第百五十九話 罪深い人
「アルテリアスがあちら側に手を貸しましたか」
全てが始まる場所で、全てを終わらせる少女がそう呟く。
常人ならば、ここに立っているだけで発狂してしまう程の魔力が満ちたこの空間で、ただ一人この少女はぼんやりと上を見上げていた。
上を見上げても、もう空は見えない。
グニャグニャと歪んだ空間に、地球とフォルティーナが霞んで映っているのが見えるだけだ。
「それで、いつまでそこに居るつもりですか、リリス・ハートオブウィッチ」
「っ・・・」
時空神クロノスが発した声を聞き、黙って立ち尽くしていたリリスの身体がビクリと動く。
「ほ、本当に申し訳ございません。や、奴らを始末する事が出来ませんでした・・・」
「別に怒ってなどいませんよ。貴女達ではアルテリアスに手も足も出ないことなど、分かりきった事なのですから」
「・・・」
「アルテリアスと、彼らは必ずここに来ます。貴女達の役目は・・・理解していますね?」
「勿論です」
「ふふ、期待していますよ」
クロノスが自分達に対して何もしてこない事に、リリスは心の中でほっと胸を撫でおろす。
「ッ─────」
しかし、向けられている視線が、今すぐにここから消えろと言わんばかりの冷えきった眼差しだと気付いて、リリスは直ぐにその場をあとにした。
「ジークさん・・・」
転移魔法を使い、何処かへと姿を消したリリスを見送り、クロノスはポツリと呟く。
『何処に行こうと、絶対迎えに行くから。無理矢理にでも連れて帰るから・・・だから覚悟しとけよ』
そう言っていた彼の姿が脳裏に浮かび、クロノスは頬を緩める。
『シオン・セレナーデ』としての記憶は、きちんと彼女の胸の奥に仕舞われている。
もう未練など何も無いが、『クロノス』として必ず彼は始末しなければならない。
「ふふ、ジークさん。共に全ての空間が崩壊するのを見届けましょう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
破壊と創造の神域は、五つの空間によって形成されている。
「あーもう、ほんま腹立つわぁ!!!」
「仕方ないですよー、あれはちょっと次元が違い過ぎましたものー」
そのうちの一つの空間に、魔神達は集まっていた。
アンリカルナは、アルテリアスとの戦闘を思い出して、烈火の如き怒りを露わにしている。一方シーナは、もう二度と戦いたくないと身を震わせた。
「チッ、禁忌魔法さえ発動していれば、必ず俺が勝っていたのだがな」
「いやいや、それでも無理でしょー。ステータスが相手より高くなった所で、あんなえげつない魔法を使われたら、世界もろともゴートゥーヘルですー」
「ふあぁ、確かに、再びあの女がここに来た場合は、俺達だけではどうしようもないかもな」
プライドが若干傷つけられ、イライラしている堕天使ウルスと、欠伸をしながらそう言うラグナ。たった数分の戦闘で、彼等は格上の存在というものを思い知らされたのだ。
「・・・待たせたな」
「おー、待ってましたよー。で、怒ってましたかー?」
「分からん。だが、恐らく次は無いぞ」
「怖いですねー。だって、クロノス様はあのアルテリアスとかいう女よりも強いんですものねー」
「今は大半の力を失っていらっしゃるが、それでもアルテリアスに匹敵する力を秘めているというのが恐ろしい」
そう言って、リリスが魔法を唱える。
「何してるんですかー?」
「ジークフリード達は必ずここに来る。それまでにクロノス様の力が戻ればいいが、足止めをしなくてはならんだろう?」
「なるほどー、ちょっとしたゲームですねー」
「ジークフリードよ、お前達の力を見せてみろ」
リリスの周囲に黒い渦が出現する。
その中からは、獰猛な唸り声が響いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうだ、アルテリアス。見つかりそうか?」
「すみません、まだしばらく時間がかかりそうです」
「そうか。悪いな、任せっきりで」
「いえいえ、お気になさらず」
場所は変わってフォルティーナ、ローレリア王国王都にて。
先程から休むことなく神域を探り続けているアルテリアスに、ジークは笑いかけた。
「何ですかその満面の笑みは」
「いやぁ、なんかこんなちっこい女の子が頑張ってるのを見てると、癒されるなーと」
「うっ、わ、私は貴方よりも年上なんですよ・・・」
「ははは、今はシルフィより幼く見えるけどな」
ジークがアルテリアスの頭を撫でる。
すると、当然というべきか、アルテリアスの顔は真っ赤に染まった。
「だ、だから、子供扱いしないでくださいってば!」
その場から動きたくても、神域を探っている状態のアルテリアスはその場から動けない。これまで殆ど他人と関わった事が無かったアルテリアスの中で、よく分からない感情が暴れる。
「ちょ、ちょっと、あの馬鹿・・・女神まで落とすつもりなのかしら」
「むむむ、ボクも頭撫でられたい・・・」
そして、こちらにはそれをこっそりと見つめている女子が二人。
「ってあれ、そうやって羨ましそうに見てるってことは、アスモデウスったら、やっと気持ちに気付いたんだねー」
「う、うるさいわね。別にあんな奴のことなんか・・・」
「キスしたいでしょ?」
「したい・・・うぐっ!?」
「あはははは!!やっぱり惚れてんじゃん!!」
「うるさいってば!!聞こえちゃうでしょ!?」
「何してんだお前ら」
「ッ・・・!!」
必死にレヴィの口を押さえつけていた時、その光景を目にしたジークに声をかけられ、アスモデウスの肩が跳ねた。
「な、何もしてない・・・」
あの時、どうして自分はあんなにも彼を積極的に求めたのだろうか。力と欲を抑え込んでいるアスモデウスは、顔を真っ赤にして俯く。
「・・・貴方は、本当に罪深い人ですね」
「え、何が?」
「その鈍感なところですよ・・・」
呆れたような眼差しでアルテリアスに見つめられたジークは、訳が分からず頬を掻いた。




