第百四十七話 揺らぐ感情
「あっはっはっは!!どうしたんレヴィちゃん、前より弱なってない?」
「こいつ・・・」
高らかに笑うアンリカルナの視線の先には、強烈な一撃を受けて壁にぶつかったレヴィが膝をついている。
前回よりも遥かにアンリカルナの力が上昇していることに、レヴィは内心動揺していた。
「あー、なんでウチの力が増してるんか気になるって顔してんなぁ」
「別に、気になってないし」
「あはは、ウチ、こう見えて怒ってるんやでー」
「は?」
「憤怒の魔神は怒れば起こる程力が上昇するからなぁ」
アンリカルナの槌に魔力が集まっていく。
「さっき、人間の返り血が目の中に入ったんや!!!」
そして突然鬼のような形相で、アンリカルナは勢いよく槌を振るった。凄まじい速度で放たれた一撃をレヴィは躱すことが出来ず、背後の壁を突き破って吹っ飛んだ。
血が飛び散る。遅れてレヴィは自身の頭から大量の血が流れ出ていることに気付く。
「は、はは・・・」
意味がわからない。
自分が勝手に人間達を殺しておいて、返り血が目に入ったからという理由でマジギレしている。
しかし、たったそれだけの理由でレヴィが敵わない程にアンリカルナの力は上昇していた。
「うぐっ・・・!!」
かなり遠くまで吹っ飛んだレヴィは、瓦礫ごと民家に突っ込んで地面に激突した。
「あー・・・、これはちょっとやばいかも・・・」
身体が動かない。
自分のステータスを確認すれば、既に生命は四分の一を切っていた。それにより、彼女の固有スキルが発動し、魔力が倍になる。
「おっ、魔力が上昇してるやん」
「っ・・・」
顔を上げれば、いつの間にか屋根の上に立ち、アンリカルナがレヴィを見下ろしている。
「でも、あと一、二発で終わりかな?」
「・・・」
「ん、あれ?」
アンリカルナは首をかしげた。
レヴィの魔力上昇率がおかしい。異常なまでの速度で魔力が跳ね上がっている。
「ッ!!!」
次の瞬間、突然レヴィの姿が消えたかと思うと、アンリカルナの首を何かが掠めた。振り向けばレヴィが水の鎌を手に持って自分を睨んでいる。
「あっぶなー、頚動脈切れるとこやった・・・」
内心ヒヤヒヤしつつ、アンリカルナは槌を振りかぶる。しかしもう目の前にレヴィは居ない。
「《バニッシュイレイザー》!!」
「ぐっ・・・!!」
背後から放たれた魔法がアンリカルナを呑み込む。それは周辺の家を吹き飛ばし、容赦なくアンリカルナの身を焼いた。
「っ、はは、嫉妬か・・・!」
「そんなにも強いなんて、羨ましくて仕方ないよッ!!!」
互いに全力、さらに魔神としての力を完全に引き出している状態である。渦巻く嫉妬の魔力と、大地を揺るがす憤怒の魔力が王都内部で衝突した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「弱いですねー、全く力を引き出せていないじゃないですかー」
「くっ、うっさいわね・・・」
「私は今非常にお腹が空いていますー。だから沢山人間を食べましたー。つまり力をフルに引き出せている状態なんですよー?それに比べて貴女は力を微塵も引き出せていない・・・どうして今まで私は貴女よりも弱かったんでしょうねー」
そんな言葉を受けながら、アスモデウスは地面を睨みつける。
そう、彼女は色欲の魔神でありながら、性欲などを抱いたりしていない。その状態では力など引き出すことは不可能だ。
「さあ、もう食べちゃっていいですかー?」
色欲の美宮殿での戦闘でもそうだったが、アスモデウスはシーナに手も足も出ていなかった。
あの時ジークが助けに来ていなかったら、確実に命を落としていた。今回も彼女は一方的に攻撃を受け、徐々に追い詰められている。
「そんなの・・・どうしろっていうのよ・・・」
色欲の魔神でありながら、欲を抱かない魔神。
アスモデウスは自身のプライドを完全に砕かれ、唇を噛み締める。
「じゃあそろそろ終わりにしましょうかー」
「っ・・・」
「《飢餓晩餐》」
シーナが魔法を発動した。
黒い球体が彼女の前に出現し、凄まじい勢いで周囲にあるものを吸収し始める。
「くっ、うう・・・!!」
「抵抗しても無駄ですよー。もう貴女の死は確定事項ですー」
「あたしは・・・まだ・・・」
「んー?」
「まだ一度も恩返し出来てないのにっ・・・!」
徐々にアスモデウスの身体は球体に引き寄せられていく。
「恩返しー?ああ、ジークフリードにですかー?なーんだ、貴方もあの人間に惚れ込んでるんですねー。で、だから何だって話なんですけどー」
全力で踏ん張るが、身体は嫌でも引きずられる。
「無駄ですよ、無駄無駄。そういえば貴女、人前じゃかなり強がってますけど、内心怯えてますよねー」
「っ・・・」
「力を上手く扱えない自分を強く見せるために、ただ強がっているだけでしょう?本当はいつも怖くて怯えているんでしょう?」
「うるさい・・・」
「本当は助けに来て欲しいんでしょう?」
「黙れ・・・」
「ああそうだ、一つ言い忘れてましたー」
シーナはニッコリと笑うと、黒い球体をさらに二個創り出した。
「ッ─────」
「実はこの魔法、三個まで創り出せるんですよねー」
アスモデウスの身体が浮く。
「はい、おしまいですー」
もう駄目だ。アスモデウスは死を覚悟した。
その直後───
「ちょ、またこのパターンですかっ・・・!」
「へ・・・うわっ!!」
突然シーナが吹っ飛び、黒い球体が消滅する。アスモデウスはそのまま顔面から地面に倒れ込んだ。
「あれれ、よく見たらラグナさんじゃないですかー。どうしてここにー?」
「チッ、邪魔だ寝不足野郎が」
「なんですかそれー」
シーナを見れば、オレンジ色の髪の男と二人で倒れ込んでいる。
そして、
「おっと、いつの間にかこんなとこまで来ちまったか・・・」
「あ・・・」
「ってアスモデウス?」
恐らく彼とオレンジ髪の男は戦闘を行いながらここまで移動して来たのだろう。そして彼が吹っ飛ばしたオレンジ髪の男がたまたまシーナに衝突し、黒い球体が消滅した・・・そんなところだろうか。
「大丈夫か?」
彼・・・ジークが手を差し出してくる。
「だ、大丈夫・・・一人で立てるから・・・」
しかしアスモデウスは下を向き、手をとることを拒んだ。
それを見てジークは呆れたような表情を浮かべる。
「あのなぁ、強がってないでもっと頼れよ。俺でよかったらいくらでも力になってやるからさ」
「っ・・・」
「あーもう、ほれ」
そしてジークは無理やりアスモデウスの手を掴み、立ち上がらせる。
「って、顔真っ赤だけどなんかあったのか?」
「何でもないわよ、馬鹿っ・・・」
アスモデウスに顔を逸らされ、ジークは自分が何かやらかしたのかと少し焦る。そんな彼らを見て、シーナは苛立った。
「なんですかあれー。こんな時でもラブコメるんですねー」
「あー眠い・・・」
「ちょ、早くどいてくださいよー。何寝ようとしてるんですかー」
「俺は怠惰の魔神だからな」
「頭おかしいんじゃないですかー?」
シーナはラグナを吹っ飛ばして立ち上がり、ジークとアスモデウスに顔を向ける。
「餌が増えましたねー。いいですよー、両方私が喰らってあげますからー」
「・・・いや、残念ながら時間のようだ」
「はいー?」
そして戦闘体勢に入ろうとしたが、いつの間にか吹っ飛ばした筈のラグナに後ろからそう言われ、シーナは動きを止めた。
「どうやらアレは手に入ったようだ」
「まじですかー。じゃあこれ以上戦闘続けたら怒られますかねー」
「ああ、そうだろうな」
「おい待てよ、さっきから何を言ってやがる」
訳の分からない会話を始めた魔神二人にジークがそう言う。
「俺達の仕事はもう終わった。残念ながら、お前と決着をつけるのはまだ先になりそうだ、ジークフリード」
「ふふー、次こそは必ず食べちゃいますよーアスモデウス。余計な邪魔が入らないことを祈っておきますー」
「っ、待ちやがれ!!」
突然シーナとラグナの身体が光に包まれる。それを見てジークは、彼らが転移魔法を使ったことに気付く。
そして、ジークが動くよりも先に、二人の姿は消えた。
「くそっ、毎回毎回逃げやがって・・・!!」
「・・・」
「まだ別の場所じゃ戦闘が続いてる。俺はそっちの方に行ってくるからアスモデウスはここにいろ」
「あっ、待って・・・!」
もしかしたら別の場所にシーナ達は姿を現すかもしれない。そう思ったジークはまず南に向かおうとしたのだが、アスモデウスに服を引っ張られて振り返る。
「なんだよ」
「置いてかないで・・・」
不安そうな表情でそう言われ、ジークは驚いた。あのアスモデウスが、そんな表情を浮かべるとは・・・と。
それに、よく見ればアスモデウスの身体は傷だらけだ。こんな場所で待機させるのは、いくら魔神だからといって危険かもしれない。
「わかった、じゃあちょっと失礼」
「え、きゃあっ!?」
そんな彼女をジークはお姫様抱っこする。怪我をしている状態で走るのはしんどいだろうと彼なりに考えた結果の行為である。
「よし、いくぞ」
そして、ジークは勢いよく地を蹴った。
簡単な人物紹介
【ガルム・リット】
・年齢35歳
・身長184cm
・体重84kg
・好きなもの、こと
迷宮探索、筋トレ
・嫌いなもの、こと
立ち往生
・魔法
現在不明
・初登場
第四十四話
アカリ、クラウンとパーティーを組んでいる豪快な男。アカリが小さい時から面倒を見ており、彼女を娘のように可愛がっているが、本人からはめんどくさいと結構嫌がられている。




