第百二十三話 奪う者
魔界、そこは魔族達が暮らす暗黒の大陸。
人間が吸い込むと命に関わる瘴気が漂い、空は一年中黒く分厚い雲に覆われている。
また、魔界は《絶界の十二魔神》と呼ばれる最強の魔神達によって十二分割されており、生息する魔物のレベルは人間界にいる魔物よりも遥かに高い。
そしてここは、かつて憤怒の魔神サタンが支配していた領土にある《怒りの魔塔》。
主を失った魔物達は、誰に支配されるわけでもなく、自由気ままに暮らしていた。
────今日までは。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「き、貴様ぁ、ここはサタン様が支配する憤怒の領だぞ!!」
「今すぐ立ち去るがいい!!」
憤怒の魔塔前。
今、そこには一師団並の魔物達が集結している。
そんな魔物達の前方で、巨大な槌を肩に担ぎながら笑みを浮かべる小柄な茶髪の少女。魔物達は、彼女から妙な気配を感じて戦闘体勢に入っている。
「あはは、ウチ一人相手にちょっと数が多過ぎる気がするんやけど」
「黙れ!!何者なんだお前は!!」
「黙れとか酷いなぁ」
この数を前にして、何故そんなにも余裕を崩さないのか。魔物達のリーダーであるグレイトウルフは少女を睨みつける。
「アンリって名前なんやけど、ウチのこと知らんの?」
「知るか!!」
「あちゃー、ウチもまだまだやなぁ」
そう言ってアンリと名乗った少女は、魔物達に向かって歩き始めた。
「止まれ!!それ以上進むと攻撃する!!」
「皆さん、ここはサタン様の領土だーって言ってるけど、もうあのおじさん死んでるんやろ?」
「は?」
「ここで問題!ウチがここに来た目的は何やと思う?」
「っ、殺せ!!!」
リーダーの声を聞き、背後に控えていた魔物達が一斉にアンリに襲いかかる。しかし彼女は先程と変わらず笑みを浮かべたまま、魔力を纏った。
「正解は、〝この塔をウチのもんにするため〟でした」
次の瞬間、凄まじい轟音と共に大地が揺れ、魔物達が宙を舞う。それを見てグレイトウルフは目を見開いた。
目にも止まらぬ速さでアンリが槌を地面に叩きつけた。たったそれだけで一体何匹死んだだろうか。
「《殺戮大回転》!!」
アンリが槌を振り回す。
巻き起こる風は全てを吹き飛ばし、槌に触れた魔物は一瞬で肉塊と化してしまう。
「な、なんなんだこれは・・・!!」
たった一人の少女に手も足も出ずに蹂躙されていく仲間達。まるで強さの次元が違う。
そして気が付けば、グレイトウルフ以外の魔物達は全滅していた。
「ぐ、貴様・・・」
「あれ、もう終わりか。後はあんただけやな」
ゆっくりと、死が近づいて来る。グレイトウルフは恐怖に怯えながら後ずさった。
「・・・最後に一つ聞きたい」
「んー?」
「貴様、魔神なのか?」
その言葉を聞き、アンリはにっこり笑って槌を振り上げ、勢いよくそれをグレイトウルフに叩きつけた。
「ふん、終わったか」
そんな時、背後から声が聞こえてアンリは振り返る。そこには黒いフードを被った人物が立っていた。
「はーい、これでこの塔はウチのもんやねんな?」
「ああ、時が来たら私の空間魔法で移動させるがな」
そう言ってフードの人物が魔法を唱える。すると突然黒い渦が出現した。
「ククッ、そういえばあの男が動き始めたらしいぞ。これで相打ちになってくれればいいんたが」
「あー、あの人かぁ。相手は例の人間?」
「そうだ」
「いやぁ、面白くなりそうやな!」
やがて、二人は黒い渦の中に消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「王都、王都ねぇ・・・」
ところ変わって人間界。
そこにあるローレリア王国という国の、とある街道を歩く一人の少年がいた。
「魔神ベルゼブブまで殺したっつー人間か。はっはっ、こりゃ楽しみだ」
一人でケラケラ笑いながら、少年はのんびりと歩を進めていく。
「おいお前、ちょっと止まれや」
「ん?」
そんな時、突然木の陰から現れた男達が少年を取り囲む。
「誰だあんたら」
「ここを通りたかったら持ってるもん全部置いていきなぁ!」
「おお、そういうやつらか」
しかし少年は男達を無視して歩き出す。当然男達はそんな少年を先へ進ませない。
「聞いてたか?持ってるもん全部置いてけっつってんだ」
「はは、しょーもない連中だな」
「あ?」
「欲しけりゃ奪えばいいだろ?」
笑顔でそう言われ、男達は完全にキレた。リーダー格の男が少年の服を掴み、勢いよく持ち上げる。
「じゃあお望みどおり奪ってやるよ!!」
「その前に俺が奪ったけどな」
「へ───」
そこで男はあることに気付く。
自分の胸から大量の血が流れ出しているということに。
「あんたの心臓を」
「あがっ・・・!?」
少年から手を離して男は倒れ込む。それを見て周囲の男達は目を見開いた。
「て、てめえ、何をした!!」
「あんたらからは何を奪おうかな」
「ひぃっ!?」
少年から凄まじい魔力が放たれる。それを身に受けて男達の身体は震えた。
そして────
「はは、待ってろよ〝ジークフリード〟。お前との勝負は最高に楽しめそうだからよぉ」
そう言う少年の周囲には、いつの間にか男達の死体が転がっていた。




