ルシフェルは床に叩きつけられた。そして上から何らかの力で押さえつけられる。
「うぁ、ぐっ・・・!!」
「どうした?立てよルシフェル」
「うあああああ!!」
全魔力を解き放ち、ルシフェルがウルスに斬り掛かる。しかし、片翼が切断されてルシフェルは倒れ込んだ。
「あぐっ・・・!?」
「無様なものだな」
どれだけ耐久が高くても、傲慢の魔神の前では無意味である。
『相手の耐久を無視してダメージを与える』
それにはジークも瀕死状態まで追い詰められた過去があった。
「どうだ?片翼をもがれた気分は」
「うううっ・・・!」
「ククク、痛いだろう?」
ウルスがルシフェルの頭を踏み付ける。
「まだ勝負は始まったばかりじゃないか。俺に立てと言っておいて、貴様はお昼寝でもするつもりか?」
「このっ・・・」
「貴様が大天使だった頃は、絶対に敵わない・・・遥か上の存在だと思っていたんだがなぁ」
そして、額を蹴り上げられ、ルシフェルは宙を舞う。
「クククッ、遂に俺は貴様を優越した!!この俺こそが最強だ!!」
「あ、う・・・」
意識が飛びかける。しかし、床に激突した衝撃で、ルシフェルはなんとか意識を保った。
「懐かしいなァ、貴様が天界最強と言われていた頃が」
そんなルシフェルの肩に、ウルスが魔剣を突き刺す。
「うああっ!!」
「貴様を堕天させて正解だった」
必死に痛みを堪えるルシフェルを見下ろし、ウルスは優越感に浸る。
「昔から貴様を見ると、心底腹が立った。偽善の面を被ったクズしか居ない天界で、貴様は心に微塵も穢れが無かった。そんな貴様を、俺は何度殺そうとしたと思う?」
「うぅ・・・」
「だが、天界では勝ち目が無かった。そこで俺は、貴様に大天使殺害の罪を擦り付け、堕天させた」
ウルスが突き刺した魔剣を引き抜き、今度はルシフェルが握りしめていた拳に突き刺す。
「ひっ、ぐぅ・・・!!」
そこから闇属性の魔力がルシフェルの体内に流し込まれ、激痛が彼女を襲った。そんな彼女の視界がボヤけていく。
「俺は既に天界で魔族としての力を手に入れていたからな。自分から堕天し、下界に堕ちた貴様を殺そうと思ったのだが・・・貴様は魔剣を手に取り、魔神と化していたのだ」
「ウルス・・・」
「程なくして俺も魔神となったが、貴様には敵わなかった。だが今はどうだ、俺は貴様を超えたのだ!!」
そう、たったそれだけの理由。
本当に清らかな存在だった一人の少女を堕天させ、力を使えなくさせようとした・・・たったそれだけの理由で、ルシフェルは天界を追放される事になってしまった。
「どうだ、俺が憎いだろう!!」
ウルスがルシフェルを蹴り飛ばす。勢いよく壁にぶつかったルシフェルは、痛みに顔を歪める。
「天界で最も尊敬され、最も強大な力を持っていた貴様を堕天させたこの俺がなァ!!」
「・・・そんなことない」
「あ?」
なんとか立ち上がり、ルシフェルはウルスに顔を向けた。
「貴方が何を思っていたのか、それに気付なかった私も悪い・・・。貴方を止めることが出来なかった私も悪いから・・・」
「ッ・・・」
それを聞き、ウルスの顔が憤怒に染まる。
「貴様のそういうところが、俺は嫌いだったんだッ!!」
そして、闇の魔力を纏わせた魔剣を全力で振るった。放たれた斬撃は、ルシフェルの身体を深々と切り裂く。
「殺してやる!!もう二度と愛する男に会えないように、ただの肉塊に変えてくれるわッ!!」
「二度と・・・」
徐々に意識が薄れていく中、ルシフェルは少年の姿を思い浮かべた。あの時、呪縛に囚われていた自分を救いに来てくれた彼の姿は、未だに夢に出てくる程ルシフェルの脳内に焼き付いている。
そんな彼が、今彼女を助けに来てくれることはないだろう。
「ジークさん・・・シオンさん・・・」
ここで死んでしまったら、彼はどれだけ悲しむだろうか。仲間思いな彼は、きっと沢山後悔する筈だ。ルシフェルはぼんやりとそんな事を考える。
それに、必ず家族を救うと約束したのだ。
「負けられない・・・」
「っ・・・!?」
ルシフェルの身体から、二つの魔力が溢れ出す。
「大切な人達の為なら、私はもう一度────」
次の瞬間、凄まじい光が大魔城を包み込んだ。何が起きたというのか、ウルスは思わず後ずさる。
そして───
「なっ、ま、まさか・・・」
光が収束した時、彼の前に立っていたのは、漆黒の双翼を広げ、先程とは比べ物にならないレベルの力を纏う堕天使。
その身体から感じる魔力は、ウルス自身と同じような魔力だった。
「貴様、何故傲慢の魔力を纏って───」
突然ウルスが膝をつく。真上から自身を押さえつける重圧は、少女から放たれている。
「ずっと気付かない振りをしてた」
「ぐっ・・・!」
「魔剣は砕け散っても、魔神としての力は、ずっと私の奥底に眠っていたの」
ルシフェルが聖剣を召喚する。
「魔力そのものが、宿主が死んだと思い込んだのかな?それは分からないけど・・・」
そして、闇属性の魔力を纏わせた。
「私を救ってくれた人達の為に、もう一度私は魔神となろう」
『傲慢なる神帝の威光』
ルシフェルの口元がそう動く。
その直後、彼女のステータスはウルスのステータスを上回った。
しかし、すぐにウルスの禁忌魔法が効果を発揮し、再びルシフェルのステータスを上回る。
「く、ククク、貴様が禁忌魔法を使えても、再び俺は貴様を優越する!!」
「そうだね、でも────」
ルシフェルの姿が消える。
それと同時にウルスの腹部に聖剣が突き刺さった。
「がっ!?」
「《神速郷》・・・。一瞬でも貴方を上回る事が出来れば充分だよ」
「き、貴様ァァッ!!」
ウルスが魔剣を振るうが、ルシフェルには当たらない。互いに耐久を無視する攻撃を放つ事が出来るこの状況では、攻撃を当てられてしまえばかなりの致命傷となってしまう。
「《魔神気功弾》」
「ぐっ!!」
「《魔神気功斬》」
「がはぁッ・・・!?」
しかし、ルシフェルの攻撃をウルスは止めることが出来ない。ルシフェルの使用する『神速郷』という魔法は、他のステータスを下げる事で敏捷を遥かに引き上げるという魔法である。
それを使えば、一瞬だけルシフェルはウルスの敏捷を上回る。さらに禁忌魔法の効果で、即座に下がった全てのステータスがウルスを上回るのだ。
だが、それはウルスも同じ。
ルシフェルの圧倒的スピードを直ぐに追い抜く事が出来る。
「この小娘めが!!」
傲慢と傲慢の魔力がぶつかり合う。
「ルシフェルゥゥ!!ここまでしても、貴様は俺の上を行くというのかッ!!!」
「そうだよ、貴方じゃ私には勝てない」
「ふざけるなあァァァァァァ!!!!」
ルシフェルから距離をとったウルスが、魔剣に全魔力を集めていく。
「傲慢の魔神は、この俺だァァァッ!!!」
大魔城が崩壊を始める程の魔力。
それをウルスは一気に放とうとしているのだ。
「ううん、残念だけど」
「っ!?」
「傲慢の魔神はこの私だよ。ただの堕天使である貴方は、私の前に跪くといい」
ルシフェルの力が増していく。
そして彼女も聖剣に魔力を纏わせた。
「ククク、闇属性の魔力でこの俺を討てると思っているのか!!」
「貴方はそう思っているの?」
光属性の魔力が解き放たれる。
「私は、二つの魔力を同時に扱う事が出来る」
「なっ・・・!?」
渦巻くのは光と闇の魔力。
決して交わることの無い二つの魔力を、ルシフェルは完全にコントロールしていた。
「でも、ジークさんには敵わないかな」
彼が纏う魔力は、全属性の魔力だから。
その呟きはウルスには聞こえない。
「どちらが傲慢の魔神として相応しいか・・・決着をつけるとしよう、ウルス」
「ぐ、ぐぅぅぅ・・・!!」
ウルスが魔剣を振り上げる。
「滅びろ!!《破邪天滅断》!!!!」
そしてそれを勢いよく振り下ろした。放たれた一撃は、あらゆるものを滅ぼす暗黒の刃となってルシフェルに迫る。
「・・・」
対するルシフェルは、二つの魔力を聖剣に集め、そして───
「《聖魔崩界閃》」
放たれた全力の突きは、迫り来るウルスの一撃と衝突し、押し返していく。
「ば、馬鹿なっ・・・!!」
そして、そのまま斬撃を消し飛ばし、ウルスを貫いた。
「ぐ・・・お、俺は、貴様をぉぉ・・・」
「さよならウルス、どうか安らかに────」
ルシフェルが目を閉じる。
その直後、ウルスの身体は消滅した。
「・・・」
ルシフェルの頬を涙が伝う。
殺す事でしか彼を止められなかったのが、彼女にとっては何よりも辛いことであった。
しかし、彼女は涙を拭いて前を向く。
「行かなきゃ・・・」
彼が消滅した時に感じた魔力。
この空間の何処かで、必ず何かが起こったはず。
「待ってて、ジークさん」
そう呟き、ルシフェルは勢いよく飛び去った。




