第百二十六話 さよなら筋力
ああ駄目だ。
これは死ぬかもしれない。
血を吐きながら膝をつく。そんな俺の前には奇妙な笑みを浮かべる金髪の男が。
強欲の魔神マンモン、使う禁忌魔法は相手のステータスを奪うというもの。
そりゃ手も足も出ないわな。今のこいつの筋力と敏捷は一万以上なんだから。
「ぐっ、がふっ・・・」
「はは、いいねぇこの力」
手加減されている。ああ腹が立つ。
力を奪われた挙句手加減されているというのが腹立つ。
「んん?もしかしてずるいとか思ってんのか?」
「あ?」
「別にずるくねーだろ?この強欲の魔力は俺しか扱うことが出来ない、力を使わずに正々堂々と勝負しろなんて言うのは弱者が言うことだ」
「しらねーよ」
どうすればいい?幸いなことにシオン達は離れた場所にいるから巻き添えは食らっていない。このまま王都に逃げてもらうか・・・。
「ッ────」
突然脳が揺れた。マンモンに顎を蹴り上げられたのだ。
「筋力さえ無ければ噂の英雄もこの程度か。なんか残念だぜ」
そして俺の頭を踏み付け、顔面が地面に叩きつけられる。
「ぐっ!?」
「さっきさぁ、殺すのは俺の主義じゃないって言ったじゃん?」
地面にヒビが入る。マンモンが俺を踏み付ける力を上げていっているのだ。
「実はここに来るまでに何人か殺って来たんだよね」
「は・・・」
「はは、襲いかかられたからだけどな。それと同じようにあんたもこのままぶっ殺そうか。いや、あっちにいる女の子達からでもいいな」
「この野郎・・・!」
くっそ、力が入らねえ。
最初に食らった一撃がまずかった。魔力を纏う間もなく俺は殆ど戦闘不能と同じ状態に陥ったのだから。
「ん───」
次の瞬間、突然マンモンが吹っ飛んだ。そして少し遅れて水が上から降ってくる。
「ばか、あっちに行ってろって言っただろ・・・」
倒れる俺の横に立ったのは、憤怒に表情を歪めたレヴィ。その小さな身体から凄まじい魔力が溢れ出す。大気が震え、ミシミシと音を立てる。
「はは、お前は〝良い魔力〟を持ってんなぁレヴィアタン」
「おいレヴィ、ここから離れてろ!」
今の一言・・・多分マンモンはレヴィの魔力を奪おうとするはずだ。レヴィの戦闘は殆ど魔法がメイン、魔力が無くなったら何も出来なくなる。
「その魔力、俺が貰うぜ!全てを奪う───」
マンモンが禁忌魔法を発動する。その直後、彼は真上に吹っ飛んだ。
「がっ・・・!?」
そして巨大な水がマンモンを閉じ込める。あれは、初めて俺とレヴィが戦った時の・・・。
「《圧殺》」
「っ!?」
レヴィが腕を伸ばし、拳を握りしめる。すると突然水の中にいるマンモンが表情を歪めた。
それと同時に水が縮小していく。水圧で押し潰すつもりか・・・?
「がっ、ははは、流石だぜ・・・レヴィアタン」
「まだ喋るか」
「けどなぁ、隙だらけだぜ?」
そう言ってマンモンが笑うと同時、巨大な水の檻が弾け飛ぶ。
「っ!?」
「《全てを奪う強欲なる手》、お前の魔力は俺のもんだ」
・・・最悪だ。
これで三人分ステータスが上乗せされた。どうやったらこの状況を覆すことが出来る・・・?
「さて、どうしようか」
「くっそ・・・」
痛みを堪えて立ち上がり、マンモンを睨む。何としてでもみんなは逃がさないと。
「このままぶっ殺してもいいんだが、それじゃつまんねーんだよなぁ」
「・・・」
「決めた。今日は見逃す」
「は?」
「ただ力を奪って殺すってのもあれだし。一週間後、また王都に来るからよ。その時までに何とかしてないと・・・お前らは終わりだ」
・・・ああ、なるほど。
こいつはただ強いヤツと戦いたいだけのやつだ。
「・・・へっ、ここで俺を見逃したこと、後悔してもしらねーぞ」
「ははっ、楽しみにしとくぜー」
そして、マンモンは俺達に背を向けて遥か遠くに向かって跳躍した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いやぁ、一週間後が楽しみだぜ」
「ふん、何故あそこで見逃したのだ」
ジーク達との戦闘後、マンモンの前にある人物が現れた。それはあのフードを被った謎の人物である。
「別にいいじゃねえかよ。〝力を奪う〟ことはしてやったんだ。俺はあんたの仲間になったつもりはねぇ」
「ふっ、確かにそうだな」
「これで一週間後までにあいつが俺に勝てるようになって無かったら、あんたの望みは叶うわけだからな」
そう言ってマンモンは歩き始めた。その背中を見送り、フードの人物は笑みを浮かべる。
「ここで私がジークフリードを殺せば、更に厄介な敵をつくることになる・・・か。それにアスモデウス辺りも黙ってはいなさそうだ」
やがてフードの人物はその場から姿を消した。




