第百十九話 ルシフェルの初デート 後編
「ねえジークさん、今から迷宮に行ってみない?」
ルシフェルに絡んだ男達をジークが追い払ってからしばらく経った時、突然ルシフェルがそんなことを言い出した。
「別にいいけど、なんで?」
「まだ一度もジークさんと二人で迷宮に行ったこと無かったなと思って」
「そうだっけ」
「そうなんだよ」
それならば何処の迷宮に行こうかとジークは考え込む。ルシフェルのレベルは魔神と変わらない。危険度SSS迷宮でも突破することは出来るだろう。
「なら、天獄山に行ってみるか」
それは以前、アビスカリバーに瀕死の重症を負わされたジークを救うため、シオン達が命懸けで挑んだSSS迷宮である。
しかし、どうしてわざわざそんな迷宮を彼は選んだのだろうか。
「うん、分かった」
そこが何処なのか知らないルシフェルは、ジークが提案した迷宮に行くことに同意する。
(多分だけど、ルシフェルも喜んでくれるだろ)
ジークも天獄山に行くのは初めてだが、彼はある事を考えてその迷宮に行こうと言ったのだ。
こうして、二人は王国最大の迷宮である天獄山に向かうことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
危険度SSS。
それは発見された迷宮の中で最も危険な迷宮を表している。
ここ、『天獄山』も長年登頂不可能と言われ続けた迷宮だ。そんな山を二人の少年少女はのんびりと登っていた。
「グゲアアア!!!」
「よっ」
「ガルルルル!!!」
「ほっ」
飛びかかってくる魔物達をただ殴るだけで仕留めながらジークは歩く。その後ろには聖剣を手に持ったルシフェルが周囲を見渡しながら歩いていた。
「なんだか凄い場所だね」
「確かにな。山の中から山頂を目指すことになるとは」
そう、現在彼らは天獄山の内部にいる。外から登ることも可能だが、空を飛ぶ魔物達の襲撃に遭ってしまう他、かなり急な斜面の為外側から登ることは困難なのだ。
それでもこの二人なら楽々登れるとは思うが、今回は中から進む事に決めたらしい。
「シオン達はこんな場所に挑んだのか」
あの時のことをジークは思い出す。
ジークとルシフェルだからこんなにあっさりと魔物達を蹴散らせているが、シオン達にはかなりきつかっただろう。
改めて自分を救ってくれた彼女達にジークは感謝するのだった。
「これでどのぐらい登ったのかな」
「まだ半分もいってないと思う」
「ちょっと本気で登ってみようよ」
「本気?」
何故か楽しそうにそう言うルシフェルを見て、ジークは首をかしげる。
「どっちが先に山頂に到着出来るか勝負してみようよ」
「へえ、面白そうだな」
こう見えて、ルシフェルは今のジークと同じスピードで動く事が出来る。と言ってもジークが魔力を脚に纏わせればルシフェルよりも速くなるのだが。
「なら、負けた方は相手の言う事を一つだけ聞くってのはどうだ?」
「うん、いいよ!」
ジークの方は遊びの感覚だが、ルシフェルは本気だ。
(勝ったら手を繋いでもらおう!)
なんとも可愛らしい願望である。
「よし、ならこの石ころを俺が投げるから、それが地面に落ちた瞬間にスタートな」
「分かった」
「じゃ、やるぞ」
そして、ジークが拾った石ころを投げる。
緊張の一瞬。ゆっくりと石ころは地面に向かって落下していき・・・。
「スタートだ!」
石ころが地面に触れた瞬間、二人は同時に前に出た。
ルシフェルは漆黒の翼を広げ、猛スピードで飛行する。対してジークは普通に走っているだけだ。
「むむ、やっぱり速いなぁ!」
「そっちこそな!」
凄まじい速度で移動する二人を何度か魔物達が攻撃しようとしたが、発生した衝撃波を受けて消し飛ぶ。
最早ここが危険度SSS迷宮だということも忘れ、二人は全力で山頂を目指した。
そして─────
「ゴール!!」
「疲れたぁ!」
二人は同時に山頂にたどり着いた。
「はぁ、同時だな」
「うぅ、そんなぁ・・・」
これでルシフェルの手を繋ぐという夢は潰えてしまった。残念そうに肩を落とすルシフェルだが、ここで思わぬ幸運が訪れる。
「よし、ちょっと来てくれ」
「え、あ・・・」
突然ジークに手を握られたのだ。
そしてそのまま山頂の端まで引っ張られる。
(ど、どうしようっ!手を繋いじゃった・・・)
あまりの嬉しさにルシフェルの頬が赤くなるが、ジークはそれに気付かない。
「やっぱり、すごい景色だ」
「え、わあっ・・・」
そして、山頂の端にたどり着いた二人は、そこから見える景色に感動した。
いつも自分達が過ごしている王都や、劇の練習をしたノルティア草原、かなり向こうの方にはかつてレヴィが迷宮を造り出したカルセア湖も見える。
「凄い・・・」
まだ二人は手を繋いだままだが、ただただローレリア王国の大自然に圧倒されていた。
「はは、やっぱりここに来て正解だったな」
「え?」
「いい景色が拝めると思ったんだ。だからルシフェルと一緒に見ようと思ってな」
「じ、ジークさん・・・」
ルシフェルの顔が真っ赤になる。それを見てジークはルシフェルの手を握りっぱなしだということに気が付いた。
「あ、ごめん!」
「あぅ、こっちこそ・・・」
「ははは・・・」
「えへへ・・・」
ジークの頬も赤く染まる。それからしばらく気まずい空気が二人の間に満ちた。
「あの、ジークさん」
「な、なんでしょう」
「今日はありがとう。一生忘れられない日になったよ」
「そりゃよかった」
いつものエンジェルスマイルが、ここから見える景色のせいか何倍も輝いて見える。
思わずジークは彼女から顔を逸らした。
「どうしたの?」
「いやぁ、なんでも」
こんな時にカメラがあればなぁとジークは少し残念に思う。いつでも写真が撮れるスマートフォンは、やはり便利であった。
「まあ、なんつーか。これからもよろしくな」
「うん、こちらこそ!」
そして二人は並んで元来た道を戻り始めた。




