第百三十六話 レヴィの本気
「はあああッ!!!」
憤怒の魔力を纏わせた槌をアンリは全力で振り下ろす。しかし既にそこには対象の相手の姿はない。
「《タイダルウェイブ》!!」
「うわっと、速すぎやろ!!」
槌が床に触れる直前、濁流のような波に呑まれ、アンリは向こうの壁に叩きつけられた。
「ほら、立ちなよ。そんなもんじゃないでしょ?」
「ははっ、すごいなぁレヴィちゃんは」
パワーなら圧倒的にアンリの方が上だ。しかしスピードはレヴィの方が遥かに高い。アンリの動きではレヴィを捉えることが出来ない。
「まあ、どんだけ速くても動きを止める方法はいくらでもあるんやで」
にっと笑い、アンリが槌を振り下ろす。
「《破壊槌》!!」
そして放たれた一撃は床を粉々に粉砕した。ここは一階、これ以上下へと落ちることはないが、水魔殿全体が激しく揺れ、レヴィの動きが止まる。
「そこや!!」
「っ!!」
アンリが槌を振るう。レヴィは咄嗟に水の壁を目の前に造り出したが、アンリの一撃はそれごとレヴィを吹っ飛ばした。
「ぐっ・・・!!」
勢いよく壁に衝突したレヴィだが、すぐに体勢を立て直して魔力を纏い直す。
「頑丈やなぁ」
「《出でよ、水鳴の冥獣達よ》」
そして召喚魔法を発動、彼女の周りに計六体の魔物が出現する。初めてジークとレヴィが出会った時、彼女が迷宮で召喚した魔物と同じタイプだ。
しかしあの時とは与えた魔力の量が違う。一体一体が150レベルクラスである。
「狩れ」
「ウオオオオン!!」
まるで狼のような冥獣達は、恐ろしいスピードで一斉にアンリに襲い掛かる。
「はは、元気やなぁ!!」
しかしアンリは動揺することなく、最初に襲い掛かった冥獣を槌で叩き潰す。さらに噛み付こうとした一体の顎を拳で粉砕した。
「《殺戮大回転》!!」
「ギ───」
アンリがその場で旋回し、巨大な槌を振り回す。そんな彼女を喰おうと襲い掛かる冥獣達は、次々と肉塊と化していく。
「レヴィちゃんもその程度なんかな?」
「は?」
「ウチはまだ怒ってないんやで!!」
そしてアンリはレヴィに向かって槌を放り投げた。突然の行動にレヴィも反応が一瞬遅れる。
「何言ってんの?」
「んん?」
「ボクも君如きに嫉妬なんかしてないんだよ」
「なっ────」
しかしレヴィは猛スピードで迫る槌を簡単に躱し、目にも止まらぬ速さでアンリの懐に潜り込み、至近距離で魔法を発動した。
「《バニッシュイレイザー》!!」
「うあっ!?」
放たれた光線はアンリを呑み込み、激しい大爆発を引き起こす。その衝撃で壁が吹き飛び、アンリは水魔殿の外の地面を転がった。
「っ、ふふふ、流石やわ。これは手ぇ抜いたら殺られるなぁ!!」
魔神としての実力差。
それを感じ取ったアンリはありったけの魔力を槌に込め始める。
「何をするつもり?」
そんな彼女の前にレヴィが降り立つ。
「決まってるやろ、禁忌魔法や!!」
「残念だけどそれは使えないよ」
「ッ!?」
突然アンリの身体が凍り付く。槌を振り上げたままの姿勢で彼女は困惑した。
「な、なんやこれ・・・!?」
「結構前に覚えてたんだけど、マンモンとの勝負じゃ魔力ゼロだったから使えなかったんだよね」
「こ、氷・・・」
「《凝固水縛》」
アンリの身体はどんどん凍り付いていく。しかし、彼女はこれまでよりももっと楽しそうに笑みを浮かべる。
「ほんま凄いわ。けどこんなんでウチを封じ込めると思わんといてや!!」
そして全身から憤怒の力を解き放ち、身体を覆っていた氷を粉々に砕いた。
「さあ、仕切り直し────」
「隙だらけだね、憤怒の魔神さん」
しかし、氷を砕いた時に致命的な隙が出来てしまった。
「あ、やば───」
「《海王轟鎌》!!」
至近距離でレヴィが水で造り出した鎌を振るう。その一撃は無防備なアンリの身体を切り裂き、真っ赤な血が辺りに飛び散る。
「あ、が・・・!?」
「君の負けだよアンリカルナ」
そしてトドメにレヴィが蹴りを放ち、激痛に表情を歪めたアンリは吹っ飛んだ。
「ゲホッ・・・。あかんあかん、これは無理やわ。相性悪過ぎやって・・・」
血を吐きながらアンリは倒れ込む。しかしレヴィはそんな彼女に容赦しなかった。地を蹴って高く跳躍し、高々と腕を掲げる。
「え、ちょ、嘘やろ・・・?」
凄まじい魔力が空に集まり、黒い雲が渦巻き始めたのを見てアンリの頬が引き攣る。
「ボクのこと殺しに来たんでしょ?じゃあ当然死ぬ覚悟も出来てるよね」
「き、禁忌魔法・・・」
これまで楽しげに笑っていたアンリの表情が、初めて恐怖に歪む。なんとか立ち上がろうとするも、力が入らない。
「うわぁ、最悪やん・・・」
やがて、抵抗するのを諦めたアンリが浮かべた乾いた笑みを見て、レヴィは禁忌魔法を解き放った。
「嫉妬する災厄の────」
「ふん、情けないなアンリ」
しかし、その直後の事だった。
空から放たれた雷がレヴィの身体に直撃し、彼女は空中で体勢を崩した。
「うぁッ!?」
空に集められていた嫉妬の魔力が消え、レヴィは勢いよく地面に墜落する。
「ま、麻痺・・・!?」
全身が痺れて動かない。先程の攻撃でレヴィは状態異常・麻痺に陥っていた。そんな彼女の前にある人物が現れる。
「おー、助かりましたぁ!」
「ふ、フードの・・・」
黒いフードを被った、顔の見えない謎の人物。男か女か分からないその人物は、倒れたまま動きを止めているレヴィを見下ろした。
「アンリをここまで追い込むとは・・・流石だなレヴィアタン」
「だ、誰なの・・・?」
そんなレヴィの問いにフードの人物は答えない。
「お前には少し役に立ってもらうぞ」
「は・・・ぁ?」
「ジークフリードを殺せ」
それを聞いたレヴィがフードの人物を睨みつける。しかしどれだけ力を込めても体が動く事は無い。
「ふ、ふざけないで・・・!!」
「ククッ、至って真面目さ」
フードの人物がレヴィに向かってある魔法を唱える。
「う、うぁ・・・!?」
「お前は嫉妬の魔神・・・その本質を私に見せてくれ」
レヴィの頭の中に何かが侵入する。
やがて、新たな憤怒の魔神を圧倒した嫉妬の魔神は、たった一人の乱入者によって意識を失った。
簡単な人物紹介
【シオン・セレナーデ】
・年齢16歳
・身長160cm
・体重・・・秘密です
・好きなもの、こと
料理、読書
・嫌いなもの、こと
悪い人
・魔法
風魔法
・初登場
第一話
この物語のヒロインの一人。
魔神アルターから自分を救ってくれたジークと共に王都を訪れ、同じ家で暮らしている。初めはあまり感情を表に出すことは無かったが、仲間達と過ごすうちに表情豊かになった。
因みに彼女、ジークに惚れている。




