第百四十一話 運んであげる
「ね、ねえ、その・・・」
「んー?」
「た、助けに来てくれて、ありがとう・・・」
え!?
あのアスモデウスが、今俺に礼を言ったのか!?
突然の出来事にかなり驚きながらも、真っ赤な顔を両手で覆っているアスモデウスを見つめる。
てっきり俺は、『別に助けに来てなんて言ってないんだから!』とか『あたし一人でなんとか出来たわよ!』とか言われると思ってたんだけど。
「な、何よ」
「成長したんだなぁ」
「うるさいわね・・・」
うんうん、お兄さん嬉しいよ。
「しっかしあいつ、お前の部下全員吸収しやがったけど」
「そうね、あの程度の魔法にやられるなんて」
「アスモデウスさんも、俺が支える前はちょっとやばそうでしたけどね」
「そ、そんなことないわよ」
まあ、あの魔法は俺も耐え切る自信は無い。アスモデウスが分身で攻撃してくれなかったら、最悪の場合死んでたと思う。
「はぁ、これからどうしようかしら。またあいつが来た時の為に色々と準備しておかないと・・・」
「あ、その事だけどさ。良かったら俺の家に来るか?」
「は・・・?」
あれ、聞こえなかったのだろうか。
しょうがない、もう一度言ってやろう。
「良かったら俺の家に来るかって言ったんだけど」
「え、ええええっ!?」
「俺の近くに居たら、あいつが来ても守ってやれるだろ?」
「ま、守っ・・・!?」
俺、何かおかしな事でも言ったか?なんでそんなに顔が赤くなるのか分からない。もしかして、笑いこらえてんのかな・・・?
「レヴィ達も居るぞ」
「それは分かってるけど・・・」
「ん?」
「は、初めてなんだもん」
「何が?」
「お、男の人の家に行くのなんて初めてなのッ!!」
うおお、急に大きな声を出すんじゃないよ。
てかこいつ、色欲の罪を司ってる割に純粋というかなんというか・・・。
「別に変なことしたりしないって」
「うぅ・・・」
駄目だ、なんかナンパしてるみたいになってる。
「嫌なら別にいいんだけど、心配だからさ」
「っ〜〜〜!なんでそんなに優しく接してくるのよ馬鹿!!」
「なんで!?」
マジで心配してるからそう言ってんのに。
俺は優しく接したら駄目だというのか・・・?
「分かったわよ!行けばいいんでしょ、行けば!」
「え、いや、強制じゃない───」
「服とか持ってくるから待ってて!!」
そう言ってアスモデウスは何処かに歩いていった。
うーん、やっぱり女の子って謎だなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え、ちょっと待って。あんたどうやって海を渡るつもり?」
「泳ぐ」
「馬鹿なの!?」
だって、行きも泳いで来たんだし。船は無いし、当然海上を走ったりなど不可能だ。
じゃあどうするか、泳ぐしかないでしょ。
「ほんと馬鹿ね。しょうがないから運んであげる」
「何を?」
「あんたをよ!」
え、マジすか。
「今日のアスモデウスなんか怖い」
「泳いで帰る?」
「いやぁ、今日もアスモデウス姉さんはいつも通り可愛くて頼りになるなぁ!」
「うっさいわね!」
そして、なんだかんだ言いつつも、アスモデウスは俺の着ている服の肩付近を掴むとバッサバッサと飛び始めた。
「おおー、アスモデウスタクシー」
「落としていい?」
「ごめんなさい」
この世界にはタクシーなど存在しないので、当然アスモデウスもタクシーを知らない筈なのだが、何故か変なことを言われたと分かったみたいだ。
「・・・ねえ」
「なんだ?」
「あたしが狙われるかもしれないからってわざわざ魔界に来たの?」
「ああ、そうだけど」
「・・・馬鹿じゃないの」
顔を上げれば、少しだけ悲しそうなアスモデウスの顔がよく見える。
「なんでそこまでしてくれるの?」
「え、まあ、友達だろ?」
「は?」
「それ以外に理由は無いんだけど・・・」
アスモデウスは俺のことをどう思ってるのかは知らんけど、俺は彼女のことを友達だと思ってる。
出会いは敵同士だったけど、アビスカリバー戦の時は協力してくれたし、普通に面白くて良い奴だ。
そんな彼女を助けるのに別に理由なんて要らない・・・と思うんですが。
「ふむ・・・」
今思えば、こんなに仲間達を大切にしようって強く思ってしまうのは、日本に居る友達ともう二度と会えなくなってしまったからなのかもしれない。
みんな元気にしてるかなぁ・・・。
「あんたのせいよ・・・」
「はい?」
かつての知り合い達を思い浮かべていた時、俺を運んでくれているアスモデウスがぽつりと呟いた。
「あんたのせいで、人間を嫌いになれなくなったじゃない・・・」
「はは、そりゃ良かった」
よく見れば、アスモデウスの頬は赤く染まっている。
「どうかしたか?」
「何でもない・・・」
「そうか」
それからしばらく互いに黙り込む。
気まずい、気まずいぞこれは。なんか面白い話はないだろうか。
「この前さー・・・」
「ひゃあっ、何よ急に!!」
「ちょっ、揺らさないで!?」
なんでそんなに驚かれたんだろうか。今手を離されてたらマジで終わってたぞ。
「ああもう、なんでこんなにドキドキしてるのよあたしは・・・」
「なんて?」
「何でもないわよ・・・」
ぼそぼそ喋るから全然聞こえなかった。まあ、多分大したことじゃないとは思うけど。
「んー、ちょっと寒くなってきたなぁ」
アスモデウスと話してたら、周囲の気温が下がってきた。徐々に人間界に近付いてるということか。
「え、ちょっと、なんでこんなに寒いの?」
「人間界は今冬なんだ」
「うぅ、あたし寒いの苦手なのに・・・」
ほんとだ、ちょっと震えてるな。
「や、やばい、力抜けてきた・・・」
「え?」
「寒すぎて力入らない・・・」
待って、嘘でしょ。
「が、頑張れアスモデウス!」
「ごめん、ジークフリード───へくちっ」
うぇーい、可愛いくしゃみだなおい。
って思った直後、寒さに震えるアスモデウスが手を離した。
「はぁ、ついてない・・・」
海面が迫る。
季節は冬、俺は顔面から海に突っ込んだ。
簡単な人物紹介
【アスモデウス】
・年齢不明
・身長162cm
・体重 死にたいの?
・好きなもの、こと
甘いもの、シャワーを浴びること
・嫌いなもの、こと
寒い場所
・魔法
魅了魔法、幻影魔法、色欲の禁忌魔法
・初登場
第六十八話
絶界の十二魔神の一人で、色欲の罪を司る少女。両親を人間に殺された過去を持ち、人間を憎んでいたが、ジークに出会ってからはその憎しみも薄れ始めた。ジークに惚れているのかは不明だが、多分惚れている。因みに王都ギルド長であるリリスの妹。




