第百十八話 ルシフェルの初デート 全編
「ルシフェル、どうかしたのか?」
「えっ、いや、なんでも・・・」
心地よい風が吹く。
今日もいつものように賑わう王都の中央通りを、黒髪の少年と銀髪の少女が並んで歩いている。
(うぅ、こんなに緊張するなんて・・・)
銀髪の少女ルシフェルは、そんなことを思いながら隣を歩く少年の横顔を瞥見する。
今日、ジークとルシフェルは二人きりで出掛けていた。まだ二人だけで何かをすることがあまり無かったので、ルシフェルから声を掛けたのだ。
当然王都に住む男性達はルシフェルと並んで呑気に歩くジークに嫉妬して、睨んだり物を投げる準備をしているのだが、二人は全く気づいていない。
(今日もカッコいいなぁ・・・)
横顔を眺めているうちに、ルシフェルの頬は仄かに赤く染まっている。
彼女にとってジークは、ずっと一人だった自分に手を差し伸べてくれた、まるで王子様のような存在なのだ。
(手とか繋いでみたいなぁ・・・)
ルシフェルの頭の中にレヴィが思い浮かぶ。自分も彼女のように積極的であれば、『手を繋いで歩こうよ!』ぐらい言えるというのに。
そんなことをすれば、確実にジークは嫉妬した男性達から集中砲火を浴びると思うが。
「にゃあ〜」
そんな時、足下から鳴き声が聞こえ、ルシフェルは立ち止まった。
「わあ、猫ちゃんだ」
そして擦り寄ってきた猫を笑顔で抱き上げる。その姿を見た周囲の男達は萌え死にかけた。
「あはは、可愛いなぁ」
(いや、ルシフェルの方が普通に可愛いんだけどな)
さすがは元天使、その笑顔を見てジークも自然に頬がほころぶ。
「ジークさんも抱っこする?」
「いや、以前超人懐っこいっていう猫に噛まれたり引っ掻かれたりしたからやめておこう」
「そ、そうなんだ」
ジークはあまり動物に好かれるタイプでは無いようだ。
「ばいばい、猫ちゃん」
やがてルシフェルは猫を地面に置き、満足そうに微笑んだ。
「ルシフェルは猫が好きなんだな」
「うん。ほんと可愛いよね!なんといってもあの表情が───」
とても楽しそうにルシフェルが語る。ジークは微笑ましいものを見るような表情でその話を聞き続けた。
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「ジークさん、あれは何?」
「ソフトクリームだな」
「へえ、初めて見た」
向こうにある店で店主が子供に手渡していたものを見て、ルシフェルが目を輝かせた。
「買おうか?」
「いいの!?」
「おう、ちょっと待っててくれ」
そう言ってジークが店に向かって歩き出す。そんな彼の背中を見つめるルシフェルの口元が緩んだ。
「優しいなぁ・・・」
心の声が漏れているが、本人は気付いていない。そんな時、突然彼女の肩に手が置かれた。
「よお姉ちゃん。俺達違う街から遊びに来たんだけどよぉ、姉ちゃんが超可愛いから声掛けちゃった」
「はい・・・?」
「俺達王都のことあんま知らないからさぁ、ちょっと案内してよ」
周囲を見れば肩に手を置く男の仲間であろう人物が二人いる。ルシフェルは対応に困って俯いた。
「あ、あの、その・・・」
「ほら、行こうぜ」
「恥ずかしがらなくていいんだぜ」
これまで優しい王都の住人としか会話したことが無かったルシフェルにとって、この男達は初めて見るタイプの人間だ。
「う、うぅ・・・」
「ほらほら、早く────」
その時、俯いたまま顔を挙げないルシフェルを引っ張り、無理やり連れていこうとした男の顔面に突然何かがぶつけられた。
「うわっ、なんだこりゃ!?」
「あ、わりぃ。手が滑ってソフトクリームが飛んでっちまった」
「じ、ジークさん」
男が手を離した隙に、ルシフェルはジークのもとに駆け寄った。
「はい、ソフトクリーム」
「え、でも・・・」
「あれは俺の分だ」
「てめぇぇぇ!!」
ルシフェルにソフトクリームを手渡したジークの胸ぐらを、ソフトクリームをぶつけられた男が掴む。
「何してくれてんだこのガキ!!」
「あんたらこそルシフェルに何してんだよ」
「ぶっ殺すぞクソガキ!!」
「ちょっと、やめてください!」
ジークに怒鳴り散らす男をルシフェルは睨んだ。
「へっ、いい事を思いついた。お前ら、こいつボコボコにしてやろうぜ」
「ひひっ、いいですね」
「彼女の前で恥かきやがれ」
ルシフェルに睨まれてさらに不機嫌になった男がジークから手を離す。
今から喧嘩が始まることは誰から見ても明らかだ。しかし何故誰も止めようとしないのか。
答えは簡単、どっちが勝つのか誰もが分かっているからだ。
「おらぁ、死ね!!」
「あ?」
「へ────」
最初に殴りかかった男が宙を舞う。ジークが腕を掴んで放り投げたのだ。
「一人目」
「な、こいつ・・・!!」
続いて違う男が殴りかかるが、軽いビンタを食らって吹っ飛んだ。
「二人目」
「ぐっ、てめえ・・・」
「さあどうする?」
「舐めんな!!」
最後にルシフェルの肩を掴んでいた男がジークの顔面を殴りつけた・・・のだが。
「あぎゃああああ!?」
「お前はアルターかっつの」
案の定指の骨が折れたようだ。
「に、に、逃げるぞてめえら!!」
「覚えてやがれぇぇ!!」
「はいはい、明日には忘れるわ」
やがて男達は喚きながら逃げ去って行った。
「ルシフェル、怪我はないか?」
「あ、うん・・・」
「そうか、良かった」
そう言われ、ルシフェルの顔が真っ赤になる。
「あ、ありがとう・・・」
「どういたしまして・・・ってルシフェル、ソフトクリーム溶けてる」
「え、あっ!?」
ジークに見惚れている間に、ルシフェルが手に持つソフトクリームは溶け始めていた。
「はは、もう一個買ってやるよ」
「ごめん・・・」
謝られるも、全く気にしていないジークはルシフェルから溶け始めているソフトクリームを受け取り、それを舐めた。
「っ!」
「うん、うまい」
「ジークさん、やっぱりそれでいい!」
「え?」
「別に買い直さなくていい!」
「え、おう」
買い直さなくていいと言われ、ジークはルシフェルにソフトクリームを返した。
自分が舐めたものだということを忘れて。
「んじゃ、次はあっちに行ってみるか」
(か、関節キスだ・・・)
「どうした?」
「なんでもありませんっ!」
「・・・?」
嬉しそうにソフトクリームを手に持つルシフェルを見て、ジークは首をかしげるのだった。




