第百三十話 予想外の開戦
あれから三日、時刻は午後一時。
この時間帯の王都は、昼食を食べようと外を出歩く人々で賑わっている。そんな中、王都を囲む壁の上から、一人の兵士は欠伸をしながらノルティア草原を眺めていた。
彼の役目はここからノルティア草原を監視すること。もし魔物の大群が現れたりした場合は鐘を鳴らし、煙を上げるのが彼の仕事である。
「あー、早く飯食いたいなぁ・・・」
ぼんやりと遠くを見つめ、そう呟く。今日も草原には穏やかな風が吹き、草木がさわさわと揺れているのが壁の上からでも確認できる。こんなのどかな場所に居れば、誰だって眠くなるものだ。
「・・・ん?」
そんな時、彼の目は何かを捉えた。
ノルティア草原に突然黒い渦のようなものが出現したのだ。そして、
「なっ!?」
そこから大量の魔物が這い出してくる。さらにその黒い渦は草原のあちこちに出現した。
「た、大変だ・・・!」
緊急事態に戸惑いながらも、兵士は咄嗟に鐘を鳴らして煙を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然鐘の音が鳴り響く。それは過去に何度も耳にしたことがある音だ。
「おいおい、まさか」
エステリーナと共にギルドを訪れていた俺は、その音を聞いてある事を考えた。
敵の出現。
この鐘の音はそれを人々に知らせてくれる。まさかとは思うが、強欲の魔神マンモンが現れたんじゃないだろうな。
「っ、とにかく敵が来たのならば迎え撃とう」
エステリーナにそう言われてとりあえず頷く。そして俺達はギルドの外に飛び出した。
「あれは、王国騎士団・・・」
あの人達が出撃しなければならない程の敵がすぐそこに迫ってんのか。そして騎士団が向かおうとしているのは方角的にノルティア草原だな。
「エステリーナ、とりあえず皆を頼む」
「ああ、任せてくれ」
そう言って俺は地を蹴った。ほぼ一瞬で地面よりも遥かに高い場所に跳び上がる。
「よっと!」
一度着地して再び跳躍、そして俺は壁を飛び越えた。
「ちっ、ワラワラと・・・!」
壁の向こう、ノルティア草原からは王都に向かって魔物の大群が押し寄せて来ている。しかもこいつら・・・。
「まじかよ」
固有スキル《能力透視》で先頭にいる数匹のステータスを確認すると、それぞれレベル100以上だった。
これは騎士団じゃ勝てない。しょうがねえ、相手してやるか。
「ギャオオオオ!!」
最初に俺に噛み付いてきたのは、グランレックスという名のデカい恐竜みたいなやつだ。俺はそいつの脚を掴み、振り回して空に向かって放り投げる。元々の筋力が無くなっても固有スキル《超力乱神》のおかげで+5000されてるからな。
「ガルアアアッ!!」
「うるせえ」
次に飛びかかってきたシルバーウルフという魔物を踏み潰す。さらに真上から急降下してきたソニックバードという魔物はくちばしを掴んでへし折った。
「ふむ、数が多いな」
ここは一気に片付けるか。俺は魔力を腕に集め、勢いよく拳を地面に叩きつけた。その衝撃で地面は陥没し、爆発に巻き込まれた魔物達は一瞬で塵になる。
ふう、意外と呆気なかったな。マンモンの姿は見えねーし、ただ魔物達が群れで攻めてきただけか。
・・・いや、それにしてはレベルが高かった。
明らかにSSSクラスの迷宮に出現するフロアボスレベルだ。それがどうして突然現れたんだ?
「っ・・・!」
そんな時、突然空に黒い渦が出現した。
「なんだ・・・?」
それからは妙な力を感じる。しかも何処かで感じたことのある、懐かしい感じの───
次の瞬間、そこから大量の魔物が飛び出してきた。
「まじか!!」
こいつら、さっき倒した奴らよりも強くねえか!?
バチバチバチ
さらに黒い渦はあちこちに出現し、大量の魔物を送り出してくる。中には壁の近くに現れた渦もあるじゃないか。
「くそ、何なんだよ一体・・・!」
「ジークフリード君!!」
そんな時、突然俺の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ってみるとそこには王国騎士団団長であるロキ・エインハルトが剣を構えて立っている。他の騎士達も多数いるみたいだ。
「ロキさん、こっちにいる魔物は俺に任せて壁の隣にある渦から出てくる奴らを頼みます!」
「ああ、任せてくれ!」
よし、これで思う存分暴れられるな。
「訳分からんけど覚悟しやがれ・・・!」
そして俺は魔物の群れに突っ込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おいおいおい、どういうことだ?」
向こうで始まった戦闘を木の上から眺めながら、強欲の罪を司る魔神マンモンはそう呟く。
「明らかに空間魔法だろあれ」
次々と草原に黒い渦が出現し、そこから魔物達が這い出している。あれはマンモンの仕業ではなかった。
「あいつ、何考えてんだ?」
マンモンの頭に浮かんだのは、あのフードを被っていた人物。空間魔法という超高位魔法を使うことが出来るのは、彼の知る限りあのフードの人物しか思い浮かばない。
しかし何故突然王都に攻撃を始めたのか。
「・・・はは、あの野郎」
まさか、自分とジークフリードの戦いを邪魔しようというのか。
魔物との戦闘で疲弊したジークフリードを狙い、殺せと言われているように感じる。
「いいぜ、乗ってやるよ」
激しい戦闘が行われている、戦場と化したノルティア草原を見渡しそう言う。
「けど、その程度でやられたりはしねーよなぁ」
自然と彼の口元が弧を描く。たとえ疲弊していようとも、筋力を奪われていようとも、ジークフリードは立ち向かってくるはず。
それどころか、今の自分を上回る力を見せてくれそうだ。そう考えながらマンモンは木から飛び降り、
「さあ、最高に熱い戦いにしようぜ、ジークフリード!!」
そして勢いよく地を蹴った。




