第百五十七話 森羅万象
狭間の女神アルテリアス。
銀色の髪をなびかせ、俺の前に降り立った彼女は、力を取り戻したシオンと同等か、それ以上の魔力を解き放ちながらリリスさんを睨みつけた。
「よくもやってくれましたね、リリス・ハートオブウィッチ。貴女達が行おうとしている事は、二つの世界を滅ぼしてしまうという事が分かっているのですか?」
「っ・・・」
これは凄まじいな。
二回ぐらいしか会ったことないけど、ここまでの魔力を持っていたなんて。
まあ、死んだ俺を転生させるレベルだし、一応女神様なんだから当然だとは思うけど・・・。
「もう空間の崩壊は始まっています。一度皆さんにも何が起きているのか見てもらいましょうか」
そう言ってアルテリアスが何かを唱えた。
次の瞬間、周りの景色が一瞬で変わる。
「なっ、ここは・・・」
「地上ですよ」
「転移魔法か・・・」
周囲を見渡せば、シルフィやエステリーナ達、リリスさん達も全員地上に転移させられていた。
「ジークフリードさん、空を見てください」
「え・・・なっ!?」
言われた通り顔を上げると、空には─────
「地球・・・なのか?」
「はい。時空の狭間が崩壊し、二つの世界が急接近しているのです」
空一面に、巨大なビルや建物が映っている。いや、映っているというのはおかしいのか・・・?
まるで、真上から都市を見下ろしているかのような、都市が逆さまに浮いているかのようなその光景は、地平線の果てまでどこまでも続いている。
「恐らく、地球でも大混乱を招いている筈です。地球上全ての場所で、まるで映像のように、異なる世界が映っているのだから」
「まじかよ・・・」
それを、まさかシオンがやったっていうのか?
「やはり、素晴らしい力だ・・・」
リリスさんが空を見上げながらそう呟く。
「あの力があれば、新たな世界を・・・」
「は・・・?」
新たな世界・・・?
待て待て、あの人は世界を滅ぼそうとしてるんだよな?
一体どういう事なんだ?
「このままでは、地球とフォルティーナが衝突し、二つの世界は滅んでしまいます」
「なっ・・・!?」
「止める方法はただ一つ、時空神クロノスを殺す・・・それだけです」
「そんな・・・」
シオンを、俺達の手で殺す?
「私の責任です」
「え・・・」
「シオンさんがクロノスにそっくりだという事は分かっていました。しかし、クロノスの魔力は一切感じられなかった。だから私は生まれ変わりか何かだろうと思い、貴方にはそれを伝えていなかった」
それは、一度時空の狭間に呼び出された時のことか。
「まあ、もし伝えられてたとしても、俺はシオンを殺したりなんかしてないぞ」
「そうでしょうね、貴方は仲間思いな方ですから」
「それに、別にアルテリアスのせいなんかじゃない。だから気にすんなよ」
ちょっと落ち込んでるみたいだから、頭を撫でてやった。すると、アルテリアスの頬がみるみるうちに赤くなる。
「も、もうっ、子供扱いしないで下さい!私は女神なのですよ!?」
「ちょ、ごめんて!そんな魔力放ってこないで!」
凄まじい魔力が吹き荒れる。
俺は吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか踏ん張った。
「ああもうっ!とにかく、他の皆さんにも様々な事をお伝えしなければなりません。なのでまず、あちらにいる魔神達を殲滅します」
まだ若干頬は赤いが、アルテリアスはそう言ってリリスさん達に向き直った。
「なあなあ、リリスさーん」
「なんだ?」
「さっきから女神だーなんだーって言ってるみたいやけど、ほんまにあの人強いん?」
「うわー、びっくりですねー。こんなにえげつない魔力が吹き荒れてるんですから、強いに決まってるじゃないですかー」
「へぇ、でも、調子に乗ってるみたいやし、ここで潰しといたほうがいいやんな!」
アンリカルナが魔力を纏う。
少し遅れて他の魔神達やリリスさんも戦闘体勢に入った。
「・・・舐められたものですね」
「ッ・・・」
アルテリアスが放つ魔力の質が変わる。
全てを呑み込んでしまうかのような魔力から、全てを凍てつかせてしまうかのような魔力へと。
「いいでしょう。全員まとめて相手をしてあげます。そうですね・・・一分以内に少しでも私にダメージを与えてみてください」
「っ、あはは、そっちこそ図に乗り過ぎやって!!!」
アンリカルナが跳躍し、槌を振りかぶる。
「《破壊槌》!!!」
そしてそれを、アルテリアス目掛けて勢いよく振り下ろした。
「・・・え」
「ふふ、どうしたのですか?」
しかし、その一撃はアルテリアスの右手の人差し指一本で受け止められる。それを見て全員が息を呑んだ。
「アンリ、どいてくださいー」
シーナが黒い球体を三つ創り出す。
「喰らえ、《飢餓晩餐》」
そしてそれを、アルテリアス目掛けて飛ばした。
って、あれ動かすこと出来たんかい。
「無駄です」
しかし、アルテリアスが軽く手を振っただけで球体は全て消滅する。
「うわー、マジですか・・・」
「ふふ、マジです」
そう言ってアルテリアスが微笑む。
うん、ちょっと次元が違いますねこれは。
俺達があんだけ苦戦した魔法を、あんなにもあっさり消すなんて・・・流石は女神ってとこか。
「よそ見している場合か!!」
「・・・?」
そんなアルテリアスの真上から、漆黒の翼を羽ばたかせた・・・ウルスだっけ?そいつが魔剣を振り下ろす。
「残念ながら、よそ見をしていてもその程度の攻撃なら対応出来ますよ」
「な────」
それに対してアルテリアスは特に慌てることもなく、魔剣を鷲掴みにして勢いよくウルスを地面に叩きつけた。その衝撃で地面が割れ、凄まじい風が吹き荒れる。
「さっきからうるさいぞ。大人しく死ぬがいい」
地面にめり込んだウルスを、リリスに向かって放り投げたアルテリアスに、魔神ラグナがレーザーのような魔法を放つ。
「別にうるさくしているつもりはないのですが・・・」
だが、アルテリアスの目の前でレーザーは消滅する。
「さて、そろそろ貴女が魔法を使ってみてはどうでしょうか、リリス・ハートオブウィッチ。貴女も空間魔法を使用することが出来るのでしょう?少し見せてくださいませんか?」
「・・・」
「あら、出来ませんか?そうですよね、貴女の空間魔法は《空間と空間を繋げる》というものですもの。ふふ、逃亡用には丁度いい魔法なのではないですか?」
「舐めるなよ、女神如きが!!!」
リリスさんが魔力を解き放つ。
「《混沌招く無限崩魔剣》!!!」
そして、空を埋め尽くす程の魔剣を召喚した。
「ははははは!!!私は無限に魔力を生み出す事が出来る!!!お前は女神といえど、魔力に限界があるだろう!?」
「・・・ふふ、だから?」
対してアルテリアスも何らかの魔法を発動した。
「《全天神器》」
アルテリアスの周りに様々な武器が召喚される。
一つ一つが魔神クラスの魔力を秘めてるってのが、ちょっと信じられないんだが・・・。
「愚かな罪人に、裁きの鉄槌を」
「ッ!?」
そして、アルテリアスが召喚した武器が突然消える。
次の瞬間、空を埋め尽くしていた全ての魔剣が消滅した。
あの武器が今の一瞬で、あの数を・・・?
「ぐあッ─────」
同時に光を放つ剣がリリスさんの身体を縦に切り裂く。
明らかに致死量を上回る血が、彼女の身体から噴き出した。
「────ぐっ、ふふふ、その程度か」
「あら、凄い回復速度ですね」
しかし、リリスさんの傷は一瞬で元に戻る。
それを見てアルテリアスが少しだけ驚いてるっぽいけど、浮かべる笑みはさっきから変わらない。
「そういえば、もう一分経ってしまったようです。まだ続けますか?」
「・・・」
「ふふ、まだ続けたいようですね」
アルテリアスの身体がふわりと浮き上がる。
そして、彼女に凄まじい量の魔力が集まり始めた。
「おいこらアルテリアス!!お前、王都消し飛ばすつもりじゃないだろうな!?」
「大丈夫ですよ・・・多分」
「安心出来ない!?」
マジで洒落になってない。
冷や汗が止まらないし、後ろを見ればエステリーナやシルフィが気を失いかけてる。
それ程までに、今アルテリアスが放っている魔力はえげつないというわけだ。
「貴女の空間魔法を使えば、クロノスが居る場所まで転移することが出来ますよね?ふふ、受け止める自身があるのなら、逃げなくてもいいですけで」
「ぐっ・・・」
「さあ、これが本当の魔法というものです」
「馬鹿っ、マジでやんのかアホ女神ーーーーーッ!!!」
あ、これ死んだかも。
「《森羅万象》」
次の瞬間、世界が光に包まれた。




