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第百七十二話 暴食の口窟【アスモデウス】

「邪魔・・・すんなぁッ!!!」


アスモデウスが魔剣を振るう。

それによって発生した不可視の斬撃を身に受け、立ち塞がる魔物達は次々と胴体を切断されていく。


彼女が駆け抜けているのは、ドーム状の迷宮内部。

奥から感じる暴食の魔力を頼りに、彼女は猛スピードで迷宮を突き進んでいく。


「っ、あれか・・・!!」


そして、前方に現れた大きな扉。

アスモデウスはそれを魔剣で斬り裂き、中へと駆け込んだ。


「ふん、ようやく会えたわね、ボサボサ女」

「待ってましたよー、貴女が遅過ぎるから、部下を167匹も食べてしまいましたー」

「どんだけ食ってんのよ」


広い部屋の奥、そこにある玉座に腰掛けていたのは、全身血塗れの魔神シーナである。


「腹ペコで死んじゃいそうですー。早くその腕とか脚とか食べさせてくださいよー」

「食べさせるわけないでしょうが。そのまま餓死でもするといいわ」

「ふふふー、わざわざ餌が現れたのに、私が何もしないとお思いですかー?」


シーナが立ち上がり、魔力を纏う。


「ふふ、いきますよー」

「ッ!!」


突然見えない何かがアスモデウスに襲い掛かる。

しかし彼女は咄嗟に魔剣を盾にして、それを防いだ。


「あれ、おかしいですねー。まさか見えてたりします?」

「見えてないわよ。でも、今のあたしならアンタの攻撃を防げるみたいね」

「うーん、何ででしょうかー・・・あ、また」

「ちっ!!」


何かを感じ、アスモデウスが跳躍する。

その直後、寸前まで彼女が立っていた場所から奇妙な音が鳴った。


「・・・?どうして避けれるんですかー」

「さあね!!」


着地と同時にアスモデウスが地を蹴り、シーナの眼前で勢いよく踏み込む。そして全力で魔剣を突き出した。


「ふふふー、どうやらこちらも本気を出した方が良さそうですねー」


突然シーナの右腕が黒く染まり、巨大化する。

アスモデウスの放った渾身の突きは、その腕で弾かれた。


さらに、突然アスモデウスの腕に激痛が走り、そこから血が流れ出す。


「っ、ほんと何なのよその攻撃は・・・!」

「〝魂喰らい(ソウルイーター)〟、私の固有スキルです。お腹が空いたら腹が鳴るのと同じようなものです。私の場合は、腹が鳴るのではなく、このスキルが自動発動するんですよー」

「自動発動・・・?」

「周囲に居る生命体を自動的に喰らうスキルですー。先程貴女の魔剣に防がれた時は驚きましたがー」


シーナから距離をとり、アスモデウスが傷口に魔力を集中させ、治癒機能を強化させる。


「さてー、今回は邪魔者も居ない事ですしー、遠慮なく貴女を捕食するとしますかー」


対してシーナは暴食の魔力をその身から解き放った。


「いきますよー、《飢餓晩餐きがばんさん》」


シーナの周囲に黒い球体が三つ出現する。

そして、凄まじい勢いであらゆるものを引き寄せ始める。


「っ・・・」

「どうしますかー?流石にこれは防げないでしょう?」


アスモデウスの身体が、徐々に球体へと近付いていく。少しでも踏ん張る力を緩めれば、フワリと身体が浮いてしまうだろう。


「無駄ですってー。早く楽になりましょうよー」

「ほんと、前しか見えない馬鹿女ね」

「え────」


次の瞬間、黒い球体が全て消滅した。

そして、シーナがヨロリと体勢を崩す。


「分身・・・!?」


シーナの背後に立っていたのは、魔剣を振り下ろした体勢のアスモデウス。しかしそれは、本物のアスモデウスが魔力で生み出した偽物だ。


「覚悟しなさい、寝不足女!!」

「あ、やば・・・」


アスモデウスが魔剣を振りかぶる。

球体に引き寄せられたアスモデウスは、シーナのすぐ近くまで移動していた。そこから猛スピードで動き出したアスモデウスに、体勢を崩したシーナは対応出来ない。


「《夢幻邪光斬むげんじゃこうざん》!!!」


放たれた無数の斬撃がシーナの身体を切り刻む。

しかし、まるで痛みなど感じていないかのように、シーナはニタリと口元を歪めた。


「く、クフフフフ、美味しいですねー」

「ッ!?」


それを見たアスモデウスは、ある事に気付いて目を見開く。彼女の視線の先、本来ならばある筈の、彼女の左腕がそこから消えていた。


「次は右ですよぉーー!!」

「こ、の・・・」


咄嗟にアスモデウスは後退しようとするが、その直後に彼女の右腕が消滅する。そして遅れて大量の血がドバドバと地面に流れ落ちた。


「ひっ、いぎ・・・!?」

「あはははは、痛いですかぁ?でもまだまだ足りませんねぇ!!」


シーナの固有スキルが発動し、アスモデウスの全身が抉り取られる。


「最後は、とっておきを使っちゃいましょうかぁ!!」


そして、シーナの身体が黒いオーラに覆われた。


「そん・・・な・・・」


力が抜け、ぐらりと身体が傾いたアスモデウスがゆっくりと目を閉じる。


「《神をも喰らう暴食の口(デウスイーター)》!!!」


シーナが禁忌魔法を発動する。

彼女の全身から全方位へ向けて放たれた暗黒の波動は、凄まじい勢いであらゆる生命体を喰らい、やがてドーム状の迷宮全体を覆い尽くした。


「ふぅー、ごちそうさまですー」


やがて、禁忌魔法はシーナの身体の中へと喰らった魔力を運んでいく。膨大な量の魔力を手に入れたシーナは、満足そうに口元を拭った。


「さてー、する事も無くなりましたし、何をしま─────」


しかし、それで終わる筈が無かった。

突然シーナの肩から大量の血が噴き出し、彼女は驚いて振り返る。


「残念だけど、それじゃああたしは喰らえない」

「は、え・・・?」


そこに立っていたのは、両腕が無くなり、全身が抉れていたはずなのに、全ての傷が完治しているアスモデウスだった。


「ど、どういう・・・」

「《幻影分身ファントムアバター》、アンタが相手にしていたのは、ずっとあたしの創り出した偽物だったってわけ」

「そ、そんなはずありません!!感触も、味も、魔力も!!全て貴女のものだったのに!!」

「感触も、味も、魔力も・・・、全てあたしと同じ存在を魔力で生み出す事が出来るとしたら?それと、普通に転移魔法で遠くに避難してたから無事だったのよ」

「嘘だ・・・」

「突然だけど、あたしは一人の人間のせいで随分変わってしまったわ」


そう言って、アスモデウスが全身から魔力を放つ。それを身に受け、シーナの表情が恐怖に染まる。


「馬鹿でマヌケで変態で・・・でも面白くて優しくて。そんな人間を、あたしは心の底から好きになってしまった」

「う、うぅ・・・」


凄まじい勢いで跳ね上がっていくケタ違いな魔力。それは、アスモデウスが完全に引き出した色欲の魔力だ。


「あたしがこうして力を引き出せたのも、優しい彼に恋をしたから。そんな彼に想いを伝える為に、あたしはこんな所で負けるわけにはいかないのよ」


アスモデウスが浮かべた優しい微笑みを見て、シーナが残る全ての魔力を身に纏う。


「じ、冗談じゃありませんよ、色欲程度の魔力が、ここまで上昇していくなんて・・・!!」

「ふふ、最後にとっておきを使ってあげましょうか」


対してアスモデウスは、先程シーナに言われた台詞と同じようなことを言い、切り札である禁忌魔法を発動する。


「《甘美なる色欲の支配(ルクスドミネーション)》」


その直後、桃色の魔力がこの空間全体に放たれた。

それはシーナの身体を包み込むと、彼女の身体の自由を奪う。


「貴女は、あたしに何を望む?」

「ひっ・・・!?」

「助けて欲しい?このまま何も出来ずに死ぬのは嫌?」


呪縛から逃れようと必死にもがくシーナを嘲笑うかのように、アスモデウスはゆっくりと彼女に向かって歩を進める。


「この・・・化け物・・・」

「その化け物を喰らおうとしていたのよ?身の程を知れ、暴食の魔神」

「私は、貴女なんかに・・・」

「頭が高いぞ、ひれ伏すがいい」

「ッ!?」


アスモデウスの言葉を聞いた瞬間、シーナは地面に倒れた。そしてなんとか立ち上がろうとするも、何らかの力が彼女を上から押さえつけ、ピクリとも動く事が出来ない。


「無様ね、魔神シーナ」

「う、うううう・・・!!」

「先程までの余裕は何処へ行ったの?ほら、あたしを喰らってみなさいよ」

「・・・けて」

「ん?何か言ったかしら」

「助けて・・・ください」

「・・・ふーん、そう」


震える声でそう言われ、アスモデウスは禁忌魔法を解いた。そしてシーナに背を向けて歩き出す。


「あたし、ジークフリード達を見つけなきゃならないから。それじゃあね」

「っ──────」


それを見て勢いよくシーナは立ち上がり、自身が使用できる全ての魔法をアスモデウスに放った。そしてそのまま禁忌魔法を発動する体勢に移ったが────


「《甘美なる色欲の支配(ルクスドミネーション)》」

「あぐっ!?」


突然背後から声が聞こえたかと思った直後、シーナの身体は再び自由を奪われる。


「《幻影分身ファントムアバター》・・・ふふ、何度無駄な事をすれば気が済むの?」

「ひっ、いぃ・・・」


あまりの恐怖にシーナの身体はガタガタと震える。しかし自分の意思では身体を動かせない。


「折角見逃してあげようと思ったのに、自分で死を選ぶなんてね」

「あ、うぅ・・・」

「出でよ、死を呼ぶ紅の棺」


震えるシーナが、突如として現れた紅色の棺の中に閉じ込められる。


「い、嫌だァァァ!!!助けてくださ───」

「終わりよ、永遠の眠りにつくといい」

「──────」


そして、シーナの叫び声が途切れる。

数秒後、紅の棺が開くと、中に居たシーナはまるで眠っているかのように息絶えていた。


やがて、シーナの身体は粒子となって消滅する。


「さて、ゆっくりしてはいられないわね」


そう言ってアスモデウスは棺を消し、


「あたしはこうして生きてるんだから、あんたも無事でいてよね、ジークフリード」


遠くを見つめながら、そう呟いた。

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