第百三十四話 時は流れる
───何処だここは。
全身が重い・・・痛い・・・。
え、ちょっと待って、まじで重いんだけど。
・・・痛い、痛い痛い痛い!!!
どういう状況!?今俺が置かれているのは一体どういった状況なの!?
「ああああああッ!!!!」
「きゃあっ!?」
・・・きゃあ?
てか、寝転んでんのか俺・・・。
「え、あ、シオン・・・?」
「あ、ぅ・・・」
俺、シオンに膝枕されてた。周囲を見渡せば、ここは俺の家のリビングだということが分かる。
「ってレヴィ、お前なぁ・・・」
「すぅ、すぅ・・・」
しかもレヴィに抱きつかれてるんだが。寝てやがるし。
「ご、ごめんなさい、勝手に膝枕なんて・・・。寝心地悪かったですよね!」
「いや、毎日してもらいたいくらいなんだけど」
「毎日!?」
あらま、真っ赤になっちゃった。
「っ、いてて・・・」
「無理しちゃ駄目ですよ。すごい大怪我だったんですから」
そう言われて自分の体を見れば、様々な箇所に包帯が巻かれていた。はー、良かった生きてて。ってそういうことか、こんな怪我してんのにレヴィが抱きついてきてたから痛かったのか。
「そうだ、マンモンは?」
「あの後、王国騎士団の人達に連れて行かれました」
「そっか・・・」
多分魔闘祭で騒ぎを起こしたヴィラインが捕らえられてる牢獄にでも連れてかれたんだろう。
「ですが、目を覚ました彼は伝言を残して何処かに駆けて行ったそうです」
「えぇ?」
結局逃げたんかい。てか、伝言・・・?
「〝また戦おうぜ、ジークフリード〟・・・と」
「何言ってんだあいつは」
もう嫌だわ。本気で死ぬかと思ったのにまた戦うとか考えられない。
「ってあれ・・・?」
今気付いたんだけど、妙に力が溢れる感じがする。
まさか・・・。
「はは、なんだよあいつ」
ステータスを確認してみたら、筋力が元に戻っていた。てことは、多分レヴィの魔力とルシフェルの敏捷も戻してくれてるだろうな。
「ぅ・・・?」
「おっと、おはようレヴィ」
「ジーク・・・?」
レヴィが目を覚ました。眠そうに目を擦りながら、俺の顔をじーっと眺め・・・すっごい笑顔になる。
「おはようジークっ!!」
「あだだだだ!!怪我人だから!!重症だからぁぁぁ!!!」
そして思いっきり抱きついてくる。こんなに包帯巻いてんのにアホかこいつは。
いやまぁ、可愛いんだけども・・・。
「あのね、魔力元に戻ったんだよ!」
「そうだろうな。よかった」
嬉しそうに報告してくるレヴィの頭を撫でてやりながら、俺はシオンに顔を向けた。
「もしかして、心配かけたりしたか?」
「当たり前です」
「・・・ごめんな」
「ぐすっ、特別に許してあげます」
シオンの目から零れ落ちた涙が俺の頬に当たる。なんつーか、いっつも心配かけちまってるよなぁ・・・。
「って悪い」
「あ・・・」
さっきからずっと膝枕してもらったままだった。それを思い出して急いで俺は体を起こす。
「そうだ、シルフィ達は?」
「外で騎士さん達と話をしてますよ」
「ふむ、ちょっと行ってみるか」
「ボクも行く!」
「はいはい」
シルフィとかも多分心配してくれてたと思う。だから起きたよーって報告も兼ねて顔を出すか。
そう思って俺は重い身体を引き摺って玄関に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「・・・」
玄関に向かうジークを見つめながら、シオンは自身の左眼に触れた。もう痛みも引いた、熱も帯びていない。
しかし、あの時の光景は彼女の頭にこびり付いて離れない。
「怖い・・・」
あれは一体何だったのだろうか。それは自分にも分からない。シオンはあの時のことを思い出しながら、言い知れぬ恐怖に身を震わせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「っ・・・!!」
王都を囲む壁の向こうに飛び出した時、シオンは目を見開いた。あのジークが重症を負っている。
そして相対する魔神マンモンは腕に魔力を纏い、それをジークに放とうとしていた。
「だ、駄目・・・」
ここからでは間に合わない。助けたくても助けられない。
「これで終わりだ、安らかに眠りな!!」
マンモンの声が響く。
「やめてッ!!!」
必死に走り、手を伸ばす。
次の瞬間、彼女以外の全てが停止した。
「え────」
彼女は思い出す。怠惰の魔神ベルフェゴールが放った禁忌魔法を。自身の周囲の時間の流れを遅くするという、恐ろしい魔法だった。
しかしこれはあの魔法とはレベルが違う。周囲だけではない、あらゆる場所、あらゆるものが全て完全に停止したのだ。
動いているのは自分だけ。その状況にシオンは震えた。
「な、なに、これ・・・」
吹き荒れていた風も、舞い上がっていた砂埃も、バチバチと音を立てて渦巻いていた魔力も。何もかもが動かない。
「あ・・・」
そこで彼女は気付いた。
自分の眼が光を放っていることに。蒼い、不思議な魔力が溢れ出す。右眼に宿るハデスの魔眼とは違う、別の力・・・。
「あ・・・れ・・・」
さらに、自分の中に膨大な魔力が流れ込んでくるのを感じる。これは、ついさっきマンモンが放とうとしていた魔力だ。
まさか、自分が魔力を吸収しているというのか。
『もうすぐですね』
「ッ・・・!?」
そんな時、突然背後から声が聞こえた。しかし身体は震えて動かない。振り向くことが出来ない。
『人類も、魔族も、全員思い知る事になります』
「う、うぅ・・・」
その声は聞き覚えがある。いつも、いつも聞こえている。
『貴女も、真実を知る時です、シオン・セレナーデ』
次の瞬間、全てが動き始めた。
マンモンは自分の拳を見つめながら目を見開き、ジークも状況が分からずにキョトンとしている。
「っ、ジークさん!!」
そんなジークの傍に、恐怖を押し殺しながらシオンは駆け寄った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おーい、シオン」
「っ!」
突然名前を呼ばれてシオンの肩が跳ねる。どうやら今の声は玄関から聞こえてきたらしい。
「なんかまた国王様に呼ばれたんだけど、シオンも来るか?ロキさん曰く多分パーティーするって」
「え、あ、はい・・・準備します」
「おう、外で待ってるなー」
そして扉が閉まる音が聞こえた。あんなに重症だったのに、もう外を出歩けるのか。回復魔法のおかげかなとシオンは思う。
「・・・」
あれは何だったのだろうか。
前にも一度、自分の眼が蒼く染まったことはある。ジークと共に墓参りをした時だ。
あの時は、襲ってきた魔物達を上位石化させただけだった。しかし、あれは完全に〝時間停止〟だ。
自分以外のあらゆるものが停止するという、信じられない現象。あれを起こしたのが自分だとしたら・・・。
そしてあの時聞こえた声は───
「っ・・・」
ブンブンと頭を振り、シオンは立ち上がる。何も無い、あれは幻だ。自分にそう言い聞かせ、彼女は玄関に向かう。
「お、来たか」
「すみません、お待たせしました」
「んじゃ、行こうか」
外にはジークが居た。他にも彼に引っ付くレヴィやそれを引き剥がそうとするシルフィ、やれやれといった表情を浮かべるエステリーナに、少しレヴィを羨ましそうな目で見つめているルシフェルが。
いつもと変わらない光景だ。とても、とても落ち着く自分の居場所。
けど、なんでだろうか。
この光景を見るのもあと少しだなどと考えてしまうのは。
「大丈夫・・・ですよね」
「え、どうかしたか?」
「あ、いえ、なんでも・・・」
不思議そうに後ろを振り返るジークを見て、シオンの瞳が疼く。
怖い。もっと一緒に居たい。
そんな事を思いながら、シオンは無理やり笑みを浮かべた。
─────to be continued




