第百五十五話 さよなら
『貴女は、自分が何をしようとしているのか、分かっているのですか!?』
────誰だろう。
視線の先に居る銀髪の女性が、何やら自分に怒鳴っている。
『ええ、十分理解していますよ』
────え。
今の声は、私にそっくりだった。
『新たな世界を創る為には、多少の犠牲が出るのは仕方の無いことです』
『多少・・・?一体何十億人が命を落とすと思っているのですか!!人だけじゃない、魔族も動物も植物も・・・数え切れない程の生命が命を落とすことになるんですよ!?』
『だったらなんだと言うんです?ここまで世界を追い込んだのは、人間達だというのに』
『それでも、貴女は間違っています。そんな事をさせる訳にはいきません!!』
『ふふ、邪魔をするというのですね。それでは、貴女も創造の犠牲者に加えてあげますよ、アルテリアス』
見覚えが、聞き覚えがあるこの光景。
崩壊を始めた空間で、凄まじい魔力が激突する。
衝撃波は二つの世界を震わせ、あらゆる場所で災厄を招いた。
そして、一体どれ程の時間が経過したのだろう。最後に立っていたのは、銀髪の・・・アルテリアスと呼ばれた女性だ。
『・・・ふふ、私も運が悪いですね。まさか空間崩壊に巻き込まれてしまうなんて』
『はぁ、はぁ・・・』
『残念ですが、諦めませんよ』
『っ・・・』
『必ず・・・必ず私は力を取り戻してみせます。その時が、貴女の、そして世界が終わる時・・・です』
───ああ、そうか。全て思い出した。
・・・その時が、来たのですね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふっ、来たか」
ジークが扉を開けると、僅かに笑みを浮かべるリリスが腕を組み、彼らを待ち構えていた。その身から放たれる尋常ならざる魔力を身に受け、ジーク達は身構える。
「っ、シオン・・・!」
そして、彼女の背後には、黒い球体の中で苦しげな表情を浮かべるシオンが居る。
「・・・シオンに何をするつもりですか」
「今にわかる。だから私の邪魔をするな」
リリスが魔法を唱える。しかし、そんな彼女の前に、アンリカルナ達が現れた。
「ちょっとぉ、崩れるからウチらには暴れんなって言っといて、ガチで魔法放とうとしてるやんか!」
「それならば、俺達も戦闘に参加させてもらいたいんだが」
堕天使の男、ウルスがルシフェルを睨みながらそう言う。一方アンリカルナは楽しそうにレヴィに向かって手を振った。
「やっほー、レヴィちゃん!元気してたー?」
「・・・」
「無視せんといてやー!」
レヴィの身から魔力が放たれる。
それを感じてアンリカルナは手を振るのをやめた。
「ふあぁ、眠い・・・。どうでもいいからとっとと片付けてくれよ」
「私達はここで観戦しておきますー」
少し離れた場所で、壁にもたれ掛かって目を閉じるラグナと、よく分からない魔物をスキルでムシャムシャ食べているシーナがそう言う。それを聞いて、リリスは全身に雷を纏った。
「さて、もうすぐ我々の悲願が叶う。その邪魔をするというのなら、消し炭にしてやるぞ、雑魚共」
「・・・ほんとに、同じリリスさんとは思えねーな。アスモデウスの前でよくそんな事が言えるもんだ」
「ふっ、もう妹などと思っていないッ!!」
稲妻が迸る。壁を、床を、天井を伝い、雷魔法はジークに襲い掛かった。
「何がしたいのかは知らねえけど────」
「っ!!」
「自分が間違ってることに、いい加減気付きやがれ!!」
手加減して勝てる相手ではない。それを理解しているジークは、迫る魔法を躱し、本気でリリスを殴った。
「ふん、そんなものか」
「ちっ、魔剣か!」
しかし、その一撃は何本もの魔剣によって防がれる。
「《混沌招く無限崩魔剣》!!」
その直後、フロア全体に魔法陣が出現し、一斉にジークに向かって魔剣が放たれた。
「ぐあああっ!?」
「ジークフリード!?くっ、リリス姉・・・!!」
吹っ飛んだジークはイツキが受け止めた。
それを確認してアスモデウスは魔剣を召喚し、リリスに斬りかかる。
「ははははッ!!お前が私に剣を届かせることが出来ると思っているのか!!」
「《神速郷》!!」
「《絶望導く七つの魔剣》!!」
「なっ、がはっ!?」
凄まじい速度でルシフェルがリリスを斬りつけ、怯んだ隙にアスモデウスが魔剣を操ってリリスを吹っ飛ばした。
「残念だけど、あたしには頼れる仲間達が居るもんでね」
「・・・ククッ、少しはやるようだな」
しかし、リリスの傷はみるみるうちに回復していく。
「だが、その程度で私に勝てると思うな!!」
「別に思っちゃいないさ」
「なっ・・・!?」
そんなリリスの背後には、いつの間にか魔力を腕に集中させたジークが立っていた。
「シオン、今助けてやるからな」
「しまっ────」
そして、ジークは球体を殴りつけた。
衝撃で球体は粉々に砕け散り、閉じ込められていたシオンは地面に倒れ込む。
「シオン、大丈夫か!」
「・・・ぅ、ジークさん?」
「ああ、無事で良かった・・・」
意識を取り戻したシオンを見て、リリスは目を見開く。
しかし、すぐにあることに気付き、彼女は確信した。
「さあ、王都に帰ろう。朝になったら遊びに行くって言ってたろ?あまり寒くないところがいいよな。でも、そうなると場所が限られるから・・・」
「・・・」
「シオン?」
「ごめんなさい、ジークさん」
そう言ってシオンが立ち上がる。そして彼女の目から涙が零れた。
「全部、全部思い出したんです・・・」
「え?」
「今まで、本当にありがとうございました。貴方に出会えて、本当に良かった・・・」
「お、おい、何を言って・・・」
「さよなら、大好きなジークさん────」
次の瞬間、凄まじい魔力がシオンの身から解き放たれ、ジークは吹っ飛んだ。
「ぐあっ!?」
「ジーク!!」
壁に衝突したジークに、エステリーナが駆け寄る。
向こうに顔を向ければ、目が眩む程の光がシオンが居た場所から放たれている。
「は、ははは、ハーーーッハッハッハッハッ!!!!遂に、遂にこの時が来たのだ!!!!」
リリスが笑う。そして、光に向かって跪いた。
「ふふふ、よくやってくれました、リリス・ハートオブウィッチ」
「え────」
やがて、光が収束されていき、一人の少女が姿を現す。
彼女を見て、全員が目を見開いた。
「・・・まだ殆ど力は取り戻せていませんが、それでも此処に居る全員を殲滅するのに一分・・・というところでしょうか」
短い銀色の髪、蒼く輝く眼、それはいつもの彼女とはあまりにも異なって見える。
しかし、声も顔も、彼女そのものである。
「そ、そんな、どういう事だよ・・・シオン」
ジークが銀髪の少女を見つめながら、そう言う。
しかしその声は震えていた。
「・・・残念ながら、貴方達の知るシオン・セレナーデは偽りの存在です」
「は・・・?」
そして、銀髪の少女は、この世の全てを呑み込んでしまうかのような、全てを凌駕する魔力をその身から放ち、
「私は時空神クロノス。さあ、終焉を始めましょうか」
透き通るような声でそう言った。




