第百四十九話 絶望
リリス・ハートオブウィッチ。
突然姿を変えたリリスが笑みを浮かべながらそう言った。
ジークは思わず一歩後ずさる。
凄まじい魔力を放つ目の前の女性が、あのリリスであるとまだ信じる事が出来ない。
「り、リリス姉・・・?」
アスモデウスがリリスに近付く。
「何言ってるの?ほら、もう魔神達は何処かに行ったから・・・、リリス姉はその人間を守ってたんでしょ・・・?」
「・・・」
「ね、ねえ、リリス姉────」
「アスモデウス、離れろ!!」
突然リリスの目の前に魔法陣が出現し、そこから漆黒の剣が勢いよく飛び出した。
ジークは咄嗟に地を蹴り、アスモデウスに触れるギリギリのところで剣を粉砕する。
「何をやってるんだよあんたは!!」
「・・・」
「アスモデウスはあんたの妹だろ!?いつまでふざけてるんだよ!!」
「いつまで目を背けるつもりだ?」
リリスが魔力を纏う。
「《薙の雷》」
「ぐっ─────」
そして放たれた雷魔法を受け、ジークは壁を突き破ってギルドの外に吹っ飛んだ。
「このッ!!」
「《雷柱》!!」
「うぐあっ!?」
さらに真下から放たれた電撃が容赦なくレヴィを焼く。
「ギルド長・・・!!」
「よくもご主人様をッ!!」
エステリーナとシルフィが左右からリリスに斬りかかる。
しかしそれを見てもリリスは動じない。
「エステリーナ、動揺しているのか?纏う魔力が乱れているぞ」
「っ・・・!!」
「シルフィ、主人が攻撃されて頭に血が上っているようだが、糸を使った方が良かったのではないか?」
「このっ!!」
「《雷槍》」
そして、リリスが左右に雷魔法を放った。それはエステリーナとシルフィを呑み込んで床や壁を破壊する。
「ルシフェル、その怪我では自慢のスピードを活かすことが出来ないようだな」
「くっ、神速────」
「遅い」
ルシフェルが魔法を発動しようとするも、それよりも早くリリスの魔法がルシフェルを吹っ飛ばす。
「う、うぅ・・・」
「どうしたアスモデウス、私を殺してみろ」
「うあああッ!!《絶望導く七つの魔剣》!!」
恐怖を叫びで紛らわせ、アスモデウスが魔剣を召喚する。
「ふん、たった七本の魔剣しか召喚出来ないのか」
それを見たリリスが魔法を発動した。
「《混沌招く無限崩魔剣》」
彼女の周囲に無数の魔法陣が出現し、そこから大量の魔剣が召喚される。
「う、嘘でしょ・・・」
一本一本が桁違いの魔力を秘めており、アスモデウスが召喚した魔剣では傷一つ付けることが出来ないだろう。それを思い知り、アスモデウスの表情が絶望に染まる。
「さあ、大人しく全員死ね」
「ふざけるなァァァァァ!!!」
「むっ・・・」
そしてリリスが魔剣を放とうとした時、叫び声と共にジークがリリスに襲いかかった。
「ははははっ!!耐え切れるか・・・!?」
そんなジークにリリスが一斉に魔剣を放つ。
恐ろしく硬い魔剣を掌打や蹴りでジークは砕くが、次第に身体を刻まれ始めた。
「ぐっ・・・!」
「そんなものか、ジークフリード!!」
「シオンを開放しやがれッ!!」
一気に放った魔力が魔剣を弾き飛ばす。そしてジークはリリスに強烈な蹴りを放った。
「ふん・・・」
「なっ!?」
「その程度の攻撃が私に通じると思うな」
しかし、リリスの前に結界が出現し、ジークの一撃は受け止められる。
「・・・今までずっと騙してたんですか」
「・・・」
「皆あんたを信用してました。なのに、その全員を裏切るんですか!!!」
ジークが叫ぶ。
願わくは嘘であって欲しいと。いつものように自分達をからかっているだけであって欲しいと。
「ああ、残念ながらな」
「ッ─────」
リリスが膨大な魔力を放つ。それは全てを破壊する雷となり、目の前にいるジークを吹き飛ばした。
「うぐっ!!」
「じ、ジークフリード、大丈────」
吹っ飛んだジークはアスモデウスに激突する。
「《雷槍》》」
「ぐあああッ!?」
「きゃあッ!!」
そこにリリスが雷魔法を放ち、二人は倒れた。
「ば、馬鹿な・・・」
イツキが周囲を見渡してそう呟く。
エステリーナとシルフィ、レヴィは先程から倒れたままの状態、恐らくかなりのダメージを受けたのだろう。
そしてルシフェルも傷が開いたのか、胸元を押さえて苦しんでいる。ジークとアスモデウスも今の一撃を受けて立ち上がることが出来ていない。
「あ、ありえない・・・」
そんな時、レヴィが震えながらそう言った。
「何がだ?」
「あ、あれだけ魔法を使っておいて、魔力が全く減ってない・・・」
「ふっ、気付いたか」
リリスは倒れるレヴィに近付き、邪悪な笑みを浮かべて彼女の頭を踏み付ける。
「《魔女の心臓》」
「え・・・」
「私の心臓・・・、それが潰されない限り、私は永久に魔力を生み出すことが出来る」
「なっ・・・!?」
「人間への憎しみが生んだ私の固有スキル・・・とでもいうべきものか」
そして、リリスはレヴィを蹴り飛ばした。
「り、リリス姉、前に言ってたよね・・・」
それを見ながらアスモデウスが目に涙を浮かべる。
「魔族と人間が手を取り合える世界にしたいって・・・。な、なのに、人間への憎しみって・・・、あれは嘘だったの?」
「・・・取り合えるわけが無い」
「っ・・・」
一瞬、リリスの表情が僅かに変化した。
「さて、そろそろ失礼させてもらうとしようか」
しかし直ぐに表情を戻すと、リリスはシオンのもとに向かって歩き始める。
「まてよ・・・」
「・・・なんだ?ジークフリード」
「シオンをどうするつもりだ」
なんとか立ち上がり、ジークはリリスを睨みつける。
「かつて、柳という男が居たことはお前も知っているな?」
「柳・・・古代都市の時の・・・?」
「シオン・セレナーデがあの男のことを言っていただろう?魔眼の真の力はまだ解放されていないということを」
ジークはあの時のことを思い出す。
不安そうな表情で自分の魔眼について語るシオンの姿が。
そして、
「・・・なんであんたがそのことを知ってんだ」
「私が柳の協力者だった・・・と言えばどうする?」
「っ・・・!!」
あの時、何故リリスは古代都市に現れたのか。
そして、何故リリス程の実力者が柳程度の攻撃で負傷し、シオンを連れ去られてしまったのか。
もしもあの時、リリスがわざと負傷した振りをして、柳にシオンを攫わせたのだとしたら。
「私はあの男に期待していたのだがな。異世界の科学とやらでシオン・セレナーデの力を解き放ってくれると」
「・・・」
「がっかりしたよ。まあ、もうあの男は始末したがな」
彼女の発する言葉には、何の感情も篭っていない。
「あんたは、いつからシオンの魔眼のことを知っていたんだ」
「ふっ、お前達が初めてギルドを訪れた時からだ」
「なっ・・・」
「あの時は衝撃を受けたものだ。以前から手に入れようとしていたものが、こんな娘に宿っていて、自分から私の前にやって来てくれたものだからな」
「そんな・・・」
もっと早くに気付くべきだった。思えばベルフェゴールの禁忌魔法で全員の動きが遅くなっていた時、リリスだけが普通に動けていた。あの禁忌魔法は、『自分より強い相手には効かない』・・・そんな魔法だった筈である。
つまり、リリスはベルフェゴールよりも遥かにレベルが高かったというわけだ。
その時点でリリスの嘘に気付いていれば。
そんな後悔が脳内を駆け巡り、ジークの身体がぐらりと揺らぐ。
「さて、お別れの時間だ」
そして、リリスが球体の中で浮かぶシオンの隣に立ち、転移魔法を発動する。
「待てよ、まだ話してないことがあるだろ・・・」
「・・・」
「シオンを、返せよッ・・・!!」
残された力を振り絞り、ジークは床を蹴ってシオンに手を伸ばす。
「次に会う時にこの世界がどうなっているのか・・・楽しみだ」
しかし、その手が届くことは無く、リリスとシオンは姿を消した。
「なんでだよ・・・」
力が抜け、ジークは膝から崩れ落ちる。
『今の内に、沢山思い出を残しておきたいんです』
そして、微笑みながらそう言う彼女が頭に浮かび────
「うああああああああああッッ!!!!」
深夜の王都に少年の叫びが響き渡った。
簡単な人物紹介
【サタン】
・年齢不明
・身長57m
・体重 何十tもあります
・好きなもの、こと
破壊
・嫌いなもの、こと
レヴィアタン、ジーク
・魔法
憤怒の禁忌魔法
・初登場
第四十一話
憤怒の罪を司る超巨大な魔神。すぐ怒り、パンチ一発で街を壊滅させる程の恐ろしい相手だが、ジークによって葬られた。




